もののけの森 美貌の孤児は呪われた怪物に愛される

遠間千早

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十二話 町へ行こう・再挑戦 中

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「懐かしいな」

 次の日の朝、ノクスに影の中に入ってもらい、町まで歩いてきた。門を通って市まで来たら、二年前の光景が頭の中に蘇ってくる。
 並んでいる屋台は、あのときとほとんど変わらない。果物の屋台も、古着や塩を買った店もまだあった。

「まずは毛皮を売りに行こう」

 小屋にあった小銭も持ってきたけれど、先に所持金を増やそうと意気込む。
 背が伸びて身体に合うようになったローブと、黒いブーツを身につけて、あのとき貰った麻袋を持ってきた。中には狐と兎の毛皮を入れてある。

 市から外れて、お店が並んでいる大通りまで町の中を歩いた。朝の時間に出てきたから、まだどの店も開店したばかりだ。
 毛皮を扱っている店がどれかわからずにうろうろしたが、服を扱っている店と革製品を売っている店と迷い、先に服の店に入ってみた。ガラス窓越しに兎の襟巻きのようなものが売っていたので、買い取ってもらえないかと期待して。

「いらっしゃい……なんのご用だね?」

 作業台にいた眼鏡の痩せた壮年の男性は、店に入ってきたロイを見て顔を顰めた。フードを目深に被っているから、不信感を与えたようだ。

「兎の毛皮を買い取ってもらえますか?」

 怪しまれて追い出される前に聞いてみたら、店主はじろっとロイの頭から足まで視線で辿り、眉を寄せたまま腕を組んだ。

「うちは服飾を扱う店だからね。質の悪いものは置かないよ」
「これです」

 麻袋の中から、丁寧に畳んだ毛皮を取り出した。
 ノクスの森の中には人は入らないから、動物達は健康的だし、毛並みがいい兎を狩ってもらったからものはいいはずだ。
 作業台の上に広げたら、店主は眼鏡ごしに目を細め、毛皮に顔を近づけた。

「これは、黒兎じゃないか」
「そうです」
「どこで捕まえた?」
「……言えません。教えてはいけないと言われているので」

 怪物の森で、なんて言えない。
 誤魔化したら、店主はロイに視線を戻してからふん、と鼻を鳴らした。

「他にはあるのかね」
「あとは狐です」

 麻袋から狐の毛皮を出して作業台に広げたら、店主は目を見張った。

「レッドフォックスか」

 そういう名前なのか、と店主の呟きを聞いて心の中で思った。
 赤茶色の毛は森の中で日差しを反射するととても綺麗だ。狐は定期的に沢の水を飲みに来るし、ロイが食べきれない食糧をお裾分けしているから、小屋の周りでよく見る。
 この狐は病気になって動けなくなってしまったので、ある日自分からノクスのところにやってきた。血を吐いて苦しそうだったから、可哀想だけどノクスに絞めてもらって毛皮を剥いだ。

 珍しい狐だったのか、店主は夢中になって机の上の毛皮を観察している。
 途中で店内に客が入ってきたけれど、声をかけるのも忘れて見入っていた。

「……なるほど、あんた、まだ毛皮を持っているのか」
「今日はその二つだけです」
「今日は、ということはまだあるのかね」
「兎はまだ家にあるけど、狐は時々しか手に入らないので今はないです。狸なら一つあります」

 兎は食べられるからたびたびノクスが狩ってくるけど、狐と狸は食べない。畑を荒らすものはノクスが捕まえて絞めてしまうから時々手に入るけど、頻繁ではない。
 素直に告げたら、店主は腕を組んで頷いた。

「わかった。その狸もまた持ってきてほしい。この兎は五千ヤナ、狐の方は一万で引き取ろうか」
「本当ですか?」

 瞬きして、驚いた。
 一万といえば、前に露店で銀の腕輪の値段を聞いたときと同じ値段だ。これなら、冬の服と食糧をたくさん買い込んで帰れる。

「ああ。用意するから待ってな」

 店主がいそいそと作業台の奥に移動しようと机を回り込んだとき、突然後ろから影がさした。

「ちょっと待った」
「ひゃっ」

 低い声が聞こえて思わず軽く飛び上がる。
 慌てて振り向くと、赤茶色の髪の、二十代後半くらいの若者が一人立っていた。さっき店内に入ってきた、客だと思った背の高い青年だ。
 ロイを見下ろす茶色の目と目が合ったとき、どこかで会ったような、と微かな記憶が頭を掠める。

「ベスティスのおっさん、それはないだろう」

 青年の大声に反応した店主がこちらをくるりと振り向く。そして彼を見て顔を顰めた。

「アム、邪魔をするな」
「おっさんこそ、せこいことするなよ。黒兎とレッドフォックスを買い叩こうなんて、同業者として見過ごせないね」
「チッ」

 店主が気まずそうな顔で舌打ちをした。
 ぽかんとしているロイに青年は向き合うと、人好きのする笑みを浮かべて作業台の上を指差した。

「君、この毛皮、この店に売るより俺に売らない? 兎は三万で、狐は十万出すから」
「えっ……?!」
「それでも底値だから、もし気に入らなければ別の店に行くといい。兎はまだしも、レッドフォックスなら都心に持っていけば二十万出すって店もあるよ」
「おいおいアム、それはないだろう」
「おっさんがせこい商売しようとするからだよ。こんなに質のいい毛皮なら、俺がもらう」

 青年の言葉に驚いて息を呑んでいると、慌てたように服屋の店主が横から口を挟んでくる。
 アムと呼ばれた若者は快活に笑って手を振った。

「買い取りたいなら、俺よりも高い金額を出したらいい。俺はどっちでも構わないんだから。襟巻きを作るのは慣れてないけど、できないわけじゃないし、もうすぐ冬で需要もある」
「くそ、若造が調子に乗りおって……」

 悔しそうな顔をした店主は口をへの字に曲げたが、にこにこしている青年を前にしてしばらく黙った後、作業台をばしっと叩いた。

「兎は三万一千、狐は十万五千だ。それ以上は出せない」
「まいど」

 何故かロイの横にいる青年がそう答えて、奥にお金を取りに行く店主をにやにやしやがら見送っていた。
 店主は紙幣を持ってきて、ずいっとロイに差し出してくる。

「兄さん、狸があるって言ったな。残りの兎と一緒にそれも来週持ってきな。絶対だぞ」
「そのときは俺も一緒に来るよ」
「来るな! 全く、お前のせいで大損だ」
「損はしてないだろう。これを襟巻きに仕立てたら倍の値段でも売れる。それよりいい取引先になりそうな相手を丁重に扱わないなんて、その方が後で痛い目見るよおっさん」
「チッ、わかってるわそんなもん!」

 やけになったように大声を出した店主は、ぽけっと固まってお金を受け取ったロイを見てくわっと口を開けた。

「いいな兄さん! 絶対来いよ!」
「あ、はい」

 こくこくと頷いたら血走った目をした店主は鼻からふんふん息を鳴らし、毛皮を大事に胸に抱えて奥に引っ込んでいった。

「よかったね。買い叩かれなくて」

 横から声をかけられて、そこでハッとして慌てて青年に頭を下げた。

「ありがとうございました。こんなに高く売れるなんて思ってなかったから」
「毛皮は貴重なんだよ。この辺りはみんな森に入れないから、遠いところまで狩りに行かないと手に入らない。家畜はいるから肉はあるけど、兎とか狐は本当に貴重でね」

 そう説明してくれた彼は、店の出口に向かいながらロイを振り返った。

「よければ俺の店にも寄ってって。力になれる気がする」

 お金をしまってから店を出て、青年の誘いに乗っていいのか少し迷った。警戒した方がいいだろうか、と自分の足元の影を見て考える。
 躊躇っているロイを見て、彼は笑みを浮かべながら通りの向こうを指差した。

「俺の店はあそこ。すぐだから少し見るだけ」
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