もののけの森 美貌の孤児は呪われた怪物に愛される

遠間千早

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十七話 ロイの友達 後

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 ◇


 それから、一月ほど町へは行かなかった。
 小屋の中のものは充実しているし、保存食もだいぶ増えたから買い物に行かなくても困らない。それに森から出るのが億劫で、動く気になれなかった。
 朝、ぼんやりと切り株のテーブルに座っていると、ノクスが苺のジャムと、小麦粉を水で溶いて薄く焼いたパンもどきを持ってきてくれた。

「ありがとう」

 アムと別れてから、落ち込んでいるのを心配してくれている。
 ロイに覇気がないとノクスも元気がないのか、いつもよりも尾の動きが大人しい。

「大丈夫だよ。今度町に行ったら、アムには出くわさないように市にだけ買い物に行く。きっとノクスのことは町の人には知られてないよ。アムは人に言いふらしたりしない」

 ノクスのことはバレてしまったけど、アムならきっと自分の胸のうちに留めてくれるんじゃないかと思う。現に一月経つものの、森に武装した兵士が押しかけてくることはない。

「いっそ、次に行くなら別の町に行ってみてもいいのかなぁ」

 いつも行く町の奥には、少し街道を進むともう一つ一回り大きな町があるらしい。そこは神様を祀った神殿もあるから、祈願しにくる人で賑わっていて、店もたくさんあると聞いた。

「でも、僕はまた買い叩かれそうだな」

 町でアムに出会ったのは、幸運だったのだ。
 おかげで着る物にも食べる物にも困らなくなった。
 アムに出会っていなかったら、森での生活はもっと大変だっただろう。

 パンもどきをもぐもぐしながら、またぼんやりしていたら、ロイの頭を包むように撫でていたノクスが、ふと手を止めて霧を細く揺らめかせた。

「ノクス?」

 ノクスが立ち上がり、こちらを見下ろして椅子を指差す。
 ここを動くな、という合図なので頷くと、ノクスは高く跳躍して風のように消えた。

「なんだろう。密猟者かな」

 ここ最近森に侵入する人は少なかったけれど、春になって獣を狩ろうとする人間が現れたのかもしれない。
 ノクスを待っていると、しばらくして彼は戻ってきた。
 駆け戻って早々、ロイの腰に腕を巻きつけて抱き上げる。

「えっ、どうしたの? 何かあった?」

 驚いて聞くと、ノクスは霧をくるりと回して口に触れ、また森の中に向かって駆け出した。
 舌を噛むから口を閉じていろ、という意味だと理解して黙ってノクスに掴まると、ほどなくして森の出口が見えてきた。
 そこにいた人物に、目を丸くする。

「アム……?」

 少し手前で立ち止まったノクスが、ロイを地面に下ろす。
 こっちを見ていたアムと目が合うやいなや、彼は勢いよく頭を下げた。

「ロイ! この前はごめん!」

 必死な顔で切り出したアムに面食らって、何度も瞬きした。

「会いにきてくれたの?」
「どうしてももう一度話したくて。そいつにロイを連れてきてくれって、何度も頭下げて頼んだんだ」
「ノクスに?」

 目を丸くしてノクスを振り仰ぐと、大きな手で頭をなでなでされた。アムが一人で訪ねてきたことも驚きだったが、ノクスがアムの頼みをきいたということはもっと驚きだった。
 アムは真剣な顔で口を開く。

「この前は俺もビビってて、森から出ろなんて言ってごめんな。ロイが家にいる家族を大事にしてるってことも、今の生活が好きだってことも、俺は話を聞いて知ってたのに」
「アム……」
「悪かった。ロイが幸せに暮らしてるなら、もうとやかく言わない。心配だけど、怪物がロイを守ってるのもほんとのことみたいだし。だから、これからも前みたいに店に来てくれないか。俺はロイのことを大事な友達だと思ってるから」

 涼やかな目が、真っ直ぐにロイを見る。
 じわっと涙が滲んで、胸がいっぱいになった。
 ものすごく怖かったはずだ。一人で森に入ることも、ノクスに話しかけることも。でもロイに会うために、アムはここまで来てくれた。
 くしゃっと顔が歪む。なんとか泣かないように笑顔を作って頷いた。

「ありがとう。僕もアムと友達でいたい。また朝ごはん食べに行ってもいい?」

 手で目元を擦りながら聞いたら、アムは緊張した表情をほっとゆるめて、目を細めて破顔した。

「もちろん。久しぶりに一緒に食べようと思って、いつものパン、買ってきた」

 そう言った彼は、持っていた紙袋を掲げてみせた。


 ◇


「おおお……ここが怪物の棲家……」
「怪物じゃない、ノクス」
「あ、うん。ノクスな。名前があったんだな、お前」

 恐る恐るといった様子で、アムが小屋のある草地に足を踏み出した。
 あの後アムを小屋に招待することにして、ノクスに連れてきてもらった。ロイのことは片手で大事に抱えたノクスは、アム相手だと胸ぐらを掴んで吊り上げるようにして運んできた。
 アムも初めて怪物の腕に掴まれて硬直していたので、文句を言うどころではなかったのか、草地の前で下されたときは勢いよく咽せてゼイゼイしていた。

「怪物の小屋って感じしないな。ものすごく平和な景観」
「平和だもん」
「畑がある。鶏小屋も。本当に村みたいだ」

 小高くなった丘を上り、小屋の側にある畑を見てアムが感心した。
 とりあえず、いつもの切り株のテーブルに案内して、そこに座ってもらった。

「お、ちょうど飯だった? イチゴジャムもあるな」
「それは僕が作ったやつ」
「すごい。それは楽しみだ」
「アムのお店で食べるジャムもいつも美味しいよ」
「あれはパン屋のおばちゃんの自慢の逸品だからな。また店で食べよう」

 話していたら、ノクスが陶器のコップに暖かいお茶を入れてくれた。

「すごいな。見た目はこんなボロ小屋なのに、出てくるものは町中の店みたいだ」
「ボロくても住みやすいからいいの」

 町で紅茶の葉を買って試してみたら思いの外美味しくて、大きなポットにお湯を注ぐだけなので入れるのも簡単だった。牛乳はないけど砂糖を入れたりジャムを入れると甘くて美味しい。

「ここまで充実したのは最近なんだよ。前は物がなかったんだ。買えるようになったのは毛皮を売るようになってから」
「ああ、なるほど。確かに最初は貧しいかんじだったな」
「アムのおかげで、色々買えるようになった。ありがとう」
「いやこちらこそ。この前の熊、すごくよかった。ロイの靴ももう準備できてるから、次に来た時に調整しよう」

 話している間、ノクスは畑の野菜を収穫したり、干してある洗濯物を裏返したりといそいそと動いている。それを横目で見てアムが恐々と頷いた。

「なんというか、日向で見るとちょっと印象変わるな。なんというか、甲斐甲斐しい獣っていうか……」
「そうでしょう。ノクスは可愛いんだよ」

 大型犬のような愛らしさがある。喋らないけど、結構感情も態度に出るのだ。
 わかってくれたのかと嬉しくなって同意したら、アムは真顔になった。

「可愛くはないな。どちらかというと悍ましいだろう」

 そう言った瞬間、竈門にいたノクスの方から包丁が飛んでくる。
 ドスッと地面に刺さった刃物を見てアムが飛び上がった。

「ひっ?! 何?!」

 叫んだアムの足元を、首を伸ばして覗き込んだ。

「蛇だよ。危なかったね」
「蛇……」

 見るとテーブルの近くにマムシのような蛇がにょろんとしていた。包丁で胴体が真っ二つになっている。

「二つになっちゃったら、皮は使えないのかな」
「いや、そんなことはないけど……って、いやいやいや。怖いな! ここ普通に毒蛇が出るのかよ?! 大丈夫なの?」
「……? 蛇なんて大したことないよ。他にも狼とか、熊とかも普通にいるから」
「……逞しいな、ロイは」
「ノクスがいるから大丈夫だよ。危険なことは何もないの」

 大抵自分が危険を察知する前に、ノクスがすでに仕留めている。
 自信を持って説明すると、アムは顔を引き攣らせた。
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