悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

二十八話 理想と愛を失くした氷の国に 中③


 そんなに時間差もなく辿り着いて二人で扉を抜けると、急に冷たい風に横殴りにされて肩をすくめた。
 眩しいほどの夕陽が目に入り、頬を刺すような冷気にハッと意識を打たれる。
 周りを見回すと、扉から出た先は幅の狭いテラスのようになっていた。彫刻やステンドグラスを外から手入れするための足場なのかもしれない。屋根のないシンプルなテラスが壁の外周に沿って細く続いている。

「待て!」

 神官は先に先に走っていくので、女性は迷いなく追いかけていく。
 俺も慌てて後を追った。

 やがてテラスの端に着き、神官は立ち止まった。そこには扉もないのでこれ以上先に逃げることはできない。女性が前に出る。

「止まれ。今ならまだ元に戻れるかもしれない。私と一緒に枢機卿のところに行こう」
「あなたがこの城にいるのは相応しくない。今すぐあの方のために身を捧げるべきだ」
「……あの方というのが誰なのか、教えてくれないか」

 冷静な問いかけに、神官はギラついた目で俺達を睨みながら口を閉ざす。

「私はこの国の民のために身を捧げている。簡単には頷けない」
「王女殿下は何もわかっていない。ナミア教皇国をこの地で唯一の祝福された国にするには、皆が彼の方の教えに従うべきだ」
「あなたが何を言われたか知らないが、あなたも私も自分の命を他人に捧げる必要はない」

 きっぱりと言った女性を見て、神官は顔に激情を浮かべた。
 殴りかかってくる相手を前に結界を張った女性は、小さく息をついて俺をチラリと見た。

「いつも説得が上手くいかない。このまま無理やり拘束したら自害しようとするだろうし、どうしたらいいものか……」

 神官が血走った目で結界を叩いている。
 その内側で冷静な表情を崩さない女性を前に、俺は一連の流れについて行けずにぽかんとしている。

「えっと……王女様、とりあえず、なんか正気じゃなくなってるってことでいいですか?」
「そうだ。厄介な相手に洗脳されている。拘束して情報を聞き出そうとすると自害するように教育されているらしい」
「光魔法で浄化してもダメですか?」
「魔術ではないからな。頭の中への強い刷り込みなんだ。本人が我に返るしか、戻す術がない」
「なるほど……。えっと、とりあえず眠らせます? 物理で」

 魔術で操られてるということではなく、洗脳されているらしい。また新しい現象が現れたな。
 王女様、と呼びかけた俺の言葉に頷いたから、彼女はやはり王女殿下で間違いない。

「枢機卿にこの者達の話を聞かせたいと思っていた。いつも妙なタイミングで出てくるせいで上手くいかないが、今回は初めてのパターンだ。いけるかもしれないな……」

 ぶつぶつと呟いた女性が俺を振り返った。

「すまないが、私は彼に対して風魔法程度しか使えない。二、三度殴ってもらい、昏倒させてもらっていいだろうか」
「えっ俺?」

 急に振られて驚いたものの、俺の見た目は今ライネルだ。がたいがいいし、騎士っぽい見た目だから物理攻撃は得意そうに見えるだろう。
 突然見ず知らずの神官を殴れ、と暫定王女様に頼まれるという謎の事態だが、拘束できない上に浄化も効かないなら、正気じゃない神官を大人しくさせるには昏倒させるしかないか。

「わ、わかりました」

 できるかな、俺に。
 と内心ビビりながらも前に出た。
 大丈夫、俺は悪魔を殴ったことがあるし、昔オズのことだって平手打ちした。ライネルの腕力なら二、三回パンパンッてやったら多分ひ弱な神官ならノックアウトだろうし、いける!

 自分を奮い立たせて神官の前に立ち、結界を解除してもらって相手の胸ぐらを掴んだ。

「すみません!」

 あなたに恨みはない。
 そう思いながら一度パンッと頬を叩いてみた。日和ってしまい軽く張り手したら、神官はぐらりと体勢を崩したが気絶することはなく、むしろ激昂して俺に掴み掛かってきた。

「うわわわ」

 爪を立てられた腕が痛い。ものすごい力で掴まれるので思わず相手の身体を強く突き飛ばした。
 たたらを踏んだ神官は、何故か通路に沿わず手すりに覆い被さるように倒れ込む。

「えっ」

 そのままずるりとテラスの外に落ちたから、全身の血の気が引いた。

「うわっうわあああ!!!」

 慌てて両手を伸ばして落ちていく足を掴む。
 がくんと、腹に手すりがめり込んだが、痛みどころじゃなく無我夢中で神官の足にしがみついた。下を見たら、当然ながら地面はとんでもなく遠い。城の前に立っている門番が米粒くらいに見える。下から吹きつけてくる風が冷たくて身がすくんだ。

「大丈夫か?!」
「た、助けて! ちょっ、痛い、こら、痛いって!!」

 動転した王女様の声がして、助けを求めたが神官が暴れて足で蹴ってくる。

「大人しくしろ!! 死ぬぞ、バカ野郎!!」

 怒鳴ったが神官は言うことを聞かない。必死に突っ張っている足が滑りそうで怖かった。

「あっ、ダメだ。拘束されていると思って舌を噛む」
「そんなこと知るか! とにかく引き上げて! 早く!!」

 見当違いなことを言い始めた王女様に怒鳴ったら、俺の隣から彼女も身を乗り出した。
 風魔法を使って神官を浮かせてもらい、なんとか通路に戻そうとしたとき、神官が突然くっと身体を曲げて手を王女様に向かって伸ばした。

 光の矢だ。

 そう思ったときには王女様の肩にそれが刺さっていた。まるで矢に意思があるかのようにそれはぐんと下方向に揺れて、引きずられた王女様の身体が手すりの外に投げ出される。

「マジかよ?!!」

 俺は片手を伸ばして王女様の腕を掴んだ。
 がくん、と体重がかかって突っ張った足が浮く。

「あっ」

 と思ったときには空中に投げ出されていた。
 一瞬後に浮遊感と、全身の血流が止まったように身体が凍った。
 高く聳え立つ城の外壁から真っ逆さまに落ちていく。

「────ッ」

 声も出なかった。
 魔法が使えない。
 ヤバい、どうする。

「ミラ!!」

 王女様が叫んだ。
 落下する俺達の横に、次の瞬間ものすごい勢いで何かが駆け抜けてきた。
 バサッの翼の音が聞こえたと思ったときには、自分の身体が重力に逆らってふわりと浮いた。

「え?」
「ミラ、ありがとう」

 パチパチと瞬きすると、俺は何かに後ろ襟を摘み上げられて飛んでいた。少し苦しい。振り向くと、まろい鼻先とアーモンド形のつぶらな瞳と目が合う。
 ベル? と一瞬思ったが、その目の色は銀色だ。
 しかもバサバサと翼で羽ばたいている。ぽかんとして見つめた。
 ベルによく似た、翼のある銀色の天馬だ。額には角がない。その背中に王女様が乗っていた。
 ミラ、と呼んで彼女がその頭を撫でると、「キュウ」とこれまたチーリンとよく似た声で鳴いた。
 俺はその天馬に襟を咥えられ、おそらく王女様の風魔法で補助されて浮いている。まだ地面からはだいぶ距離がある空中で、落下の難を逃れていた。神官は先にもっと下に落ちているが、王女様が魔法を使っているのかやはり緩やかに下降している。

「無茶をするな」

 天馬の上から王女様にそう言われて、俺はお礼を言うタイミングを損ねつつ首を捻った。

「え?」
「私まで助けようとするとは、無茶をする。あのままではあなたまで落ちるところだっただろう」

 嗜められるように言われたが、さっきはそれ以外の選択肢なんてなかった。天馬が現れるなんて知らなかったし。

「助けられるなんて、初めてだった。驚いて一瞬対処に出遅れてしまった」
「はぁ、ありがとうございました。助かりました」
「やり直すにはもったいないと思っていたんだ。こちらこそ助かった」

 王女様は不思議なことを呟いて、どこか嬉しそうな表情をしている。
 まだ肩に矢が刺さったままだが、そんなことは気にならないというような笑みだ。

「ミラのことは皆には黙っておきたかったが、仕方がない」

 そう独りごちて、王女様は天馬をなでる。
 俺を咥えながらキュウと喉で鳴いた天馬が可愛い。猛烈にベルに対する郷愁を抱いた俺だった。

 無事に地上が近づいてきて、ほっとした。
 王女様が翼のある馬に乗って空から下りてくるんだから、そりゃみんな何事かと思うよな。門番から騎士から集まって、城の入り口に固まっている。
 その中には神官の服を着た人達もいて、先に地上に下された神官を見て狼狽えていた。落下の衝撃でちょうどよく気を失ったのか、神官は暴れ出したりしていない。
 今のうちに枢機卿に引き渡すのかな、なんて考えていた俺は、城の入り口に集まった大勢の中の一点に目が吸い寄せられた。それが紫色の騎士服だとわかった途端、それ以外のことを全て忘れる。

「グウェン!!」

 こちらを見上げているグウェンと目が合った。騎士団の団服で、人一倍背が高くて均整の取れた体躯。たくさんの人に紛れていても、俺にはすぐにグウェンだとわかる。
 彼の黒い瞳が俺にフォーカスするようにぐっと黒味を増したように見えた。
 そういえば俺、今見た目はライネルなんだった。
 俺だって知らせるようなもの持ってないよな、とグウェンを見返しながら自分の身体をごそごそする。
 そのとき、無表情でじっと俺を見つめていたグウェンの口が動いた。

 ──君は何をやっているんだ。

 はっきりとそう動いた彼の口元を見て、俺は満面の笑みを浮かべた。
 やっぱり俺のグウェン。
 一目で俺だってわかってくれるんだな。

「さて、私はミラを隠さなければならないので、一旦失礼する。また後で会おう」

 後ろから王女様の声が聞こえたと思ったら、咥えられていた襟元をぱかっと離された。

「えっ」

 大した高さはなかったが、空中に放り出されて一瞬ぽかんとする。不意に訪れる浮遊感。
 上手く着地できるか焦ったとき、あっという間に駆け寄ってきたグウェンが俺を受け止めてくれた。

「グウェン!」

 胸いっぱいに込み上げる安堵とときめきで、目の前の逞しい身体にしがみついた。
 しっかり背中に回ってくる腕の感触にほっとする。

「君は……目を離すと何故いつもわけのわからない状況に陥っているんだ」

 ため息混じりの声が聞こえて、俺だと確信している様子のグウェンの肩口に擦り寄る。
 ライネルの身体はゴツいからちょっと重そうだなと思ったが、地面に足をついてからもう一度ぎゅっと抱きついた。

「ナミア教皇国に着いた途端、どうして君が城の上から降ってくるんだ? それも見知らぬ天馬と共に、ライネルの姿で?」
「ごめんな……ちょっとアクシデントでみんな入れ替わっちゃってて」

 硬く抱きしめられながら、いつもの小言が始まったので俺は口元を綻ばせる。
 さすがにキスはできないが、もう少し甘えても許されるかな、と思ってぐりぐり額を擦り付けながら隙を窺っていると、横から聞き覚えのある声が聞こえた。

「入れ替わったって、どういうことですか?」

 その声で横を見ると、ノア(おそらくルシア)と、いつもながらにこやかなシスト司教、それから意外なことにリビエール上級神官の姿があった。

 これは皆さんお揃いで。ナミア教皇国現場にようこそ。
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