悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第四部

三十五話 最も尊きものを退けよ 前②

 意外な後押しに驚いたが、俺は内心で拍手喝采している。ルロイ神官長も味方になってくれるなら心強い。これで無理に結婚しろとは言われないだろう。一安心だ。
 侍従の神官を介して手渡された手紙を開き、教皇は頷いている。

「そうか。……デルトフィアの事情も理解した」

 そう言って「光の誓約か……」と感心した表情でヒューイを見た教皇様が、手紙から何を知ってしまったのかにはあえて触れなかった。聞いたらダメだ。そんな気がする。
 話が途切れたので、俺は後ろから一歩前に出た。

「教皇聖下、別の件をうかがってもよろしいでしょうか? デルトフィアから盗み出された宝剣について、お聞きしたいことがあるのですが」

 聞かれる前に話しかけて不敬だと怒られるかなと思ったが、教皇はあっさり俺に視線を向けて頷いた。

「うむ。悪魔が封印された宝剣が盗まれたと聞いている。犯人はわかっているのか」
「はい。おそらく、ヌイ・グノーシュの生き残りではないかと考えております」
「ヌイの一族か……」
「彼はデルトフィアにたびたび現れ、封印結界を破壊しようと裏で画策していました。先日宝剣に悪魔を封印したのも、もともとはノアというその人物が悪魔召喚を企てたことが発端です」

 俺達が知らない情報があるなら教えてほしいので、こちらの状況を端的に伝えた。
 教皇は落ち着いた態度で答えてくれる。

「ヌイの一族はすでに根絶やしにされたと思っていたが、まだ残党がいたとは」
「デルトフィアにある街外れの館で、悪魔崇拝を思わせる図柄と禁術の魔法陣が見つかりました。実は、同じものを昨日ナミア教皇国の廃村で見たのです。生憎、どちらも火事で焼け落ちてしまいましたが……」
「ふむ。我が国の中に? ヌイの生き残りがいるとなると、民が不安を覚えるだろう。早急に調査しよう」
「教皇聖下、失礼を承知で申し上げますが、ナミア教皇国の中には魔のものが入ってこられない、聖なる結界があるとうかがいました。それなのにヌイの一族が紛れて禁術を使っているのはどういう仕組みなのでしょうか?」

 禁術なら魔力も精霊力もいらないから術を行使できると言われて昨日は一旦納得したが、そもそもナミアでは魔の力は働かないのではないか? という純粋な疑問が湧いている。
 俺の問いにウラジミル教皇は片眉を上げて、口元を引き締めた。

「貴殿が言う通り、女神に祝福されし我が国には、魔物は入ることができない。聖なる光に焼かれ、国境を越えることができないからだ。しかし人間は別である。それは女神が人を愛した故、他国の者を妨げるような結界にはならなかった。魔に魅せられたのが人間ならば、我が国の中で禁術を使うことができるだろう」
「つまり、魔物が突破できないのは国境にある結界の壁であって、中にいる人間が召喚しようと思えばできてしまうと?」
「そうだ。しかし女神に祝福されたナミアの民は、そのような過ちは犯さない。もしナミアに魔物が現れるなら、それは他国の者か、呪われた者達の仕業である」

 言葉の中にちょいちょい選民意識が出てくるのは気になるが、俺が確認したかったことは知れた。
 つまり、ノアはナミアの中で自由に禁術を使えるということだろう。
 なら状況は厄介だ。反対に俺達は魔法が使えないから、戦闘になったら対抗手段がない。
 厳しい条件が見えてきて気持ちが引き締まる。ナミアの中でノアと対峙するのは危険かもしれないな。
 そう考えていたら、教皇が俺達を見回してため息を吐いた。

「春にあったデルトフィアの一件は私も聞いている。西の公爵が謀反人であったと聞いたが、その者が闇の一族と繋がっていたのだろう」

 バレンダール公爵について言及されて、俺はぴくりと肩を揺らした。
 そうだ。
 公爵のロケットペンダント。その中にはナミア教皇国の聖杯会議のマークが描かれていた。つまりこの城の中に、ノアを手助けしている人間が紛れている可能性もあるのだ。

 急に教皇すらも怪しく思えてきて、俺はじっとその顔を見つめた。

「宝剣を盗んだ者がナミアにいるのであれば、わが国にとっても脅威である。ヌイ・グノーシュについて私はあまり詳しくないが、マルティオに聞いてみるといい。彼は以前風土病が流行ったとき、前教皇のもとで呪いや禁術について調べていたことがある」

 注意深く教皇の言葉を聞いていた俺は、思わぬ助言に驚いた。マルティオ枢機卿が禁術について詳しい?
 そういえばヌイの一族について、枢機卿の前ではっきり話題に出したことはなかったよな。
 どの程度の情報が聞き出せるかわからないが、禁術への対抗手段とか、ノアが潜伏していそうな場所を教えてもらえるなら助かる。

「わかりました。ありがとうございます」
「それから、エラと……エリザヴェータのことだが、一度話してみてほしい。最近以前にも増して気持ちが塞ぐようでな。同世代の者と交流すれば、少しは気分が晴れるかもしれない」

 教皇が王女様を心配するような顔を見せたので、ヒューイに合図してレイナルドが了承しておいた。
 どちらにしろエリザヴェータ王女とは話をしようと思っていたから、教皇の許可が出るなら都合がいいだろう。

 ウラジミル教皇の謁見はそれで終わり、俺達は謁見の間から退室した。
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