悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
138 / 344
第二部

八十話 ロレンナと嘘つきな聖女の物語 前①

しおりを挟む
 本宮の前で待っていたマスルールは、俺の姿を見るとほっとしたような表情になって歩み寄ってきた。

「ご無事で良かったです」
「……ええ、はい。なんとか。彼のおかげで」

 果たしてあれは無事だったと言えるのだろうか。 

 そう思いながら俺が答えると、マスルールは俺の後ろにいるグウェンを見た。顔を合わせるのは初めてだからか、二人はお互いしばらく無言で見つめ合っていた。並んだところを見ると、マスルールの方が少しだけ背が高いことがわかる。どちらにしろ、大柄な二人は向かい合っているだけで威圧感があった。
 グウェンの実力を推し量ったのか、マスルールが硬い表情で彼に小さく会釈する。

「マスルールさん、あれからアシュラフ皇帝は現れましたか」

 王宮内にそんな様子は無いが一応聞くと、マスルールは険しい顔で首を横に振った。

「いえ。陛下の行方はわかっていません。闘技場にも、王宮にも戻っていません」

 戻ってきていないと聞いて俺はひとまず安心した。あれと闘うにはまだ準備と情報が足りない。今頃何をしているのかは知らないが、王宮にも戻っていないならそれはそれで都合が良い。

「みんなは無事ですか」
「はい。私たちも先ほど闘技場から戻って来て、今は念のため、皆イラムの鈴園にいます。陛下もそこにはイラムの魔法陣を使わない限り転移して来られませんから」

 俺は頷いてマスルールを見上げた。

「俺も連れてってください。皆に話がある」

 真剣な顔でそう言うと、彼は静かに頷いた。
 当然のように一緒についてくるグウェンとウィル達を伴って、イラムのエレベーターに向かった。
 俺の頭の上にはもう隠れることなくメルが堂々と乗っていて、ちらりとメルを見たマスルールが歩きながら呟いた。

「不死鳥は産まれていましたか」
「はい。お気付きでしたよね」
「ええ……」

 やはり気付いていない振りをしていたのか。
 顔を上げるとマスルールは俺から目を逸らしてメルを横目に眺めていた。

「ぴぴぃ」

 メルが珍しく怖がる素振りを見せずにマスルールに向かって愛想良く鳴いた。

「メル、もう隠れなくていいから羽の色戻してもいいよ」
「ぴぃ」

 そういえばもう擬態する必要もないな、と思い呼びかけると、メルが脚を踏ん張って羽ばたいたような気配を感じる。

「わぁ、綺麗ですね」

 ウィルの感嘆した声を聞いて、そういえば慌ただしくてウィルにはまだちゃんと紹介してなかったっけ、と思い出した。
 俺は頭の上からメルを下ろして手のひらに乗せ、隣を歩いているウィルの前に差し出した。メルの羽は産まれた時に見た赤色に戻っていて、ふわふわの翼はビロードの固まりみたいに光沢があり美しい。少しは不死鳥らしい見た目になったと思う。

「メルっていうんだ。デルトフィアの不死鳥だよ。メル、こっちはウィルと、この子はベル」
「よろしくね」

 ウィルがにっこり笑ってメルに挨拶すると、「ぴぃっ」とメルが元気に鳴く。

ーー赤ちゃんなの? おはなしできないの?

 ベルが歩きながら俺の横から首を出してきて手のひらに乗ったメルの匂いを嗅いだ。

「赤ちゃんっていうか、雛だな。自分で元気に動けるし俺たちの言葉はわかるみたいだけど、まだ産まれて二日だから話すのは難しいかな」

ーーそうなの?

 相変わらず不思議そうな顔をしているベルはメルに鼻先を寄せて観察している。
 メルの方は「ぴ」と小さく鳴いて固まっていた。

「きゅーん」

 よろしくね、と鳴くベルを微笑ましく見守っていると、じきにイラムに繋がるエレベーターに着いた。
 円柱の中に入るにはチーリン達がいるから全員で入るには結構ギリギリの大きさで、ベルパパとおばあちゃんも不思議な構造物の中に入ることを警戒したため少し手間取った。最終的に俺とベルで説得してグウェンとウィルには先に行ってもらい、二回に分かれてイラムに登った。

 イラムの中をキョロキョロしながら、好奇心に溢れた目であちこち見渡しているウィルとベルを連れて鈴園に繋がる魔法陣に向かった。
 宮殿の中は人気がなく、いつにも増して静まり返っているように感じる。

「何か、人の気配がないですね」
「宮殿内には陛下の失踪が既に噂で広まっていますから、皆早々に避難したのでしょう。今残っているのはおそらくアルフ様と私の父くらいだと思います」

 宮殿の中を歩きながらマスルールに聞いてみると、彼は冷静な声で答えた。
 なるほど。確かに後宮に残っているとそのうちアシュラフ皇帝が戻ってくるかもしれないしな。それで魔物を放たれでもしたら惨事になる。

「そういえば、砂漠の方は大丈夫だったんですか」
「はい。魔物は全て駆除が終わりました。ただ、今問題なのは陛下の結界が消えていることです」
「結界が消えてる……?」

 陛下の結界っていうと、ラムル神聖帝国全体を覆っているって言われていた、あの魔物避けの結界のことか。

「どうやら今朝から既に消失していたようです。まだ魔物も気づいていないようで国境を襲ってはいませんが、万が一のため第一師団をそのままバグラードに残しています。あそこは魔の虚に最も近い重要な都市ですから」
「ああ、バグラードにいた兵士さん達ですね」

 確かに後処理に来たにしては人数が多いなと思っていたんだ。
 それにしてもあの悪魔、今日の朝にはもう国を守る結界を消していたのか。つまり、奴は自分の正体がバレてもいいと思っていたということになる。どちらにしろ、俺たちを処分してから王宮を去ろうと思っていたのかもしれない。
 話していたら金色の扉の部屋について、ベル達にも魔法陣に乗ってもらい鈴園に転移した。



「レイナルド様!」

 転移した途端、待っていたルシアが俺に駆け寄って来て抱きつかれた。
 慌てて彼女を受け止めて、周りを見回すと鈴園の広場にはさっき闘技場にいた皆が既に集まっている。

「マスルールさんがレイナルド様が戻って来たって報告しに来てくれて、地上に迎えに行ったのでみんなで待ってました。本当に良かった。アシュラフ皇帝と一緒に消えた時はどうしようかと思いました。なんで飛びかかって殴りつけたりするんですか」

 泣き出しそうなルシアに「心配させてごめんね」と答えて彼女の肩を軽く叩いた。

「グウェンがちゃんと追いついてくれたから大丈夫だったよ。ルシアも無事でよかった」
「レイさん、大丈夫ですか?」

 ルシアと同じように駆け寄って来ていたライラとライルが俺を心配そうな目で見上げていた。リリアンとロレンナも近づいて来て俺のよれよれになった姿を見て心配してくれる。
 昨日と今日であの悪魔に散々振り回された俺たちには仲間意識のような連帯感が生まれていて、六人で集まるとちょっとほっとした。

「皆無事でよかった。俺も大丈夫。全員いるよね。マークス卿も、クリスさんも」

 リリアンの後ろで彼女を見守っているマークスと、ライネルの隣に立ち穏やかな目でルシアを眺めているクリスの姿を確認してほっとする。二人ともかなりの数の魔物と闘ったはずだけど、その割に大きな怪我もなさそうだ。
 そして俺たちを見守るようにダーウード宰相がいるのも見えて、意外に思いながらも俺はお爺さんと目が合うと会釈した。

「宰相も、ありがとうございました。危険にも関わらず結界を張ってくれて」
「それは……君の方こそ身体を張って陛下を止めてくれ、私たちを救ってくれただろう。感謝している。ありがとう」

 宰相の顔色は悪かったが、強張った顔でもお礼を言ってくれた。

「貴族達とか、政務の方はいいんですか。皇帝が消えてみんなパニックになってません?」
「典礼は一時休止として、魔物の騒動が鎮圧されたことは皆には既に報告してある。あとはバグラードの詳細がわかってから明日の朝議で大いに揉めることになるだろう。だがやむを得まい。ここまで問題が大きくなった以上、もはや陛下を退位させざるを得ないだろう。悪魔に憑かれた陛下が今何処にいるのかが気がかりだが、今のところどこからも発見したという報告は上がっていない」

 苦悶の表情をした彼は力無く首を横に振りながら答えた。アシュラフ皇帝はやはり退位することになるんだろうか。

 ルシアが落ち着いて俺から離れると、すぐにグウェンが俺を引き寄せてきたのでその手を握って繋ぎ、俺は皆を見回して口を開いた。

「皆、アシュラフ皇帝のことで話がある。ちょっと聞いてもらってもいいかな」

しおりを挟む
感想 535

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

キュートなモブ令息に転生したボク。可愛さと前世の知識で悪役令息なお義兄さまを守りますっ!

をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
BL
これは、あざと可愛い悪役令息の義弟VS.あざと主人公のおはなし。 ボクの名前は、クリストファー。 突然だけど、ボクには前世の記憶がある。 ジルベスターお義兄さまと初めて会ったとき、そのご尊顔を見て 「あああ!《《この人》》、知ってるう!悪役令息っ!」 と思い出したのだ。 あ、この人ゲームの悪役じゃん、って。 そう、俺が今いるこの世界は、ゲームの中の世界だったの! そして、ボクは悪役令息ジルベスターの義弟に転生していたのだ! しかも、モブ。 繰り返します。ボクはモブ!!「完全なるモブ」なのだ! ゲームの中のボクには、モブすぎて名前もキャラデザもなかった。 どおりで今まで毎日自分の顔をみてもなんにも思い出さなかったわけだ! ちなみに、ジルベスターお義兄さまは悪役ながら非常に人気があった。 その理由の第一は、ビジュアル! 夜空に輝く月みたいにキラキラした銀髪。夜の闇を思わせる深い紺碧の瞳。 涼やかに切れ上がった眦はサイコーにクール!! イケメンではなく美形!ビューティフル!ワンダフォー! ありとあらゆる美辞麗句を並び立てたくなるくらいに美しい姿かたちなのだ! 当然ながらボクもそのビジュアルにノックアウトされた。 ネップリももちろんコンプリートしたし、アクスタももちろん手に入れた! そんなボクの推しジルベスターは、その無表情のせいで「人を馬鹿にしている」「心がない」「冷酷」といわれ、悪役令息と呼ばれていた。 でもボクにはわかっていた。全部誤解なんだって。 ジルベスターは優しい人なんだって。 あの無表情の下には確かに温かなものが隠れてるはずなの! なのに誰もそれを理解しようとしなかった。 そして最後に断罪されてしまうのだ!あのピンク頭に惑わされたあんぽんたんたちのせいで!! ジルベスターが断罪されたときには悔し涙にぬれた。 なんとかジルベスターを救おうとすべてのルートを試し、ゲームをやり込みまくった。 でも何をしてもジルベスターは断罪された。 ボクはこの世界で大声で叫ぶ。 ボクのお義兄様はカッコよくて優しい最高のお義兄様なんだからっ! ゲームの世界ならいざしらず、このボクがついてるからには断罪なんてさせないっ! 最高に可愛いハイスぺモブ令息に転生したボクは、可愛さと前世の知識を武器にお義兄さまを守りますっ! ⭐︎⭐︎⭐︎ ご拝読頂きありがとうございます! コメント、エール、いいねお待ちしております♡ 「もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!」書籍発売中! 連載続いておりますので、そちらもぜひ♡

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。