137 / 326
第二部
七十九話 蕾の薔薇と世の喜び《急転》 後③
しおりを挟む
座長と別れてから闘技場に向かうと、闘技場の前にはたくさんの軍馬が外に繋がれていた。魔物の死骸の処理をしているのか、軍服を着た兵士が忙しく行ったり来たりして走り回っている。
グウェンは迷いなく闘技場の入り口に入り、狭い石造りの階段を登っていった。その通路は観客席に繋がっていて、俺はさっきまでいた闘技場を上から見下ろした。
あちこちに魔物の死骸は山積みだが、ルシア達の姿はもう見えず、軍服を着た兵士たちが魔物の死骸を片付けている。かなりの人数の兵士がいるから、近くの街からも応援が来ているのかもしれない。
下を見ていたグウェンが急に俺を抱き寄せてきて、ひょいと抱えるとふわりと浮かび上がった。
「えっ?」
「君たちは、少し待っていなさい。すぐに戻る」
彼はウィル達にそう言うと俺を抱えたまま音もなく下に飛んで行き、闘技場の真ん中で兵士たちに指揮をとっていた白髪のお爺さんに近付いた。後ろを見るとウィルとチーリン達は大人しく観客席から俺とグウェンを見守っている。
「ラス大佐」
グウェンの声に、軍服のお爺さんがこちらを向いた。
「おお騎士団長殿。ようやくかの方に会えましたか」
「ええ。他の候補者達はどこに」
「先ほど一足先に王宮に戻られたよ」
自然に話し始めるグウェンとお爺さんの顔を見比べて、俺はきょとんとしていた。
今大佐って言った?
いつの間に軍の偉い人と顔馴染みになったんだ。
「レイナルド、王宮に戻ればいいのか」
「あ、うん。とりあえずルシアとライネル達に合流しないと。皆無事だったら良いんだけど」
そう言って大佐と呼ばれたお爺さんを見ると、背中がしゃんと伸びた長い白髪のお爺さんは俺の頭の上にいるメルを珍しそうな顔で見ていた。
「心配なさらずともよろしい」
大佐が頷いた。
「居合わせた方は皆ご無事です。王宮にはマスルール様もついて行かれたから滅多なことは起こらないでしょう」
「そうですか。良かった」
ほっとして軽く息を吐くと、グウェンに視線を戻したお爺さんは軽く首を傾けた。
「王宮に戻られますかな」
グウェンがその言葉に頷くと、お爺さんは「であれば」と言って少し離れたところにいた大柄な兵士を二人、大声で呼んだ。
「彼らに転移門まで案内させよう」
そう言ってお爺さんは駆け寄って来た二人に俺たちが王都まで移動できるように転移門まで送るよう指示を出した。多分、転移門というのは俺が王都に移動した時に通ったあの白い大理石の門のことだろう。
二人はグウェンの顔を見た瞬間、「ひっ」と言って青ざめていた。呼ばれるまでは二人とも兵士達に指示を出していたから、階級はそこそこ高いのかもしれない。よく見ると、闘技場の中にいる他の兵士はグウェンを見て後ずさってる人が何人もいる。どういうことだ。
俺たちは二人に案内してもらいながら転移門まで移動した。ウィルが彼らを見て「あ、昨日の大尉さん達だ」と訳知り顔をしたので、二人とも顔見知りらしい。その割に大尉らしい二人はめちゃくちゃ怯えているんだが。
大尉二人は馬に乗って、俺たちも連れているチーリンに乗るのかと思ったようだったが、さすがに馬に擬態しているとはいえ聖獣に騎乗は出来ない。たとえ乗れたとしてもチーリンは馬より小柄だし、俺たちを乗せるのは可哀想だろう。
俺は当然のようにグウェンに抱っこされたまま飛んで、更にウィルも自分で浮かび上がったのを見て二人はぎょっとしていた。
移動する間街の人には二度見されて注目されたが、もう開き直った。きっともうこの街に来ることはない。人の噂の的になるくらいは甘んじて受け入れよう。
馬で先導しながらちらりと振り返った大尉の一人が、俺と目が合うとひっと震えて視線を前に戻した。
なんなんだ、一体。
確かに女装した男が厳つい男に抱き上げられて飛んでるなんて、ちょっとしたホラーかもしれないが、それにしても二人は怯えすぎだろう。
そのうち白い大理石でできた巨大なアーチ状の転移門が見えて、着いたら二人が傍にある建物で何やら手続きしてくれた。
「そういや、言われるままに来ちゃったけど、グウェンが転移して王都まで行くことも出来たよな」
待つ間にグウェンの顔を見てそう聞くと、少し考える顔になった彼はベルパパ達の方をちらりと見た。
「可能だろうが、チーリンが近寄らせてくれないのであれば、少し危ないだろう」
ベルパパとおばあちゃんは相変わらずグウェンからは距離を取っているから、この人数で一緒に転移するには不安があるらしい。確かに、それを考えると門をくぐる方が安全だ。
「お待たせしました。こちらが通行証です。これを持って門を通過してください」
大尉の二人が全員分の通行証を持ってきてくれた。ベル達には首にかける紐まで付いている。普段も馬を通す時に使うのかもしれない。メルはどうしたらいいのか聞いたら、小さな生き物は一緒に通れば問題ないらしい。念のためメルは頭から下ろして俺が手の中に抱いた。
「ありがとうございます。お忙しいところすみませんでした」
地面に下ろしてもらえないので俺がグウェンに抱えられたまま受け取って頭を下げると、二人はぎょっとして後ずさった。
「いえ、そんな、自分達は命令を遂行しただけですので! ええ、お礼など必要ございません! ……やはり六女に選ばれる方となると、お人柄も良くお優しいんですね。そちらもとてもよくお似合いで」
「おいやめろ……! お似合いっていうのは、もちろん騎士団長殿とってことです当然。なぁそうだよな」
「そ、そうそう。その通りです。いやだなぁははは。では自分達はこれで。お気をつけてお戻りください鬼団長」
「鬼団長?」
「バカやめろって!」
俺の声を聞いて青い顔になった大尉がバシンと相方の頭を叩き、その背中を蹴り飛ばした。
相方を小突きながら急いで逃げ去って行く背中を見送りながら、俺は呆気に取られてぽかんと口を開けていた。
今、鬼団長って言った?
俺がいない間に、マジで何があったんだ。
グウェンは一切リアクションを取らず、無表情で二人が逃げ去るのを見つめている。
俺は内心困惑していたが、その困惑は王宮に着いてから更に大きくなった。
無事王都に着いてから皆で王宮の城壁まで移動して、さてどうやって中に通してもらおうかなと考えていたらグウェンが躊躇なく門まで歩いて行った。彼の後をついて歩いていた俺は慌ててその背中に呼びかける。
「グウェン、門番と話すならマスルールさんを呼んでって……」
そこまで言いかけた時、門の前に立っていた数人が俺たちの姿を見た瞬間逃げた。
え? 逃げた?
瞬きして目を丸くすると、「何事だ?」と門の中から顔を覗かせた門番がグウェンの顔を見て「ひっ」と叫んでまた逃げた。
なぜ、逃げる?
グウェンが足を止めずに誰もいなくなった門を通過していくから、困惑しながらも彼についていった。俺の後ろからウィルとベル達もついて来て、ウィルは「便利ですね」とあっけらかんと状況を受け入れている。
その後も衛兵と思われる兵士は、グウェンを見てぎょっとした顔になると蜘蛛の子を散らすように消えていく。武官ではない人には見ないフリをされた。誰も俺たちが王宮の内部に入っていくことを咎めない。
なぜ顔パスなんだ? お前は一体何をした?
「おい、あれ通していいのか」
「しっ、声に出すな。気付かれるだろうが。お前第一師団の奴らがどんな目に遭ったか聞いてないのか」
「ああ、あの人が。ヤバいな、また戻ってきたのか。午前中に本宮の方で問題があったばかりなのに次から次へと参るなぁ」
俺たちをスルーした衛兵の後ろから同僚なのか兵士が話しかけて、それを衛兵が声を顰めて諌めていた。
なんなんだこれは。どうして誰も俺たちに近づいて来ないんだ。皇帝の失踪騒ぎで役人が出払っているにしても、呼び止めて誰何するくらいあっても良くないか。
ぞろぞろ歩いて進む俺たちを皆遠巻きにして眺めている。というか、誰でもいいから尋ねてきてくれないと、マスルールに話を通してもらえない。むしろ誰か呼び止めてくれ。
「あ、あれがデルトフィアの……」
「昨日居合わせた衛兵が皆救護室送りに……」
「ラス大佐に任命された鬼の教官か……」
「他の師団が次の鬼の餌食は自分たちじゃないかって震え上がってるらしい」
「おい、嫁とペットが増えてるじゃないか。誰か官僚呼んでこいよ」
「彼は恋人を連れ戻しに来たんじゃなかったのか? まさか痴情のもつれだったのか。嫁がいるなら」
俺たちを見ながらひそひそ話す声が途切れ途切れに聞こえてくる。
また鬼って聞こえるんだけど。
それに嫁って、俺のことだよな。
確かに今は女性の衣装を着ているし髪も長い。グウェンと並んだら俺は小柄だし遠巻きにしたくらいじゃ性別がはっきり分からないかもしれない。でもなんか、話されてる内容が物騒なんだよ。痴情のもつれって何。
全く気にする様子もなく奥に進んで行くグウェンについて歩きながら、俺は顔を引き攣らせた。
マジで何したんだ、お前は。
ウィルはもう慣れてます、という顔をしてさくさく後をついて歩いているし、ベルもそうだ。
ベルパパとおばあちゃんは少し距離を置いてもの珍しそうに周りを見回しながら俺たちについて来ている。
「ぴぴぃ?」
メルだけが俺と一緒で頭の上から困惑した鳴き声を上げていた。
そのうち王宮内部にある広い石畳の通路まで辿り着いてしまった。本当にこのまま先に進んでいいのか。
そう思っていると、ようやく恐る恐るといった様子で官吏の服を着た役人が俺たちに話しかけてきた。
マスルールを呼んでもらえるように頼むと、近くの建物で少し待たされてから、迎えに来た馬車に乗って本宮に案内された。
ベルが興味深そうにして金ピカに光る馬車に乗りたがったので、俺は頭にメルを、膝にウィルを乗せて三人と一頭と一羽でぎゅうぎゅうになって大騒ぎしながら馬車に乗り込んだ。ベルパパ達は少し離れて馬車の後ろから着いてくる。
馬車が走り出す光景を見ていた周りの役人達は、皆顔を引き攣らせながら俺たちを見ていたが、あいつら一体何なんだよ、とその顔には書いてあった。
グウェンは迷いなく闘技場の入り口に入り、狭い石造りの階段を登っていった。その通路は観客席に繋がっていて、俺はさっきまでいた闘技場を上から見下ろした。
あちこちに魔物の死骸は山積みだが、ルシア達の姿はもう見えず、軍服を着た兵士たちが魔物の死骸を片付けている。かなりの人数の兵士がいるから、近くの街からも応援が来ているのかもしれない。
下を見ていたグウェンが急に俺を抱き寄せてきて、ひょいと抱えるとふわりと浮かび上がった。
「えっ?」
「君たちは、少し待っていなさい。すぐに戻る」
彼はウィル達にそう言うと俺を抱えたまま音もなく下に飛んで行き、闘技場の真ん中で兵士たちに指揮をとっていた白髪のお爺さんに近付いた。後ろを見るとウィルとチーリン達は大人しく観客席から俺とグウェンを見守っている。
「ラス大佐」
グウェンの声に、軍服のお爺さんがこちらを向いた。
「おお騎士団長殿。ようやくかの方に会えましたか」
「ええ。他の候補者達はどこに」
「先ほど一足先に王宮に戻られたよ」
自然に話し始めるグウェンとお爺さんの顔を見比べて、俺はきょとんとしていた。
今大佐って言った?
いつの間に軍の偉い人と顔馴染みになったんだ。
「レイナルド、王宮に戻ればいいのか」
「あ、うん。とりあえずルシアとライネル達に合流しないと。皆無事だったら良いんだけど」
そう言って大佐と呼ばれたお爺さんを見ると、背中がしゃんと伸びた長い白髪のお爺さんは俺の頭の上にいるメルを珍しそうな顔で見ていた。
「心配なさらずともよろしい」
大佐が頷いた。
「居合わせた方は皆ご無事です。王宮にはマスルール様もついて行かれたから滅多なことは起こらないでしょう」
「そうですか。良かった」
ほっとして軽く息を吐くと、グウェンに視線を戻したお爺さんは軽く首を傾けた。
「王宮に戻られますかな」
グウェンがその言葉に頷くと、お爺さんは「であれば」と言って少し離れたところにいた大柄な兵士を二人、大声で呼んだ。
「彼らに転移門まで案内させよう」
そう言ってお爺さんは駆け寄って来た二人に俺たちが王都まで移動できるように転移門まで送るよう指示を出した。多分、転移門というのは俺が王都に移動した時に通ったあの白い大理石の門のことだろう。
二人はグウェンの顔を見た瞬間、「ひっ」と言って青ざめていた。呼ばれるまでは二人とも兵士達に指示を出していたから、階級はそこそこ高いのかもしれない。よく見ると、闘技場の中にいる他の兵士はグウェンを見て後ずさってる人が何人もいる。どういうことだ。
俺たちは二人に案内してもらいながら転移門まで移動した。ウィルが彼らを見て「あ、昨日の大尉さん達だ」と訳知り顔をしたので、二人とも顔見知りらしい。その割に大尉らしい二人はめちゃくちゃ怯えているんだが。
大尉二人は馬に乗って、俺たちも連れているチーリンに乗るのかと思ったようだったが、さすがに馬に擬態しているとはいえ聖獣に騎乗は出来ない。たとえ乗れたとしてもチーリンは馬より小柄だし、俺たちを乗せるのは可哀想だろう。
俺は当然のようにグウェンに抱っこされたまま飛んで、更にウィルも自分で浮かび上がったのを見て二人はぎょっとしていた。
移動する間街の人には二度見されて注目されたが、もう開き直った。きっともうこの街に来ることはない。人の噂の的になるくらいは甘んじて受け入れよう。
馬で先導しながらちらりと振り返った大尉の一人が、俺と目が合うとひっと震えて視線を前に戻した。
なんなんだ、一体。
確かに女装した男が厳つい男に抱き上げられて飛んでるなんて、ちょっとしたホラーかもしれないが、それにしても二人は怯えすぎだろう。
そのうち白い大理石でできた巨大なアーチ状の転移門が見えて、着いたら二人が傍にある建物で何やら手続きしてくれた。
「そういや、言われるままに来ちゃったけど、グウェンが転移して王都まで行くことも出来たよな」
待つ間にグウェンの顔を見てそう聞くと、少し考える顔になった彼はベルパパ達の方をちらりと見た。
「可能だろうが、チーリンが近寄らせてくれないのであれば、少し危ないだろう」
ベルパパとおばあちゃんは相変わらずグウェンからは距離を取っているから、この人数で一緒に転移するには不安があるらしい。確かに、それを考えると門をくぐる方が安全だ。
「お待たせしました。こちらが通行証です。これを持って門を通過してください」
大尉の二人が全員分の通行証を持ってきてくれた。ベル達には首にかける紐まで付いている。普段も馬を通す時に使うのかもしれない。メルはどうしたらいいのか聞いたら、小さな生き物は一緒に通れば問題ないらしい。念のためメルは頭から下ろして俺が手の中に抱いた。
「ありがとうございます。お忙しいところすみませんでした」
地面に下ろしてもらえないので俺がグウェンに抱えられたまま受け取って頭を下げると、二人はぎょっとして後ずさった。
「いえ、そんな、自分達は命令を遂行しただけですので! ええ、お礼など必要ございません! ……やはり六女に選ばれる方となると、お人柄も良くお優しいんですね。そちらもとてもよくお似合いで」
「おいやめろ……! お似合いっていうのは、もちろん騎士団長殿とってことです当然。なぁそうだよな」
「そ、そうそう。その通りです。いやだなぁははは。では自分達はこれで。お気をつけてお戻りください鬼団長」
「鬼団長?」
「バカやめろって!」
俺の声を聞いて青い顔になった大尉がバシンと相方の頭を叩き、その背中を蹴り飛ばした。
相方を小突きながら急いで逃げ去って行く背中を見送りながら、俺は呆気に取られてぽかんと口を開けていた。
今、鬼団長って言った?
俺がいない間に、マジで何があったんだ。
グウェンは一切リアクションを取らず、無表情で二人が逃げ去るのを見つめている。
俺は内心困惑していたが、その困惑は王宮に着いてから更に大きくなった。
無事王都に着いてから皆で王宮の城壁まで移動して、さてどうやって中に通してもらおうかなと考えていたらグウェンが躊躇なく門まで歩いて行った。彼の後をついて歩いていた俺は慌ててその背中に呼びかける。
「グウェン、門番と話すならマスルールさんを呼んでって……」
そこまで言いかけた時、門の前に立っていた数人が俺たちの姿を見た瞬間逃げた。
え? 逃げた?
瞬きして目を丸くすると、「何事だ?」と門の中から顔を覗かせた門番がグウェンの顔を見て「ひっ」と叫んでまた逃げた。
なぜ、逃げる?
グウェンが足を止めずに誰もいなくなった門を通過していくから、困惑しながらも彼についていった。俺の後ろからウィルとベル達もついて来て、ウィルは「便利ですね」とあっけらかんと状況を受け入れている。
その後も衛兵と思われる兵士は、グウェンを見てぎょっとした顔になると蜘蛛の子を散らすように消えていく。武官ではない人には見ないフリをされた。誰も俺たちが王宮の内部に入っていくことを咎めない。
なぜ顔パスなんだ? お前は一体何をした?
「おい、あれ通していいのか」
「しっ、声に出すな。気付かれるだろうが。お前第一師団の奴らがどんな目に遭ったか聞いてないのか」
「ああ、あの人が。ヤバいな、また戻ってきたのか。午前中に本宮の方で問題があったばかりなのに次から次へと参るなぁ」
俺たちをスルーした衛兵の後ろから同僚なのか兵士が話しかけて、それを衛兵が声を顰めて諌めていた。
なんなんだこれは。どうして誰も俺たちに近づいて来ないんだ。皇帝の失踪騒ぎで役人が出払っているにしても、呼び止めて誰何するくらいあっても良くないか。
ぞろぞろ歩いて進む俺たちを皆遠巻きにして眺めている。というか、誰でもいいから尋ねてきてくれないと、マスルールに話を通してもらえない。むしろ誰か呼び止めてくれ。
「あ、あれがデルトフィアの……」
「昨日居合わせた衛兵が皆救護室送りに……」
「ラス大佐に任命された鬼の教官か……」
「他の師団が次の鬼の餌食は自分たちじゃないかって震え上がってるらしい」
「おい、嫁とペットが増えてるじゃないか。誰か官僚呼んでこいよ」
「彼は恋人を連れ戻しに来たんじゃなかったのか? まさか痴情のもつれだったのか。嫁がいるなら」
俺たちを見ながらひそひそ話す声が途切れ途切れに聞こえてくる。
また鬼って聞こえるんだけど。
それに嫁って、俺のことだよな。
確かに今は女性の衣装を着ているし髪も長い。グウェンと並んだら俺は小柄だし遠巻きにしたくらいじゃ性別がはっきり分からないかもしれない。でもなんか、話されてる内容が物騒なんだよ。痴情のもつれって何。
全く気にする様子もなく奥に進んで行くグウェンについて歩きながら、俺は顔を引き攣らせた。
マジで何したんだ、お前は。
ウィルはもう慣れてます、という顔をしてさくさく後をついて歩いているし、ベルもそうだ。
ベルパパとおばあちゃんは少し距離を置いてもの珍しそうに周りを見回しながら俺たちについて来ている。
「ぴぴぃ?」
メルだけが俺と一緒で頭の上から困惑した鳴き声を上げていた。
そのうち王宮内部にある広い石畳の通路まで辿り着いてしまった。本当にこのまま先に進んでいいのか。
そう思っていると、ようやく恐る恐るといった様子で官吏の服を着た役人が俺たちに話しかけてきた。
マスルールを呼んでもらえるように頼むと、近くの建物で少し待たされてから、迎えに来た馬車に乗って本宮に案内された。
ベルが興味深そうにして金ピカに光る馬車に乗りたがったので、俺は頭にメルを、膝にウィルを乗せて三人と一頭と一羽でぎゅうぎゅうになって大騒ぎしながら馬車に乗り込んだ。ベルパパ達は少し離れて馬車の後ろから着いてくる。
馬車が走り出す光景を見ていた周りの役人達は、皆顔を引き攣らせながら俺たちを見ていたが、あいつら一体何なんだよ、とその顔には書いてあった。
893
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
毎日投稿だけど時間は不定期
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。