悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

七十九話 蕾の薔薇と世の喜び《急転》 後③

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 座長と別れてから闘技場に向かうと、闘技場の前にはたくさんの軍馬が外に繋がれていた。魔物の死骸の処理をしているのか、軍服を着た兵士が忙しく行ったり来たりして走り回っている。

 グウェンは迷いなく闘技場の入り口に入り、狭い石造りの階段を登っていった。その通路は観客席に繋がっていて、俺はさっきまでいた闘技場を上から見下ろした。
 あちこちに魔物の死骸は山積みだが、ルシア達の姿はもう見えず、軍服を着た兵士たちが魔物の死骸を片付けている。かなりの人数の兵士がいるから、近くの街からも応援が来ているのかもしれない。

 下を見ていたグウェンが急に俺を抱き寄せてきて、ひょいと抱えるとふわりと浮かび上がった。

「えっ?」
「君たちは、少し待っていなさい。すぐに戻る」

 彼はウィル達にそう言うと俺を抱えたまま音もなく下に飛んで行き、闘技場の真ん中で兵士たちに指揮をとっていた白髪のお爺さんに近付いた。後ろを見るとウィルとチーリン達は大人しく観客席から俺とグウェンを見守っている。

「ラス大佐」

 グウェンの声に、軍服のお爺さんがこちらを向いた。

「おお騎士団長殿。ようやくかの方に会えましたか」
「ええ。他の候補者達はどこに」
「先ほど一足先に王宮に戻られたよ」

 自然に話し始めるグウェンとお爺さんの顔を見比べて、俺はきょとんとしていた。

 今大佐って言った?
 いつの間に軍の偉い人と顔馴染みになったんだ。

「レイナルド、王宮に戻ればいいのか」
「あ、うん。とりあえずルシアとライネル達に合流しないと。皆無事だったら良いんだけど」

 そう言って大佐と呼ばれたお爺さんを見ると、背中がしゃんと伸びた長い白髪のお爺さんは俺の頭の上にいるメルを珍しそうな顔で見ていた。

「心配なさらずともよろしい」

 大佐が頷いた。

「居合わせた方は皆ご無事です。王宮にはマスルール様もついて行かれたから滅多なことは起こらないでしょう」
「そうですか。良かった」

 ほっとして軽く息を吐くと、グウェンに視線を戻したお爺さんは軽く首を傾けた。

「王宮に戻られますかな」

 グウェンがその言葉に頷くと、お爺さんは「であれば」と言って少し離れたところにいた大柄な兵士を二人、大声で呼んだ。

「彼らに転移門まで案内させよう」

 そう言ってお爺さんは駆け寄って来た二人に俺たちが王都まで移動できるように転移門まで送るよう指示を出した。多分、転移門というのは俺が王都に移動した時に通ったあの白い大理石の門のことだろう。
 二人はグウェンの顔を見た瞬間、「ひっ」と言って青ざめていた。呼ばれるまでは二人とも兵士達に指示を出していたから、階級はそこそこ高いのかもしれない。よく見ると、闘技場の中にいる他の兵士はグウェンを見て後ずさってる人が何人もいる。どういうことだ。

 俺たちは二人に案内してもらいながら転移門まで移動した。ウィルが彼らを見て「あ、昨日の大尉さん達だ」と訳知り顔をしたので、二人とも顔見知りらしい。その割に大尉らしい二人はめちゃくちゃ怯えているんだが。
 大尉二人は馬に乗って、俺たちも連れているチーリンに乗るのかと思ったようだったが、さすがに馬に擬態しているとはいえ聖獣に騎乗は出来ない。たとえ乗れたとしてもチーリンは馬より小柄だし、俺たちを乗せるのは可哀想だろう。
 俺は当然のようにグウェンに抱っこされたまま飛んで、更にウィルも自分で浮かび上がったのを見て二人はぎょっとしていた。
 移動する間街の人には二度見されて注目されたが、もう開き直った。きっともうこの街に来ることはない。人の噂の的になるくらいは甘んじて受け入れよう。

 馬で先導しながらちらりと振り返った大尉の一人が、俺と目が合うとひっと震えて視線を前に戻した。

 なんなんだ、一体。

 確かに女装した男が厳つい男に抱き上げられて飛んでるなんて、ちょっとしたホラーかもしれないが、それにしても二人は怯えすぎだろう。

 そのうち白い大理石でできた巨大なアーチ状の転移門が見えて、着いたら二人が傍にある建物で何やら手続きしてくれた。

「そういや、言われるままに来ちゃったけど、グウェンが転移して王都まで行くことも出来たよな」

 待つ間にグウェンの顔を見てそう聞くと、少し考える顔になった彼はベルパパ達の方をちらりと見た。

「可能だろうが、チーリンが近寄らせてくれないのであれば、少し危ないだろう」

 ベルパパとおばあちゃんは相変わらずグウェンからは距離を取っているから、この人数で一緒に転移するには不安があるらしい。確かに、それを考えると門をくぐる方が安全だ。

「お待たせしました。こちらが通行証です。これを持って門を通過してください」

 大尉の二人が全員分の通行証を持ってきてくれた。ベル達には首にかける紐まで付いている。普段も馬を通す時に使うのかもしれない。メルはどうしたらいいのか聞いたら、小さな生き物は一緒に通れば問題ないらしい。念のためメルは頭から下ろして俺が手の中に抱いた。

「ありがとうございます。お忙しいところすみませんでした」

 地面に下ろしてもらえないので俺がグウェンに抱えられたまま受け取って頭を下げると、二人はぎょっとして後ずさった。

「いえ、そんな、自分達は命令を遂行しただけですので! ええ、お礼など必要ございません! ……やはり六女に選ばれる方となると、お人柄も良くお優しいんですね。そちらもとてもよくお似合いで」
「おいやめろ……! お似合いっていうのは、もちろん騎士団長殿とってことです当然。なぁそうだよな」
「そ、そうそう。その通りです。いやだなぁははは。では自分達はこれで。お気をつけてお戻りください鬼団長」
「鬼団長?」
「バカやめろって!」

 俺の声を聞いて青い顔になった大尉がバシンと相方の頭を叩き、その背中を蹴り飛ばした。

 相方を小突きながら急いで逃げ去って行く背中を見送りながら、俺は呆気に取られてぽかんと口を開けていた。

 今、鬼団長って言った?

 俺がいない間に、マジで何があったんだ。

 グウェンは一切リアクションを取らず、無表情で二人が逃げ去るのを見つめている。
 俺は内心困惑していたが、その困惑は王宮に着いてから更に大きくなった。

 無事王都に着いてから皆で王宮の城壁まで移動して、さてどうやって中に通してもらおうかなと考えていたらグウェンが躊躇なく門まで歩いて行った。彼の後をついて歩いていた俺は慌ててその背中に呼びかける。

「グウェン、門番と話すならマスルールさんを呼んでって……」

 そこまで言いかけた時、門の前に立っていた数人が俺たちの姿を見た瞬間逃げた。

 え? 逃げた?

 瞬きして目を丸くすると、「何事だ?」と門の中から顔を覗かせた門番がグウェンの顔を見て「ひっ」と叫んでまた逃げた。

 なぜ、逃げる?

 グウェンが足を止めずに誰もいなくなった門を通過していくから、困惑しながらも彼についていった。俺の後ろからウィルとベル達もついて来て、ウィルは「便利ですね」とあっけらかんと状況を受け入れている。
 その後も衛兵と思われる兵士は、グウェンを見てぎょっとした顔になると蜘蛛の子を散らすように消えていく。武官ではない人には見ないフリをされた。誰も俺たちが王宮の内部に入っていくことを咎めない。

 なぜ顔パスなんだ? お前は一体何をした?

「おい、あれ通していいのか」
「しっ、声に出すな。気付かれるだろうが。お前第一師団の奴らがどんな目に遭ったか聞いてないのか」
「ああ、あの人が。ヤバいな、また戻ってきたのか。午前中に本宮の方で問題があったばかりなのに次から次へと参るなぁ」

 俺たちをスルーした衛兵の後ろから同僚なのか兵士が話しかけて、それを衛兵が声を顰めて諌めていた。
 なんなんだこれは。どうして誰も俺たちに近づいて来ないんだ。皇帝の失踪騒ぎで役人が出払っているにしても、呼び止めて誰何すいかするくらいあっても良くないか。
 ぞろぞろ歩いて進む俺たちを皆遠巻きにして眺めている。というか、誰でもいいから尋ねてきてくれないと、マスルールに話を通してもらえない。むしろ誰か呼び止めてくれ。

「あ、あれがデルトフィアの……」
「昨日居合わせた衛兵が皆救護室送りに……」
「ラス大佐に任命された鬼の教官か……」
「他の師団が次の鬼の餌食は自分たちじゃないかって震え上がってるらしい」
「おい、嫁とペットが増えてるじゃないか。誰か官僚呼んでこいよ」
「彼は恋人を連れ戻しに来たんじゃなかったのか? まさか痴情のもつれだったのか。嫁がいるなら」

 俺たちを見ながらひそひそ話す声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 また鬼って聞こえるんだけど。

 それに嫁って、俺のことだよな。

 確かに今は女性の衣装を着ているし髪も長い。グウェンと並んだら俺は小柄だし遠巻きにしたくらいじゃ性別がはっきり分からないかもしれない。でもなんか、話されてる内容が物騒なんだよ。痴情のもつれって何。
 
 全く気にする様子もなく奥に進んで行くグウェンについて歩きながら、俺は顔を引き攣らせた。

 マジで何したんだ、お前は。

 ウィルはもう慣れてます、という顔をしてさくさく後をついて歩いているし、ベルもそうだ。
 ベルパパとおばあちゃんは少し距離を置いてもの珍しそうに周りを見回しながら俺たちについて来ている。

「ぴぴぃ?」

 メルだけが俺と一緒で頭の上から困惑した鳴き声を上げていた。

 そのうち王宮内部にある広い石畳の通路まで辿り着いてしまった。本当にこのまま先に進んでいいのか。
 そう思っていると、ようやく恐る恐るといった様子で官吏の服を着た役人が俺たちに話しかけてきた。
 マスルールを呼んでもらえるように頼むと、近くの建物で少し待たされてから、迎えに来た馬車に乗って本宮に案内された。
 ベルが興味深そうにして金ピカに光る馬車に乗りたがったので、俺は頭にメルを、膝にウィルを乗せて三人と一頭と一羽でぎゅうぎゅうになって大騒ぎしながら馬車に乗り込んだ。ベルパパ達は少し離れて馬車の後ろから着いてくる。
 馬車が走り出す光景を見ていた周りの役人達は、皆顔を引き攣らせながら俺たちを見ていたが、あいつら一体何なんだよ、とその顔には書いてあった。
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