悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

二十三話 不精な若者の計略 後①

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 俺は暗い馬車の中で膝に乗せたガラスの鳥籠を抱えながら項垂れていた。

「大丈夫。俺もなんとかして宮殿に忍び込むから、後で落ち合おう」

 真面目な顔でそう言ったオズワルドは、無情にも俺をそのまま皇帝に売り飛ばした。支払いを済ませたアシュラフ皇帝の側近が俺と不死鳥の卵を一緒に馬車に乗せた時には、オズの姿はすでに屋敷から消えていた。

 あいつのこのぶっ飛んだやり方ってどうにかならないの?
 こんなのって、いくらなんでもめちゃくちゃすぎないか?

「せめて首輪を外していけよオズワルド……」

 あいつ、首輪を外すの忘れていきやがった。
 後で会ったら一発殴ろう。

 小さな声で恨みがましく呟いた。
 これがあるせいで俺はほとんど無力なんだ。
 今から未知の場所に連れていかれるのに、魔法を使えないのは不安でしょうがない。

「うう……グウェンたすけて……」

 ズボンのポケットに入れてあるグウェンの懐中時計を片手で取り出して眺めた。チェーンをかけるボウの部分に引っ掛けた狼の飾りが、大型犬のような純朴な瞳でだから言わんこっちゃない。と俺を見ている。
 その通りだよ。
 昨日グウェンの屋敷から出るんじゃなかった。
 彼がデルトフィアに戻るまであと何日だろう。
 もうこうなったら叱られるのは甘んじて受け入れるから助けに来て欲しい。
 グウェンが来るまで、俺は大丈夫なんだろうか。

 猛烈な未来への不安に駆られて、俺は膝に乗せた大きなガラスの鳥籠を見る。
 俺と共に連れて来られたトビは俺が顔を覗き込むと首を傾げた。

 かわいい。
 少しだけほっこりして、一緒に持ってきた籠から干し肉を取り出してトビにあげた。

「クー」

 と鳴いてむしゃむしゃ食べているトビを無心で見つめる。
 車輪が回転する振動と共に馬車が夜の王都の街道を走っていく。港の下街から、おそらく王都への移動は転移魔法を使った。馬車の小さな窓からだったからあまりよく見えなかったが、港街の街道をガタゴト走っていたら、白い大理石の立派なアーチ状の門を通った後急に景色が変わったのだ。あのアーチ状の門に魔法がかかっていたようだ。デルトフィアとは魔法陣の仕組みが違って興味深い。
 転移してしまったが、オズワルドはちゃんとついて来れているんだろうか、と一抹の不安が頭をよぎる。
 王都と思われる街の中は、夜だからあまり雰囲気はわからないが、下街よりは道の幅も広く、白い漆喰やカラフルなタイルで装飾された優美な建物が多い気がした。晴れた昼間に見たら、きっとすごく綺麗な街並みなんだろう。

 俺は目の前に座っている王様の側近を怖々と見上げた。
 マスルールと呼ばれた立派な身体つきの眼鏡をかけた彼は、腕を組んでずっと目を瞑っている。寝てるとは思わないが、さっきから俺が独り言を言っても特に反応がない。背の高さだけで言ったらグウェンよりも大きいかもしれない。表情が冷たい感じが威圧感を感じるが、なんとなくグウェンドルフに似た何かを感じなくもない。魔法が使えない今は強そうな人と一緒にいられるのは安心だった。
 俺は召使いとして買われたなら一緒の馬車に乗ってていいんだろうか。不死鳥の卵が入った鳥籠を持っているから一緒に乗せてもらえたということなのか。支配人が別の馬車で宮殿に運ぼうかと申し出たが、彼はそれを断って自分の乗ってきた馬車に俺と卵を乗せた。
 
 遠目に、高く視界を遮る白い城壁が見える。おそらくあれが宮殿なんだろう。宮殿に近づくにつれ、高くそびえる尖塔の群れや、おそらく鮮やかな色で塗られた丸屋根がたくさん見えて来る。なんというか、だんだんアラビアンナイトな雰囲気になってきたな。
 宮殿の上には、なんだか平たい巨大な円盤のようなものが浮いているように見える。
 あれは一体なんだろう。
 というか、本当にこのままだと宮殿に入ってしまうぞ。大丈夫なのか。
 ある種の諦観と共にぼんやり馬車の小さな窓から外を見ていると、突然頭上からどすんと音がした。

「え?!」

 驚いて上を見上げると、馬車の屋根の上に何かが降り立ったのかミシッと天井が音を立てた。

「マスルール様」

 密やかな声が御者台の方から聞こえる。
 その声で俺の目の前に座っていたマスルールが目を開き、馬車の外に視線を投げた。

「来たか」

 そう言って、彼は機敏な動きで走り続ける馬車の扉を内側から開けた。

「え? え?」

 鳥籠を抱えたまま困惑の声を上げた俺を振り返り、彼は眉を寄せて卵を指差した。

「それをしっかり持っていなさい」

 それだけ言うと彼は大柄な身体に似合わず軽々と馬車から飛び出して何かを蹴り上げると、屋根の上に飛び乗った。そして馬車の扉がバタンと外から閉められる。

 は?

 急な展開に俺は目を丸くしたまま馬車の小さな窓を見つめた。
 今、マスルールが蹴り飛ばしたのは、俺の目が確かなら短剣に見えたぞ。

 呆然とする間も無く馬車の周りにわらわらと黒ずくめの男たちが駆け寄ってくるのが見えた。全員黒い服を身に纏い、長布で顔を覆っている。手には太い刃の大剣を持っていた。
 馬車がその場でがくんと停止する。

 ちょ、何?
 強盗?

 俺は急いで手に持っていた懐中時計をポケットにしまい、鳥籠をしっかり抱えた。
 明らかに宮殿のものとわかる馬車を狙ってくるということは、おそらくただの強盗ではない。不死鳥の卵が乗っていることを知っているんだろうか。
 だとしたら何故そんな情報が早くも漏れているんだ?

 黒い服の男が上から落ちていった。さっきのすごい音は屋根の上に飛び乗った強盗だったんだろうか。すぐにマスルールも屋根から飛び降りて、集まってきた刺客を相手に乱闘を始める。
 一人対複数なのに、彼は全く怯んでいなかった。
 馬車は止まっているがマスルールが前に立ち塞がっているため男達はこちらに近寄って来られない。扉が片側にしかない馬車だったから反対側に飛びつかれても中には侵入されなかった。でも窓は破られそうで怖い。
 窓に映った黒い服と顔を隠す長布を見てどうしようとびびっていた時、ゴウっと風が吹いて窓に飛びついていた男が吹き飛ばされた。

「今の、魔法?」

 窓の外に微かに銀色の陰が見えたような気がした。多分オズワルドだ。ちゃんとついて来ていたらしい。
 安心してマスルールの方を見ると、彼は刺客から奪った剣を構えていた。その刀身に青い光が灯っている。
 そのまま彼はその剣を振り回し、群がる男たちを薙ぎ払った。あきらかに、刀身の長さよりも広範囲にいる敵が切り捨てられている。多分、彼も何か魔法を使っている。
 こんな場面なのに少し興味を引かれて俺は窓に身を寄せた。だけど普段は対魔物の戦闘しか見たことがないから、人が切られているのを見るのは怖くて少し観察した後やっぱり窓から離れて鳥籠を両手でぎゅっと抱えた。
 慣れているのか、全く息も切らさず群がった刺客を淡々と倒した彼は、最後の一人を切り捨てた後、手に持った剣を投げ捨てた。
 
 そのまま何事も無かったかのように彼は馬車に戻ってきて御者に出発を促し、馬車はまた走り始める。
 扉を開けて入ってきたマスルールを見上げて、俺は少し奥の方へずれた。
 彼は俺と鳥籠の中のトビと卵を順番に見ると、小さくため息をついてまた俺の向かいの座席に座った。馬車は切り捨てた刺客達をその場に残したまま宮殿に向かって走る。オズワルドの陰もまた見えなくなった。

 なんだったんだろう。
 やっぱり不死鳥の卵を狙った強盗だったんだろうか。もしかして、それが予測されたから俺と卵を同じ馬車に乗せたのか。
 思い切って聞いてみようか、と思った時マスルールの方が俺の顔を見て微かに首を傾げた。彼の赤みのある澄んだ茶色の目が俺を観察するように細まる。

「それで、貴方は何者なんです」

 冷たくはあるが俺を嫌悪している訳ではない声を聞いて、俺は瞬きした。

「あそこの召使いではないでしょう。屋敷に潜り込んでいたようですが、それは隷属の首輪ではない。デルトフィア帝国の魔力封じの首輪ですね」
「……わかるんですか」
「よく見ると隷属の首輪とは違うデザインです。嵌め込まれた魔石も、それはバジリスクのものでしょう。それなら魔力封じの首輪に違いありません。見るのは初めてですが、彼の国にそのようなものがあることは知っています」

 淡々とした口調で話すマスルールを俺は驚きと共に見つめた。
 彼はわかっていて俺を馬車に乗せたのか。

「それに、先ほどあなたが手に持っていた懐中時計に彫られた家紋は、デルトフィアの四大公爵家の一つでしょう。どうして公爵家の方がこちらに?」
「……すごいな、家紋まで知ってるんですか」

 思わず感嘆の声が漏れた。
 だってすごいだろう。なんで他国の公爵家の家紋まで覚えてるんだ。ただの皇帝の側近にしては有能すぎる。

「以前文献でたまたま読みました。一度見たものは忘れないので」

 え?
 すごくない?

 俺は呆気に取られてマスルールを見つめた。
 多分俺よりは一回りは歳上だと思うが、眼鏡をかけて老成した彼の雰囲気はもっと歳上にも見える。なんかずっと疲れてるし。

「大方、その不死鳥の卵を取り返しに来られたんでしょうが、残念ながらすぐにはお返し出来ません。陛下があの様子でしたから、数日は様子を見る必要があります」

 その言い方に俺は首を傾げた。

「返していただけるんですか?」

 そう聞くと、彼は憮然とした顔でため息を吐いた。

「そんな厄介なもの、我が国にあってもいらぬ諍いを生むだけで、何の利にもなり得ません。早急に持って帰っていただきたいですが、何せ陛下があの様子ですから」
「食べたいって言ってましたもんね」
「……冗談だと思いたいですが」

 また大きくため息を吐くマスルールに俺は同情した。確かになんか、ぶっ飛んだ王様だったよな。急に俺を買いたいとか言うし。

「ともかく、機を見て卵はお返しするように働きかけますから、暫くは大人しくしていてください」

 なんだかわからないけど、彼はもしかしたら良い人なのかもしれない。ちゃんと不死鳥の卵がデルトフィアにとって大切なものだということもわかっているみたいだし、協力してくれるなら今後の展望が明るい。それにアシュラフ皇帝の側近だし、かなり有能そうだ。

「わかりました。俺、レイナルドと言います」

 とりあえず名前だけ名乗っておいた。家名まで名乗るとどこの誰か把握されてしまいそうだし、完全に信じるにはまだ早いかなと迷ったからだ。
 多分、オズワルドの名前はまだ存在を把握されてないなら出さない方がいいよな。あいつ一応デルトフィアの王子だし。

 俺の名前を聞いて、マスルールは無関心そうに頷いた。

「陛下が召使いとして買ってしまった以上、公爵家の方として迎えることは出来ませんから、ご理解ください。ややこしいことになるのは避けたいので」
「はい。大丈夫です。とりあえず卵の側にいられれば」

 彼は頷いて、もう一度俺の首を指差した。

「それで、何故そんな首輪をしているんです」

 なんと答えようか、俺は迷ってから事実を伝えることにした。オズワルドの存在は伏せて。

「何も付けていないと闇オークションの内部に潜入した時に、間違って隷属の首輪を嵌められたら大変だからって、かわりに付けられました」
「はあ。意味がわかりませんが」

 全く理解不能という顔をしたマスルールを、俺は心からの同意の思いで見つめた。

 意味わからんよな。
 あいつの思考は、長年の孤独と乙女小説によって形成された謎の理論で構成されていて、俺にもわからん。可愛い女の子が間違って奴隷にされちゃう話でも読んだのか。やけに心配していたから渋々首輪を付けたが、こんなことになるなら突っぱねておくべきだった。
 いや、でも変なおっさんに目をつけられそうにはなったから、首輪をしていてよかったのか? でもそのせいで王様に買われたんだよな。
 頭の中でやはり首輪はいらなかった、と結論を出した時、マスルールがため息を吐いた。

「よくわかりませんが、宮殿の中では勝手な動きをしないようお願いします。陛下は最近様子がおかしいので、逆鱗に触れると何をなさるかわかりません」

 疲れた顔をした彼を見て、俺はもう一度同情して頷いた。
 有能な側近は、王様のお守りでお疲れらしい。
 とりあえず、大人しく従って様子を見させてもらうことにした。
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