悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

十一話 不精な若者の登場 後②

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「君が怯える様が面白くてついやりすぎちゃうんだよ。怖がらせたならごめんね?」

 と言ったクソ王子がすぐに魔法を解いてもう一度向かいのソファに戻った。

「団長が心配になるのもわかるなぁ。君、見てるとちょっと虐めたくなっちゃうもんね」

 と気色悪いことを呟いているので、聞こえるように舌打ちしておいた。
 彼が一体何を考えているのかさっぱりわからない。揶揄うにしても今のは度が過ぎるだろう。
 俺の無言の抗議に全くへこたれないオズワルドは軽く笑ってから紅茶を飲み直す。

「でもそうまで言わないと、君は協力してくれないだろ? 俺には時間がないんだ。早急に片付けないといけない問題があるから、悪いけど君には何としても頑張ってもらわないと」
「……闇オークションに何の用があるんです?」

 めちゃくちゃ嫌そうな顔で聞いてやった。
 脅されたからってなんで進んで望みを聞いてやらなきゃいけないんだ。俺は基本拒否の姿勢を崩さないぞ。

「不死鳥の卵」

 そう言われて、思わずそっぽ向いていた顔を戻してオズワルドを見た。
 次に見た彼の顔にへらへらした笑みはなかった。

「我が国から不死鳥の卵が盗まれて、明日の夜オークションにかけられる。とある筋からその情報を仕入れた。俺はそれをなんとしてでも取り返さなければならない」

 そう言われて、俺はさっき王宮の水辺に降り立ったこの世のものとは思えない美麗な赤い鳥を頭に思い浮かべた。

「もしかして、さっきの不死鳥の卵ですか?」
「そう。彼女の卵だ。禁域に密猟者が侵入して、卵を盗んだ」
「それがなんでラムル神聖帝国に?」
「バレンダール公爵が手引きしたんだ」

 その名前を聞いて、心臓が大きく跳ねた。気を抜いていた顔が思いがけない言葉を聞いて強張る。

 バレンダール公爵。
 まだ捕まっていない、封印結界の襲撃事件の黒幕。俺に罪を着せようとして、今は国外に逃亡中のはずだ。

「バジリスクなんて高位の魔物を、帝国内で何体も秘密裏に用意することなんてできるはずないだろう。他国から仕入れたんだ」

 王子にそう言われて、確かにバジリスクの討伐記録は帝国ではほとんど数がなかったことを思い出した。

「ラムル神聖帝国には、砂漠に魔界の穴が空いている魔のうろがある。魔界との穴自体は昔の皇族によって封じられているが、以後棲みついた魔物が討伐されることなく蔓延る場所だ。命知らずな密猟者が魔物を狩って闇で流している。バレンダール公爵はラムルからバジリスクを手に入れて、代わりに不死鳥の卵を売った」

 俺は茫然としてしまい、言葉が出てこなかった。
 オズワルドが笑顔のない顔のまま俺に言う。

「不死鳥は、その血が妙薬になり、心臓を取り出せばバジリスクを遥かに凌ぐ力の源になり得る。他国に流すわけにはいかない。その昔女神から不死鳥を守るに値する一族として卵を授けられた我がデルトフィア皇家の威信にかけて、必ず取り戻す。俺がなんで必死なのかわかった? レイナルド」

 王子が俺に問う。
 彼の顔はさっきまでの落差もあり、その静かな気迫に満ちた気品のある顔つきについ引き込まれてしまう。
 
 まさか、王子が不死鳥の卵を追っているとは思わなかった。しかもそれはバレンダール公爵が盗んだなんて。
 本当に、公爵は何故そんな真似をしたんだろう。
 そこまでして封印結界を破壊したかったのか。
 俺は記憶の中のバレンダール公爵の穏やかな顔を思い浮かべて、またやるせ無い気持ちになった。

「バレンダール公爵が、今ラムル神聖帝国にいるんですか」

 そう聞くと、オズワルドは俺の顔を意味深に見た。

「だとしたら、君は素直に俺について来る?」
「……はい」

 本心だった。
 俺は、会えるのならバレンダール公爵にもう一度会いたい。そして彼と話をしたい。

 王子は俺の顔をしばらく眺めていたが、それからため息を吐いて軽く両手を上げた。

「期待させるようなことを言って悪かった。俺は不死鳥の卵を追ってラムル神聖帝国に行くんだ。だから用事が終わったらすぐデルトフィアに帰るよ。バレンダール公爵が今どこにいるのかは俺は知らない。彼の行方を追うのは、特殊警備隊に任せてるからね」
「そうですか」

 王子はそう言っているが、もしかしたらラムル神聖帝国にはバレンダール公爵の痕跡が残っているかもしれない。
 闇オークションでまさか会うなんてことはないだろうが、俺は少し前向きにオズワルドに協力してもいいと、話を聞いてそう思ってしまった。





 その夜は、「明日から大変だからゆっくり寝てね」なんて言っていたはずなのに、普通に船が海獣に襲われて呑気に寝ていられなかった。

 船室で横になって天井を眺めていたら、波が割れる音と大きな船の揺れが断続的に起こり、何かが起こっていると気が付いた。慌てて扉から出て、大きな揺れにふらつきながら船内から出て看板に出る。
 既にオズワルドと護衛二人が海にいる海獣と交戦していて、俺は魔法も使えないから慎重に船の壁の縁を掴んで様子をうかがった。

「レイナルド、君も気づいたか。そこで見てろよ。危ないから」

 王子が俺に気づいて声をかけてくる。
 俺は黙って頷いた。
 俺だって魔法も使えない状況で前に出ようとするほど命知らずじゃない。最初から何もしないで観戦させてもらうつもりだ。

「それにしても、海獣が出ない辺りを選んで進んでるのにそれでもクラーケンが寄ってくるなんて、レイナルドはさすが持ってるなぁ」

 なにがさすがなんだよ。
 俺のせいじゃない。多分。

 オズワルドは余裕をもって海にいる海獣を相手にしている。護衛二人も魔法が使えるのか、長い烏賊のような脚を叩きつけられそうになると船の前にシールドを展開して防いでいた。看板に突っ込んでくる脚は切り飛ばされていき、その動きに全く危なげがない。戦闘に慣れている。

「俺は団長ほど戦い慣れしてないんだけどなあ」

 王子がそうぼやいてふわりと空中に浮き上がり、片手を持ち上げると雷で出来た槍を魔法で出現させた。バチバチと弾けるそれを腕を振ってクラーケンに投擲する。
 ブスっと槍が胴体に刺さり、その瞬間バリバリと物凄い音がして雷が海獣の身体に駆け抜ける。
 唸り声を上げながら、クラーケンの目玉が白くなり、口が大きく開いた。

「あ、それ来る? ちょっと予想外」

 オズワルドが首を軽く捻って「仕方がない」と言うと看板に降り立った。
 護衛二人を後ろに下がらせると、口から光線を発射した海獣の前に手を伸ばした。

 いつかのように、海獣から放たれた白い光線は彼の右手の中に渦を巻いて飲み込まれていく。
 風になびく王子の長い銀髪を見て、アシュタルトを倒してしまった時のことを思い出した。確か、自分が受けた攻撃を倍にして返せる特殊魔法って言ってたよな。
 光線を受け終わったオズワルドは一度手を軽く振ると、もう一度その手を伸ばしてクラーケンの前に突き出した。
 途端に、凄まじい威力の白い光線が海獣に襲いかかる。
 身体を焼かれた海獣が断末魔をあげ、盛大な水柱を立てながら海の中に勢いよく倒れた。
 見るのは二回目だが、何度見てもすごいとしか言いようがない。隠しキャラだからかなのか分からないけど、ゲームバランスを壊すくらい強力な特殊魔法だ。アシュタルトを倒した時は消費魔力が半端ないと言っていたけど、それを考慮しても戦闘においては強すぎる。

「正直このタイミングでは使いたくなかったな。明日大丈夫かなこれ」

 王子がぶつぶつ独り言を言いながらふらふらと海の方へ飛んでいき、ぷかぷか浮いているクラーケンの死骸から何か拾いあげた。それを拾うと同時に死骸はぶくぶくと海の底へ沈んでいく。

「核石なんて珍しい。君が持ってていいよ」

 そう言ってオズワルドは俺に拾ったものを投げて寄越してきた。
 思わず両手で受け止めると、それはクラーケンの核石だった。確かに珍しい。デルトフィア帝国でも海獣は出るがクラーケンは殆ど現れない。こんなに質の良い核石は滅多にお目にかからない。さすが海獣大国クレイドルの海域。

「やれやれ、今夜はこれで終わりだといいな。じゃ、みんな解散」

 王子が疲れたような顔をして看板に降り立ち、手を軽く叩いた。

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