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第二部
四十七話 底なしの宝庫 後②
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それを聞いた俺の感情はめちゃくちゃだった。
真っ先に安堵と喜びが湧いたのは事実だ。だけどそれと同時に来るぞ、ついにあいつが来る、というある種の恐怖を感じたのも気のせいではない。
今グウェンがどこまで知っているかは分からないが、誘拐程度で爆発を起こしているなら、俺が六女典礼に巻き込まれていると知られたら次は何が起こるんだ? という恐怖である。そして俺はどうなってしまうの? 怒られるだけで許してもらえるの? という俺を待ち受ける未来への危惧である。
そうは言ってもグウェンがじきに来ると知って胸には形容しがたい安堵がじわっと広がり、少し呼吸が楽になった。
後でどれほど怒られようが、しばらく屋敷から出して貰えなくなろうが、それはもう覚悟を決めるしかない。とにかくグウェンが来てくれるだろうということが分かっただけで俺は深く安心した。
俺のなんとも言えないほっとした顔を眺めたオズワルドは複雑な表情になり、それから真面目な顔で切り出した。
「そういうわけだから、レイナルド、あと一日王宮で頑張ってくれる?」
そう言われて俺が顔を上げると、彼は少し表情を引き締めて俺を見つめた。
「俺はラムルの宮殿からしばらく離れられない事情が出来た。どうやらクレイドルの魔物騒ぎは誰かが後ろで糸を引いているみたいでね。しかもそれをデルトフィアの計略だとクレイドル国内で噂を広めようとしている輩がラムルにいるみたいなんだ。クレイドルとのいざこざに発展する前にそれを潰してから帰ろうと思う。だから、俺は今から団長を探してここに呼んでくるよ」
「え?」
なかなかにきな臭い話だと眉を寄せていたら、最後に言われたことに驚いて目を丸くした。
オズワルドを見つめると、彼は微笑んで俺に頷く。
「君を団長に託して連れて帰ってもらうことにする。俺もレイナルドを巻き込んだ責任は感じているからね。不死鳥も無事に孵ったし、俺はここに残るけど、団長がいれば安心だから君は雛を連れて先にデルトフィアに帰ってて」
驚きつつも言われたことを頭の中で咀嚼して、俺は素直に頷いた。
グウェンを呼んできてもらえるということに、俺としては何も異論はない。オズワルドが宮殿に残って何をするつもりなのかは少し気になるが、またそれに首を突っ込むのも躊躇いがある。そもそもグウェンがそれを許すとは思えないし。
「わかった」
「あと一日なんとかやり過ごしてね」
オズワルドのこちらの様子を伺うような顔にしっかり頷いて、手のひらの上の雛を見下ろした。
「とりあえず、先に雛だけでも連れて帰るか?」
オズワルドがこれから宮殿を出るなら、雛だけでも先に避難させた方がいいかもしれない。
そう思ってタオルで包んだ不死鳥を差し出すと、雛は気付いたのかまた「ぴぃぴぃ」鳴いて俺の方へ戻ろうとする。それを見てオズワルドは苦笑した。
「いや、道中気を回していられないかもしれないから、レイナルドが預かってて。ただ産まれたことは周りにバレないようにしてほしい。皇帝に知られたら食べようとするかもしれないし、さっきみたいな怪しい連中にまた付け狙われるかもしれない」
俺としてもまだ離れ難く思っていたから、そう言われて素直に雛を抱いた腕を引き戻すと、雛はまた安心したように鳴くのをやめて俺を見上げた。
産まれたばかりの不死鳥の、小粒の宝石のような綺麗な緑の目と目が合って俺は微笑む。
「じゃあ卵のままだってことにして、鞄にはタオルでも詰めておいたらいいよな」
「ちょっと貸して」
このままでは袋が萎んでいて不自然だから、タオルを丸めて入れておこうか、と考えていたらオズワルドが手を伸ばして鞄の蓋を開けて中を見た。
割れた殻の破片を確認してから、袋の中に手を翳す。殻がふわりと浮き上がって鞄の外に出てきた。
そして空中に浮かんだ銀色の殻の破片は、パチパチとパズルのピースがはまるように元の卵の形へと戻っていく。破片の境目が消えることはないが、破片同士がぴったりとくっついているようだ。
驚く俺の目の前で元の卵形に戻った殻は、オズワルドの両手に収まった。撫でるようにして形を確認した彼はそれを俺の鞄の中にもう一度戻した。
「見られたら割れていることが分かるから、見えないようにタオルか布で包んでおいて。中身がなくなって軽くなっているけど、持ち上げられなければ多分大丈夫だと思う」
雛は自分の卵の殻が空中でくっついているのをきょとっとした目で見ていたが、俺の両手の中に収まってだんだん眠くなってきたのかタオルの中に潜り込んでいった。
「雛にはまだ殻を食べさせてもいいのか?」
「雛が食べたそうだったら齧らせていいよ。それ以外はさっきも言ったけど、朝露を飲ませるくらいで大丈夫。不死鳥は自然の中から滋養を吸収するから、そのうちこの子も一人ですくすく育つよ。ああでも、トウモロコシは好物だと思う」
トウモロコシ?
意外な食べ物が好物なんだな、と思って首を傾げた。
それなら鈴宮の台所に置いてあった食材の中にあった気がする。
「じゃあ、お願いね。団長が来たら、レイナルドも不死鳥もまとめてイラムから連れ出してもらうから」
そう言って立ち去ろうとしたオズワルドの腕を、俺は雛を片手で抱いて慌てて掴んだ。
「オズ! 鍵! 鍵は?!」
俺の声に振り返った王子が瞬きする。
「首輪の鍵だよ! 昨日連れて行ったトビはどうなったんだ?」
とにかく首輪を外してほしい。
これがあるのとないのとでは気持ちが全然違う。
俺の必死の形相を見たオズワルドは一瞬沈黙してから申し訳なさそうな顔になって「ごめん」と謝った。
「あれまだなんだ。明日には手に入ると思うんだけど」
「そんな……」
がっかりと項垂れると、彼は「うーん」と唸って自分の服のポケットを漁った。
「じゃあ気休めだけど、これあげるよ」
そう言って何枚かの羊皮紙を差し出してくる。
雛を抱えていては受け取れないので、寝ている雛をタオルで包んで鞄の中に入れ、卵の殻の横にそっとしまった。
羊皮紙を受け取ると、それは何枚かの簡易魔法陣だった。
「魔力を込めてあるから、それぞれ一回ずつ使えると思う。何の魔法なのかはレイナルドなら読めばわかると思うから、後で確認して」
「……いいのか?」
思わぬアイテムを手に入れて明るい声が出る。
ここで簡易魔法陣を手に入れられるとは思わなかった。普通に嬉しい。
「魔力が切れた時のための俺の普段使いだから、大したものないと思うけど。一回使い切りタイプだから、使うときは破って」
「わかった。ありがとう」
いざという時に魔法が使えるのは安心感がある。
心から感謝した俺が満面の笑みでお礼を言うと、オズワルドは俺の顔を見て得意げな顔をした。
「俺も偶には役に立つでしょ?」
「本当だな」
「どう? 俺たちにはもう友情が生まれてるんじゃない?」
「それはどうかな」
笑顔で即答すると、彼はがくっと肩を下げた。
「今いい感じかと思ったのに」
残念だったな。
簡易魔法陣くらいで今までの行いが清算されたなんて思うなよ。
真っ先に安堵と喜びが湧いたのは事実だ。だけどそれと同時に来るぞ、ついにあいつが来る、というある種の恐怖を感じたのも気のせいではない。
今グウェンがどこまで知っているかは分からないが、誘拐程度で爆発を起こしているなら、俺が六女典礼に巻き込まれていると知られたら次は何が起こるんだ? という恐怖である。そして俺はどうなってしまうの? 怒られるだけで許してもらえるの? という俺を待ち受ける未来への危惧である。
そうは言ってもグウェンがじきに来ると知って胸には形容しがたい安堵がじわっと広がり、少し呼吸が楽になった。
後でどれほど怒られようが、しばらく屋敷から出して貰えなくなろうが、それはもう覚悟を決めるしかない。とにかくグウェンが来てくれるだろうということが分かっただけで俺は深く安心した。
俺のなんとも言えないほっとした顔を眺めたオズワルドは複雑な表情になり、それから真面目な顔で切り出した。
「そういうわけだから、レイナルド、あと一日王宮で頑張ってくれる?」
そう言われて俺が顔を上げると、彼は少し表情を引き締めて俺を見つめた。
「俺はラムルの宮殿からしばらく離れられない事情が出来た。どうやらクレイドルの魔物騒ぎは誰かが後ろで糸を引いているみたいでね。しかもそれをデルトフィアの計略だとクレイドル国内で噂を広めようとしている輩がラムルにいるみたいなんだ。クレイドルとのいざこざに発展する前にそれを潰してから帰ろうと思う。だから、俺は今から団長を探してここに呼んでくるよ」
「え?」
なかなかにきな臭い話だと眉を寄せていたら、最後に言われたことに驚いて目を丸くした。
オズワルドを見つめると、彼は微笑んで俺に頷く。
「君を団長に託して連れて帰ってもらうことにする。俺もレイナルドを巻き込んだ責任は感じているからね。不死鳥も無事に孵ったし、俺はここに残るけど、団長がいれば安心だから君は雛を連れて先にデルトフィアに帰ってて」
驚きつつも言われたことを頭の中で咀嚼して、俺は素直に頷いた。
グウェンを呼んできてもらえるということに、俺としては何も異論はない。オズワルドが宮殿に残って何をするつもりなのかは少し気になるが、またそれに首を突っ込むのも躊躇いがある。そもそもグウェンがそれを許すとは思えないし。
「わかった」
「あと一日なんとかやり過ごしてね」
オズワルドのこちらの様子を伺うような顔にしっかり頷いて、手のひらの上の雛を見下ろした。
「とりあえず、先に雛だけでも連れて帰るか?」
オズワルドがこれから宮殿を出るなら、雛だけでも先に避難させた方がいいかもしれない。
そう思ってタオルで包んだ不死鳥を差し出すと、雛は気付いたのかまた「ぴぃぴぃ」鳴いて俺の方へ戻ろうとする。それを見てオズワルドは苦笑した。
「いや、道中気を回していられないかもしれないから、レイナルドが預かってて。ただ産まれたことは周りにバレないようにしてほしい。皇帝に知られたら食べようとするかもしれないし、さっきみたいな怪しい連中にまた付け狙われるかもしれない」
俺としてもまだ離れ難く思っていたから、そう言われて素直に雛を抱いた腕を引き戻すと、雛はまた安心したように鳴くのをやめて俺を見上げた。
産まれたばかりの不死鳥の、小粒の宝石のような綺麗な緑の目と目が合って俺は微笑む。
「じゃあ卵のままだってことにして、鞄にはタオルでも詰めておいたらいいよな」
「ちょっと貸して」
このままでは袋が萎んでいて不自然だから、タオルを丸めて入れておこうか、と考えていたらオズワルドが手を伸ばして鞄の蓋を開けて中を見た。
割れた殻の破片を確認してから、袋の中に手を翳す。殻がふわりと浮き上がって鞄の外に出てきた。
そして空中に浮かんだ銀色の殻の破片は、パチパチとパズルのピースがはまるように元の卵の形へと戻っていく。破片の境目が消えることはないが、破片同士がぴったりとくっついているようだ。
驚く俺の目の前で元の卵形に戻った殻は、オズワルドの両手に収まった。撫でるようにして形を確認した彼はそれを俺の鞄の中にもう一度戻した。
「見られたら割れていることが分かるから、見えないようにタオルか布で包んでおいて。中身がなくなって軽くなっているけど、持ち上げられなければ多分大丈夫だと思う」
雛は自分の卵の殻が空中でくっついているのをきょとっとした目で見ていたが、俺の両手の中に収まってだんだん眠くなってきたのかタオルの中に潜り込んでいった。
「雛にはまだ殻を食べさせてもいいのか?」
「雛が食べたそうだったら齧らせていいよ。それ以外はさっきも言ったけど、朝露を飲ませるくらいで大丈夫。不死鳥は自然の中から滋養を吸収するから、そのうちこの子も一人ですくすく育つよ。ああでも、トウモロコシは好物だと思う」
トウモロコシ?
意外な食べ物が好物なんだな、と思って首を傾げた。
それなら鈴宮の台所に置いてあった食材の中にあった気がする。
「じゃあ、お願いね。団長が来たら、レイナルドも不死鳥もまとめてイラムから連れ出してもらうから」
そう言って立ち去ろうとしたオズワルドの腕を、俺は雛を片手で抱いて慌てて掴んだ。
「オズ! 鍵! 鍵は?!」
俺の声に振り返った王子が瞬きする。
「首輪の鍵だよ! 昨日連れて行ったトビはどうなったんだ?」
とにかく首輪を外してほしい。
これがあるのとないのとでは気持ちが全然違う。
俺の必死の形相を見たオズワルドは一瞬沈黙してから申し訳なさそうな顔になって「ごめん」と謝った。
「あれまだなんだ。明日には手に入ると思うんだけど」
「そんな……」
がっかりと項垂れると、彼は「うーん」と唸って自分の服のポケットを漁った。
「じゃあ気休めだけど、これあげるよ」
そう言って何枚かの羊皮紙を差し出してくる。
雛を抱えていては受け取れないので、寝ている雛をタオルで包んで鞄の中に入れ、卵の殻の横にそっとしまった。
羊皮紙を受け取ると、それは何枚かの簡易魔法陣だった。
「魔力を込めてあるから、それぞれ一回ずつ使えると思う。何の魔法なのかはレイナルドなら読めばわかると思うから、後で確認して」
「……いいのか?」
思わぬアイテムを手に入れて明るい声が出る。
ここで簡易魔法陣を手に入れられるとは思わなかった。普通に嬉しい。
「魔力が切れた時のための俺の普段使いだから、大したものないと思うけど。一回使い切りタイプだから、使うときは破って」
「わかった。ありがとう」
いざという時に魔法が使えるのは安心感がある。
心から感謝した俺が満面の笑みでお礼を言うと、オズワルドは俺の顔を見て得意げな顔をした。
「俺も偶には役に立つでしょ?」
「本当だな」
「どう? 俺たちにはもう友情が生まれてるんじゃない?」
「それはどうかな」
笑顔で即答すると、彼はがくっと肩を下げた。
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