悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

幕間の小話① 贈り物

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 その日グウェンの屋敷で彼の帰りを待っていた俺は、ソファに寝そべって本を読んでいたが寝落ちてしまい、気づいたらグウェンの膝枕で寝ていた。

「ん……あれ。帰ってた?」
「ああ。遅くなってすまない」
「いや、俺が寝ちゃっただけだから。飯は?」
「済ませた」

 目を擦りながら起き上がって彼を見ると、寝起きの顔なんて最高に不細工だろうにグウェンは目元を緩めながら俺を眺めていた。

「休みだと調子狂うな。なんだか一日中眠たい気がする」

 欠伸をしながらかけてくれてあった毛布を畳んでいると、グウェンがテーブルに置いていた小さな箱を手に取った。

「レイナルド、君に渡したいものがある」
「渡したいもの……?」

 それを聞いて、少し身構えた。
 こいつには俺を心配するあまり手枷を購入したというとんでもない前科がある。まさかまた拘束グッズじゃないだろうな、と危ぶんだ俺は油断なくグウェンの持つ箱を注視して、怪しい道具が出てきたら脱兎の如く逃走しようと慎重に爪先の向きを変えた。
 そんな俺の心境をよそに、グウェンはあっさりと箱を開けて中を見せてくる。
 中に入っていたのは淡いグレーのビロードのケースで、宝石かアクセサリーでも入っていそうな化粧箱を見て俺は瞬きした。

「何、これ?」

 俺の疑問を聞いてグウェンはケースを取り出して開いた。
 中に収められていたのは、水晶のように澄んだ輝きを放つ雫型の結晶石がついたピアスだった。

「ピアス?」

 揃いで二つ入っているものの片方をグウェンが手に取って俺に差し出してくる。
 思わず受け取って、手のひらの上でもう一度よく見てみた。かなり品質がいい結晶石のようで、透明な石は曇りがなく純度が高い。雫というか、正確には小さなつららのように細長くて、耳につけたら俺の場合は髪の下からはみ出るだろう。
 結晶石ということは、なんらかの魔法がかかっているはずだ。しげしげと眺めていると、グウェンがもう一つのピアスを自分の手のひらの上に乗せて俺を見た。
 
「ようやく注文していたものが出来あがった。これを常に付けていてほしい。対になっていて、片割れのピアスといつでも通信できる」
「通信……?」

 俺の実家のウィルの部屋にはカシス副団長から騎士団との連絡用に通信石を貸してもらっているが、あれは結構大きい。こんなに小さい結晶石で通信ができるということは、おそらくこの石はとんでもなく貴重で高価なもので間違いない。

「いや、お前これ……」

 一体いくらするんだ?

 と慄いて恐々と手の中のピアスを凝視した。多分、下手したらこの結晶石だけでグウェンの屋敷が丸々建つんじゃないか。確かに近衛騎士団長はそこそこ高給取りだろうが、だとしてもこんな代物を気軽に買えるような年収ではないと思うんだが。

「本当は片割れの場所に転移できるようにもしたかったが、結晶石の力に限界があった。転移に関しては次に同様の結晶石が見つかったときに作ってもらえるように頼んである」

 硬直して結晶石を見ている俺の横で、彼は悩ましいというような声音で呟きながらため息を吐いた。

「は……?」

 頼んである……?

 俺はもうぽかんを通り越してあんぐりと口を開けてグウェンを見つめた。
 
 つまり、そのうちこれと同程度のものをもう一揃い買うということか。

 本気か……?

 さらりと恐ろしいことを告げたグウェンの無表情を見ていたら、俺の方がハラハラしてきた。

「グウェン、わざわざ俺と連絡を取り合うためだけにこれ買ったってこと?」

 掠れた声で聞くと、彼はこの上なく真面目な表情をして頷いた。

「君が仕事に復帰したから、日中外出することが多くなっただろう。また良からぬことに巻き込まれた時のためにも、すぐに連絡を取る手段を備えておくべきだ。ウィルの手紙蝶は優秀だが、離れたところから送ろうとすると限界がある」
「いや……そうだとしても、お前、これいくらしたんだ」

 俺のことが心配だとしても、これはやりすぎじゃないか。こんなのは想定してなかった。耳にグウェンの屋敷をぶら下げてると思うと怖すぎるだろう。もうこれから気軽に飛んだり跳ねたりできなくなる。
 恐々と尋ねた俺を見つめながら彼は微かに首を傾けた。

「大体この屋敷を新しく建て直す程度の金額だったと思うが」
「ごほっ、ほんとに屋敷が建つのかよ! お前自分がめちゃくちゃな散財してるって自覚ある?!」
「ちゃんと私費で買っている。問題ない」

 平然とそう答えたグウェンに文字通り頭を抱えた。
 落とすと怖いのでピアスを丁重に化粧箱に戻してから、わなわなと両手で頭を抱えて彼を睨む。

「ない訳あるか! そんな大金、もっと大事なことに使えよ!!」
「君以外に大事なものがない」

 即答されて両手で頭を挟んだまま固まった。

「……っ」

 ああもう。

 なんでこう、こいつはいつも俺の心臓を撃ち抜くようなことを迷いなく言うんだ。

 顔が真っ赤になっていることを自覚しながら、俺はそろそろと下を向いて頭を抱えていた両手で顔を覆った。

「レイナルド?」
「………………すき」
「私もだ」

 満足げに返ってきた声にますます顔を上げられなくなり、俺は下を向いたまま心の中で小さくため息を吐いた。

 俺の負けだよ。
 
 そんなこと言われて返してこいなんて言えるはずないだろう。

 俺は耳にピアスの穴は開いていないから、明日母さんに開けてもらおう。グウェンはどうするんだろう、一緒に開けてもらうように頼もうかと考えて、いややっぱり止めようと思い直した。片方ずつピアスを付けるから開けてくれなんて恥ずかしすぎてとても言えない。グウェンのは最悪俺が開ければいい。

 そろそろと顔を上げてソファの座面に置かれた箱の中のピアスをじっと見つめる。
 これを付けているところを想像すると、落としはしないかと恟々きょうきょうとするが、グウェンの耳に自分と同じピアスが付いていると思うと嬉しいような気がする。俺はやっと小さく微笑んで、深く息を吐き出すとちらりと彼に視線を送った。

「それ……俺も半分出した方がいいよな」
「必要ない。君からはもうもらっている」

 そう言われて、瞬きしてグウェンの方に顔を向けた。
 俺を見つめる黒い瞳と目が合う。じっと見つめ返していると、その瞳の奥から彼の感情が溢れて伝わってくる。俺のことが好きで好きでたまらない、というその目を見るたびに、俺は毎回ときめいてしまう。
 何をとは具体的に言わなかったが、グウェンが言いたいことはわかった。伝わっているなら嬉しいが、それを言うなら俺の方がもっとたくさんもらっている気がする。
 俺は黙ってピアスを収めた化粧箱をソファの上からテーブルの上に動かし、身体を捻って彼の方を向いた。両手でグウェンのシャツの襟元を掴んでぐいっと引っ張る。勢いよく背中からソファに倒れると、引かれるままに俺に覆いかぶさったグウェンドルフが驚いた顔で俺の顔の横に手をついた。

 至近距離まで近づいた彼の顔の、そのオニキスのように澄んだ黒い瞳を見つめて、俺は目を細めて笑う。

「……まだそんなもんじゃない」

 そう言ったら彼は目を丸くして、それからすぐに嬉しそうに目元を緩ませると、その言葉に応えるように唇を重ねてきた。
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