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第二部
百話 運命の鍵 前②
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何から聞き返したらいいのか分からず、俺も皆も困惑した空気になっていると、アシュラフが前を向いたまま静かに話しかけてきた。
「母上、二人は叔父に恨みがあると思います。サエラ殿とライラ達の村を焼いたのは、叔父ですから」
「……村を焼いた?」
それを聞いて、占い師のお婆さんが言っていたことが不意に思い出された。
サエラ婆さんは数年前に、王家からの依頼で期待された結果を出せなかったから家を焼かれて放浪していたと、そう言っていた気がする。ライラとライルはお婆さんのことをよく知っているふうだったし、さっきダーウード宰相が呟いていたことを思い出すと、二人はサエラ婆さんと同じ村の出身であるようだった。
お婆さんの家が焼かれたとき、もしやその周りの家も村も、一緒に焼かれてしまったのか。
「四年ほど前だったでしょうか。私もその頃はまだ即位しておらず、叔父の暴挙を止めることができませんでした。その頃叔父は呪いを解く方法を狂ったように探し続けていて、サエラ殿が示した解呪に必要な媒体が到底手に入らないものばかりだったことに激昂しました」
「それで、ライラ達の村を焼いた……?」
歩きながら俺を振り返ったアシュラフは痛ましそうな、後悔を滲ませるような顔をした。
「はい。小さな少数民族の部族の村でしたから、叔父の暴挙にも関わらず国内から大した反発は起きませんでした。そのうち、彼らのことは忘れ去られてしまいました」
俺は驚きと共にアシュラフの目を見返しながら、その話を聞いた。
ライラとライルにそんな過去があったなんて思いもしなかった。ライラの明るい笑顔を思い浮かべて、沈痛な気持ちになる。
でも二人が本当にスイード殿下を恨んでいて、更に呪っていたなんてまだ信じられない。そもそもオズワルドが言っている呪詛というのがなんなのかもわからない。
「叔父上は、もう十代の早い頃から呪いを恐れて精神を病んでいたそうです。そのため長男でしたが王位を継がず、ロレンナの母君の家に降下してシャフリヤール姓を捨てました。しかし従兄上やロレンナが生まれても自分には呪いがかかったままだと、ずっと呪いを解くことにこだわり続けています。叔父上は皇家の強力な神聖力を受け継いでいるので、悪魔に乗っ取られたら厄介です」
アシュラフが淡々と説明してくれた話を聞いて、スイード殿下という人の状況は多少わかった。
けれどライラ達のことは未だに謎が多い。
もう少し詳しく話を聞こうと思ったとき、スイード殿下の宮だという離宮に向かっている途中で前方から人が走ってきた。
走ってきた緑色の侍従の服を着た少年に見覚えがあり、俺は声を上げる。
「ノア?」
「……レイ様!」
それは今日の朝、地上の宮殿で俺を女装させた侍従の少年だった。
ノアは俺に気がつくと走り寄ってきて、俺たちの先頭にアシュラフがいることに気がつくと仰天して飛び離れた。
「陛下?!」
「ノア、大丈夫。アシュラフ陛下は元に戻ったんだ」
大きな目をまん丸く見開いたノアは、俺の言葉に更に驚愕してアシュラフの顔を見ながら目を剥いた。
「元に、戻られた……?」
「そう。だから心配しなくても殴られたりしないから安心して。何かあったの?」
平伏するのも忘れて棒立ちになっているノアを宥めながらそう尋ねると、はっとした顔になった彼は俺の顔を見て助けを求めるような表情をした。
「スイード様が、ロレンナ様とお話をされているうちに錯乱されて、大変なことになっています。助けを呼びに飛び出して来ました」
ノアの言葉に皆で目を見合わせた。
やはりロレンナは父親のところに行っていたらしい。
「俺たちも今から行くところだったんだ。急ごう」
スイード殿下の離宮にはすぐにたどり着いて、建物を見た瞬間一階の窓ガラスが全て割れているのに気がついた。
中にウィル達を連れて行くのは危険かもしれないと思い、ベルとウィルはベルパパとおばあちゃんと一緒に外で待機してもらうことにした。一緒に行きたがったメルも宥めてからベルの背中に乗せる。
うちの子達だけで残すのは少し不安だったから、リリアンとマークスにも残ってもらい、ウィル達を守ってもらうように頼んだ。
ノアに案内されるまま離宮の中に入り、食堂と思われる天井の高い部屋にアシュラフと一緒に駆け込んだ。他の皆も後ろからついてくる。
部屋の中は天災にでも遭遇したかのようにめちゃくちゃだった。椅子やテーブルは吹き飛んだのかそこかしこに積み上がり、ガラス張りの棚は倒れて中の葡萄酒の瓶はみんな割れている。クリスタルでできたシャンデリアが傾きながらもかろうじて天井から細い線でつながり、まだぶらぶらとぶら下がっていた。
部屋の真ん中にはくすんだ金髪の痩せた壮年の男性が立っていて、その前にロレンナが倒れていた。
倒れたロレンナの側にはライラとライルがしゃがみ込んで彼女を守るように身を寄せている。
「ロレンナ!」
「ライラ! ライル!」
アシュラフと俺がそれぞれ叫ぶと、ライラが振り向いた。
「レイさん!」
俺の顔を見てライラはほっとしたような表情を浮かべた。ロレンナは気を失ってはいなかったのか、俺たちの声を聞いてふらつきながら床に手をついて身を起こした。
ライラがロレンナを支えながら、ライルの手を引いてこちらに来ようとする。
しかしライルは、無言で立つ男性を見上げながら動こうとしなかった。
「スイード叔父上、これはどういうことです」
アシュラフがゆっくりとスイードと呼ばれた男性の方に歩み寄って行く。
俺も動こうとしたが、グウェンに腕を掴まれて「まだ様子を見ろ」と止められた。
ぼんやりとロレンナを見下ろしていた目が落ち窪み頬が青白くこけた男性は、その声を聞くと顔を上げてアシュラフの顔を見た。そして眉を上げる。
「アシュラフ……? 悪魔に乗っ取られたのではなかったのか」
「皆の助けを借りて、悪魔からは逃れることができました。呪いが解けたんです。ロレンナから話を聞いていませんか」
「呪いが、解けた……?」
怪訝な顔をしたスイード殿下の声を聞いた時、俺はその声に聞き覚えがあると思った。どこかで聞いた声だ。イラムの中だったと思うが、どこだっただろう。
アシュラフは足を止めずにライラ達の側に歩み寄ると、ロレンナの傍らに膝をついて彼女を助け起こした。殴られたのか、頬を赤く腫らしたロレンナが自分を支えて立ちあがろうとするアシュラフの顔をを見上げて目を見開く。
「陛下……?」
「ロレンナ、長らくすまなかったね」
アシュラフの穏やかな笑みを見たロレンナは、青い目を大きく開いて彼を見つめた。
そして皇帝が元に戻ったということを理解した瞬間、普段の落ち着いた表情が消え失せて、彼女はまるで気弱な少女のようにくしゃりと顔を歪めた。震える手で床についた手のひらをぎゅっと握りしめる。
「陛下……お許しください。私は、何度も陛下を手にかけようと」
「君は正しい。私の妃候補として、この数ヶ月国のために立派に役目を果たそうとしてくれたじゃないか」
絞り出すような彼女の懺悔を聞いて、アシュラフはロレンナの顔を覗き込み、微笑みながら優しく頷いた。
「私はロレンナに短剣を預けておいて良かったと心から思ったし、その私の判断は間違っていなかったと今でも思っているよ」
ロレンナは瞬きもせずに彼の顔を見つめて、唇を震わせながら顔を歪めると目尻から一粒涙をこぼした。
「呪いが解けただと……? そんなはずがないだろう」
黙ってアシュラフとロレンナを見ていたスイード殿下が憤然とした声を出して二人の会話を遮った。
「この私が何十年も試みているにも関わらず、解けないのだ。お前ごときに解けるはずがない」
「叔父上、話を聞いてください」
ロレンナを支えて立ち上がったアシュラフが、険しい顔で叔父を見据えた。ライラとライルも二人の側で立ち上がって身を寄せ合っている。
「解けるはずがない。不死鳥も癒しの聖獣も、手に入れることなど出来ないはずだ。ようやく不死鳥の卵が手に入るかと思えば、マスルールが邪魔をして私から横取りし、デルトフィアの王子に返そうとしていたことはわかっている。それともマスルールが邪魔をしたのはやはりお前の差し金か。自分よりも先に私の呪いが解けることを恐れたか」
ぶつぶつと呟くように言いながら、スイード殿下はアシュラフを睨みつけている。
その顔は明らかに冷静さを欠いていて、何か精神的な不安定さを感じさせる目つきだった。
「それでは、イラムにならず者を招き入れてオズワルド殿下を襲わせたのは、やはりお父様なのですね」
ロレンナが震える声で糾弾した。
彼女を冷たい目で見やった父親は、そこで初めて俺とオズワルドの方をちらりと見た。
「オークションの時からデルトフィアの間諜が潜んでいることは気づいていた。私の部下が卵を競り落とそうとするのを邪魔した挙句、これ見よがしに王宮に運んで来るから襲ってやったのだ」
そう言い捨てて憎々しげに俺たちを睨んでくる。
グウェンが俺を引き寄せて警戒するように少し前に出た。
今まで余裕がなくてよく考えていなかったが、王宮に来る道中やイラムの中で襲ってきた強盗は、どうやらスイード殿下の差し金だったらしい。解呪に必要な不死鳥を狙っていたということか。オークションで途中まで手を上げていた商人のようなおじさんも、もしかしたらスイード殿下の部下だったのかもしれない。
ロレンナはさっき底なしの宝庫の中でオズワルドが話したことを聞いて、ピンと来たんだろう。確かに、神聖力が強いというスイード殿下ならオズのことを覚えていられるだろうし、外見を強盗に覚えさせて襲わせることも不可能ではない。
スイード殿下はロレンナとアシュラフを見てその顔に憎悪を浮かべた。
「幾度となく卵を取り返そうとしたのに逃げられ、アシュラフとマスルールが鈴園に隠すから手に入れ損ねた。本当に、マスルールもロレンナも、私の子供でありながら私が呪いで苦しんでいることなど、どうでもいいのだろう。お前たちは昔からアシュラフの従順な犬だった。……何故だ? 何故お前たちは呪われておらず、私だけがいつまでも呪いに怯えなければならない」
「お父様、どうでもいいなどと、そんなことあるはずがないではありませんか!」
ロレンナが悲痛な声を上げたが、スイード殿下は濁った目をすがめてそれを鼻で笑った。
「それならば何故私の呪いを解こうと躍起にならないのだ。私が何度デルトフィアから不死鳥や聖獣を盗んで来いと言っても首を縦に振らなかっただろう」
「お父様、そんなことが……そんなことができるはずがないということは、お分かりでしょう。デルトフィアの中でさえ見つからないような霊獣なのです」
「知らぬ。ならばデルトフィアを侵略せよと言っても、アシュラフも、あのお気楽な弟も私を無視した。だからどうだ、あいつは私よりも先に死んだだろう。呪いの力を軽く見るからだ。様は無い」
吐き捨てるように言って高笑いした男を見て、俺はその異常さにぞっとしてグウェンに一歩近づいた。
言っていることが既にめちゃくちゃになってきている。後ろにいる皆も黙り込んでいて、誰も声をかけることすら出来ずにいた。
「母上、二人は叔父に恨みがあると思います。サエラ殿とライラ達の村を焼いたのは、叔父ですから」
「……村を焼いた?」
それを聞いて、占い師のお婆さんが言っていたことが不意に思い出された。
サエラ婆さんは数年前に、王家からの依頼で期待された結果を出せなかったから家を焼かれて放浪していたと、そう言っていた気がする。ライラとライルはお婆さんのことをよく知っているふうだったし、さっきダーウード宰相が呟いていたことを思い出すと、二人はサエラ婆さんと同じ村の出身であるようだった。
お婆さんの家が焼かれたとき、もしやその周りの家も村も、一緒に焼かれてしまったのか。
「四年ほど前だったでしょうか。私もその頃はまだ即位しておらず、叔父の暴挙を止めることができませんでした。その頃叔父は呪いを解く方法を狂ったように探し続けていて、サエラ殿が示した解呪に必要な媒体が到底手に入らないものばかりだったことに激昂しました」
「それで、ライラ達の村を焼いた……?」
歩きながら俺を振り返ったアシュラフは痛ましそうな、後悔を滲ませるような顔をした。
「はい。小さな少数民族の部族の村でしたから、叔父の暴挙にも関わらず国内から大した反発は起きませんでした。そのうち、彼らのことは忘れ去られてしまいました」
俺は驚きと共にアシュラフの目を見返しながら、その話を聞いた。
ライラとライルにそんな過去があったなんて思いもしなかった。ライラの明るい笑顔を思い浮かべて、沈痛な気持ちになる。
でも二人が本当にスイード殿下を恨んでいて、更に呪っていたなんてまだ信じられない。そもそもオズワルドが言っている呪詛というのがなんなのかもわからない。
「叔父上は、もう十代の早い頃から呪いを恐れて精神を病んでいたそうです。そのため長男でしたが王位を継がず、ロレンナの母君の家に降下してシャフリヤール姓を捨てました。しかし従兄上やロレンナが生まれても自分には呪いがかかったままだと、ずっと呪いを解くことにこだわり続けています。叔父上は皇家の強力な神聖力を受け継いでいるので、悪魔に乗っ取られたら厄介です」
アシュラフが淡々と説明してくれた話を聞いて、スイード殿下という人の状況は多少わかった。
けれどライラ達のことは未だに謎が多い。
もう少し詳しく話を聞こうと思ったとき、スイード殿下の宮だという離宮に向かっている途中で前方から人が走ってきた。
走ってきた緑色の侍従の服を着た少年に見覚えがあり、俺は声を上げる。
「ノア?」
「……レイ様!」
それは今日の朝、地上の宮殿で俺を女装させた侍従の少年だった。
ノアは俺に気がつくと走り寄ってきて、俺たちの先頭にアシュラフがいることに気がつくと仰天して飛び離れた。
「陛下?!」
「ノア、大丈夫。アシュラフ陛下は元に戻ったんだ」
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「元に、戻られた……?」
「そう。だから心配しなくても殴られたりしないから安心して。何かあったの?」
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「スイード様が、ロレンナ様とお話をされているうちに錯乱されて、大変なことになっています。助けを呼びに飛び出して来ました」
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うちの子達だけで残すのは少し不安だったから、リリアンとマークスにも残ってもらい、ウィル達を守ってもらうように頼んだ。
ノアに案内されるまま離宮の中に入り、食堂と思われる天井の高い部屋にアシュラフと一緒に駆け込んだ。他の皆も後ろからついてくる。
部屋の中は天災にでも遭遇したかのようにめちゃくちゃだった。椅子やテーブルは吹き飛んだのかそこかしこに積み上がり、ガラス張りの棚は倒れて中の葡萄酒の瓶はみんな割れている。クリスタルでできたシャンデリアが傾きながらもかろうじて天井から細い線でつながり、まだぶらぶらとぶら下がっていた。
部屋の真ん中にはくすんだ金髪の痩せた壮年の男性が立っていて、その前にロレンナが倒れていた。
倒れたロレンナの側にはライラとライルがしゃがみ込んで彼女を守るように身を寄せている。
「ロレンナ!」
「ライラ! ライル!」
アシュラフと俺がそれぞれ叫ぶと、ライラが振り向いた。
「レイさん!」
俺の顔を見てライラはほっとしたような表情を浮かべた。ロレンナは気を失ってはいなかったのか、俺たちの声を聞いてふらつきながら床に手をついて身を起こした。
ライラがロレンナを支えながら、ライルの手を引いてこちらに来ようとする。
しかしライルは、無言で立つ男性を見上げながら動こうとしなかった。
「スイード叔父上、これはどういうことです」
アシュラフがゆっくりとスイードと呼ばれた男性の方に歩み寄って行く。
俺も動こうとしたが、グウェンに腕を掴まれて「まだ様子を見ろ」と止められた。
ぼんやりとロレンナを見下ろしていた目が落ち窪み頬が青白くこけた男性は、その声を聞くと顔を上げてアシュラフの顔を見た。そして眉を上げる。
「アシュラフ……? 悪魔に乗っ取られたのではなかったのか」
「皆の助けを借りて、悪魔からは逃れることができました。呪いが解けたんです。ロレンナから話を聞いていませんか」
「呪いが、解けた……?」
怪訝な顔をしたスイード殿下の声を聞いた時、俺はその声に聞き覚えがあると思った。どこかで聞いた声だ。イラムの中だったと思うが、どこだっただろう。
アシュラフは足を止めずにライラ達の側に歩み寄ると、ロレンナの傍らに膝をついて彼女を助け起こした。殴られたのか、頬を赤く腫らしたロレンナが自分を支えて立ちあがろうとするアシュラフの顔をを見上げて目を見開く。
「陛下……?」
「ロレンナ、長らくすまなかったね」
アシュラフの穏やかな笑みを見たロレンナは、青い目を大きく開いて彼を見つめた。
そして皇帝が元に戻ったということを理解した瞬間、普段の落ち着いた表情が消え失せて、彼女はまるで気弱な少女のようにくしゃりと顔を歪めた。震える手で床についた手のひらをぎゅっと握りしめる。
「陛下……お許しください。私は、何度も陛下を手にかけようと」
「君は正しい。私の妃候補として、この数ヶ月国のために立派に役目を果たそうとしてくれたじゃないか」
絞り出すような彼女の懺悔を聞いて、アシュラフはロレンナの顔を覗き込み、微笑みながら優しく頷いた。
「私はロレンナに短剣を預けておいて良かったと心から思ったし、その私の判断は間違っていなかったと今でも思っているよ」
ロレンナは瞬きもせずに彼の顔を見つめて、唇を震わせながら顔を歪めると目尻から一粒涙をこぼした。
「呪いが解けただと……? そんなはずがないだろう」
黙ってアシュラフとロレンナを見ていたスイード殿下が憤然とした声を出して二人の会話を遮った。
「この私が何十年も試みているにも関わらず、解けないのだ。お前ごときに解けるはずがない」
「叔父上、話を聞いてください」
ロレンナを支えて立ち上がったアシュラフが、険しい顔で叔父を見据えた。ライラとライルも二人の側で立ち上がって身を寄せ合っている。
「解けるはずがない。不死鳥も癒しの聖獣も、手に入れることなど出来ないはずだ。ようやく不死鳥の卵が手に入るかと思えば、マスルールが邪魔をして私から横取りし、デルトフィアの王子に返そうとしていたことはわかっている。それともマスルールが邪魔をしたのはやはりお前の差し金か。自分よりも先に私の呪いが解けることを恐れたか」
ぶつぶつと呟くように言いながら、スイード殿下はアシュラフを睨みつけている。
その顔は明らかに冷静さを欠いていて、何か精神的な不安定さを感じさせる目つきだった。
「それでは、イラムにならず者を招き入れてオズワルド殿下を襲わせたのは、やはりお父様なのですね」
ロレンナが震える声で糾弾した。
彼女を冷たい目で見やった父親は、そこで初めて俺とオズワルドの方をちらりと見た。
「オークションの時からデルトフィアの間諜が潜んでいることは気づいていた。私の部下が卵を競り落とそうとするのを邪魔した挙句、これ見よがしに王宮に運んで来るから襲ってやったのだ」
そう言い捨てて憎々しげに俺たちを睨んでくる。
グウェンが俺を引き寄せて警戒するように少し前に出た。
今まで余裕がなくてよく考えていなかったが、王宮に来る道中やイラムの中で襲ってきた強盗は、どうやらスイード殿下の差し金だったらしい。解呪に必要な不死鳥を狙っていたということか。オークションで途中まで手を上げていた商人のようなおじさんも、もしかしたらスイード殿下の部下だったのかもしれない。
ロレンナはさっき底なしの宝庫の中でオズワルドが話したことを聞いて、ピンと来たんだろう。確かに、神聖力が強いというスイード殿下ならオズのことを覚えていられるだろうし、外見を強盗に覚えさせて襲わせることも不可能ではない。
スイード殿下はロレンナとアシュラフを見てその顔に憎悪を浮かべた。
「幾度となく卵を取り返そうとしたのに逃げられ、アシュラフとマスルールが鈴園に隠すから手に入れ損ねた。本当に、マスルールもロレンナも、私の子供でありながら私が呪いで苦しんでいることなど、どうでもいいのだろう。お前たちは昔からアシュラフの従順な犬だった。……何故だ? 何故お前たちは呪われておらず、私だけがいつまでも呪いに怯えなければならない」
「お父様、どうでもいいなどと、そんなことあるはずがないではありませんか!」
ロレンナが悲痛な声を上げたが、スイード殿下は濁った目をすがめてそれを鼻で笑った。
「それならば何故私の呪いを解こうと躍起にならないのだ。私が何度デルトフィアから不死鳥や聖獣を盗んで来いと言っても首を縦に振らなかっただろう」
「お父様、そんなことが……そんなことができるはずがないということは、お分かりでしょう。デルトフィアの中でさえ見つからないような霊獣なのです」
「知らぬ。ならばデルトフィアを侵略せよと言っても、アシュラフも、あのお気楽な弟も私を無視した。だからどうだ、あいつは私よりも先に死んだだろう。呪いの力を軽く見るからだ。様は無い」
吐き捨てるように言って高笑いした男を見て、俺はその異常さにぞっとしてグウェンに一歩近づいた。
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