悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第三部

六話 開園のファンファーレ 中①

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 麦畑に囲まれた小さな村の外れに、澄んだ水がたゆたって流れる浅い小川がある。その傍に、赤い煉瓦造りの小さな家が建っていた。一見するとレトロな雰囲気のごく普通の民家だが、木で組まれた柵の内側には広い畑があり、様々な薬草や花が整然と植えられている。
 お昼前に村を訪れた俺はその家の敷地に入り、家の隣にある小屋をのぞいた。天井から吊った紐にローズマリーを干していたお婆さんに声をかける。

「お久しぶりです、サエラさま」

 俺の声に、小柄でほっそりした白髪のお婆さんが振り返る。足首まで隠れる紺色のワンピースの裾に毛足の短い黒い犬がまとわりついていた。
 ここしばらく会っていなかったが、以前と変わらずに顔色も良さそうな様子を見て安心した。お婆さんの足にじゃれついている犬が、俺の姿を見てワン、と吠えて尻尾を振ってくれる。
 群青に近い濃い青色の瞳を細めて、サエラ婆さんが口元を綻ばせた。

「お兄さん、しばらくだね。後ろのかわいい子はどなた?」

 そう聞かれて、俺の後ろにいたウィルがぺこりとお辞儀した。
 この村はラズリシエの森に近い。今日はベルが森にいるベルのお婆ちゃん達に葡萄を届けに行っている。ベルの里帰りも兼ねてエリス公爵領の西側まで来たから、ベルを見送るためにウィルもついて来た。機嫌よく森に入って行ったベルは、今日の夜には俺の実家に戻ってくる予定になっている。

「この子はウィルといって、俺の家の子です。普段はご用聞きをしてくれてるんですけど、俺の弟みたいなかんじで」
「こんにちは、はじめまして」
「こんにちは。もしかしたら、年はライルと同じくらいかね」

 礼儀正しく挨拶したウィルを微笑ましく見たサエラ婆さんが、軽く首を傾げる。

「そうです。多分ウィルの方が一つ下かな。この前ラムル神聖帝国で会ってるから、二人は顔見知りだよね」
「はい。ライルさんのことは覚えています」
「おやそうなの。それはいい。あの子と同じ年頃の男の子は村にはあまりいなくてね。今小川で薬液に漬けた薬草の洗浄をしているから、後で呼んでくるよ」

 そう言いながら前掛けで手を拭った彼女は小屋の入り口に出てきた。
 
「お兄さんは、占いに来たんだね」
「はい。機会を逃してたんですけど、俺が引き寄せる受難は残念ながら一向に収まる気配を見せないんで……。サエラさまのお力をお借りしようかと」
「それはお安いご用だけれど、公爵家のご令息にさまなんて付けて呼ばれたら恐縮してしまうよ。婆さんでも、ババでも、お好きなように呼んでおくれ」
「わかりました。じゃあ、お婆ちゃん」

 俺が言い直すとサエラ婆さんは満足したように頷いて、俺とウィルを伴って家の方へ向かった。
 玄関から入ると中は外観よりも広く見える。綺麗に整頓されていて薬草や道具が散乱していることもなく、一見普通の民家だった。入り口から入ったすぐのところにある居間には丸い木のテーブルと椅子が四脚あり、そこが食事をするところを兼ねているようだ。

 サエラ婆さんは俺とウィルを座らせてから、家の裏手に回ってライルを呼びに行った。黒い犬は玄関の脇に置かれたラグの上で丸まって寝ている。

 少し経ってから姿を現したライルは俺を見て明るく笑い、その晴れやかな笑顔を見て元気そうだなと安心した。二週間ほど前にデルトフィアに来たライルは、水色の髪を肩につかないくらいに短く切っていた。夏から少し背も伸びたような気がする。ズボンを履いて薄手の麻のシャツを着ている彼は、もう男の子にしか見えなかった。

「レイさん、お久しぶりです」
「ライルも。元気そうでよかったよ。デルトフィアの服もよく似合ってるね」
「ありがとうございます。サエラ様のお側でいっぱい学ばせてもらってます」

 照れたように答えたライルは、ウィルに気がついてはに噛むように笑った。
 
「ライル、私はこれからお兄さんを占うから、その間この子を連れて遊んでおいで。家の中の道具や薬草の倉庫を見せてあげるといい」
「あっ、はい」

 少し緊張した顔になったライルがウィルを手招きして家の奥に誘う。ウィルも自分がいては話しづらいだろうと気遣ってくれたのか、素直に立ち上がってライルについて行った。
 俺の家にいたら周りは大人ばかりだから、ウィルにも同じ年頃の友達ができたらいいなと思ってたんだ。ライルと気が合うなら仲良くなってくれればいいなと思い、二人の背中を微笑んで見送った。子供が巣立っていくのを見守るようで、育ての親としてはちょっとした切なさがあるが、ウィルには気の合う仲間をたくさん見つけて幸せに過ごしてほしい。

 二人がいなくなって、サエラ婆さんはテーブルの上に大きな紙を広げた。古びてところどころ黄色くシミのついた紙の上には、何か細かい文字がびっしりと描かれている。

「それじゃあ、ちょっと見てみようか」
「お願いします」

 サエラ婆さんは紙をすっと見下ろして真剣な顔つきになった。俺は少し緊張して居住まいを正す。
 彼女は紙の横に乾燥した松の実と、水晶のかけらのような小さな石が入ったお椀を置いて、何度か俺に質問をした。生まれた年や季節、これまでの経歴などを一通り聞いたサエラ婆さんは紙の上の字をじっと見つめて、何か考えていた。それから俺の身近にいる人の名前や生まれた年を、わかる限りで順番に聞いていき、俺が答えるたびにお椀から松の実と水晶を机の上に落として広げていく。
 しばらくして質問が終わり、机の上を眺めた彼女は嘆息した。

「これはまた」

 そう呟いて一度立ち上がると、サエラ婆さんは壁際の棚の引き出しから赤い箱を取り出して戻ってきた。差し出されたそれはマッチ箱だった。手のひらが隠れるくらいの大きさで、普通のものよりも大きい。

「その穴から一本取り出してごらん」

 そう言われてよくよく箱を見たら、側面に穴が開いていた。

 おみくじみたいな感じかな。ちょっと面白い。

 言われた通り箱を振って中から一本取り出すと、出てきたのは真っ黒に塗られたマッチ棒だった。

「え? 黒い」
「もう一度」

 と指示されて、すかさずもう一回箱を振る。
 次に出てきたのはまた黒いマッチ棒だった。
 サエラ婆さんが眉を上げてじっと俺の手元を見ている。

「もう一度」

 また言われて、恐る恐る箱を振ってみると、出てきたのはやはり真っ黒なマッチ棒だった。

 なんだよこれ。怖いんだけど。

 俺の前に並んだ三本の黒いマッチ棒を見て、サエラ婆さんは大きく息を吐き出した。

「どうやらお兄さんは、ずいぶんと厄介な宿命を背負っているね」
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