悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第三部

十話 待ち合わせはゴーストタウンの入場口 前②

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 幽霊屋敷と呼ばれた館に向かうまでに、俺は自分の名前だけ告げて、少年からもナタンという名前を教えてもらった。ナトというのは愛称だったらしい。

 成り行きで幽霊屋敷という謎の館に行くことになったが、そういう星の下なので仕方がない。さっきサエラ婆さんから色々聞いたおかげで、俺は吹っ切れたのだ。おかしな出来事が集まってきても、「はいはい今日はなんでしょうね」という気持ちである。
 グウェンには頭を抱えられそうだから、後から報告したときそっちを宥める方が難しいかもしれない。

 歩きながら話を聞いたところによると、ミミというのは七歳の女の子で、昨日の午後から姿が見えないということだった。誘拐かもしれないから何ともいえないが、もしナタンがさっき話していたように床下に挟まっていたりしたら大事だ。その幽霊屋敷を遊び場にしていたという以上は確かめに行く必要があるだろう。

 しばらく歩いていくと、商店の並んだ通りからは外れて、住宅街になる。そこも抜けてさらに街の外れの方に向かい、木材を切り出す作業場がある林に入ったら、その先にさびれた小屋が何軒か建っていた。木材の切り出しはまだ行われているが、加工する工場は何年か前に別の場所に移ったらしい。人気はない。
 幽霊屋敷と呼ばれていた館はその奥にあり、一見すると少し小洒落た二階建ての洋館のように見える。木材の加工を営んでいた商人の館だろうか。今は空き家と聞いていた通り、屋敷の外壁に塗られた茶色の漆喰はくすんで剥がれ始めていた。

「ここだ」
「……確かに、雰囲気のある屋敷だね」

 門の外から外観を見回した俺は、館の奥に真っ黒に焼け焦げた一回り小さな平屋の小屋を見つけた。

「あれは? 火事の跡みたいに見えるけど」
「ああ、あれ。屋敷の離れらしくて、何ヶ月か前に急に燃えたんだ。煙に気づいた作業場の人がすぐに警備隊に通報して消火した。林に燃え移ったら大変だからな。屋敷にも少し燃え移ったけど、焼ける前に消し止めたって」

 そう説明された通り、完全に焼け落ちる前に消火されたからか、離れの建物は屋根も壁もまだちゃんと残っていた。扉は焼けてしまったのか、入り口はぽっかりと開いていて遠目から中の暗闇が見える。 

「その火事があってから、子どもには幽霊屋敷なんて呼ばれるようになったんだ。急に火がついて燃えたから」
「なるほど」
「幽霊なんているわけない。俺は浮浪者がたまたま火事にしたか、いたずらの放火じゃないかと思う。まあ、火事があってから浮浪者も近寄らなくなったから、本当の幽霊屋敷みたいになったけど」

 そう言いながら、ナタンは傾いている鉄の門の隙間から敷地の中に入った。俺もその後に続く。
 長い間放置されているだけあって、庭は雑草が伸び放題で荒れ果てていた。でもそこそこの広さがあるから、かくれんぼとかやるなら楽しいのかもしれない。

 ナタンと二人で、一通り庭の中を探してみた。落とし穴があったりして嵌まっていたり、朽ちた木や外壁に挟まれて動けなくなっている子どもがいないかと目を凝らして探したが、女の子の姿はなかった。
 黒く焦げた離れにも近づいてみたが、中に入るとただの広い倉庫のような開けた空間があるだけで、早々に人影がないことはわかった。内側から燃えた形跡があり、床も天井も煤で覆われていた。消火が早かったおかげか柱はまだちゃんと立っている。壁も落ちたりしていない。結構丈夫な構造の建物だったようだ。火事は数ヶ月前と言っていたが、まだ焦げたような匂いが辺りに漂っていた。

「外にはいないみたいだね。屋敷の中を探してみよう」

 ナタンに声をかけて、本館の方に移動した。
 砂埃で汚れた扉を押し開けて入ると、屋敷の玄関は薄暗かった。
 埃っぽくて咳き込んだが、中から微かに風を感じる。窓が割れているか、壁に穴が開いているかしていて、風が吹き込んでいるらしい。

「ミミー!」

 ナタンが大声で叫んだ。
 息を潜めて耳を澄ませてみたが、その呼びかけに応えるような声は聞こえない。 

「気を失ってたら声が届かないかもしれない。床下を見てから、二階にも上がってみよう」

 荷物置きになっていたのか、屋敷の床には木の破片や空の木箱が散乱している。壁紙や床はかなり傷んでいて、ところどころ穴が開いていた。
 幽霊屋敷と言われていたから不気味な雰囲気なのかと思いきや、中は普通の空き家だ。カーテンがない部屋の窓からは日も射し込んでいるから、ものすごく暗いということもない。だから子供達の遊び場になっていたんだろう。
 埃が積もった廊下を進み、床に大きな穴が開いているところはのぞいてみて中を確かめた。

「気をつけて。床板が腐ってるところもあるから、踏み抜いて怪我しないように」
「わかった」

 俺の懐中時計にはライトの機能がついているから、床下を照らすのに役立つ。パッと明かりがついた時計を見てナタンは目を丸くしていたが、細身の身体を生かして率先して床板の下をのぞいてくれた。
 貯蔵室のような狭い板張りの部屋で、それまでと同じように床に開いた丸い穴にライトをかざしたら、中をのぞいたナタンが声を上げた。

「何かある」
「いたの?!」
「いや、人じゃない。箱だ」
「箱?」

 子供なら取れる場所にあるのか、肩まで穴の中に腕を入れたナタンは床下を探った。眉間に皺を寄せて、身体をぴったりと床に付けてから、目的のものを掴んだのか身体を起こした。
 穴から出てきた手には、大人の拳くらいの大きさの箱が握られている。
 箱は白い厚紙のようなケースだった。ネズミに齧られたのか角がボロボロな上、黒ずんでいる。

「なんだろう。食べ物ではなさそうだけど……。中で虫がわいてるかもしれないし、床に置いて開けてみよう」

 俺の言葉を聞いて素直に頷いたナタンが箱を床に置いて、指で弾くようにして蓋を開いた。
 気味の悪い虫がいたら嫌だなと思い身構えたが、予想外にも中に入っていたのは石だった。ゴルフボールくらいの、球体に近い形の赤い石。

「これは」

 それを見た瞬間、俺は顔を強張らせた。

「あ、この石、前にルカが持ってたな」
「え?」

 ナタンの声にぎょっとして石から顔を上げると、俺の形相に驚いたのか彼は瞬きしてから頬を指で掻いた。

「この前、幽霊屋敷を探検してたら、部屋の隅に転がってるのを見つけたって言ってた。ルカと、ダグも持ってる。こういう赤い石。大きさはこっちの方がかなり大きいけど」
「……」

 俺は眉を寄せたままナタンを見つめた。

「なんだよ。これが何か知ってるの」
「これは魔石だよ」

 そう答えると、今度はナタンが驚いた顔をした。

「魔石? でも、街で売ってるのはもっとツルツルしてるし、形も丸くない」
「原石は表面が曇ってるんだよ。これを削って、中の魔力を使えるように加工するんだ。街で出回るものはほとんどが小石か、大きなものを細かく刻んだものだから丸くはないだろうね。こんなに球体に近くて大きな石なら、売ればそこそこ高値がつく」
「へぇ」

 魔法には馴染みのない下町の子供には、魔石の原石なんてわからないだろう。ただの色のついた変わった石だと思ったはずだ。
 なんでこんなものが空き家にあるのか。魔石の原石なんて、普通あるはずがない。
 ある種の緊張がじわりと背中を伝うのを感じたとき、ナタンが感心したように呟いた。

「じゃあ、二人が持ってるのも売れば金になるのか」
「うん……でも、少し待って。こんなものがなんでここにあるのか、そっちが問題だから。これは、ちょっと警備隊に見に来てもらう必要があるかも」
「もしかしてヤバいやつ?」

 俺が真剣な顔をしているのを見て、ナタンの表情が険しくなった。

「あいつらは、ただ石を見つけただけだ。盗んだりしてない」
「うん。大丈夫。きみの友達は悪くないよ。ここには時々浮浪者が入り込んでたって言ってただろう。多分、それに紛れて怪しい奴らが住み着いたりしてたのかも。この魔石も盗んだのか、森で集めたのかは知らないけど、捕まえて話を聞くべきはそっちだから」

 どう考えても、こんな空き家に住み着いて魔石を持っていた奴らは正規の業者じゃないだろう。

 俺がそう説明すると、ナタンはほっとしたように表情を緩めて息を吐いた。目つきは鋭いし、子供にしては口調もキツイけど友達思いの優しい子だと思う。ちょっとほっこりして緊張が解け、彼を安心させるように笑って頷いた。

「友達の二人が持っている石も警備隊に見せるか、詰所に行くのが嫌だったら後で俺が預かるよ。売った分になるくらいのお小遣いは渡してあげられるから」
「……俺らに金を渡して、お兄さんに何の得があるんだ」

 ちょっと不審そうな顔をされたので、今度は俺が頬を指で掻いた。

「いやぁ、俺の知り合いが前から魔石の裏取引について調査しててね。証拠品と一緒にこの屋敷のことを伝えたいんだ。お小遣いはまぁ、ここで魔石を見つけてくれた君たちへの感謝の気持ちってことでいいんじゃないかな。大丈夫。俺お金持ちだから」

 ここで変に誤魔化すと余計に警戒されるので、簡単に事情を説明した。金持ちっていうのも嘘じゃないし。
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