悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第三部

十四話 最初から絶叫系 前②

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 しばらく歩いてみると、この森は平坦な土地ではなく、そこそこ起伏のある地形をしていることがわかった。
 小高い丘になっているところや、朽ちた巨木が幾重にも重なって絶壁のようになっているところもある。薄暗いこともあって、見通しはかなり悪い。

 ふと、何かが聞こえたような気がして俺は足を止めた。

「今、何か聞こえなかった?」

 グウェンも立ち止まって、耳を澄ませるような顔をしたが、首を横に振った。
 え、聞こえなかったの?
 グウェンの反応を見て、背筋が寒くなる。
 ヤバい。めっちゃ怖い。
 俺何か声みたいなの聞いちゃったんだけど。

 グウェンの大きな身体に隠れて身を寄せながら周りを見回して、その声が聞こえた方に集中した。
 周りは樹木だけで何もないように見えたが、薄暗い森の中によくよく目を凝らすと視界の先に大きな岩の塊が見える。

「グウェン、あれ、なんだろう。岩?」

 馬車くらいの大きさのある岩が、いくつか固まって積み上がっているようだった。
 何というのか、あれだ。古墳というか、ストーンヘンジみたいな。
 グウェンもその岩に気づいたのか、眉を上げて視線を固定している。
 近づくのは怖くてその場で岩を注視していると、また声が聞こえた。

《かえりなさい》

「ひっ」

 今度ははっきり聞こえて、びくっと飛び跳ねてグウェンに抱きついた。彼にも聞こえたのか、俺の背中に腕を回して眉を寄せ、警戒した顔で岩を睨みつけている。

《ここにいてはいけない》

 続けて聞こえた声は確かにそう言ったと思う。
 忠告なのか、警告なのか、窘めるようなその声を聞いたら何故か少しだけ恐怖が和らいだ。威圧を与えるというよりは、危険を知らせるような声音に感じたからかもしれない。男とも女ともわからないような捉えどころのない声だったが、それ以上耳を澄ませても、もうその声は聞こえなかった。

「今の、聞いた?」
「ああ」
「帰れって言ったよな」
「……森に住む精霊か何かだろうか」
「うーん……。もしそうならそうでいいから、力を貸してほしいよ」

 帰れっていうなら、森の外れまで連れてってほしい。心から。
 幽霊なのか精霊なのかわからないが、心配してくれるなら手を貸してくれ。
 そう現金なことを考えながらグウェンの腕の中で深呼吸して、早く行こうと促そうとしたとき、突然足下が沈んだ。

「っ! また?!」

 転移魔法だった。
 俺もグウェンも何もしていないのに、一瞬にして目の前の景色が変わった。
 腕に力を入れて抱きしめてくれるグウェンにしがみついたまま顔を横に向けると、俺たちが次に立っていたのはまだ森の中だった。しかしさっきまでの樹林の中よりは、少しだけ開けた場所にいる。
 急に静かになった気がした。
 さっきまで周りから聞こえていた獣の声が全くしない。
 丸く開けた草地を囲むように樹高の高い木が立ち並んでいて、空を遮る木々の枝葉のせいで視界はやはり薄暗かった。

「なんなんだよ、今度は」
「何かいる」
「ひぃっ」

 グウェンの緊張を孕んだ声に驚いて小さく飛び上がった。なんだよ。今度こそ幽霊?
 顔を埋めているシャツごしに、グウェンの厚い胸板の筋肉が緊張したように上下するのを感じる。
 すーはーと深呼吸してから、グウェンがじっと見つめる先に、俺も恐る恐る顔を向けてみた。

 祠があった。

 大きく枝を張り出した巨木の下に、俺の背丈と同じくらいの小さな石造りの祠がある。人が住むには小さすぎるその祠には両開きの銅色の扉がついていて、それは今開け放たれていた。祠の中には何もないように見える。

 それをじっと観察していると、不意に祠の前の空気が揺れた。
 
「えっ」

 風でも吹いたように空気が揺らいだと思った瞬間、そこに人が立っていた。

 真っ白で丈の長いゆったりした衣装を着た、裸足の男性。服はよく見ると着流しのような、和装に近い形に見える。
 しかし俺が驚いたのは、その衣装ではなく男性の容姿の方だった。

 無造作に垂らした銀色の長い髪に、瑠璃色の瞳。鼻筋の通った気品ある顔の造形は、俺の知っている誰かに似ていた。
 誰だっけ、と思ったときに相手がゆっくりと口を開いた。

「私の森に無断で入ったのはお前達か」

 その男が言った。
 声は若い。見た目も壮年という年ではなく、まだ三十手前の若者といった風貌だった。
 冷ややかな目で俺達を見ているその男を観察して、マジかよ、と思った。

 今、私の森って言った?

 それってまるで、自分がこの森のぬしであるかのような言い方じゃないか。

「人間の気配がすると思ったら、どこから入り込んだのか。当然ここが主神ぬしがみである私の森だと知っての狼藉だろうな」

 突然の急展開に、俺もグウェンも何も言えずに祠の前に立つ男を見つめた。

 この森の主……?
 まじまじと目の前の男性を観察する。見た目は人間だ。神様っぽくない。何もないところから現れたように見えたが、足もあるし、地面には影もある。いや、影がないのは幽霊か。神なら足も影もあるのか。
 驚きすぎてそんな馬鹿みたいなことを考えていたら、青ざめている俺と、無言で俺を固く抱きしめているグウェンを冷めた目で見ていた相手が眉を顰めた。

「少し前に不死鳥の卵を盗み、森の動物を殺したな。始末したはずだが、取り逃した者もいた。愚かにもまた戻ってきたか」

 そう言われてぎょっとした。

「いや、違います! 人違い! 俺達は卵を盗んだ奴らとは関係ないです!!」

 慌ててグウェンの腕の中から大声を上げた。
 なぜか盗人だと勘違いされてる。それはまずいだろう。この暫定神様に卵泥棒の仲間だと思われたら、絶対によくない展開になることは俺にもわかる。
 俺の声を聞いて、相手は瑠璃色の瞳の瞳孔を縦に細く開いた。

「お前達、人間だろう」
「え? あ、はい。そうですけど」
「ならば違わぬではないか。この前の者と同じ種族だ」
「いや、え? そう、だけど……あの、違います。俺たちは卵を盗んだ奴らとは面識もないし、仲間じゃないんです」
「人間であることは事実だ。ならば同じ種族の者として同胞の犯した罪をあがなえ」
「は?!」

 相手の超理論に度肝を抜かれた。
 同じ人間ならいいよなってこと?
 ちょっと理屈が力業すぎるんじゃない!?

「あの、神様……守り神さま? で、合ってます?」

 なんと呼びかければいいのかわからずそう聞くと、暫定神様は眉を上げ、尊大な顔で頷いた。空から微かに差し込む日の光で輝く長い銀色の髪と、ゆったりとした白い衣装の裾が、風もないのに持ち上がってゆらりと揺れている。

「いかにも、私はこの森を守護する主神だ」
「主神さま、あの、俺達は森に入ろうとしたわけじゃなくて、間違って迷い込んじゃったんです。すぐに帰ります。お騒がせしてすみませんでした」
「許さぬ」

 あっさりと断られて顔が引き攣った。
 見た目が若者の神様は、体重を感じさせない動きですっと草地から浮き上がる。

「私が許しを与えるのは、森の動物と幼子おさなごのみ。お前達は駄目だ」
「そんな」
「卵を盗んだ罪を贖え」
「いやだから、俺達は卵泥棒とは関係ないんですって!!」
「知らぬ。人間は人間だ」

 またその超理論に戻ってきた。
 全然話が通じないが、このままだとヤバい展開になる気がする。

「ちょっといくらなんでもそれは理不尽じゃ……」

 盗まれた不死鳥の卵を追いかけて、メルを取り戻したのは俺ですよ、と言いかけて言葉を呑み込んだ。
 目の前の銀髪の男性の身体が、徐々に変化している。
 ふわりと浮かんだ白い衣装に巻かれるようにその身体がぐにゃりと歪んだかと思ったら、突然顔の皮膚が裏返るようにして巨大な白い尾が出てきた。

「っ?!」

 息を呑んだグウェンが素早く俺を抱えたまま後方に跳ぶ。
 目を見開いて主神を凝視していたら、それは一瞬のうちに白い鱗を持つ巨大な蛇に姿を変えた。

「蛇……?」

 思わず口からそう声が漏れると、俺達の前でずるりととぐろを巻いた白蛇は、獲物を定めるようにギラついた瑠璃色の目でこちらを見た。大きく開いた口から鋭い牙と、細長くて赤い舌がシュルリと出てくる。

 守り神って、蛇神へびがみだったのか。

 開けた地面を覆うほど巨大な蛇を目の前にして、俺はさっき屋敷の離れで怪しい魔法陣に近づいた己の迂闊さを猛烈に後悔した。
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