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第三部
五十七話 再びの絶叫系 後①
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「あの変態は煩いから放っとこう。さっき夜明けには決着がつくって言ってたから、まだ時間はある。それまでになんとか蛇神から悪魔を引き剥がせばいい。蛇は神なんだから、一度剥がして魔法陣から出せばもう乗り移られることもないだろう」
「そうだね、手立てがないか考えよう」
まだ何か喚いている悪魔を放置して、俺はオズとグウェンと一緒に総帥達が立っている辺りまで後退した。さっき話し合ったときは何も活路が見出せなかったが、夜明けというタイムリミットができた以上はそれまでにどうにか事態を収束させなければならない。
「とは言ってもな。守り神から悪魔を引き剥がすなんてどうやればいいんだ? 浄化魔法は効かないし、蛇は押し負けてるから自力で追い出せないみたいだし」
「……ルロイ様、この際封じてしまうのはどうでしょうか。緊急事態ということで、主神様諸共、封印を施すというのは」
切り替えの早いリビエール上級神官がいつものように怜悧な目で悪魔を見据え、傍にいた神官長に向かって発言した。
「そうですね、確かに引き剥がすまでの間の応急処置として、封印するというのはいい方法かもしれません」
上級神官の提案を聞いてようやく調子を取り戻したのか、神官長が大きく頷いた。俺もそれを聞いてなるほどと思う。
「そうか。眠らせるか、どこか結界の中に封じてしまえばいいですね。それならとりあえず、しばらくの間は外に出てこられない」
「でもレイナルド、その場合団長の記憶も一緒に封じられちゃうけどいいの?」
横からオズワルドがぽろっと口に出して、俺は隣に立つグウェンの顔を見上げた。
記憶が戻らなくなると聞いた俺の反応をうかがうように、彼の黒い瞳に微かな不安が浮かび、目元が強張る。その双眸を真っ直ぐに見つめ返して、俺はグウェンの手を取ってしっかり握りしめた。
「大丈夫。俺とグウェンはずっと一緒にいるから。記憶がなくても俺達は二人でやっていける」
笑みを浮かべて力強くそう言うと、グウェンはほっとしたのか表情を緩めて小さく頷き、俺に握られた手をそっと握り返してくれる。
その様子を見ていた総帥が「とんだ運びになったが、これはこれで一安心したわい」とどこか気が抜けたような顔で息をついていた。
さて、蛇神を悪魔諸共封印するという方向で話はまとまったが、その方法についてはやはり頭を悩ませることになった。
「輪の中から動かせないとなると、この場所に結界を作り、封じるということになります。しかし禁域の森は主神様の領域ですから、懸念するべきは悪魔が主神様を乗っ取ったとき、結界を無効化する可能性があるということです」
ルロイ神官長が難しい顔で口に出した点は、当然危惧するべき問題だった。
「あの輪の中で何か別のものに封じて、運び出すことはできませんか」
「蛇神様の身体ごと封じるとなると、かなり強大な力を持った神具か、宝玉ということになります。該当するようなものは今デルトフィアにはないのではないかと」
「それなら、一度護符でぐるぐる巻きにして森の外に移動させるとか」
「可能でしょうが、護符が破られたとき悪魔が主神様の身体諸共逃げる可能性があります」
俺の質問に首を横に振った神官長に続き、総帥が杖に手を置いて唸った。
「この森ではなく、何か別のものに封じられるのであればそれが一番よいが……フィオーリ司教殿、ナミア教国の助力は願えますかな」
爺さんに話を振られ、シスト司教は穏やかな線を描く柳眉を困ったように下げた。
「国に戻れば、神具となる国宝を借りて来ることができるかもしれませんが、夜明けまでに教国に戻り事情を説明して帰ってくるとなると、難しいのではないかと思われます。お役に立てず申し訳ありません」
「ふむ。儂もナミア教国には足を踏み入れたことがないゆえ、簡単に転移することはできぬな。レイナルド、ラムル神聖帝国のアシュラフ陛下に連絡は取れるか」
「あ、はい。できます」
俺にも話が回ってきて慌てて頷く。
アシュラフにってことは、ラムルから結晶石とか神具を借りられないかということだろう。あの国は宝石の産地として有名だし、俺はアシュラフの私室に転移できる魔道具を持っているから、行こうと思えば夜明けまでには往復できる。
しかし、少し考えたが希望的観測を抱くのはどうかという気がしてきた。
「ラムルに行って戻ってくることはできますが、あの国はついこの間までアシュタルトから受けた呪いに悩まされていました。悪魔を封じられるほど力のある神具や宝石があれば、真っ先に使ってるはずなんですよね。もしかしたら、初代皇帝の宝物庫に何かあるかもしれませんけど、探すまでに夜が明けるかもしれません」
あそこの整理はまだ進んでないってこの前会ったときにも言っていたから、探すとなるとかなり時間がかかりそうだ。
俺の返事を聞いて皆が沈黙する。
リビエール上級神官が深いため息を吐いた。
「そうなると、やはりこの場に封印結界を施すしかないようですね。私は教会本部に戻り、結界術の文献を集めて持って参ります」
「リビエール上級神官、お願いします。しかしその場合でも、主神様と悪魔を封じるだけの光の精霊力を集められるかが問題です」
ルロイ神官長が思案するように顔を顰め、俺を見る。神官長の言わんとすることはわかるので、俺は頷いた。
「多分チーリンの力が借りられると思います。ベルを呼べばみんなで四頭いるので、なんとかなるんじゃないでしょうか」
「ところで先ほどから思っていたのですが、何故、レイナルド様の周りにチーリンが増えているのですか」
「……あー」
リビエール上級神官がやけに冷静な声で横槍を入れてきたので、俺はしまったと思った。
ベルのお婆ちゃん達が時々うちに来るって話、神官長達にはまだしてなかったっけ。さっき転移して来たときに、俺がお婆ちゃんと話していたのも見てたよな。ヤバいな。こんな状況で明るみになってしまうとは。神官長とリビエール上級神官からの冷たい眼差しが怖い。
「いやぁ、あの、別に隠してたわけじゃなくてですね」
「四頭と言っていませんでしたか? 最初にいた二頭の他にもいるということですか」
「あ、はい。ベルのお爺ちゃんが」
「あなたはいつの間にやらベル様のご家族と懇意になっていたということですか。それなのに今まで私達には一度もご紹介がないというのはどういう了見なんでしょうか」
「あの、皆さん日々お忙しいですし……チーリンならベルで見慣れてるかなと思って」
「ベル様のご家族なのでしょう。会いたいに決まっているではないですか!!!!」
「はい!! すいません教官!!」
カッと目を開いたリビエール上級神官の剣幕に、俺の脊椎に刷り込まれていた反射が久しぶりに顔を出した。俺が背筋を伸ばして大声を出したから、横でグウェンが軽くびくっとしている。
黙ってたのは悪かったけど、でも最後のって上級神官の欲望じゃない? と思いつつ言い訳を重ねようとしたとき、森の上空から手紙蝶が飛んできた。ひゅーんと勢いよく目の前に舞い込んだ赤い蝶は、ウィルの特急便だ。
「何だ? うちで何かあったのか」
残してきたウィル達が心配になって、すぐに手に取った。
録音されているようで、皆が注目する中で手紙蝶を広げるとウィルのよく通る可愛い声が再生される。
『レイナルド様、今ライルさんからお知らせがありました。重要なことだとうかがったので、急ぎお伝えします。サエラ様が戻られたそうです。なんでも、現状の困りごとを解決するには、『狭間の道を開くしかない』とのことです。僕にはよく意味がわからないんですが……それから、後で必要になるから媒体を取りにきてほしいとおっしゃっているそうで。どうしましょう。この手紙蝶にお返事を録音できるので、そちらが落ち着いていましたらご連絡ください』
ウィルがそこまで言って、録音は終わった。
「狭間の道……?」
サエラ婆さんが戻ってきたというのは朗報だ。
そして何やら重要なことを教えてくれたっぽい。しかし狭間の道というのが何なのかはわからない。
その言葉に真っ先に反応したのはオズだった。
「狭間の道を開くしかない……そうか、そういえばもう零時をすぎているから今日は招魂の日か。まさかとは思うけど、そんな手が本当に使えるのか」
サエラ婆さんの言葉を復唱したオズは、それから何やら真剣な顔でぶつぶつ呟き始めた。そして少し経って考えがまとまったのか、さっと顔を上げて俺達を見回す。
「もしかしたら、悪魔を上手く引き剥がせる方法が見つかるかもしれない」
「そうだね、手立てがないか考えよう」
まだ何か喚いている悪魔を放置して、俺はオズとグウェンと一緒に総帥達が立っている辺りまで後退した。さっき話し合ったときは何も活路が見出せなかったが、夜明けというタイムリミットができた以上はそれまでにどうにか事態を収束させなければならない。
「とは言ってもな。守り神から悪魔を引き剥がすなんてどうやればいいんだ? 浄化魔法は効かないし、蛇は押し負けてるから自力で追い出せないみたいだし」
「……ルロイ様、この際封じてしまうのはどうでしょうか。緊急事態ということで、主神様諸共、封印を施すというのは」
切り替えの早いリビエール上級神官がいつものように怜悧な目で悪魔を見据え、傍にいた神官長に向かって発言した。
「そうですね、確かに引き剥がすまでの間の応急処置として、封印するというのはいい方法かもしれません」
上級神官の提案を聞いてようやく調子を取り戻したのか、神官長が大きく頷いた。俺もそれを聞いてなるほどと思う。
「そうか。眠らせるか、どこか結界の中に封じてしまえばいいですね。それならとりあえず、しばらくの間は外に出てこられない」
「でもレイナルド、その場合団長の記憶も一緒に封じられちゃうけどいいの?」
横からオズワルドがぽろっと口に出して、俺は隣に立つグウェンの顔を見上げた。
記憶が戻らなくなると聞いた俺の反応をうかがうように、彼の黒い瞳に微かな不安が浮かび、目元が強張る。その双眸を真っ直ぐに見つめ返して、俺はグウェンの手を取ってしっかり握りしめた。
「大丈夫。俺とグウェンはずっと一緒にいるから。記憶がなくても俺達は二人でやっていける」
笑みを浮かべて力強くそう言うと、グウェンはほっとしたのか表情を緩めて小さく頷き、俺に握られた手をそっと握り返してくれる。
その様子を見ていた総帥が「とんだ運びになったが、これはこれで一安心したわい」とどこか気が抜けたような顔で息をついていた。
さて、蛇神を悪魔諸共封印するという方向で話はまとまったが、その方法についてはやはり頭を悩ませることになった。
「輪の中から動かせないとなると、この場所に結界を作り、封じるということになります。しかし禁域の森は主神様の領域ですから、懸念するべきは悪魔が主神様を乗っ取ったとき、結界を無効化する可能性があるということです」
ルロイ神官長が難しい顔で口に出した点は、当然危惧するべき問題だった。
「あの輪の中で何か別のものに封じて、運び出すことはできませんか」
「蛇神様の身体ごと封じるとなると、かなり強大な力を持った神具か、宝玉ということになります。該当するようなものは今デルトフィアにはないのではないかと」
「それなら、一度護符でぐるぐる巻きにして森の外に移動させるとか」
「可能でしょうが、護符が破られたとき悪魔が主神様の身体諸共逃げる可能性があります」
俺の質問に首を横に振った神官長に続き、総帥が杖に手を置いて唸った。
「この森ではなく、何か別のものに封じられるのであればそれが一番よいが……フィオーリ司教殿、ナミア教国の助力は願えますかな」
爺さんに話を振られ、シスト司教は穏やかな線を描く柳眉を困ったように下げた。
「国に戻れば、神具となる国宝を借りて来ることができるかもしれませんが、夜明けまでに教国に戻り事情を説明して帰ってくるとなると、難しいのではないかと思われます。お役に立てず申し訳ありません」
「ふむ。儂もナミア教国には足を踏み入れたことがないゆえ、簡単に転移することはできぬな。レイナルド、ラムル神聖帝国のアシュラフ陛下に連絡は取れるか」
「あ、はい。できます」
俺にも話が回ってきて慌てて頷く。
アシュラフにってことは、ラムルから結晶石とか神具を借りられないかということだろう。あの国は宝石の産地として有名だし、俺はアシュラフの私室に転移できる魔道具を持っているから、行こうと思えば夜明けまでには往復できる。
しかし、少し考えたが希望的観測を抱くのはどうかという気がしてきた。
「ラムルに行って戻ってくることはできますが、あの国はついこの間までアシュタルトから受けた呪いに悩まされていました。悪魔を封じられるほど力のある神具や宝石があれば、真っ先に使ってるはずなんですよね。もしかしたら、初代皇帝の宝物庫に何かあるかもしれませんけど、探すまでに夜が明けるかもしれません」
あそこの整理はまだ進んでないってこの前会ったときにも言っていたから、探すとなるとかなり時間がかかりそうだ。
俺の返事を聞いて皆が沈黙する。
リビエール上級神官が深いため息を吐いた。
「そうなると、やはりこの場に封印結界を施すしかないようですね。私は教会本部に戻り、結界術の文献を集めて持って参ります」
「リビエール上級神官、お願いします。しかしその場合でも、主神様と悪魔を封じるだけの光の精霊力を集められるかが問題です」
ルロイ神官長が思案するように顔を顰め、俺を見る。神官長の言わんとすることはわかるので、俺は頷いた。
「多分チーリンの力が借りられると思います。ベルを呼べばみんなで四頭いるので、なんとかなるんじゃないでしょうか」
「ところで先ほどから思っていたのですが、何故、レイナルド様の周りにチーリンが増えているのですか」
「……あー」
リビエール上級神官がやけに冷静な声で横槍を入れてきたので、俺はしまったと思った。
ベルのお婆ちゃん達が時々うちに来るって話、神官長達にはまだしてなかったっけ。さっき転移して来たときに、俺がお婆ちゃんと話していたのも見てたよな。ヤバいな。こんな状況で明るみになってしまうとは。神官長とリビエール上級神官からの冷たい眼差しが怖い。
「いやぁ、あの、別に隠してたわけじゃなくてですね」
「四頭と言っていませんでしたか? 最初にいた二頭の他にもいるということですか」
「あ、はい。ベルのお爺ちゃんが」
「あなたはいつの間にやらベル様のご家族と懇意になっていたということですか。それなのに今まで私達には一度もご紹介がないというのはどういう了見なんでしょうか」
「あの、皆さん日々お忙しいですし……チーリンならベルで見慣れてるかなと思って」
「ベル様のご家族なのでしょう。会いたいに決まっているではないですか!!!!」
「はい!! すいません教官!!」
カッと目を開いたリビエール上級神官の剣幕に、俺の脊椎に刷り込まれていた反射が久しぶりに顔を出した。俺が背筋を伸ばして大声を出したから、横でグウェンが軽くびくっとしている。
黙ってたのは悪かったけど、でも最後のって上級神官の欲望じゃない? と思いつつ言い訳を重ねようとしたとき、森の上空から手紙蝶が飛んできた。ひゅーんと勢いよく目の前に舞い込んだ赤い蝶は、ウィルの特急便だ。
「何だ? うちで何かあったのか」
残してきたウィル達が心配になって、すぐに手に取った。
録音されているようで、皆が注目する中で手紙蝶を広げるとウィルのよく通る可愛い声が再生される。
『レイナルド様、今ライルさんからお知らせがありました。重要なことだとうかがったので、急ぎお伝えします。サエラ様が戻られたそうです。なんでも、現状の困りごとを解決するには、『狭間の道を開くしかない』とのことです。僕にはよく意味がわからないんですが……それから、後で必要になるから媒体を取りにきてほしいとおっしゃっているそうで。どうしましょう。この手紙蝶にお返事を録音できるので、そちらが落ち着いていましたらご連絡ください』
ウィルがそこまで言って、録音は終わった。
「狭間の道……?」
サエラ婆さんが戻ってきたというのは朗報だ。
そして何やら重要なことを教えてくれたっぽい。しかし狭間の道というのが何なのかはわからない。
その言葉に真っ先に反応したのはオズだった。
「狭間の道を開くしかない……そうか、そういえばもう零時をすぎているから今日は招魂の日か。まさかとは思うけど、そんな手が本当に使えるのか」
サエラ婆さんの言葉を復唱したオズは、それから何やら真剣な顔でぶつぶつ呟き始めた。そして少し経って考えがまとまったのか、さっと顔を上げて俺達を見回す。
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