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第2章
違和感と忠告
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◇◇◇
新学期が始まってから校内を歩くと、学園に人の賑わいが戻ってきたことを実感する。
倫人は学内図を手がかりに、きょろきょろ辺りを見回した。
「ここかな……?」
始業式が終わった日の夕方、倫人のスマホに拓海の親衛隊長の楓から連絡が入った。
何か伝えたいことがあるらしく、学内にある温室で待ち合わせた。普段足を踏み入れることはないが、園芸部の生徒はよく出入りしているらしい。
温室には人の気配がして、入り口のガラス戸から中を覗いた。
小柄な楓と、見慣れない背の高い人影が見える。楓の周囲に不穏な色が漂っているのを見て、倫人はそっと中の様子をうかがった。
「いいじゃん番号交換しようよ」
「だから、嫌だって言ってる」
「俺九條と席近くなったし、九條の情報色々教えてやれるよ?」
「必要ない」
中から聞こえる声に倫人は眉を寄せた。楓のきっぱりした清涼な声とは対照的に、軽薄そうな男の声は粘着質で耳触りが悪い。明らかに下心が見える男の色が目に入り、倫人は顔を顰めた。
「なーいいじゃん番号くらい。俺結構上手いよ?」
「は?」
「親衛隊ってそういうもんだろ。九條って上手いの?あいつ遊んでそうだもんなー。日替わりで親衛隊の奴抱けるとか超羨ましい」
「はあ?!」
楓の周囲にぶわっと真っ赤な煙が立ち上った。
へらへらした笑みを浮かべた生徒は、楓の顔を覗き込む。
「楓ちゃんももちろん九條とヤってんだよね。ね、俺ともどう?」
楓が勢いよく右手を振り上げた。
それを見て咄嗟に身体が動く。
パシッ
言い寄っていた生徒は、突然現れた倫人を見て目を見開いた。
楓の手首を掴んだまま引き寄せ、倫人は自分の身体で楓を後ろに隠す。
「先輩、大丈夫ですか?」
楓は倫人の声に気がつくと、強張った肩の力を抜いた。
「鈴宮か」
「すみません。声が聞こえて、つい出てきちゃいました」
話を聞いてしまったことを謝ると、驚いていた男子生徒が興味深そうに倫人を見てくる。
「誰かと思えばびっくりした。君、噂の編入生くんじゃん。なに、二人そういう関係なの?」
「……さい」
「え?」
「だから、うるさい。あんたに関係ないだろ」
倫人から発される冷めた声が意外だったのか、相手は唖然とした。
倫人は眉を寄せて睨みつける。
「親衛隊で下世話な想像をしている奴が先輩に近寄るな。聞いていて不愉快だ」
「あ?」
途端に怒気を孕んだ男を、倫人は怯まずに強く睨み返した。黙ったままじっと相手を見返すと、気分を害したのか倫人を睨んでいた生徒は舌打ちする。
「しらけた。帰るわ。……またね、楓ちゃん」
倫人の後ろを覗き込んで楓の肩に触れようと伸ばされた手を、倫人は遮って掴んだ。
「……なんだよ」
「触るな」
「あ?」
ぶわっと苛立った男の感情に引き摺られて、倫人も不快さを露わに男を睨む。
空気に漂う相手の怒気を肌で感じ、その感情に押されないように目に力を込めた。
すると、突然ふっと感情の波が途絶えた。目の前の男が我に返ったように瞬きする。
「あれ?俺なんでこんな苛立ってたんだっけ」
「は?」
「まあいいや。あ、鈴宮くん、ところで俺と番号交換しない?」
相手は先ほどまでと打って変わってへらっと笑う。呆気にとられて、倫人はぽかんとした。
「君、やっぱめちゃくちゃ美人だね。相手いないなら今晩俺どう?」
「はぁ?」
倫人が困惑して盛大に眉を顰めると、今まで大人しくしていた楓が倫人の後ろから顔を出した。
「もう帰れ!鈴宮に手出そうとしたらただじゃおかないからな!」
「おー怖い。はいはい邪魔者は退散しますよー。鈴宮くん、楓ちゃんまたねー」
怒っていたことなど忘れたようにへらへらと去っていく背中を、ぽかんとして見つめた。
「なんだあいつ。調子のいいこと言って」
楓は不機嫌そうに呟いたが、倫人は内心で困惑している。
──なんだ、今の……?
今まで感じたことのない違和感を覚えた。
訝しんでいると、くいっと腕を引かれる。
微かに顔を赤らめた楓が倫人を見上げていた。
「巻き込んで悪かった。嫌な思いしただろ」
「いえ、俺が勝手にムカついただけです。突然しゃしゃり出てすいませんでした」
「いや……ありがとう。あいつしつこくて、うんざりしてたんだ。助かった」
楓はそう答えてから目を逸らし、気まずそうにお礼を言ってくる。
「親衛隊のこと、あんなふうに思ってる奴がいるんですね」
思い出しただけで不愉快な気持ちになる。
楓はため息をつきながら頷いた。
「仕方ない。特に、僕らと白鶯様の親衛隊は小柄な生徒が多いから。単なるセフレみたいな関係だと誤解してる奴らがいることは知ってる。それに、白鶯様の親衛隊はよく騒ぎを起こすし」
「そうなんですか?」
嵐の親衛隊というのは、存在は知っているが会ったことはない。
瞬きした倫人を見上げて、楓が真剣な顔になって頷いた。
「今日鈴宮を呼び出したのは、それが理由だ。宝生先輩が帰ってきた。白鶯様の親衛隊はこれから騒がしくなるかもしれない」
「宝生先輩?」
きょとんとする倫人に楓が少し声を落とした。
「宝生環。白鶯様の親衛隊の隊長だ。一学期はイギリスの姉妹校に留学していて、この学園にはいなかった」
「隊長……」
目を見開いた倫人を見上げて楓が少し心配そうな顔になった。
「先輩は白鶯様のこととなると箍が外れる。かなり過激なこともやりかねないから、鈴宮も注意してくれ。多分、九條様と仲がいいだけならそんなに先輩の神経を逆なですることはないと思うけど……。とにかく、言動には気をつけた方がいい」
「わかりました。ありがとうございます」
思い詰めたような工藤の様子に少し面食らいながら、倫人はこくりと頷いた。
どんな人なんだろう。
一学期は全く気配がなかったこともあり、嵐の親衛隊の存在は今までそれほど意識していなかった気がする。嵐とどんな関係なのか、考えを巡らせるとざわりと心の中が騒ぎだす。
なんとなく不安になった。
新学期が始まってから校内を歩くと、学園に人の賑わいが戻ってきたことを実感する。
倫人は学内図を手がかりに、きょろきょろ辺りを見回した。
「ここかな……?」
始業式が終わった日の夕方、倫人のスマホに拓海の親衛隊長の楓から連絡が入った。
何か伝えたいことがあるらしく、学内にある温室で待ち合わせた。普段足を踏み入れることはないが、園芸部の生徒はよく出入りしているらしい。
温室には人の気配がして、入り口のガラス戸から中を覗いた。
小柄な楓と、見慣れない背の高い人影が見える。楓の周囲に不穏な色が漂っているのを見て、倫人はそっと中の様子をうかがった。
「いいじゃん番号交換しようよ」
「だから、嫌だって言ってる」
「俺九條と席近くなったし、九條の情報色々教えてやれるよ?」
「必要ない」
中から聞こえる声に倫人は眉を寄せた。楓のきっぱりした清涼な声とは対照的に、軽薄そうな男の声は粘着質で耳触りが悪い。明らかに下心が見える男の色が目に入り、倫人は顔を顰めた。
「なーいいじゃん番号くらい。俺結構上手いよ?」
「は?」
「親衛隊ってそういうもんだろ。九條って上手いの?あいつ遊んでそうだもんなー。日替わりで親衛隊の奴抱けるとか超羨ましい」
「はあ?!」
楓の周囲にぶわっと真っ赤な煙が立ち上った。
へらへらした笑みを浮かべた生徒は、楓の顔を覗き込む。
「楓ちゃんももちろん九條とヤってんだよね。ね、俺ともどう?」
楓が勢いよく右手を振り上げた。
それを見て咄嗟に身体が動く。
パシッ
言い寄っていた生徒は、突然現れた倫人を見て目を見開いた。
楓の手首を掴んだまま引き寄せ、倫人は自分の身体で楓を後ろに隠す。
「先輩、大丈夫ですか?」
楓は倫人の声に気がつくと、強張った肩の力を抜いた。
「鈴宮か」
「すみません。声が聞こえて、つい出てきちゃいました」
話を聞いてしまったことを謝ると、驚いていた男子生徒が興味深そうに倫人を見てくる。
「誰かと思えばびっくりした。君、噂の編入生くんじゃん。なに、二人そういう関係なの?」
「……さい」
「え?」
「だから、うるさい。あんたに関係ないだろ」
倫人から発される冷めた声が意外だったのか、相手は唖然とした。
倫人は眉を寄せて睨みつける。
「親衛隊で下世話な想像をしている奴が先輩に近寄るな。聞いていて不愉快だ」
「あ?」
途端に怒気を孕んだ男を、倫人は怯まずに強く睨み返した。黙ったままじっと相手を見返すと、気分を害したのか倫人を睨んでいた生徒は舌打ちする。
「しらけた。帰るわ。……またね、楓ちゃん」
倫人の後ろを覗き込んで楓の肩に触れようと伸ばされた手を、倫人は遮って掴んだ。
「……なんだよ」
「触るな」
「あ?」
ぶわっと苛立った男の感情に引き摺られて、倫人も不快さを露わに男を睨む。
空気に漂う相手の怒気を肌で感じ、その感情に押されないように目に力を込めた。
すると、突然ふっと感情の波が途絶えた。目の前の男が我に返ったように瞬きする。
「あれ?俺なんでこんな苛立ってたんだっけ」
「は?」
「まあいいや。あ、鈴宮くん、ところで俺と番号交換しない?」
相手は先ほどまでと打って変わってへらっと笑う。呆気にとられて、倫人はぽかんとした。
「君、やっぱめちゃくちゃ美人だね。相手いないなら今晩俺どう?」
「はぁ?」
倫人が困惑して盛大に眉を顰めると、今まで大人しくしていた楓が倫人の後ろから顔を出した。
「もう帰れ!鈴宮に手出そうとしたらただじゃおかないからな!」
「おー怖い。はいはい邪魔者は退散しますよー。鈴宮くん、楓ちゃんまたねー」
怒っていたことなど忘れたようにへらへらと去っていく背中を、ぽかんとして見つめた。
「なんだあいつ。調子のいいこと言って」
楓は不機嫌そうに呟いたが、倫人は内心で困惑している。
──なんだ、今の……?
今まで感じたことのない違和感を覚えた。
訝しんでいると、くいっと腕を引かれる。
微かに顔を赤らめた楓が倫人を見上げていた。
「巻き込んで悪かった。嫌な思いしただろ」
「いえ、俺が勝手にムカついただけです。突然しゃしゃり出てすいませんでした」
「いや……ありがとう。あいつしつこくて、うんざりしてたんだ。助かった」
楓はそう答えてから目を逸らし、気まずそうにお礼を言ってくる。
「親衛隊のこと、あんなふうに思ってる奴がいるんですね」
思い出しただけで不愉快な気持ちになる。
楓はため息をつきながら頷いた。
「仕方ない。特に、僕らと白鶯様の親衛隊は小柄な生徒が多いから。単なるセフレみたいな関係だと誤解してる奴らがいることは知ってる。それに、白鶯様の親衛隊はよく騒ぎを起こすし」
「そうなんですか?」
嵐の親衛隊というのは、存在は知っているが会ったことはない。
瞬きした倫人を見上げて、楓が真剣な顔になって頷いた。
「今日鈴宮を呼び出したのは、それが理由だ。宝生先輩が帰ってきた。白鶯様の親衛隊はこれから騒がしくなるかもしれない」
「宝生先輩?」
きょとんとする倫人に楓が少し声を落とした。
「宝生環。白鶯様の親衛隊の隊長だ。一学期はイギリスの姉妹校に留学していて、この学園にはいなかった」
「隊長……」
目を見開いた倫人を見上げて楓が少し心配そうな顔になった。
「先輩は白鶯様のこととなると箍が外れる。かなり過激なこともやりかねないから、鈴宮も注意してくれ。多分、九條様と仲がいいだけならそんなに先輩の神経を逆なですることはないと思うけど……。とにかく、言動には気をつけた方がいい」
「わかりました。ありがとうございます」
思い詰めたような工藤の様子に少し面食らいながら、倫人はこくりと頷いた。
どんな人なんだろう。
一学期は全く気配がなかったこともあり、嵐の親衛隊の存在は今までそれほど意識していなかった気がする。嵐とどんな関係なのか、考えを巡らせるとざわりと心の中が騒ぎだす。
なんとなく不安になった。
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