夜が明けるまで

遠間千早

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第2章

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「お前ら、なんかややこしいことになってんなぁ……」

 章吾が顔を顰めてそう零した。
 四人で寮の部屋に移動してから、さっそくこれまでの経緯を簡単に説明した。
 リビングのソファに章吾と凌が座り、倫人と拓海はソファ前のラグにクッションと共に落ち着いている。

 話を聞いて、章吾は眉間に指を当てて重苦しい息を吐く。

「みさきはあの時オーストラリアにいたってことか……」
「うん。本当は三か月くらいで戻ってくるつもりだったのに、父さんの会社の都合で帰れなくなっちゃって……」
「まさかみんなこの学園に集まるとは思わなかったよねぇ」
「確かになー。俺親を超説得して、星条ならよしって言われてようやく爺さんの家から解放されたー」

 章吾がそう言ってソファの上であぐらをかいた。

「そんで、嵐は結局あの後も何も思い出さねぇままで、この四月になってみさきと再会した、と」

 章吾の視線を受けて、倫人は硬い表情で頷く。
 章吾がぽつりと言う。

「あいつ、みさきに会っても思い出さなかったんだな……」
「うん」

 沈んだ声で頷くと、章吾は眉尻を下げた。倫人を気遣うように見てから、拓海に顔を向ける。

「で、いまだ思い出してねぇけど、今頃になって嵐はみさきを探し始めたって?」
「うん。自分が誰かを忘れてるってことには気付いたみたい。何が原因だったのかは俺にもわかんないんだけど」
「なるほどなー。バッチリなタイミングで俺は戻って来たってことかぁ」

 前髪を掻き上げた章吾に、凌が感心したように頷いた。

「お前の頭でよくそこまで理解したな」
「あん?」

 章吾と凌が無言でどつき合う。二年ぶりのはずなのに息が合いすぎている。
 拓海が本気で「いい加減にしろ」と怒るまでにそう時間はかからなかった。
 仕切り直した拓海が腕を組む。

「とにかく、章吾は嵐に何か聞かれても気を付けてよね。凌も。はと兄にはもう嵐から連絡があったんだって」
「羽鳥さんにも?」

 それは倫人も初耳だったので、思わず拓海の顔を見た。拓海は頷くと、凌にも視線を投げる。

「はと兄にはちゃんと口止めはしてあるから、倫ちゃんのことは漏れてないよ。凌は?嵐から連絡あった?」
「そういえば何日か前に何度か電話来てたな。練習中だったから放置してた」
「なぁ。……みさきは、まだバレたくねんだよな?」

 確認するように章吾に問われて、倫人は一瞬言葉に詰まった。
 真っ直ぐに見つめられると、どうしたらいいのかわからなくなる。でも自分から嵐に打ち明ける勇気がまだ持てない。

「ごめん……まだ、忘れられる覚悟ができてなくて」

 固い声で俯いたら、章吾は頷いた。

「お前ら、あの頃一緒にいるのが当たり前みたいな感じだったもんな。そりゃ嵐が思いださねぇかもって思ったら怖いよな」
「うん、ごめん……」
「謝んなよ。みさきが大丈夫と思ったときに言えばいいんじゃねえの」

 からっと笑った章吾に、倫人は視線を上げて相貌を崩した。
 こんなふうに、章吾に慰められるなんて思わなかった。意外な気持ちでしんみりしていると、不意に章吾から薄く赤色に染まった靄がゆらりと立ち昇る。

「つーか、嵐の奴、みさきが近くにいて思い出さねぇなんて腑抜けてんじゃねぇの。よりによってみさきのこと忘れるとかさぁ。なぁ、いっそのこと一発殴らねぇ?そしたらあいつスイッチ入るんじゃねーか。俺、今からちょっくら行ってあいつ殴ってきてやろっか」

 急にとんでもないことを言い始めたのでぎょっとする。
 隣で聞いていた拓海がため息を吐いて章吾を睨め付けた。

「ちょっと章吾、軽はずみなことやめてよね。今嵐は章吾のこと覚えてないんだから、いきなり知らない一年に殴られたら騒ぎになるから。嵐の親衛隊巻き込んで、大騒ぎになる」
「……あいつが殴られるとこちょっと見たいけどな」
「凌、煽んないの」
「親衛隊?っていうのはよくわかんねーけど、俺あいつに会ったら冷静でいられる自信ねぇんだよなぁ。なんかやらかしそう」

 わははと笑う章吾を見たら、気が抜けてちょっと気持ちが楽になる。
 深刻に考えすぎずに、もっと力を抜いていいのかもしれない。ここ数日思い悩んでいたから、明るい章吾の色を見たら安心した。
 拓海が半ば呆れて頭を押さえ、章吾に注意を促す。

「章吾は嵐に出くわしたら色々ダメそう。とりあえず、遭遇しないように気を付けて」
「ラジャー」
「それと、変なことに首突っ込んで、不用意に喧嘩に巻き込まれないように注意してよね」
「それは親に厳重注意受けてるから、しばらく自粛するつもりだ。安心しろって」
「卒業まで自粛しなよ」

 ジト目になる拓海の横から、倫人も口を出した。

「章吾、もし何かあったら俺達の部屋来ていいからね」
「さんきゅーみさき」

 章吾がにっと笑う。

「お前はまず名前を呼び間違えんなよ」

 と、凌に指摘されて章吾は瞬きした。

「そういやそうだな。じゃあ、これから俺も倫人って呼んでいいか?」
「うん、もちろん」

 倫人が頷くと、章吾はちょっと照れくさそうに笑った。

「じゃ、これからもよろしくな、倫人」



◆◆◆嵐side


 嵐は生徒会室で小さくため息をついていた。
 目の前に開いたノートパソコンのディスプレイを眺めながら静かに沈思する。

「それなりにくまなく探してるはずなんだけどな……」

 学園に戻ってきてから、さっそく生徒会のデータベースにある生徒一覧を調べた。目的の名前を把握しているから、大した時間はかからないだろうと高をくくっていた。

「まさか見つからないとはな……」

 そう呟いて、スマホのメモ帳に並ぶ二人の名前と電話番号をぼんやりと眺めた。

 みさきという名前の生徒は、一覧に存在しなかった。名前も苗字も、みさきという音の名前に該当者がいない。つまり、この学園には嵐が探しているみさきという人物は存在していないということになる。
 案外近くにいる、という自分の勘が間違っていたということになるが、何となく釈然としない。
 一方で、章吾という名前は漢字違いも含めて何人か学園内にいたため、嵐は実際に会いに行った。
 突然訪ねてきた生徒会長にどの生徒もビビっていたが、携帯にメモした電話番号を見せると、全員が揃って首を捻った。
 明らかに自分の番号だったという素ぶりを見せる者はおらず、予想に反して章吾も見つからないという結果だった。
 拓海の反応からして、近くにいると思っていたのに。少し時間がかかりそうだ、と落胆するような気持ちでため息をつく。

 早く。
 見つけてやらないと。

 不意にそんな言葉が浮かんで、自分でも驚いた。
 どうやら自分は本気でその人物に会いたいらしい。探すと決めた時から、自分でも不思議なほどに積極的な感情が湧いてくる。
 もう一度画面に視線を戻して、そこに表示された名前をそっと指で撫でてみた。

「みさき……」

 声に出してぽつりと呟く。
 頭の中に、雨の日の川辺に立つ後ろ姿が浮かんで揺らぐ。その華奢な細い腕をどうしてもこの手で掴んでみたかった。

 始業式の準備に追われていた嵐がファイルの中に転校生の資料を見つけたのは、それから三日後だった。
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