異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

井上いるは

文字の大きさ
32 / 57
第四章

絶望の中の祈り

しおりを挟む
捕虜交換の日、ヴェリタス軍のメンバーは緊張した表情で待機していた。
国境付近には、アレクシスを含めた精鋭部隊が向かっており、帝国とヴェリタス軍の双方が重要な捕虜を交換するために集まっていた。

私は診療所で待機していたが、心配が募るばかりだった。
薄暗い診療所の中、窓から差し込む光が揺れていた。
突然、外から騒がしい音が響き渡り、兵士が駆け込んできた。


「緊急報告です!帝国がマルコを狙撃しようとし、リックが矢を受けて倒れました!」

その瞬間、心臓が凍りついたような感覚に襲われた。

「リックさんが……?」

リックさんが現場にいるなんて、聞いていなかった。
廊下からバタバタと足音が聞こえ、タンカが運び込まれた。
そこにはリックさんが乗っており、意識がなかった。
胸には矢が突き刺さり、真っ赤な血が溢れていた。
彼の呼吸は浅く、苦しげな音が漏れていた。
顔色は青白く、冷や汗が額に浮かんでいた。
全身が震え、体温も急速に下がっている様子が見て取れた。
リックさんの唇からは微かな呻き声が漏れ、痛みと恐怖に耐えているようだった。

エルウィン先生が即座に毒の存在に気付き、解毒処置を施したが、矢は内臓にまで達していた。
毒の効果で彼の体は急速に弱っていく。
リックさんの状態は絶望的だった。

あまりにもショックな光景に、私は呆然と立ち尽くした。

「サラ!しっかりしなさい!」

エルウィン先生の一言で、ハッと現実に引き戻された。
ぼんやりしている場合ではない。

リックさんを助けないと!

何でもやれることはやらないといけない。
手の震えは止まらないが、自分自身を奮い立たせ、エルウィン先生の助手を務めた。

エルウィン先生の処置は的確だったが、危険な状況に変わりはなかった。

「これ以上は……。サラ、リックについていてあげてくれ。」

エルウィン先生が私をベッド横に誘導した。

「お願い、リックさん、目を開けて……。」

私はどうしたらいいの?

涙が溢れ、頬を伝って次々と流れ落ちた。
あなたを心の支えにして、ここまで頑張ってきたの。
お願い、生きて……。

心臓が激しく鼓動し、呼吸が乱れて胸が締め付けられるような感覚が続いた。
震えた手で、リックさんの手を強く握りしめた。

冷たい……。
全く温もりを感じない。
彼の命がこの手からすり抜けてしまう恐怖が押し寄せた。

「いや、いやよ。リックさん、リックさん!いやああ!」

声にならない叫びを抑えきれず、彼の名前を何度も呼びながら、涙と共に祈りの言葉を紡ぎ続けた。

「お願い、リックさん……生きて……。」

私は女神様に祈った。
どうか、どうか、この人の命を救ってください。
私はこの人がいないとだめなんです。
この人とやりたいことが沢山あるんです。
話さなくちゃいけないことだってあるのに……。
彼を失いたくありません。

女神様、どうか…どうか助けてください……。

その時だった。
体の中を熱いものがぐるぐる巡るような感覚がした。
何これ?
熱い。
まるで血液が循環するように、その熱い何かが全身を駆け巡っていくのがわかる。
制御できない!
ぐるぐるぐるぐると回っていき、その何かが体から溢れそうになった。
その瞬間、眩しくて目が見えないほどの光に包まれた。

そこで、私の意識は途切れた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

処理中です...