異世界で演技スキルを駆使して運命を切り開く

第四章

目覚め

数日が経ち、私はようやく目を覚ました。
頭がぼんやりとしていて、全てが霞んでいた。
周囲の音が薄っすらと耳に入り、ベッドのシーツの感触が肌に感じられた。
目の前に広がるのは、見慣れた診療所の天井だった。
起き上がろうとしたが、体が重く感じた。
リックさんの顔が視界に入る。

「リックさん……どうしてここにいるの？」

リックさんは微笑み、私の手を握りしめた。
彼の手の温もりが、少しだけ安心感を与えてくれた。

「サラ、目を覚ましたんだね。君が倒れた後、ある人が来てくれて、君の状態を診てくれたんだ。」

リックさんは目を細め、安心したように微笑んだ。
その瞳には深い心配と安堵が浮かんでいた。

「ある人……？」

診療所の外から風が吹き込み、カーテンが揺れる中、リックさんが続けた。

「彼はエリオスという名で、君の魔力に気づいて訪れたらしい。君が目を覚ますのを待っているよ。」

リックさんは少し体を前に乗り出し、その言葉を強調するように手を軽く握った。
その名前に覚えがある。
賢者エリオス……？
すると、診療所の扉が開き、一人の老人が入ってきた。
白髪に深い皺が刻まれていたが、その眼差しは優しかった。
彼の長い白髪と髭は、まるで時の流れを刻んだかのようで、その背筋はまっすぐに伸び、威厳を感じさせた。
エリオスの登場に診療所の空気が一変し、静かな威厳が漂った。
彼の歩みはゆっくりとしながらも確かで、周囲の空間が彼を中心に収束するかのように感じられた。
彼のローブには古代の模様が織り込まれており、彼がただの老人ではないことを物語っていた。

「サラ、お前が無事でよかった……。」

その声に、私の記憶が一気に蘇った。
彼は私の祖父だった。
驚きと感動で涙が溢れた。

「おじいちゃん……本当におじいちゃんなの？」

祖父は微笑みながら頷いた。
窓から差し込む柔らかな光が彼の背後に影を作った。

「そうだ、サラ。なぜかこの世界でお前の魔力を感じた。いても経ってもいられず、ここまで来てしまったんだ。」

涙が止まらなかった。
リックさんが私の肩を優しく抱きしめてくれた。

「サラが無事でよかった。俺が生きていられるのも、サラのおかげだ。ありがとう。」

リックさんの言葉に、心が温かくなった。
そうだ。
リックさんは瀕死の状態だったはずだ。
光に包まれた後からの記憶がない。

「私、記憶がないのだけれど、リックさんはおじいちゃんが助けてくれたの？」

祖父は首を横に振った。

「サラ、お前は私が封印していた魔力を解放して、彼を助けたんだ。」

「私が……？」

身体中を駆け巡った熱いものは、魔力だったんだ。

「サラ、彼にはお前の事情はきちんと話してあるのか？二人きりにしてもらって話すべきならそうするが。」

「おじいちゃん、リックさんは何も知らないの。だけど、会えたら話そうと思っていたから、ここで事情を話してもいい？」

祖父は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。

「ああ、構わないよ。」

「リックさん、まずは、お帰りなさい。帰って来てくれてうれしいです。」

リックさんは頷きながら言った。

「遅くなってごめんな。」

私はリックさんの手をぎゅっと握りしめた。

「私、ずっとリックさんに話したいと思っていたの。私がなぜ、賢者エリオスに会いたいと願ったのか。」

リックさんは少し首をかしげた。

「おじいさんだからじゃないのか？」

私は深く息を吸って、静かに答えた。

「違うの。私、この世界の人間ではないの。別の世界から、ある日突然この世界に迷い込んでしまったの。」

リックさんの顔に驚きが浮かんだ。

「別の世界？そんな世界が存在するのか？」

「そうなの。だから私、帰る方法を探してたの。図書館で賢者エリオスが空間転移魔法の第一人者だと知って、もしかしたら帰る方法がわかるかもしれないと思って。それでどうしても会いたかったの。まさかおじいちゃんとは思わなかったけれど。」

リックさんはしばらく沈黙していた。
その沈黙の中で、彼の表情が複雑に変化し、この事実を受け入れようとしていることが伝わった。

「そうだったのか。帰るために……。」

リックさんの声は低く、深い思索に沈んでいるようだった。
彼の言葉に、私は少し罪悪感を感じた。

「私のこんな願いのために、帝国まで行って大怪我をさせてしまってごめんなさい。」

リックさんは首を振り、私の手を優しく握り返した。

「サラはこのことに関係ないんだ。俺がたまたまマルコを狙撃する情報を掴めたから、現場に向かっただけで。」

「マルコは無事だったの？」

「マルコは無事だ。みんなが協力してくれたおかげだよ。」

「それならよかった。」

リックさんの顔に少し安心が浮かんでいた。

「サラ、俺の命を救うために、君まで命の危険に晒してしまった。エリオスさんが来なければ、魔力枯渇で危険だったそうだ。もうこんな無茶なことはしないでほしい。」

私は首を横に振った。

「リックさんが死にそうなら、助けるよ。何度でも。」

「サラ、そのことなんだが、まずは自分の魔力をしっかり制御できるようになりなさい。魔術を学んで、こんな危険を起こさないようにするんだ。」

「おじいちゃんが教えてくれる？」

祖父は笑みを浮かべ、優しく頷いた。

「弟子は取らない主義なんだが、可愛い孫のためなら話は別だ。」

「ありがとう、おじいちゃん。」

診療所の静かな雰囲気の中で、祖父が再び口を開いた。

「色々話したいことがあるんだが、まずはサラの調子を戻そう。3日間も寝ていたんだ。食事や水分を摂ったほうがいい。」

「そうね。私もおじいちゃんに聞きたいことが沢山あるし、またゆっくり話そう。魔力の封印とか、おじいちゃんがなぜ地球にいたのか、気になることばかりだよ。」

リックさんと祖父は頷き、私は二人に支えられながら診療所のベッドに座り直した。

外の風が静かに吹き込む中、新たな未来への一歩を踏み出した。