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しかし。
「わ、私の努力が…今まで作り上げて来たものが…」
目の前に広がった信じがたい光景に、クロレラは慄いた。
ーーーそこにあったのは、一切傷ついていないアヤトの姿だ。
自分が今までずっと極限まで練り上げたのであろう、努力の結晶である特大魔法が、かすり傷はおろか男に到達すらしていない事実に、少女の心は打ちのめされる。
(負ける?この私が、たかが勇者に?)
「そのようなこと…認めてたまるかっ!!」
声を限界まで張り上げ、少女はさらなる追撃を試みた。
氷壁、炎渦、雷撃、爆裂、閃光。精巧緻密に編まれた最上級魔法が、轟音とともに炸裂する。
空を穿ち、空気を破り、大地を砕く。
しかしそれらはすべて、やはり男にたどり着く前に魔力の縫い目が崩壊し、解けて空気に霧散する。ひとえに、それは2人の間に横たわる埋めがたい実力差を物語っていた。
少女の顔から忿怒が消え、代わりに焦りが浮かび始める。
クロレラは形の良い眉をひそめ、苛立たしげに歯噛みしながら、怒号とともにがむしゃらに魔法を乱発した。衝撃、爆風、明滅、地揺れ。
2人ともここまで魔法使えるなら剣必要無くね?と私はふと思ったが、言えば空気読めと集団リンチを受けそうなので、ここはおとなしく黙っておこう。
クロレラはなおも魔法を連発したが、着弾させるどころか涼しそうな顔をするアヤトの前髪すらも揺らせない。
観衆はすでに熱気を失い、予想外の展開に口を閉ざしていた。
「このようなことが……そんな……………」
よろよろと後ずさり、現実を信じられないクロレラ。
そんな彼女に、アヤトは容赦なく言葉を叩きつける。
「そろそろ、気が済んだか?なら俺もそろそろ動こうか」
その余裕しか感じられない声音に、少女が初めて恐怖の色を見せる。
「そろそろ物分かりの悪いあんたに見せてやるよ。勇者の力ってやつを。外の世界ってやつを」
瞬間確かに世界を、勇者を中心に、取り巻く空気が一変した。
不吉な雷雲が橋をかけ、人為的に施されたように空中で渦を巻く。
地面が幾何学模様の罅割れを刻み、現れた隙間から光が一直線に折り重なる。
アヤトの右目に贈りたもうことで、世界がアヤトに共鳴する。
地上が、空気が、世界が彼に共振し、大空すら震わせるその絶大な力で以ってして、彼の宿望に答えるために、全知の力を行使する。
一人の男が望んだ、ただそれだけで、世界は喜びの声を上げ、惜しみなき祝福を1人の男に注ぎ込む。
空はおろか地中からも光の線が産声をあげ、少女の周りを取り巻いた。
光によって紡がれた真っ白な世界、そこは確かに勇者の独壇場であった。
いつか必ず、とてつもない力を持った邪悪な存在と対峙することになる。そして、その闇を打ち払えるのはアヤトしかいない。
そう言って、あの忌々しい光の女神アルテミスは、アヤトにこの世のすべてに愛されるという、もはや呪縛じみた祝福を授けた。
精霊や人はおろか、生命ならざるものにすら奉られる愛の結晶。
ーーーー人は彼を、勇者と呼ぶ。
気がつけば、クロレラは地面に倒れていた。あたりは民衆の悲鳴でやかましく、クロレラは鳴り止まぬ頭痛は消え失せてはくれない。
体はろくに動かない、しかしどこも折れてはいなかった。
加減されたのだとそこで気付き、クロレラはぐったりと体を地面に沈ませる。ならば、到底かなわない。
ゆっくりと近づき、自分の真横で止まった足音に、クロレラはため息をついた。
「私の、負けのようだな」
ふっと柔らかく笑み、王女は切なそうに眉を下げる。
そうして差し出されたアヤトの手を取り、ゆっくりと砂埃を払いながら立ち上がった。
生まれて初めての敗北は、しかし同時に彼女の鎖を穿つことに成功したらしい。
「……私はここで終わりだ。そうだ、お前のいう通りだ。このコロシアムはもともと、私の力を飼いならすために出来たものだ。本当は監禁される私への救済措置としてできたものだが………ふふ、まさかこの私が負ける日が来るなんてな」
私に未来はない、という少女はしかし、先ほどの苦痛に歪んだ姿と一変して、憑き物が落ちたような晴れ晴れしい表情で、晴れ渡る空を見た。
「もう、現世に悔いはない。生まれて初めて、私を受け入れてくれる人がいた。それだけで充分だ。………ここだけが私の世界だった。だが、お前にそれを壊された以上、現世にこだわり続ける意味はない」
「どうして、逃げ出そうと思わなかったんだ」
「さあ、………私は、認めてほしかったのだろうか。ここで功績を上げれば、コロシアムで勝ち続ければ、きっとお父様も私を見てくれる。もう二度と、母の代用品のように扱ったりしない、私を愛してくれると思ってしまったのだろうか………だが、もうその束縛も無い。不思議だな、あれほど恐れた敗北だったのに、今はどうしてかこんなにも………」
だがそこで王女の言葉を遮るように、アヤトは声高にたたみかけた。
「なあ、王女様。俺が勝ったら、なんでもひとつ聞いてくれるっつー話だったよな、」
ハッと、王女はアヤトを見る。
そしてアヤトは、太陽にも負けないくらいの笑顔で宣言した。
「俺の仲間に、ならな「やっぱりなああああああああああああ!!」
テセラの叫びが轟いた。
「わ、私の努力が…今まで作り上げて来たものが…」
目の前に広がった信じがたい光景に、クロレラは慄いた。
ーーーそこにあったのは、一切傷ついていないアヤトの姿だ。
自分が今までずっと極限まで練り上げたのであろう、努力の結晶である特大魔法が、かすり傷はおろか男に到達すらしていない事実に、少女の心は打ちのめされる。
(負ける?この私が、たかが勇者に?)
「そのようなこと…認めてたまるかっ!!」
声を限界まで張り上げ、少女はさらなる追撃を試みた。
氷壁、炎渦、雷撃、爆裂、閃光。精巧緻密に編まれた最上級魔法が、轟音とともに炸裂する。
空を穿ち、空気を破り、大地を砕く。
しかしそれらはすべて、やはり男にたどり着く前に魔力の縫い目が崩壊し、解けて空気に霧散する。ひとえに、それは2人の間に横たわる埋めがたい実力差を物語っていた。
少女の顔から忿怒が消え、代わりに焦りが浮かび始める。
クロレラは形の良い眉をひそめ、苛立たしげに歯噛みしながら、怒号とともにがむしゃらに魔法を乱発した。衝撃、爆風、明滅、地揺れ。
2人ともここまで魔法使えるなら剣必要無くね?と私はふと思ったが、言えば空気読めと集団リンチを受けそうなので、ここはおとなしく黙っておこう。
クロレラはなおも魔法を連発したが、着弾させるどころか涼しそうな顔をするアヤトの前髪すらも揺らせない。
観衆はすでに熱気を失い、予想外の展開に口を閉ざしていた。
「このようなことが……そんな……………」
よろよろと後ずさり、現実を信じられないクロレラ。
そんな彼女に、アヤトは容赦なく言葉を叩きつける。
「そろそろ、気が済んだか?なら俺もそろそろ動こうか」
その余裕しか感じられない声音に、少女が初めて恐怖の色を見せる。
「そろそろ物分かりの悪いあんたに見せてやるよ。勇者の力ってやつを。外の世界ってやつを」
瞬間確かに世界を、勇者を中心に、取り巻く空気が一変した。
不吉な雷雲が橋をかけ、人為的に施されたように空中で渦を巻く。
地面が幾何学模様の罅割れを刻み、現れた隙間から光が一直線に折り重なる。
アヤトの右目に贈りたもうことで、世界がアヤトに共鳴する。
地上が、空気が、世界が彼に共振し、大空すら震わせるその絶大な力で以ってして、彼の宿望に答えるために、全知の力を行使する。
一人の男が望んだ、ただそれだけで、世界は喜びの声を上げ、惜しみなき祝福を1人の男に注ぎ込む。
空はおろか地中からも光の線が産声をあげ、少女の周りを取り巻いた。
光によって紡がれた真っ白な世界、そこは確かに勇者の独壇場であった。
いつか必ず、とてつもない力を持った邪悪な存在と対峙することになる。そして、その闇を打ち払えるのはアヤトしかいない。
そう言って、あの忌々しい光の女神アルテミスは、アヤトにこの世のすべてに愛されるという、もはや呪縛じみた祝福を授けた。
精霊や人はおろか、生命ならざるものにすら奉られる愛の結晶。
ーーーー人は彼を、勇者と呼ぶ。
気がつけば、クロレラは地面に倒れていた。あたりは民衆の悲鳴でやかましく、クロレラは鳴り止まぬ頭痛は消え失せてはくれない。
体はろくに動かない、しかしどこも折れてはいなかった。
加減されたのだとそこで気付き、クロレラはぐったりと体を地面に沈ませる。ならば、到底かなわない。
ゆっくりと近づき、自分の真横で止まった足音に、クロレラはため息をついた。
「私の、負けのようだな」
ふっと柔らかく笑み、王女は切なそうに眉を下げる。
そうして差し出されたアヤトの手を取り、ゆっくりと砂埃を払いながら立ち上がった。
生まれて初めての敗北は、しかし同時に彼女の鎖を穿つことに成功したらしい。
「……私はここで終わりだ。そうだ、お前のいう通りだ。このコロシアムはもともと、私の力を飼いならすために出来たものだ。本当は監禁される私への救済措置としてできたものだが………ふふ、まさかこの私が負ける日が来るなんてな」
私に未来はない、という少女はしかし、先ほどの苦痛に歪んだ姿と一変して、憑き物が落ちたような晴れ晴れしい表情で、晴れ渡る空を見た。
「もう、現世に悔いはない。生まれて初めて、私を受け入れてくれる人がいた。それだけで充分だ。………ここだけが私の世界だった。だが、お前にそれを壊された以上、現世にこだわり続ける意味はない」
「どうして、逃げ出そうと思わなかったんだ」
「さあ、………私は、認めてほしかったのだろうか。ここで功績を上げれば、コロシアムで勝ち続ければ、きっとお父様も私を見てくれる。もう二度と、母の代用品のように扱ったりしない、私を愛してくれると思ってしまったのだろうか………だが、もうその束縛も無い。不思議だな、あれほど恐れた敗北だったのに、今はどうしてかこんなにも………」
だがそこで王女の言葉を遮るように、アヤトは声高にたたみかけた。
「なあ、王女様。俺が勝ったら、なんでもひとつ聞いてくれるっつー話だったよな、」
ハッと、王女はアヤトを見る。
そしてアヤトは、太陽にも負けないくらいの笑顔で宣言した。
「俺の仲間に、ならな「やっぱりなああああああああああああ!!」
テセラの叫びが轟いた。
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