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第肆章 洋館と茶会の後

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 それはそうじゃ。と姫は椅子の上で足をパタパタと揺らし、ヤハズは不機嫌そうに腕を組む。私の腰紐こしひもに刺した拳銃けんじゅうは熱を失っている。代わりに袖口そでぐちに入れていた白蛇びゃくだのキセルが熱を持ち、震えて解け私の左手へと巻き付いた。

 体を伸ばして体を揺らすと白蛇は赤い目を私に向ける。

「ようよう。役に立たない付喪神つくもがみさまじゃないか。ようやくお目覚めかい?」

「ワイの寝起きにけったいやなぁ。神さまを頼るなって何度も言っとるやろ?」

 付喪神? とヤハズが白蛇を見た。目を丸めて驚いている。姫は表情を変えずに両手で頬を支えながら首をかたむけた。

「ほうほう。また新しい言葉が出てきたな。物に想いが宿って意思を持つ付喪、その付喪が人に成り代わった付喪之人・・・お次は神か? 」

 そやで! と白蛇は私から視線を姫へと移し、どこか照れくさそうに体を揺らした。

「話は聞こえとったで! 姫ちゃん! ワイはかわいい白蛇ちゃんやよろしゅうな! しっかし不思議なこともあるもんや。・・・でも納得はできるわ。人の依代よりしろとして作られた人形なら、それもこんなにかわいらしくて精巧せいこうに作られた人形なら、人に成り変わらんでも付喪之人になれるんやなぁ。たしかに必要なんは人の形や。この世は驚きに満ちとるわ」

「なら白蛇よ。すべての付喪に人形を与えたらいい。そしたら人の五感まで奪って人に成り代わる必要なんてないだろう? すべては解決だ。俺は仕事を失うがな」

 そんなことはあらへん! と白蛇は姫に見惚みほれたまま続ける。

「こんなことは奇跡やで。そうそう起こらへんし、命を失うほどの妄執もうしつが命を与えるねん。それに人形を人形としてではなく、人として造り上げな、こんなことは起きひん。やるやんけ夜桐よるきりくん!」

「ふん。私ほどの人形作家でないと姫を創りあげることはまず無理だ。話は聞いていたが、神とはなんだ? 付喪神と私たちとの違いはあるのか? なぜ人の形をしていない?」

 夜桐は白蛇を見下ろしたままに尋ねる。わずかに丸まった瞳は細く形を戻していた。

「そりゃずっと昔はワイやってちゃんと人の形をしておったわ。白蛇のキセルに宿って、主人の姿を奪って形を得た。でもな、人の形になっても付喪の想いを一身に受け続けた。まぁ八代のご先祖さまと付喪を祓っておったからな。悪しき付喪はばったばったと倒して払い、よい付喪は願いを祓うことで、ワイは想いを受け取り続けた。そんで気が付いたら神さまや! 白蛇のキセルに由来した形に戻って、・・・こんな有様ありさまや。今度は形を失って消えることもできひんねん。神さまのままで、八代やしろにこき使われておる」

「想いを受け取り続ける・・・」

 ヤハズは口元に白手袋に包まれた指先を当て、何かを考えているようだった。きっとろくなことではないなと私は左右の袖口に手を入れた。

「しっかし、ようやく合点がてんがいったわ。人の形に成り代わっとったなら、人の体に邪魔されて想いを抱く物の気配がわからへん。夜桐くんの気配がわかったんわきっと、人形やったからな」

「それは俺も同感だ。そして・・・夜桐ヤハズは何なのだ? 形を得るという願いにも似た想いを叶えた付喪は形に固執こしつする。決して自分の体を崩すようなことはしない。ヤハズみたいにな」

 ふん。とヤハズは視線をそらし、代わりに姫がじぃっと私の瞳を覗き込んだ。薄い唇は三日月のようの頬を崩す。

「それは秘密じゃよ。何もかも話したらおもしろくないだろう?」

 むぅ。と今度は私が口をへの字に曲げる。ケラケラと白蛇がようやく私を向いて笑った。

「姫ちゃんの方が八代よりもずっと上手うわてやな。それにしても今日は珍しいもんが観れたなぁ」
 
 だな。と私は白蛇に返事をする。出刃包丁の男と関係がないならここにはもう用がない。それにヤハズの過去を、妄執を、煙に包まれ見てしまうとふたりきりの生き方を邪魔する気にもなれなかった。

 席を立とうとすると、待て。とヤハズは私を向き直る。薄く笑みを含んでいた。

「その出刃包丁の男の件は私たちも手伝おう」

遠慮えんりょする。私だけでも何とかなるし、邪魔だ」

「そうか。きさまは拳銃を所持しょじしているだろう? 世相せそううとい私でも今の世は少なからず知っている。大罪人だなお前は。うっかり私の口が滑ってしまうかもしれない」

「脅しているつもりか?」

「脅しているつもりだ。それに私はきさまを知った。どこにいようと見つけ出し付きまとう。付きまとって一緒に出刃包丁の男を見つけてやろう」

「目的はなんだ?」

「世のために、そして人のためだよ」

 ニィッとヤハズは唇を歪めた。きっと嘘だし本心でないことは煙に包まずともわかる。
 そうか! と姫は椅子から飛び降りて私に駆け寄りった。目を輝かせながら私を見上げる。

「妾は夜しか出歩けない。ヤハズも妾も世相に疎いし、昼間の世界を知らぬのだ。しかし八代が一緒なら大丈夫だろう。白蛇もおるしな」

 なっ? と小首をかしげて姫は白蛇を見る。白蛇の頬が染まって見えた。そして白蛇は再び私を見上げる姫と視線を並べる。

「そうやで! こんなかわいらしい子が屋敷の中でずっとおるなんてかわいそうや! ええか八代! 姫ちゃんと夜桐くんに協力してやるんやで!? やないとワイも協力せえへん」

 ずん。と空気が重さを増して私の肩のを落とす。体が鉛になってしまったようだ。
 厄介なことが増えてしまったな。と両手を胸に当てわずかに跳ねる姫を見て、仕方がないと私は諦める。それにヤハズは口角を片方だけ上げる邪悪な笑みを浮かべた。
 
 しかし手駒てごまは多いことに越したことはない。出刃包丁の男の力を考えると、どうにも無傷ではすみそうにない。しかしヤハズと姫の力を借りるなら狗鷲いぬわしからの依頼は早々に終わるだろう。
 
 ・・・そう思うことにした。

「目立たないようにと言っても無理だろうから、せめて大人しくしておいてくれ」

 もちろんじゃ! と姫は言い、意気揚々とヤハズは西洋仕立ての茶器を片付け始める。白蛇は体を揺らし続け、姫に頬を突かれ気持ちよさそうに顎先あごさきをあげた。
 
 どうして私にばかりに厄介事やっかいごとが降りかかる。物の想いは純粋で、それゆえひとにとっては厄介だ。
 まだ人の方がマシに見える。

 ただ・・・ヤハズの過去を見て私はどうもヤハズを他人のように思えない。私もまた人が嫌いであるのだから。
 袖触そでふうのも他少たしょうえん。一度結ばれた縁はそう簡単に切ることはできない。
 さてさてふたりは私の家まで付いてくるつもりでないだろうか。

「さぁ。ヤハズ。八代に湯の準備を。今宵はもう遅い。明日になったら一緒に街へ出よう」

 私を見もせず姫は言って、ヤハズは、はいと返事する。白蛇は楽しくなってきたで! と視線のように体をくゆらせて、私だけが天井を仰いだ。
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