黒魔女リリィは世界を壊したい!!〜転生者たちの治める国で呪われた魔女と騎士〜

tanakan

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第三話 女神の傀儡

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 雨が巻かれた布に染み込んで、肌へ染みた。冷たく両足を包む下衣へ雨が染み、冷たさよりもしびれを覚える。

 空から木々に当たる雨粒が、一定のリズムで鳴っている。僕の歩幅は雨粒のリズムよりも速く森の奥へと進んだ。

 ひどいことを言ってしまったことはわかっている。わかっているけど心が落ち着かない。

 なぜ自分がこんな目にあっているのか。理不尽すぎる現状を、僕はまだ受け止めきれていない。望んだはずなのに。無力な自分を呪う。世界すらも呪う。

 背中から悪寒が広がる。悪寒が雨のせいでないことは知っている。

「どうしたどうした? あんなに可愛らしい魔女さまを放り出して。悲劇の英雄さまはどうしたのかなぁ?」

 耳元で黒の女神がささやく。ひきつるような笑いと共に。雨音へまぎれているのによく響いた。

「なぜ僕を呪ったんだ?」

「言っただろう? 盤面を染めるためだ。神々の戯れだよ。いつくしむべき命をこまにして、妾は妾たちとして生きる。獣の命を糧にして生きる生物と変わらない。どこから与えられたかわからない命と役割をまっとうする。できる限り楽しみながら生を謳歌おうかしようと願い、振る舞う。お主は違うのかな? 期待や希望を感じなかったか? フィドヘルに訪れた時に?」

 うるさい。と答える。反射的に拒絶してしまうほどに、女神の言葉は真実だったから。立ち止まり振り向くも雨に流され足跡はもうない。どこから来たのか、そしてどこに向かうのかはわからない。

 僕はリリィと出会った瞬間に、広がった緑の世界に希望を抱いた。存在を望まれていると。ありのままの僕を受け入れてくれる世界だと、自分勝手な希望を抱いた。

「盤面の駒が苦しむようすを見て、愉快か?」

「愉快ではないよ。妾たちだって真剣だ。切実に盤上を眺めている。盤面が白く染まるか、黒に満たされるか。そればかりを考えている」

 少々・・・飽きてしまったがな。と黒い女神が僕の目の前に立ち、両手を広げてふわりと回った。

 猫背と方々に伸びた硬い黒髪。前髪は瞳を隠し赤い唇だけが、三日月のように浮かんでいる。背中から指先まで満たす悪寒は続いていた。虚実きょじつのどちらでもないように、黒い女神は眼前で笑みを浮かべ続ける。

「コントロールされた戦争。いい表現だな。騎士は騎士たるために。魔物を狩る。魔女を倒す。いつかは終わるはずの戦争が管理され、新たな秩序となっていつまでも続く。歯止めの聞かなくなった世の中は白でも黒でもなく、よどみながら混ざり合い、灰色の世界となったな。おろかしいことだ」

 お前たちの生きる世界と同じではないか? 僕は言い返せない。都合よく作られた世界で、女神たちのロールプレイに巻き込まれている。傀儡だ。

 僕だけはなく・・・すべからくが傀儡である。

「だとしたら盤面はとうに白へと染められてもおかしくないだろう? 転生者たちは勝利している。コントロールする側になったのだから」

「おかしくはないな。妾はすでに滅んでいてもおかしくはない。しかし世界は停滞ていたいしたまま混沌こんとんとしている。白の女神は人を呼び出し続けて狂ったのだよ。価値観の変化は神をも変える。白で埋め尽くすのではなく、過程を楽しんでいるのだ。羽虫から家を守るために始めた闘争が、次第に羽虫を潰すことに楽しみを見出し始めたように。端から順にゆっくりと。手段が目的となり、終わりを目指し、終わらぬように楽しんでいる。馬鹿で素直だから、変わったことにも気がつかない」

「終わりがないのか」

「終わりがないから飽きておるのだよ。」

 ひとつ教えてやろう。黒の女神は唇に指を当ておどけた瞳で僕を見る。

「女神には三つの力がある。ひとつは自分の力を切り分けて、呼び出した者へ祝福か、呪詛を与えられること。ふたつ目はステータスを覗けるようにしてやること。女神と同じように。お主が拒絶した与えられるべきだった力だ。三つ目は受肉すること。一度きりの女神による受肉こそが世界を黒く染めるだろう。白の女神に打ち勝てればだが」

「受肉? 体はここにないのか?」

「体は星屑ほしくずの間にしかない。最初に訪れただろう? 問題は受肉の方法だ。白の女神は人を祝福する。神のように舞い降り、祝福した人の身を借りて顕現けんげんする。妾が受肉したら間をおかずに行うだろう。もしくは待ちきれずに顕現するかも知れない。白の女神を妾の受肉の前に打ち倒せたのなら、勝利は確定だ。世界は黒く染まり黒魔女もお主も解放してやろう。現世に転生させてやる。才能だって与えてやってもいい。そして妾の受肉の方法は・・・聞きたいか?」

「聞かなくても言うのだろう?」

「あぁもちろん。妾にとっても重要なことだ。黒の女神が呪詛を与えた者の中で妾は育まれる。傀儡となり、抱擁ほうようで体を合わせ、接吻せっぷんで心を共にする。身も心もひとつになって、女神の力を得る。白は世界の中心であろうとする力、黒は世界の端から染め抜く力」

「面倒だな。白の女神のように一気に受肉すればいいだろう?」

「できないさ。妾は人が嫌いだ。ゆっくりと歩み寄らなければならない。お主たちが自分を呪えば呪うほど、妾とお主は近しくなる。まるで恋のように。時間をかければかけるほど、白の女神を越える力が育まれるだろう。いつかこうやって接吻を与えてやってもいい」

 女神の吐息とわずかに開かれた唇が近付く。お互いの吐息が混じり合うほどの距離。

 僕は両手を女神の両肩に当て、突き放す。よろめいた女神は体制を整えながら、体ごと首をかたむけ笑みをこぼす。

初心うぶにもほどがあるなぁ。努力を続けることで才能を拒絶し、自分を慰め、夢を見る。いつかは努力が報われる。才能にだって努力すれば打ち勝てるという幻想。他者を否定し続ける日々。それを終わらせたかったのだろう? 報われるために。自分を呪い続けた。自分を認めない世界を呪い続けた。神すらも拒絶した。いいじゃなぁないか。似ている。とってもよく似ている。お主は人よりもずっと妾たち黒の世界にふさわしい。彼女のように」

「違う!」
 
 やっとのことで叫んだ言葉は雨音に消える。いいや違わない。と黒い女神は両手を広げた。

「妾の力を貸してやっただろう? 剣技なども知らぬ。ただ剣を荒く振るうだけで、白の騎士に打ち勝ったじゃないか。楽しかっただろう? 与えられた才覚に身を委ね、力を振るうのは」

 やめろ・・・今度は言葉にならない。僕はリリィを守りながら感じていた気持ちに嘘は吐けない。暗く淀んだ色が、心を包んでいく。与えられた力に身を委ねて蹂躙じゅうりんし、他者を支配したいという暗い心。

 対象のない憎しみと怒りの心。今まで目を背け続けただけで、ずっとあった。望んでいたのだ。挫折を経験するたびに、人を憎んだ。世界を憎んだ。呪い続けた。

「まぁよい。その時はすぐに来るだろうから。それでどうする? このまま黒い魔女を見捨てるのか? こんな暗い森まで逃げ出して」

「見捨てるわけがない。僕は見捨てない」

「そうなのか? ならお主の足はなぜ白い都市へと向かう?」

 雨の隙間から天へと伸びる岩壁がんぺきが見えた。どれほど歩いたのかは覚えていない。目の前には湖に包まれた同じ転生者たちの住む都市がある。

「同じ人に会ってどうする? 許してください。獣と魔女にそそのかされていました。僕はみんなの味方です。首を垂れて許しをうか? そして妾の力を持って人の上に立つか? 妾はそれを許さない。逃げ出すことは許さない。妾が呪ったのだから。転生者とは共に歩けない」

 それに・・・と黒い女神は初めて目を伏せた。三日月のように広がっていた口角はすぼみ、弛緩する。

「妾にはリリィとお主しかもういない。妾が呪いを与えたのは、たったふたりなのだから。与えられた選択肢の外にいるのはふたりだけ。ふたり以外は妾が拒絶した。白の女神の祝福を望んだゆえにこちらから断ってやった。希望に胸を膨らませるだけの夢見る愚かな人間だ。お主たちだけは祝福を望まなかった。自分を呪い続けていた。だからこそ妾をひとりにすることは許さない。これ以上、妾たちを嘲り、ののしり、たわむれに蹂躙じゅうりんすることを許さない」

 女神は口を閉じ、雨音が強まる。雨粒が空を覆う大きさの異なる葉にあたり、乾いた音を立てていた。

「ならなぜ争いを止めようとしない!? 降伏し手を取り合って生きることはできるだろう。この世界にいる獣たちは賢く優しい。人だってわかるはずだ。共に過ごした歴史があるのならば」

「お主は知ってはいても理解ができていない。まだ呪い切っていない。希望を抱いている。丁度いい役者が現れたようだな。後は彼女に任せようか」

 黒い女神はローブをひるがえす。肌には雨粒で化粧が流れたのか、薄黒い雫が頬に流れていた。雨なのか、涙なのかはわからない。

 魔女が消えると悪寒も消える。代わりに銀色のローブに身を包んだ女性が目の前で立っていた。白銀色はくぎんいろ胸当むねあてにバラの刻印こくいんが刻まれている。

 歩むたびに揺れるローブの間から、金色の細い髪が頬に張り付いている。ローブの主は立ち止まり僕を見上げた。

西洋人形のような作りの顔に碧眼へきがんの瞳が丸まった。
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