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第十話 女神の受肉と盤上の終焉
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危ない! ロゼは強く地面を蹴り、後方へ回りながら私の前に立つ。ロゼは逆手に剣を握り地面へ突き立てた。
「煌剣スカーレット・ブルカーン!」
突き立てられた剣から地面へ亀裂が伸びる。亀裂は女神の下で爆ぜ、再び立ち昇る爆炎と共に視界を覆った。立ち昇る炎は燃え続け熱気が肌を焼く。
ロゼの視線はまっすぐと炎の壁の中央を見ている。火山の噴火にも見える爆炎の壁、悠然と翼を広げた女神が歩み寄る。
うそでしょ・・・とロゼは足を踏み込み、悲鳴に聞こえる叫び声を上げ、女神に斬りかかる。ダメ! 私の伸ばした手が空を切る。女神は振り下ろされるロゼの剣を握った。
「爆炎の転生者は格好いいなぁ。こう・・・人目を惹く派手さがあるわ。私も使ってみたくなったから返してね」
満面の笑みで、女神は瞳を細める。無邪気な子供のようでも瞳は狂気に溶けて揺らぐ。
女神はロゼの首を掴み持ち上げる。重さなど感じないように。
「あら大変。女神さまになんて目を向けるの!? ひょっとして魔女と魔物たちの呪いにかかっているのね。いけないわ。救ってあげないと・・・」
違う・・・と言葉を発するロゼの首を女神は強く締める。足が動かない。駆け出そうとも震え続けている。恐怖と怒りは混在し体が冷たい。
「でも大丈夫。安心してね? 呪われしかつての仲間を救うのも女神の役割なの。女神の吐息は、あなたの心すら変えてしまうわ」
ふぅ。と吐きかけられた吐息にロゼはバタバタと手足を動かし抵抗していた。
嫌だと思った。どうしようもなく嫌だ。私は私が嫌だ。
女神が、この状況が。自分の無力さが! また怯えている。戦うことを望んでも体が拒んでいる。
えぇぇい! 頬を叩いて力を込める。私はずっと生きてきた。生きている間に弱くはなったけど、私は・・・私は守るのだ。守るために対峙する。逃げるのでなく!
今度こそ逃げない! 逃げるものか!
体を薄い皮膜が包む。今までよりもずっと強く鼓動に合わせて皮膜が広がる。
足を踏みしめ、女神へ跳ぶ。女神が私に気が付き、緩慢に振り向く。
女神の滑らかなドレスに右手を当てて、皮膜を移す。
「あなたの力は本当に嫌い。無様だわ」
そう言い残して女神が視界から消える。燃え盛る炎もまた消えていた。離れた台座が砕けてガラガラと土煙が舞う。ケホケホ。と呼吸を整えるロゼに私は駆け寄る。
「ごめん。大丈夫・・・守ってもらってばかりでごめん」
「私は大丈夫・・・ありがとう。でもどうしよう・・・私はもうギフトの力を使えない。力もでない。・・・体から力が抜けちゃった」
ロゼは両手を見つめている。私は台座へ向き直る。タカハシとシュバルツが立ち上がっている。ふたりとも体がひどく傷んでいるようで、立ち上がろうとしては膝を地に着ける。
「ギフトのない体ってこんなに不安だったんだ。ダメだよね・・・でも泣きそう。やっと変われたと思ったのに。もとに戻っちゃった」
肩を落とすロゼに寄り添う。ロゼが私を見上げた。思えば彼女は私よりもずっと若い。そして平和な時代を生きてきたのだろう。私が・・・立ち上がらなければならない。
守るためには逃げるのではなく、戦わなければならないのだ。
土壇場で足踏みを続けるのはダメだ。私は・・・みんなと世界を壊す!
悪寒が消えて体が自由になる。ようやく震えが止まった。
「一緒に戦おう。私の魔法は些細だし、今みたいな攻撃はもう通じないと思う。巨剣に切られて終わり・・・だけど!」
杖を地面に置く。篝火が杖の周りに浮き、隣には宙で漂う水球がある。杖はそよ風のような風を纏い、地面が少しせり上がる。
フィドヘルで育まれた力を扱う・・・褒められたとしても、たかだか日常生活を楽にする程度の魔法だ。
ロゼが不思議そうに私の魔法を眺めている。やはりロゼの爆炎の力を見た後だと、我ながら情けなくなる。
「ごめんね。これで精一杯。でも・・・私は守られてばかりはもう嫌だ」
今まではみんなを守っている気になっていた。でも守られる側になってわかる。こんなにも辛い。自分の代わりに誰かが傷付くのは心底嫌だ。たとえ絶対的で、どうにもならない力の差があっても戦いたい。自分のために戦いたい。
「ねぇ・・・なんでリリィの魔法は消えないの?」
「タカハシは事象の改変だと言っていた。本来消えるはずの炎が消えずに浮いている。水は形を成したまま漂い、風を生む気圧の差が形成されている。すごい魔法だって使えるようになるって。昔にエルフや原初の転生者たちからフィドヘルの力を使い、私に与えられた力を合わせることを教えてもらった。でも私にはこれ以上わからないの。なんかコツとかある? この後に及んでなんだけど」
ロゼが笑みを浮かべて立ち上がり私の肩に手を当てる。色彩の転生者とエルフから教わった魔法の基礎。基礎だけだ。意志だけが違う。平穏は望まない。逃げることも許さない。立ち向かうしかない。
「ねぇ。さっきの皮膜だって同じでしょう? 今まではうっすら見えていたけど、今度は確かに見えた。タカハシから前に聞いた話。リリィの魔法は、与えられた力は事象を改変する。物理法則を無視する。それは・・・リリィの魔法も包んでいるんじゃない?」
へっ? と私は篝火の魔法に目を向ける。揺らめく炎に合わせて、薄い皮膜が包んでいた。今までは見えることがなかった。体を包む悪寒、それが黒の女神から注がれる力だとしたら、呪うたびに・・・力が前よりも増しているのだろうか。
「今まで・・・気が付かなかった。そうなの?」
「知らなきゃ見えないのが魔法だから。解らなきゃ扱えないのが魔法だと思う。ねぇ・・・その皮膜を解いてみない? 消えるはずの炎が消えずに、エネルギーを発し続けている。それがリリィの力で閉じ込められている。それを解いたら・・・きっとすごいことになる」
今まで考えることもしなかった。考える必要もなかった。だって戦うことなんて、考えたことがなかったから。
肩に置かれたロゼの手は暖かい。温もりを感じたまま正面へ向くと、土煙が上下に裂かれた。
女神の顔が歪んでいる。眉間にシワが寄り、青い瞳が怒りに燃えている。
「こんなにドレスを汚しちゃって、女神の足を地に着けるなんて、許されないんだから!」
女神は翼を広げて飛び立つ、巨剣の切っ先はまっすぐ私を向いていた。でも不思議と怖くなかった。何をすればよいかもうわかっているから。
ふよふよと浮いている篝火を女神に向かって飛ばす。
「そんな弱々しい灯火なんて、吹き消してやるわ」
女神の叫びが大気を揺らす。音となった振動は床を砕いた。そして私は篝火の皮膜を解く。
瞬きをする間もなく、篝火だった炎は蒼天へと向かって伸びた。幅は左右の壁へと到達し巻き上がる炎の勢いがガラスの壁を溶かす。
絹を切り裂くような、女神の悲鳴が響いた。羽ばたくのを止め、炎に巻かれて悶え苦しんでいる。
「やっぱりリリィの魔法は効くみたい。私の攻撃は避けるのに、タカハシの剣だけを受け止める理由がわからなかったけど、今わかった。生まれが違う力だから、白の女神に与えられた力じゃないから・・・白の女神自体の力ではないから効いている!」
色彩の転生者、そして原初の転生者たちの笑顔が浮かぶ。そしてエリスたちも。私に教えてくれたフィドヘルで育まれた元素を用いた魔法。黒の女神による呪詛を交わり合い形だけを形成する魔法が、強大な力となっている。
タカハシの言っていたことは間違いではなかった。でも・・・。
「だっ・・・だけど、これはもう篝火なんて呼べない」
「新しい名前が必要ね。魔法はそういったものだから」
「どういったこと!? 名前が必要なの!? えぇぃ!よくわかんないけど、なら派手に! 天地神明の神火! ・・・なんてどう?」
「うん。日本語って本当にかっこいいね。魔法はやっぱりこうあるべきだ!」
わかんない! と吠えつつも杖先から飛ばす篝火は天地神明の火となり、炎が立ち昇り続ける。目の前の光景に私は息を呑む。でもまだ終わりではない。左手に炎を纏った女神が姿を現した。
渦巻く炎が左手全体を包み、ロゼから奪った爆炎の異能だとわかった。女神は巨剣を振るい構える。
「それで!? 次は何!? どうしたらいい?」
「うん。空気はひどく温まっているから、リリィの風を呼ぼう。杖先に留まり続ける風を、気圧差で生まれる風を女神の周囲に放って!」
「こう!?」
私は風を呼ぶ。急に大気が重たくなった。そして風は私の後方からも吹き荒び、大気を飲み込んでいく。左右に分かれた大気は風を生み回転しながら強まっていく。翼を女神が幾度振るっても、女神は風に勝つことはできない。風に揉まれて直上へ飛ばされていく。
「風を生む気圧差も際限を失えば嵐となるの。名前は!?」
「また名前!? 私だって必死なんだから! えぇと・・・うん!高天原の嵐風!」
風が吹き荒ぶ。嵐となって。風に揉まれる女神は空中で姿勢を正し、巨剣を地面に向かって放つ。人よりもずっと大きな巨剣が、大きさを増しながら地面へ突き立てられる。魔剣が切り裂いた炎のように風が切り裂かれた。女神が地に立つと剣はもとの巨剣へ戻り、女神は巨剣で体を支える。
「次は地面を動かす。形にしなくてもいい。届く範囲で波打つように動かして!移動する地面と留まる地面がぶつけるの!」
「うん! 天岩戸の奇岩!」
波打つ地面の振動が響く。背丈を超えて波打ちうごめく地面は女神の立つ地面へ伝わる。
すると突然地面が割れた。割れた大理石は爆ぜ降り注ぐ。大理石の下にあった先の鋭い巨大な岩が、地面から幾つもせり上がり女神を包む。ロゼが私の肩を掴む手に力を込める。
力が溢れてくる。あれほど呪った無力さを忘れてしまうくらいの悪寒と共に。
知らず知らずのうちに押し留めていた魔法は、皮膜の中で力を増大させ続けていたのだ。世界の理を無視して、際限なく自由を許せば恐ろしい破壊の力となる。
「今よ! ふよふよと可愛く漂う水玉が、私にとっては一番怖い。いや、肉体を持つ存在にはとても怖いと思う。その水はどこから来たと思う? きっと大気中から集めた水を留めている。それをさ・・・女神の近くに作って。できるだけ大きく想像して! 女神は受肉している。どんなに強靭でも人の体を持っている。人は体から水を奪われたら、生命活動を維持できない」
「うん。女神が肉体を持ったらきっと倒し切れる。だって人の延長線上にいるだけだもの! 海神楽の波濤!」
私は杖を女神へ向ける。女神を包んでいた岩が風化し、ガラガラと崩れ始めた。女神が見える。
私たちを睨みつけ、歯噛みし、足を踏み鳴らす。子供のような地団駄で。
女神の肌から水が水滴となって吸い上げられて、水球を膨らませていく。膨らむ水球に比例して、女神は膝を折りうずくまった。水球へ手を伸ばし肌が乾いて、悲鳴すら上げることが許されない。
私の魔法の源は、事象を改変する力だとタカハシは言った。これはまるで・・・災害じゃないか。
私もまたその場にへたり込む。すっかりと腰から力が抜けてしまった。
「ねぇ・・・タカハシも同じだけど、現代っ子ってこういうのをどこで学ぶの? 学校? それにしてはとっても物騒だ!」
緊張が解かれた私の声に、ううん。とロゼは首を振る。違うのか?
「主に漫画とテレビゲームかな? あとは小説! 周りにはよく思われなかったけど、今・・・思うと世界を変えちゃうものだったんだね」
私の読んでいた漫画とは違うなぁ。いつの間に落ちていた帽子を拾い、裾から埃を払い被り直す。
もう私は負けない。名実ともに魔女となったのだから!
女神に呪われし黒魔女のリリィだ!
危ない! ロゼは強く地面を蹴り、後方へ回りながら私の前に立つ。ロゼは逆手に剣を握り地面へ突き立てた。
「煌剣スカーレット・ブルカーン!」
突き立てられた剣から地面へ亀裂が伸びる。亀裂は女神の下で爆ぜ、再び立ち昇る爆炎と共に視界を覆った。立ち昇る炎は燃え続け熱気が肌を焼く。
ロゼの視線はまっすぐと炎の壁の中央を見ている。火山の噴火にも見える爆炎の壁、悠然と翼を広げた女神が歩み寄る。
うそでしょ・・・とロゼは足を踏み込み、悲鳴に聞こえる叫び声を上げ、女神に斬りかかる。ダメ! 私の伸ばした手が空を切る。女神は振り下ろされるロゼの剣を握った。
「爆炎の転生者は格好いいなぁ。こう・・・人目を惹く派手さがあるわ。私も使ってみたくなったから返してね」
満面の笑みで、女神は瞳を細める。無邪気な子供のようでも瞳は狂気に溶けて揺らぐ。
女神はロゼの首を掴み持ち上げる。重さなど感じないように。
「あら大変。女神さまになんて目を向けるの!? ひょっとして魔女と魔物たちの呪いにかかっているのね。いけないわ。救ってあげないと・・・」
違う・・・と言葉を発するロゼの首を女神は強く締める。足が動かない。駆け出そうとも震え続けている。恐怖と怒りは混在し体が冷たい。
「でも大丈夫。安心してね? 呪われしかつての仲間を救うのも女神の役割なの。女神の吐息は、あなたの心すら変えてしまうわ」
ふぅ。と吐きかけられた吐息にロゼはバタバタと手足を動かし抵抗していた。
嫌だと思った。どうしようもなく嫌だ。私は私が嫌だ。
女神が、この状況が。自分の無力さが! また怯えている。戦うことを望んでも体が拒んでいる。
えぇぇい! 頬を叩いて力を込める。私はずっと生きてきた。生きている間に弱くはなったけど、私は・・・私は守るのだ。守るために対峙する。逃げるのでなく!
今度こそ逃げない! 逃げるものか!
体を薄い皮膜が包む。今までよりもずっと強く鼓動に合わせて皮膜が広がる。
足を踏みしめ、女神へ跳ぶ。女神が私に気が付き、緩慢に振り向く。
女神の滑らかなドレスに右手を当てて、皮膜を移す。
「あなたの力は本当に嫌い。無様だわ」
そう言い残して女神が視界から消える。燃え盛る炎もまた消えていた。離れた台座が砕けてガラガラと土煙が舞う。ケホケホ。と呼吸を整えるロゼに私は駆け寄る。
「ごめん。大丈夫・・・守ってもらってばかりでごめん」
「私は大丈夫・・・ありがとう。でもどうしよう・・・私はもうギフトの力を使えない。力もでない。・・・体から力が抜けちゃった」
ロゼは両手を見つめている。私は台座へ向き直る。タカハシとシュバルツが立ち上がっている。ふたりとも体がひどく傷んでいるようで、立ち上がろうとしては膝を地に着ける。
「ギフトのない体ってこんなに不安だったんだ。ダメだよね・・・でも泣きそう。やっと変われたと思ったのに。もとに戻っちゃった」
肩を落とすロゼに寄り添う。ロゼが私を見上げた。思えば彼女は私よりもずっと若い。そして平和な時代を生きてきたのだろう。私が・・・立ち上がらなければならない。
守るためには逃げるのではなく、戦わなければならないのだ。
土壇場で足踏みを続けるのはダメだ。私は・・・みんなと世界を壊す!
悪寒が消えて体が自由になる。ようやく震えが止まった。
「一緒に戦おう。私の魔法は些細だし、今みたいな攻撃はもう通じないと思う。巨剣に切られて終わり・・・だけど!」
杖を地面に置く。篝火が杖の周りに浮き、隣には宙で漂う水球がある。杖はそよ風のような風を纏い、地面が少しせり上がる。
フィドヘルで育まれた力を扱う・・・褒められたとしても、たかだか日常生活を楽にする程度の魔法だ。
ロゼが不思議そうに私の魔法を眺めている。やはりロゼの爆炎の力を見た後だと、我ながら情けなくなる。
「ごめんね。これで精一杯。でも・・・私は守られてばかりはもう嫌だ」
今まではみんなを守っている気になっていた。でも守られる側になってわかる。こんなにも辛い。自分の代わりに誰かが傷付くのは心底嫌だ。たとえ絶対的で、どうにもならない力の差があっても戦いたい。自分のために戦いたい。
「ねぇ・・・なんでリリィの魔法は消えないの?」
「タカハシは事象の改変だと言っていた。本来消えるはずの炎が消えずに浮いている。水は形を成したまま漂い、風を生む気圧の差が形成されている。すごい魔法だって使えるようになるって。昔にエルフや原初の転生者たちからフィドヘルの力を使い、私に与えられた力を合わせることを教えてもらった。でも私にはこれ以上わからないの。なんかコツとかある? この後に及んでなんだけど」
ロゼが笑みを浮かべて立ち上がり私の肩に手を当てる。色彩の転生者とエルフから教わった魔法の基礎。基礎だけだ。意志だけが違う。平穏は望まない。逃げることも許さない。立ち向かうしかない。
「ねぇ。さっきの皮膜だって同じでしょう? 今まではうっすら見えていたけど、今度は確かに見えた。タカハシから前に聞いた話。リリィの魔法は、与えられた力は事象を改変する。物理法則を無視する。それは・・・リリィの魔法も包んでいるんじゃない?」
へっ? と私は篝火の魔法に目を向ける。揺らめく炎に合わせて、薄い皮膜が包んでいた。今までは見えることがなかった。体を包む悪寒、それが黒の女神から注がれる力だとしたら、呪うたびに・・・力が前よりも増しているのだろうか。
「今まで・・・気が付かなかった。そうなの?」
「知らなきゃ見えないのが魔法だから。解らなきゃ扱えないのが魔法だと思う。ねぇ・・・その皮膜を解いてみない? 消えるはずの炎が消えずに、エネルギーを発し続けている。それがリリィの力で閉じ込められている。それを解いたら・・・きっとすごいことになる」
今まで考えることもしなかった。考える必要もなかった。だって戦うことなんて、考えたことがなかったから。
肩に置かれたロゼの手は暖かい。温もりを感じたまま正面へ向くと、土煙が上下に裂かれた。
女神の顔が歪んでいる。眉間にシワが寄り、青い瞳が怒りに燃えている。
「こんなにドレスを汚しちゃって、女神の足を地に着けるなんて、許されないんだから!」
女神は翼を広げて飛び立つ、巨剣の切っ先はまっすぐ私を向いていた。でも不思議と怖くなかった。何をすればよいかもうわかっているから。
ふよふよと浮いている篝火を女神に向かって飛ばす。
「そんな弱々しい灯火なんて、吹き消してやるわ」
女神の叫びが大気を揺らす。音となった振動は床を砕いた。そして私は篝火の皮膜を解く。
瞬きをする間もなく、篝火だった炎は蒼天へと向かって伸びた。幅は左右の壁へと到達し巻き上がる炎の勢いがガラスの壁を溶かす。
絹を切り裂くような、女神の悲鳴が響いた。羽ばたくのを止め、炎に巻かれて悶え苦しんでいる。
「やっぱりリリィの魔法は効くみたい。私の攻撃は避けるのに、タカハシの剣だけを受け止める理由がわからなかったけど、今わかった。生まれが違う力だから、白の女神に与えられた力じゃないから・・・白の女神自体の力ではないから効いている!」
色彩の転生者、そして原初の転生者たちの笑顔が浮かぶ。そしてエリスたちも。私に教えてくれたフィドヘルで育まれた元素を用いた魔法。黒の女神による呪詛を交わり合い形だけを形成する魔法が、強大な力となっている。
タカハシの言っていたことは間違いではなかった。でも・・・。
「だっ・・・だけど、これはもう篝火なんて呼べない」
「新しい名前が必要ね。魔法はそういったものだから」
「どういったこと!? 名前が必要なの!? えぇぃ!よくわかんないけど、なら派手に! 天地神明の神火! ・・・なんてどう?」
「うん。日本語って本当にかっこいいね。魔法はやっぱりこうあるべきだ!」
わかんない! と吠えつつも杖先から飛ばす篝火は天地神明の火となり、炎が立ち昇り続ける。目の前の光景に私は息を呑む。でもまだ終わりではない。左手に炎を纏った女神が姿を現した。
渦巻く炎が左手全体を包み、ロゼから奪った爆炎の異能だとわかった。女神は巨剣を振るい構える。
「それで!? 次は何!? どうしたらいい?」
「うん。空気はひどく温まっているから、リリィの風を呼ぼう。杖先に留まり続ける風を、気圧差で生まれる風を女神の周囲に放って!」
「こう!?」
私は風を呼ぶ。急に大気が重たくなった。そして風は私の後方からも吹き荒び、大気を飲み込んでいく。左右に分かれた大気は風を生み回転しながら強まっていく。翼を女神が幾度振るっても、女神は風に勝つことはできない。風に揉まれて直上へ飛ばされていく。
「風を生む気圧差も際限を失えば嵐となるの。名前は!?」
「また名前!? 私だって必死なんだから! えぇと・・・うん!高天原の嵐風!」
風が吹き荒ぶ。嵐となって。風に揉まれる女神は空中で姿勢を正し、巨剣を地面に向かって放つ。人よりもずっと大きな巨剣が、大きさを増しながら地面へ突き立てられる。魔剣が切り裂いた炎のように風が切り裂かれた。女神が地に立つと剣はもとの巨剣へ戻り、女神は巨剣で体を支える。
「次は地面を動かす。形にしなくてもいい。届く範囲で波打つように動かして!移動する地面と留まる地面がぶつけるの!」
「うん! 天岩戸の奇岩!」
波打つ地面の振動が響く。背丈を超えて波打ちうごめく地面は女神の立つ地面へ伝わる。
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「うん。女神が肉体を持ったらきっと倒し切れる。だって人の延長線上にいるだけだもの! 海神楽の波濤!」
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私たちを睨みつけ、歯噛みし、足を踏み鳴らす。子供のような地団駄で。
女神の肌から水が水滴となって吸い上げられて、水球を膨らませていく。膨らむ水球に比例して、女神は膝を折りうずくまった。水球へ手を伸ばし肌が乾いて、悲鳴すら上げることが許されない。
私の魔法の源は、事象を改変する力だとタカハシは言った。これはまるで・・・災害じゃないか。
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「ねぇ・・・タカハシも同じだけど、現代っ子ってこういうのをどこで学ぶの? 学校? それにしてはとっても物騒だ!」
緊張が解かれた私の声に、ううん。とロゼは首を振る。違うのか?
「主に漫画とテレビゲームかな? あとは小説! 周りにはよく思われなかったけど、今・・・思うと世界を変えちゃうものだったんだね」
私の読んでいた漫画とは違うなぁ。いつの間に落ちていた帽子を拾い、裾から埃を払い被り直す。
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女神に呪われし黒魔女のリリィだ!
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