【完結】現世の魔法があるところ 〜京都市北区のカフェと魔女。私の世界が解ける音〜

tanakan

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第二章 カフェ・ノードの魔女

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 時計を見ると長針と短針が朝の八時を差している。目覚まし時計のアラームはとっくの昔に切っていたけど私の体は自然といつもと同じ時間に目を覚ましてしまう。

 習慣なのか呪いなのかそれはわからない。学校の始まる八時半をすぎるまで私は布団に隠れて世界から自分を切り離す。それでも頭は学校にいけないことへの罪悪感を私に語りかけてくる。

 このままじゃダメだと。周りの人は普通なのに自分は普通でないのだと。

 お医者さんは体の声に耳をかたむけなさいと言った。心と体はまだ休みなさいと言っていると。しかし私の頭はそれを許してくれない。その考えがどこから出てくるのかはわからなかった。

 胸の鼓動がどうしようもなく速まって次第に息をうまく吸えなくなる。これもまたいつものことだ。

 この三十分間がすぎてしまい、そこからまた時間をかけて頭の声が鎮まった後に眠りにけるまでそれは続く。呪いに体を蝕まれていると思えるようなこの習慣。
 ぎゅっと握った右手にチクリと痛みが走る。手のひらを開くとそこにはターナーからもらった王冠、外国で売られているビールの蓋がそこにはあった。
 痛みは指先から胸の中へ広がり息が吸えた。
 魔女と猫と過ごした夜が嘘でなかったことを思い出し、私は安心して眠りに落ちていく。
 胸の中はまだ暖かい。

 もう一度目を覚ますとすっかりとお昼はすぎていた。
 いつもより夜更かしをしたせいか体は鉛みたいなのに心は軽く、目も冴えている。
 家の二階にある私の部屋から出て階段を降りる。顔を洗って髪を整えていると鏡の向こうでひょっこりとお母さんが顔を出した。私と同じ栗色の髪を長く伸ばしてひとつにくくり、満面の笑みで後ろから私に抱きついた。

「おはよう琴音ちゃん。今日はなんだか顔色いいね」

「お母さん。髪がまたボサボサになっちゃう」

 えー。かわいいよー。とお母さんは子供のように私に抱きついたまま体を揺らす。小柄な私より頭一個分大きな背丈は白いエプロンで包まれている。鏡を通してお互いの顔を見比べてみると、私よりもずっと大きな瞳をしているけどやっぱり似ているなぁと思う。

「ご飯ができてるよ。食べる?」

 私をパッと離すとお母さんはトコトコとキッチンへ鼻歌を歌いながら歩いていく。我ながらなんとも浮世離うきよばなれした母だと思う。昔からどこか世間からは浮いていて、それでも私をずっと見ていた。父は単身赴任でたまにしか帰ってこれなから、ほとんど母子家庭だったけど、寂しさをあまり感じなかったのはきっと母のこういった性格のせいだろうと思う。
 普通の母親ならば娘が不登校になって休学をしてもきっと学校にいけるようにあれこれ世話を焼くのだろう。だけど自分の母親はそんなことを一言も言わずに、

「これで一緒にたくさんいられるねー」

 宙に浮いてしまいそうなほどのやわらかい口調でいった。でもその本心はまだ別の所にあるのかもしれないけれど、その言葉にとても私は救われていたことも事実だ。
 早くどうにかしなければならないと考えるたびに吐き気がこみ上げてきて、私は一歩もその場から動けなくなる。それではいけないと私はその考えから逃げ出した。
 ともかく今日はもう一度、魔女の住むカフェにいって魔法のことを聞くのだ。

 私にも昔思い浮かべていた魔法が使えるようになったら、自分を変えられる。

 ずっと強くて、学校なんかにも負けない自分になれる。

 思えばそのきっかけも母からもらったディアーナの首飾りだった。
 守られるどころか知らない世界に連れていってもらっちゃったな。と胸元のペンダントを私は触れて母の後を追ってキッチンへと向かった。

 
 太陽がかたむき始めたのを見計らって私はこっそり街へ出た。

「今日はいつもより早いのね~。気をつけてねー」

 ぼんやりした口調のままで母は玄関先で見送ってくれて、私はいってきますと手を振った。
 京都の北区は街中よりも一足早く冬を迎える。真冬ともなれば濡れた路面は凍りつき雪も降る日が多い。遠くに見える北山とその先にある雲ヶ畑くもがはた夜鳴よなとうげと天狗が住むという鞍馬くらまの山々へと道は別れて続いていく。
 賀茂川かもがわは下流に向かって緩やかに流れていって、かもが西日の中で気持ちよさそうに水浴びをしていた。昔は田畑であふれたこの街も今や開発が進んで住宅街となっている。同じ学校に通っている生徒もまた多いものだから私はいつも苦労する。
 誰の目にもつかずに外出するには真夜中を選ぶほかなかったけれど、今日はできない。私は大通りではなく住宅街の中をこっそりと北上する。猫絨毯では一瞬の距離でも歩けばやはり三十分ほどかかる。時には遠回りをして同じ世代の人からは距離を置き、顔を伏せて歩いていくからかもしれない。ふと頭をあげるとそこには昨晩、魔女と出会った公園があった。

 少しずつ赤色に染まっていく太陽に照らされたそこは本当に普通の公園で、猫の姿はなかった。当然魔女の姿も。

 ちょっとだけ不安になる。すべてが夢であったのではないかと。

 公園を横切り、ちょっとした坂道を進むと大通りが見えて、交差点の一角に魔女のカフェがあった。
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