【完結】現世の魔法があるところ 〜京都市北区のカフェと魔女。私の世界が解ける音〜

tanakan

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第六章 ディアーナの首飾りと夢の魔女

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 すごい・・・と私が呆然と放たれた魔法を眺めていると耳元でアールがえっへんと、いつものような仕草で腕を組むのを感じた。

 私は箒に乗ってミーナさんが落下した方向へと向かう。

 空を回転しながら体勢を整えた白い竜は上空から私を目がけて速度をあげる。そしてそのまま後方へ回転をすると翼を広げて空を見た。空は鉛のように鈍色をした厚い雲に覆われていく。そして稲光が雲の表面を走り白い竜は真っ赤な瞳を私へ向ける。

 真っ赤な瞳はまるで私を試すかのようにまっすぐ向けられており、私は振り返り、ポケットの中ではミアスからもらったウンディーネのピックが熱を帯び始める。

 そして私はふわりと後ろから抱きしめるミアスの温度を感じる。長く伸びる青い髪が私を包んだ。

「琴音は本当に不思議だ。言葉数は多くなくても琴音はミアスの話を聞いてくれる。だから力を貸したくなる。琴音は弱いから。弱さをを知っているから。守りたくなる」

「私はまだひとりでは何もできないから。それはダメなことだと思っていたけど違うね」

「うん。ミアスもそう思う。水の魔法はそういった優しさからできている。どんなに強い人でも心が乾いていたのならすぐにそれは砕けてしまうから。水はどんな姿にもなれることができるけど、水の本質は何も変わらない。琴音は琴音自身で言葉も立ち振る舞いも変えていける。変えてもいいんだ。いくらでも自分をこれから変えていける」

 うん。と私はうなずいて杖を高く持ち上げる。サワサワと静かな川の流れる音がして大気中に水玉が浮き、それは地平の彼方からも集まってきていた。

 暗く重たくなった空には雷鳴が響いている。私は高く上げた杖をミーナさんが見せてくれたように、杖をくるくると回転させて水の元素を集めてみた。

 集まりだした水の元素は徐々に暑さを増して、まるで湖のように視界を覆っていく。雷雲から放たれた雷はその広がった水の塊へ拡散される。雷を帯びた水の鏡はバチバチと音を立てながら空へと消えた。

 白い竜は静止し、赤い瞳を丸めている。驚いているようにも見えた。私も一緒だと私は高度を下げて草原の中で横たわるミーナの隣に降りる。

 箒を降りてミーナさんを抱くと気を失ってるようでうーん。と唸っている。黒い艶やかローブの端は焼け焦げていて、白く華奢な手足には擦り傷がたくさんあるけれど、大きな怪我がないようで私はホッとした。

 ホッとしたのも束の間、草木が強く揺れるほど地響きを立てて白い竜が目の前に降り立つ。その鱗は一片も傷付いておらず、キラキラと広がった青空を反射していた。竜は右の腕を大きく振り上げ地面へと突き立てる。

 爪は大地を大きく裂き三つの爪の本数と同じ数だけ、見上げるくらいに強大な土の塊を跳ね上げつつ私へと向かってきた。

 私はイースからもらった懐中時計に触れる。時計はすでに熱を帯びていて、イースさんが隣に立ってやれやれと首を横に振っているのを感じた。

「なんとも大事になったものです。しかしそれでもまぁ誰かを守るために振るう力はこんなにも胸の奥を熱くする。でも誰かを守るためにはしっかりと、自分を持って地に足が着いていなければなりません。自分自身を大地と同じように安定させることで、心を安定させることで、助けを求める誰かを守ることができるのですよ」

 イースは右手を大きく振るうと眼前には天まで届きそうなほどの岩盤が地中からせり上がる。それは私の視界を覆い激しく震え、竜の裂く地面と激突しているらしい。そして岩盤は無数の土の塊となって跳ねあげられる。イースは両手を空へと向けると土の塊は、動きを止めて宙に浮いたままとなる。

 そしてイースが腕を振り下ろすと共に土の塊は白い竜へと飛んでいき、次々とその鱗で砕けていった。無数のそれらに体を打たれても白い竜は微動だにしない。

「さすがにこれではどうにもなりませんか」

 ふぅ。と汗を拭いながらイースさんは肩越しに私を見る。

「ノームは大地を通じていますから私はなんでも知っています。琴音さんに起きたこともミーナさんが何を想っているかもすべて。だからこそ私はあなたを信頼しています。後はおふたり次第ですよ。みんなとカフェでお待ちしております」

 はい。と私が答えるとイースは口髭を整えながら姿を消した。そして代わりに眼前には白い竜が私を見下している。とても遠くに見える顔は見えない。

 まるで大きな建物を見上げているようだと私は思う。しかし不思議と恐怖は感じなかった。

 胸の奥はまだ熱い。きっと私が今、多くの人に支えられているからだ。

 ひとりでは決して立ち向かえない存在でも、みんなとなら立ち向かえる。

「なんだ?まだ子供じゃないか。ふたりなら我を打ち倒せると思ったかい?」

 竜の声は頭の中に響いてきた。思ったよりも声は高く女性の、それも年齢を重ねた声に聞こえる。

「私はミーナさんを止めに来ました。ミーナさんの過去を私は見ましたから、あなたにミーナさんが育てられたのは知っています。どんな理由にしても打ち倒そうなんて考えていません」

 竜の笑い声が高らかに頭の中に響く。小さな存在をあざけるように響く笑い声だった。

「なら知っているだろう?あの子がどんな日々を送ってきたかを。どこにも属すことができずにたったひとりで生きてきた。産まれてすぐに人に捨てられて、魔女として生きても魔女から避けられ、私たちや精霊とも違うあの子がどんなに孤独だったか。他の人や魔女と生き方や力が違うだけで孤独を強いられたあの子の気持ちを知らないだろう」

 私は学校での日々を再び思い出す。いじめられるクラスメート。助けようとした自分。そして今度は自分が孤立しいじめの対象となった。

 人はそうだ。自分たちと違う行動や考えの人を認めることはできない。否定することでしか自分たちを肯定するしかできない。竜は続ける。

「我が子のために街へ降り立てば、魔女は滑稽にもミーナに頼るしかなかった。ずいぶんと都合のいいものだよ。精霊たちだってそうだ。かわいそうに・・・。この世を構成する四つの元素は都合よく魔女に扱われる。人もまたそれを知らずに我が物顔で街を闊歩かっぽする。なんとも愚かしいことだ。そんな人や魔女、魔法使いを我は好きになれないな」

 吐き捨てるような竜の言葉は頭と心に響く。だけど白い竜はとても悲しんでいるように思えた。普段なら聞かなくていい言葉でも私は聞いてしまう。そんな私だったから学校でも人の社会でもうまく生きることができない。普通の人なら聞き流して気にしない言葉や、物事は必要以上に私は自分のことみたいに感じてしまうから。

 傷付いてしまうから。

 でも・・・今は違う。今まで知らなかった世界と精霊や人たちと出会うことができたから。

 ミーナさんとの日々で、私は私のうちにある魔法を知ることができた。

 私は・・・と口を開くと、竜はほう?と鼻先を天へと向ける。

「竜さんのおっしゃる通りだと思います。私は前も、もしかしたら今もですが何も知りませんでしたから。魔女も魔法使いも、もともとは人です。人は小さな社会で生きていてそこで囚われて生きています。その環境はなかなか変えられないと思います。だからそこからはみ出してしまう、自分たちの作り出した小さな小さな社会の常識からはみ出してしまう存在を認めることができません。理解のできない他者を肯定することができず、否定することで自分たちの身を守ります。とっても人は弱いですから、そうすることでしか自分を保つことができません。私だって同じだし、私の周りの人も、きっと人だった多くの魔女同じですから」

 私は私や私のクラスメートをいじめていた人のことを考える。彼女たちは何を考えていたのだろうか。考えを知ることだけは避けていた。目の前に降りかかる恐怖からは逃げていた。

 でも今はそれに私は正面から目を向けられる。きっと怖かったのだと思った。自分たちの行いを否定されることで、自分たちを認めることができなくなってしまうほど弱かったんだ。

 小さな世界に囚われていると自分が万能に思えるかもしれない。でも一歩外に踏み出してみれば、それがとてもかわいそうに思えるほど世界はこんなにも広い。それはミーナさんも同じだったと思う。違うのは私と違って自分で歩き出すほどミーナさんが強かったということだ。

 ミーナさんの教えてくれた魔法は、決して力を振るうことではない。

 今ではわかる。現世では大きな魔法の力はいらない。ただたった一つ、自分の魔法があればいい。

「ミーナさんはそんな場所からひとりで歩き出しました。人も魔女も魔法使いも、そして多くの精霊が集うカフェ・ノードを作ってくれました。だからこそ、カフェには差別が存在しない。世界からしたら小さな小さな世界です。でも私はその場所で多くの精霊や人、魔女と出会いました」


「出会ってどうなる?魔女も人も変わらない。魔女になったとしても人の本質は変えられない。ちっぽけな存在だ。魔法が使えるだけで得意になって、結局他者を見下し生きている」

「ただミーナさんから、カフェ・ノードで教わった魔女になるための方法は違います。だから私はもう何にも負ける気がしません。ずっと小さな社会で生きていたと思いました。でもこんなに世界は広い。知らないことも見えないことの声も聞ける。それは私を前よりもずっと強くしました。でもミーナさんはとっても強いから、弱くはないからこそ何でもひとりでやろうとしてしまいます。だから心の中ではまだ孤独を感じているかもしれません。それはミーナさんの弱さです。弱いからこそ誰かに頼ることができる。頼られることで一緒に生きていける。私と違ってひとりでも強いミーナさんは私とどこか似ています。だからこそもう・・・ミーナさんはひとりじゃありません」
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