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3-2
「………………は、あ?」
セオドアは怒りに染まっていた表情を、恐らく今までの人生で一番間抜けな表情へと変え、開きかけていた口から困惑の声を出し。
「好きな人、に? 言いたい、けど……? 言えない……? ことを……? 好きな、人、に……? ……すな、お……?」
シャーロットは不思議、から、混乱に陥ったようで、白銀のまつ毛に縁取られたまぶたをぱちぱちと瞬かせ、ジュリアンが言った言葉を辿々しく反芻する。
ジュリアンへ顔を向けた状態で、固まってしまった二人へ。
「効能を打ち消す魔法薬の紅茶は出来上がりましたが、如何なさいますか?」
紅茶を淹れ終わったアメリアが、姿勢を正し、淡々と尋ねてきた。
「魔法薬の効能は時間経過で消えますが、半日はそのままだろうと、ソフィア殿下は仰っておりました」
混乱しているシャーロットと、困惑しているセオドアは、混乱と困惑のまま、アメリアへと顔を向ける。
混乱しているつぶらな深い紅紫、困惑のせいか切れ長なはずだが見開かれている翡翠。
二対の眼差しを受け止めたアメリアは、淡々と。
「経緯を説明させていただく際、魔法薬の効能を消さずとも、だいそれた支障はないかと思いますが」
アメリアは、自分が淹れた二人分の紅茶──すでにカップへ注がれているそれらへちらりと目を向け、自分の主人と、主人の婚約者へ視線を戻す。
「我らがシャーロット様もセオドア様も、お互いに尋ねたい事柄などが出てきた場合、尋ねる言葉とともにお互いへの気持ちを発してしまうことになるかと」
先程までのやり取りのように。
アメリアが淡々と言った、一拍の後。
「のっ、飲む飲む飲む飲む飲む!」
切迫したように「飲む」と連呼したシャーロットは、
「アメリア! あたし飲むから!」
セオドアの上着を掴んでいた両手を即座に離し、
「それ! 打ち消すヤツ! 飲むからね?!」
軍で鍛えられた瞬発力なのか、魔法なのか、どちらもなのか。
瞬間移動のようにアメリアのそばへ行き、
「どれ?! これ?! これ飲めばいいの?!」
真っ赤になって今にも湯気を出しそうな顔をアメリアへ向け、こちらです、と示された紅茶をひったくるように持って一気に飲み干した。
「……」
シャーロットが『効能を打ち消す魔法薬』を飲み終え、ホッと安心したように息を吐く。
ところまでを、全て見ていたセオドアは。
「っ……」
一瞬だけ苦しそうに顔を歪めたあと、顔をわずかに俯け、浅く息を吐いた。
そこから気持ちを切り替えたような無表情になり、顔を上げる。
「アメリア、僕にも──」
「セオ様!」
シャーロットはセオドアへ体ごと向き直り、安心してもらうためにもと、カップに手を添え、満面の笑みで伝えた。
「これ、ちゃんと美味しいですよ! さすが叔母様お手製の魔法薬ですね! アメリアの腕もありますけどね! ……? セオ様?」
自分を見ているセオドアからの反応がない上、どうしてかそのセオドアは、驚いているように目を見開き、口も半開きにして固まっている。
のを見て、シャーロットは首を傾げてしまった。
「セオ様? 大丈夫ですか?」
こんなセオドアもまた見たことがなく、シャーロットは不安になってくる。
「あの、これ、『打ち消す魔法薬』、飲んでみませんか……? アメリア、セオ様の、どれ?」
自分の侍女へ聞けば「こちらです」と、示されたので。
「セオ様。叔母様が大丈夫って言ってるなら大丈夫だとは思うんですけど」
カップとソーサーを素早く、それでいて全く揺らさず持ち上げ、駆け足だというのに全く揺らさずこぼさず、固まっているセオドアの前まで持ってきて。
「今、セオ様、さっきの魔法薬で具合悪かったりしたら、『打ち消す魔法薬』で具合悪いのも『打ち消す』こと、できると思うので」
まだ固まったままのセオドアへと、不安が隠しきれない表情で、ソーサーに乗せてあるカップを──『打ち消す魔法薬』の紅茶を差し出す。
「飲んでみませんか? 一口。セオ様に何かあったらとか、あたし、嫌です」
あなたがあたしをどう思っていようとも。
それは言えないけれど。
「セオ様。飲んでくれたりしませんか?」
言えないからこそ、精いっぱい、懇願する。
「これ飲んでも具合悪いの、治らなかったら、ちゃんと侍医も呼びますし、叔母様にも、セオ様に謝れって、あたし、言いますから」
踵の高い靴でも頭一つ高いセオドアを見上げ、幻でも見ているような表情の、見開かれている翡翠の瞳をまっすぐに見つめ、
「セオ様」
彼に何かあったらと思うだけでしゃくり上げそうになる喉を内心で叱咤し、
「お願い」
目に涙が滲みかけ、泣きそうになっていると自覚して、泣いている場合じゃないと自分に言い聞かせ。
「飲んで、セオ様。お願い。一口でいいから」
懇願するけど、セオドアは白昼夢でも見ているように自分を見るだけで。
わずかに開かれている口は動かず、何も、一言も、言わない。
「……セオ様……」
分かっている。
分かっているけど、どうにもできない悲しさが、虚しさが、シャーロットの胸の内に広がっていく。
紅茶を、セオドアのための『魔法薬』をこぼしたりしたらいけないのに、手が震えそうになる。
「……飲むの……嫌……ですか……?」
あたしから、紅茶、受け取るの、嫌ですか?
アメリアからなら、受け取ってもらえますか?
今からでも、アメリアに渡して──
「シャル」
アメリアのもとへ戻ろうと振り向きかけたシャーロットは、呼ばれたことで思わず動きを止めてしまった。
幸いにも、紅茶をこぼしたりせずに済んだけれど。
「シャル。すまない。少し混乱してしまっただけなんだ」
何がすまないのか。何に混乱していたのか。
怖くて聞けないけど、シャーロットはどうにかセオドアへ向き直った。
紅茶を、『効能を打ち消す魔法薬』をセオドアに飲んでもらう、そのために。
体も顔も戻して、見上げた先の光景。
「持ってきてくれてありがとう、シャル。いただこう」
セオドアが自分を慈しむように見つめ、優しく微笑んでいる、光景。
シャーロットにとってそれは、夢のような光景。
セオドアは、慈しむように見つめたまま、優しく微笑んだままで、シャーロットの持つ紅茶の、ソーサーに手を添えて、カップを手に取った。
そうして、ゆっくり、上品に、味わうように紅茶を飲んでいく。
叔母様が嘘を言うとは、思わない。
セオドアの側近であるジュリアンも、嘘を言うような人じゃないと思っている。
それに、嘘だったら、アメリアが嘘だって言ってくれるはず。
だけど、そうだとしても。
どちらにしても。
効能が消え去れば、もう──
さっきまでとは違う悲しみと虚しさと、そして心臓を引き裂かれる痛みにも似た絶望が、シャーロットの胸に、また、広がっていく。
紅茶を飲み終えたセオドアは、どこか楽しそうに微笑んだ。
「シャルが嘘を言うとは微塵も思っていないが、本当に美味しいな」
「……え?」
シャルって、言った?
呆けてしまったシャーロットの手から、ソーサーを丁寧に──シャーロットの手を傷つけないよう、気をつけているような手つきで──抜き取り、そこへカップを置いたセオドアは、
「ソフィア殿下もだが、君の侍女であるアメリアの腕もいいのだろうな。僕のシャル。君の、人を見る目は、やはり確かだ」
翡翠の瞳を柔らかく細め、シャーロットへ、慈しみを込めたような眼差しと微笑みを向けた。
「へ……え……え……?」
混乱に混乱が極まったシャーロットは、また、白銀のまつ毛に縁取られたまぶたをぱちぱちと瞬かせ、つぶらな、深い紅紫色の瞳で、セオドアを見上げるしかできない。
自分を見上げてくるシャーロットを、セオドアはより一層、慈しむ、ともすれば愛おしそうに見つめて、微笑んだあと。
「それで」
顔を上げ、シャーロットへ向けていた表情を一瞬にして変え、厳しい顔と圧を込めた声で。
「経緯の説明とやらを、してもらおうか。ジュリアン、アメリア」
自分の側近と、自分の婚約者の侍女へ、命じる口調で言葉を放つ。
「畏まりました」
テーブルのセッティングを直し終えたらしいアメリアは、普段通りに淡々とした様子で応じ、礼をした。
「畏まりました」
そして、テーブル近くにいたジュリアンも珍しく、おざなりな動作でなく、側近らしい、厳格さと優雅さで礼をした。
そんな二人を見たセオドアは、思わずといったふうに。
「アメリアは分かるが、ジュリアン、お前……いや、なんでもない」
呆れたように何か言いかけ、諦めたように、やめた。
「なんでしょうか。セオドア様」
ジュリアンが、まだ『側近らしさ』を損なわないで聞いてくるので。
「……ちゃんとできるなら、こういう場でもちゃんと側近らしくしろと、毎回のように言っているんだが?」
呆れと諦めが混じる声で、セオドアは言いかけてからやめた言葉を、口にした。
「毎回のように言われておりますが」
側近らしい雰囲気で、若干側近らしくない言い方をしたジュリアンが、
「どっちかって言ったら、こういう場のほうが肩ひじ張らずにいられるんで楽なんすよねー」
側近らしさの欠片もない軽い口調で言い、同時に腰に手を当て頭をかくという、全く側近らしくないことをしたので、セオドアはまた、諦めたように息を吐く。
自分の婚約者と、婚約者の側近のやり取りを見ていたシャーロットは、少し焦ったようにセオドアへ言った。
「あの、セオ様。セオ様がそうすべきと言うのも分かりますけど」
あなたが選んだ側近は、しっかり職務をこなしている、と伝えようとしたシャーロットだが、
「あたし、ジュリアンが変な側近だとか思ったことないですよ。ちゃんとしてる、してますよ、ジュリアン」
言い終えたら、というか、シャーロットが話している間に、シャーロットからジュリアンへ顔を向け直したセオドアの顔がどんどん険しくなっていった。
そんなセオドアを見て、シャーロットはさらに焦り、
「あの、ジュリアンはホントにしっかりしてると思うんです」
伝えたけれど、セオドアの表情はさらに険しくなる。
シャーロットの焦りは加速して、
「セオ様、ジュリアンちゃんとしてますよ。ジュリアンのがあたしなん、」
「殿下ー。ありがとうございますもう大丈夫っす。マジで大丈夫っす俺死にそう」
あたしなんかよりよっぽどしっかりしている。
言おうとしたところで、ジュリアンに遮るようにして呼びかけられ、止められた。
それも「死にそう」と言われて。
シャーロットは色々な意味で驚き、口を閉じ、ジュリアンへ顔を向ける。
ジュリアンはシャーロットへ、いつも通りのへらりとした軽い笑顔と軽い雰囲気で。
「お心遣い有り難いんすけど、俺の主人と殿下の侍女様に殺されそうな気がするんで、ちょっともう大丈夫っす」
「へ?」
ジュリアンの言葉に目を丸くしたシャーロットは、セオドアを見て──変わらず険しい表情をしている──、アメリアを見て。
「アメリア?!」
セオドアは怒りに染まっていた表情を、恐らく今までの人生で一番間抜けな表情へと変え、開きかけていた口から困惑の声を出し。
「好きな人、に? 言いたい、けど……? 言えない……? ことを……? 好きな、人、に……? ……すな、お……?」
シャーロットは不思議、から、混乱に陥ったようで、白銀のまつ毛に縁取られたまぶたをぱちぱちと瞬かせ、ジュリアンが言った言葉を辿々しく反芻する。
ジュリアンへ顔を向けた状態で、固まってしまった二人へ。
「効能を打ち消す魔法薬の紅茶は出来上がりましたが、如何なさいますか?」
紅茶を淹れ終わったアメリアが、姿勢を正し、淡々と尋ねてきた。
「魔法薬の効能は時間経過で消えますが、半日はそのままだろうと、ソフィア殿下は仰っておりました」
混乱しているシャーロットと、困惑しているセオドアは、混乱と困惑のまま、アメリアへと顔を向ける。
混乱しているつぶらな深い紅紫、困惑のせいか切れ長なはずだが見開かれている翡翠。
二対の眼差しを受け止めたアメリアは、淡々と。
「経緯を説明させていただく際、魔法薬の効能を消さずとも、だいそれた支障はないかと思いますが」
アメリアは、自分が淹れた二人分の紅茶──すでにカップへ注がれているそれらへちらりと目を向け、自分の主人と、主人の婚約者へ視線を戻す。
「我らがシャーロット様もセオドア様も、お互いに尋ねたい事柄などが出てきた場合、尋ねる言葉とともにお互いへの気持ちを発してしまうことになるかと」
先程までのやり取りのように。
アメリアが淡々と言った、一拍の後。
「のっ、飲む飲む飲む飲む飲む!」
切迫したように「飲む」と連呼したシャーロットは、
「アメリア! あたし飲むから!」
セオドアの上着を掴んでいた両手を即座に離し、
「それ! 打ち消すヤツ! 飲むからね?!」
軍で鍛えられた瞬発力なのか、魔法なのか、どちらもなのか。
瞬間移動のようにアメリアのそばへ行き、
「どれ?! これ?! これ飲めばいいの?!」
真っ赤になって今にも湯気を出しそうな顔をアメリアへ向け、こちらです、と示された紅茶をひったくるように持って一気に飲み干した。
「……」
シャーロットが『効能を打ち消す魔法薬』を飲み終え、ホッと安心したように息を吐く。
ところまでを、全て見ていたセオドアは。
「っ……」
一瞬だけ苦しそうに顔を歪めたあと、顔をわずかに俯け、浅く息を吐いた。
そこから気持ちを切り替えたような無表情になり、顔を上げる。
「アメリア、僕にも──」
「セオ様!」
シャーロットはセオドアへ体ごと向き直り、安心してもらうためにもと、カップに手を添え、満面の笑みで伝えた。
「これ、ちゃんと美味しいですよ! さすが叔母様お手製の魔法薬ですね! アメリアの腕もありますけどね! ……? セオ様?」
自分を見ているセオドアからの反応がない上、どうしてかそのセオドアは、驚いているように目を見開き、口も半開きにして固まっている。
のを見て、シャーロットは首を傾げてしまった。
「セオ様? 大丈夫ですか?」
こんなセオドアもまた見たことがなく、シャーロットは不安になってくる。
「あの、これ、『打ち消す魔法薬』、飲んでみませんか……? アメリア、セオ様の、どれ?」
自分の侍女へ聞けば「こちらです」と、示されたので。
「セオ様。叔母様が大丈夫って言ってるなら大丈夫だとは思うんですけど」
カップとソーサーを素早く、それでいて全く揺らさず持ち上げ、駆け足だというのに全く揺らさずこぼさず、固まっているセオドアの前まで持ってきて。
「今、セオ様、さっきの魔法薬で具合悪かったりしたら、『打ち消す魔法薬』で具合悪いのも『打ち消す』こと、できると思うので」
まだ固まったままのセオドアへと、不安が隠しきれない表情で、ソーサーに乗せてあるカップを──『打ち消す魔法薬』の紅茶を差し出す。
「飲んでみませんか? 一口。セオ様に何かあったらとか、あたし、嫌です」
あなたがあたしをどう思っていようとも。
それは言えないけれど。
「セオ様。飲んでくれたりしませんか?」
言えないからこそ、精いっぱい、懇願する。
「これ飲んでも具合悪いの、治らなかったら、ちゃんと侍医も呼びますし、叔母様にも、セオ様に謝れって、あたし、言いますから」
踵の高い靴でも頭一つ高いセオドアを見上げ、幻でも見ているような表情の、見開かれている翡翠の瞳をまっすぐに見つめ、
「セオ様」
彼に何かあったらと思うだけでしゃくり上げそうになる喉を内心で叱咤し、
「お願い」
目に涙が滲みかけ、泣きそうになっていると自覚して、泣いている場合じゃないと自分に言い聞かせ。
「飲んで、セオ様。お願い。一口でいいから」
懇願するけど、セオドアは白昼夢でも見ているように自分を見るだけで。
わずかに開かれている口は動かず、何も、一言も、言わない。
「……セオ様……」
分かっている。
分かっているけど、どうにもできない悲しさが、虚しさが、シャーロットの胸の内に広がっていく。
紅茶を、セオドアのための『魔法薬』をこぼしたりしたらいけないのに、手が震えそうになる。
「……飲むの……嫌……ですか……?」
あたしから、紅茶、受け取るの、嫌ですか?
アメリアからなら、受け取ってもらえますか?
今からでも、アメリアに渡して──
「シャル」
アメリアのもとへ戻ろうと振り向きかけたシャーロットは、呼ばれたことで思わず動きを止めてしまった。
幸いにも、紅茶をこぼしたりせずに済んだけれど。
「シャル。すまない。少し混乱してしまっただけなんだ」
何がすまないのか。何に混乱していたのか。
怖くて聞けないけど、シャーロットはどうにかセオドアへ向き直った。
紅茶を、『効能を打ち消す魔法薬』をセオドアに飲んでもらう、そのために。
体も顔も戻して、見上げた先の光景。
「持ってきてくれてありがとう、シャル。いただこう」
セオドアが自分を慈しむように見つめ、優しく微笑んでいる、光景。
シャーロットにとってそれは、夢のような光景。
セオドアは、慈しむように見つめたまま、優しく微笑んだままで、シャーロットの持つ紅茶の、ソーサーに手を添えて、カップを手に取った。
そうして、ゆっくり、上品に、味わうように紅茶を飲んでいく。
叔母様が嘘を言うとは、思わない。
セオドアの側近であるジュリアンも、嘘を言うような人じゃないと思っている。
それに、嘘だったら、アメリアが嘘だって言ってくれるはず。
だけど、そうだとしても。
どちらにしても。
効能が消え去れば、もう──
さっきまでとは違う悲しみと虚しさと、そして心臓を引き裂かれる痛みにも似た絶望が、シャーロットの胸に、また、広がっていく。
紅茶を飲み終えたセオドアは、どこか楽しそうに微笑んだ。
「シャルが嘘を言うとは微塵も思っていないが、本当に美味しいな」
「……え?」
シャルって、言った?
呆けてしまったシャーロットの手から、ソーサーを丁寧に──シャーロットの手を傷つけないよう、気をつけているような手つきで──抜き取り、そこへカップを置いたセオドアは、
「ソフィア殿下もだが、君の侍女であるアメリアの腕もいいのだろうな。僕のシャル。君の、人を見る目は、やはり確かだ」
翡翠の瞳を柔らかく細め、シャーロットへ、慈しみを込めたような眼差しと微笑みを向けた。
「へ……え……え……?」
混乱に混乱が極まったシャーロットは、また、白銀のまつ毛に縁取られたまぶたをぱちぱちと瞬かせ、つぶらな、深い紅紫色の瞳で、セオドアを見上げるしかできない。
自分を見上げてくるシャーロットを、セオドアはより一層、慈しむ、ともすれば愛おしそうに見つめて、微笑んだあと。
「それで」
顔を上げ、シャーロットへ向けていた表情を一瞬にして変え、厳しい顔と圧を込めた声で。
「経緯の説明とやらを、してもらおうか。ジュリアン、アメリア」
自分の側近と、自分の婚約者の侍女へ、命じる口調で言葉を放つ。
「畏まりました」
テーブルのセッティングを直し終えたらしいアメリアは、普段通りに淡々とした様子で応じ、礼をした。
「畏まりました」
そして、テーブル近くにいたジュリアンも珍しく、おざなりな動作でなく、側近らしい、厳格さと優雅さで礼をした。
そんな二人を見たセオドアは、思わずといったふうに。
「アメリアは分かるが、ジュリアン、お前……いや、なんでもない」
呆れたように何か言いかけ、諦めたように、やめた。
「なんでしょうか。セオドア様」
ジュリアンが、まだ『側近らしさ』を損なわないで聞いてくるので。
「……ちゃんとできるなら、こういう場でもちゃんと側近らしくしろと、毎回のように言っているんだが?」
呆れと諦めが混じる声で、セオドアは言いかけてからやめた言葉を、口にした。
「毎回のように言われておりますが」
側近らしい雰囲気で、若干側近らしくない言い方をしたジュリアンが、
「どっちかって言ったら、こういう場のほうが肩ひじ張らずにいられるんで楽なんすよねー」
側近らしさの欠片もない軽い口調で言い、同時に腰に手を当て頭をかくという、全く側近らしくないことをしたので、セオドアはまた、諦めたように息を吐く。
自分の婚約者と、婚約者の側近のやり取りを見ていたシャーロットは、少し焦ったようにセオドアへ言った。
「あの、セオ様。セオ様がそうすべきと言うのも分かりますけど」
あなたが選んだ側近は、しっかり職務をこなしている、と伝えようとしたシャーロットだが、
「あたし、ジュリアンが変な側近だとか思ったことないですよ。ちゃんとしてる、してますよ、ジュリアン」
言い終えたら、というか、シャーロットが話している間に、シャーロットからジュリアンへ顔を向け直したセオドアの顔がどんどん険しくなっていった。
そんなセオドアを見て、シャーロットはさらに焦り、
「あの、ジュリアンはホントにしっかりしてると思うんです」
伝えたけれど、セオドアの表情はさらに険しくなる。
シャーロットの焦りは加速して、
「セオ様、ジュリアンちゃんとしてますよ。ジュリアンのがあたしなん、」
「殿下ー。ありがとうございますもう大丈夫っす。マジで大丈夫っす俺死にそう」
あたしなんかよりよっぽどしっかりしている。
言おうとしたところで、ジュリアンに遮るようにして呼びかけられ、止められた。
それも「死にそう」と言われて。
シャーロットは色々な意味で驚き、口を閉じ、ジュリアンへ顔を向ける。
ジュリアンはシャーロットへ、いつも通りのへらりとした軽い笑顔と軽い雰囲気で。
「お心遣い有り難いんすけど、俺の主人と殿下の侍女様に殺されそうな気がするんで、ちょっともう大丈夫っす」
「へ?」
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「アメリア?!」
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