天文学的な確率の不幸により死んでしまったので、ファンタジーな異世界に転生させてもらいました。

山法師

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6 ヴェルガ・キウリル

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「はい、おしまい」

 読んでくれた父は、絵本を閉じて、

「これはね、随分、こう、分かりやすくというか、伝わりやすく描かれていてね。現実のことをもとにはしてあるけど、だいぶ中身が違うんだ」

 なんだか座りが悪そうに言う。

「そうなんだ」

 グリクシャール英雄物語の内容は、こういうものだった。

 ──冒険者である一人の青年は、各地を旅していました。そして、ある街で運命の出会いを果たします。運命の女性と恋に落ちた青年は、幸せを謳歌し、けれどそこに、危険が迫ります。エンシェント・ドラゴンが、突如、街に襲いかかったのです。青年は街を守るため、恋人を守るため、ドラゴンと戦い、見事、悪しきドラゴンを討ち果たしました。街には平和が戻り、青年は英雄と呼ばれ、恋人と結婚し、生涯幸せに暮らしました──

 青年はどう見てもロゼジャガーで、恋人の女性もルビーキャットだ。街の名前は出てこないけど、描かれているその風景は、見たことのある街並み──つまり、近所ばかり。

「何がどう違うの?」
「んー……それは、ダリアが良いって言ったら、話そうかな」
「……そっか。分かった」

 父の、困ったような、気まずそうな笑顔を見て、ここは引いておくか、と、頷いた。

「お母さんとお兄ちゃん、いつ帰って来るかな」

 母は、買い物をしてから兄を保育園に迎えに行くとのことで、出掛けている。

「そうだなぁ……保育園のお迎えは六時だから、あと三十分くらいかな? 帰ってくるまで」
 父が時計を見ながら言う。時刻は、五時四十分くらい。お迎えが六時ってことなら、帰りはいつも車だったし、片道十分無いくらいの距離?

「明日、保育園、行ける?」
「マユゥが明日も元気で、行けそうって思えたら、行けるよ。けど、そのためには晩ごはん食べて、しっかり寝ないとだからね」
「うん、分かった」

 ☆

 母と兄が帰ってきた。
 加えて、

「お邪魔します……」

 保育園の友達の一人の、白ウサギの女の子、メイちゃんと、

「しっつれいしまーす!」

 同じく友達で、ヘラ鹿とトナカイのハーフの女の子、タイナと、

「こんにちは? こんばんは? 失礼します」

 また同じくの、鳥のミックスで男の子のロロが、お見舞いに来てくれた。
 あと、

「……お邪魔、します……」

 特に友達ではない、トラ、正確に言うとカリマントラとユーラオトラのハーフであるらしい、男の子の、ヴェルガも来た。
 なぜ来る? ヴェルガよ。しかもそんな仏頂面で。

「みんな、久しぶり!」

 私はパジャマの上から父のカーディガンを着せてもらって、みんなを出迎えた。
 父が後ろからヴェルガへ、笑顔だけど軽く圧を放っている。気持ちは分かる。

「いや、みんながね、マユゥに渡して欲しいって折り紙折っててさ。……こう、それなりに必死に。だから、お見舞い来る? って、聞いちゃった」

 苦笑いしてる兄が、言い訳めいた感じで理由を話す。

「そうだったんだ。みんな、ありがとう」

 ヴェルガ以外の三人からは、元気そうで良かったって言ってもらって、園の先生が用意してくれたという紙袋に入っている折り紙をそれぞれ受け取った。
 メイちゃんは、花やハートのコースター。
 タイナは、色違いの紙風船。
 ロロは、ぴょんと飛ぶカエルたち。

「ありがとう、飾るね」
「……マユゥ……これ……」

 三人にお礼を言ったところで、ヴェルガが、持っていた大きな紙袋を弱々しく持ち上げた。
 ……めっちゃガサって鳴ったな?

「ありがとう、なに?」

 儀礼的に受け取る。ヴェルガは特に友達ではないので。

「鶴……三百二十六羽しかいないけど……」

 鶴。

「すごい沢山折ってくれたんだね?」

 紙袋の中を見れば、紐で吊るされた鶴たちが。

「……千羽鶴……?」

 みたいに、見えるけど。

「……千に、六百七十四羽足りない……ごめん……」

 ヴェルガは俯きながら、震える声で言ってきた。
 本当に千羽鶴らしい。

「マユゥ、お前、…………ずっと熱出して寝込んでるって、聞いた、からっ……!」

 な、泣き出した……。お前、そこまでか。

「……うん、寝込んでたけど、もう元気」

 相手は同い年、つまり、今年で三歳なのだ。一応精神年齢が上がった身の上として、大人な対応をしよう。

「ありがとう、ヴェルガ」

 言ったら、ヴェルガは勢いよく顔を上げて、

「ま、ゆ、マユゥ……!」

 本格的に泣き出してしまって、大丈夫だから、元気だからと、なんとか宥めてあやして、最終的には手を握って、なんとかヴェルガを泣き止ませることに成功した。
 ……疲れた……。

 ☆

 ヴェルガとは、因縁、みたいなものがある。
 その始まりはおよそ一年前、二歳になる年の四月まで遡る。
 ヴェルガ──ヴェルガ・キウリルは、結構デカイ商会の一人息子だそうで、貴族の血も引いているという。有り体に言えば、お坊ちゃんという訳だ。
 そんなヴェルガは、周りにチヤホヤされて育ったのか、二歳にして、尊大な性格で。

『お前がマユゥ・セイランか!』

 保育園の砂場で遊んでいた私に、突然声をかけてきた。

『そうだけど?』
『お前、ドラゴンスレイヤーの娘だろ。俺にはお前みたいなヤツが相応しい。俺の彼女にしてやる』
『断る』

 自信満々に胸を張って仁王立ちしていたヴェルガに私はそう言って、砂場遊びを再開した。
 ヴェルガは怒って、ギャンギャン喚いて、

『──いい! お前なんて知らない!』

 なんて、捨てゼリフみたいなもんを吐いてどっかに行った。
 その場はそれで収まった。
 けど、ヴェルガは、諦めていなかったようで。
 事あるごとに、ちょっかいを出してくるようになった。
 自分がどれだけすごいか力説しながら追いかけてきたり。絵を描いていたら、『俺のがもっと上手く描ける』と、同じモチーフのものを描いて見せてきたり。そのうち、鉄棒、ジャングルジム、園内プール、お昼の席、お昼寝の場所。
 様々な場面で纏わりつかれるようになった。
 その中で一番嫌気が差したのは、髪の毛を引っ張られること。
 今の私の髪の長さは、肩の上くらい。けどその頃は、背中を覆うほど長かった。
『なあ』と、引っ張られ。
『聞けよ』と、引っ張られ。
『こっち向け!』と引っ張られ。
 対抗手段として、髪を結んで纏め出した私が気に入らなかったのか、

『それ、似合ってない。戻せよ』

 父や母が綺麗に編み込んでセットしてくれた髪をぐしゃぐしゃにしたので、私はとうとうブチギレた。
 即座にハサミを確保し、ぐしゃぐしゃにされた髪を解き、

『そんなに好きならあげる』

 と言って、ヴェルガの目の前で髪をジャキジャキ切って、目を丸くしたヴェルガに、切った髪を投げつけた。

『な、おま、……な、……な、んで……』

 呆然としていたヴェルガの目に、涙が盛り上がり。

『なんだよおぉぉぉ!!』

 泣き出したヴェルガをそのままに、私はハサミを先生に返した。
 それまでも、何度かヴェルガのご両親から謝罪はあったし、保育園からのフォローもあったけど、ウチの家族は、特に父は、それにブチギレて。
 私に『こんなになるまでゴメンな』と抱きしめてくれながら、転園の提案をしてくれた。
 けど、私にとって、それは〝逃げ〟に思えて。

『保育園、変えたくない。けど、ヴェルガと一緒にいたくない』
『分かった。なんとかするから』

 そして父母は、保育園と、ヴェルガの両親と話し合ったらしい。
 そして、ヴェルガは一ヶ月休園、来年度の組も一緒にはしない、私とヴェルガ双方に、必ず先生が付く、という契約が結ばれた。
 それが、去年の冬。
 ヴェルガにとって、それら全て相当なダメージだったらしく、しかも両親にとても厳しく叱られたそうで、一ヶ月後に顔を見たヴェルガは、私を見て、泣きそうになりながら、

『今まで、ごめんなさい……』

 そう言ってきた。けど、

『許さない』

 私は言ってやって、ヴェルガの近くには寄らないようにした。ヴェルガが来たら、その場を去った。それの繰り返しを、年度末まで。
 そしたら家に、ヴェルガから手紙が来た。一度だけ読むかと、手紙を開いて。

『……なんて?』

 今思えば、商会の跡取りとして、そういう教育を受けていたんだろうと推測出来る。でも、その時の私には、難しすぎる言葉が並んでいて。
 母に代わりに読んでもらって、やっとそれが、謝罪の手紙なのだと理解した。けど、返事を書く気は無かったから、そのままにした。
 ヴェルガからの謝罪の手紙は続いて、遂には一日一通、先生経由で渡されて。

『もう、あの手紙、やめて。読むの疲れるし、返事書く気もないから』
『そ、そしたら、俺、どうやって償えばいい……? 今までの、全部、どうやって……』

 また、泣きそうになって言うから、なんかもう、面倒くさくなってしまった。

『今まで私にしてたこと、全部やめて。そしたら、友達にはならないけど、知り合いぐらいには思うから』

 言ったら、結局ヴェルガは泣き出したけど。

『ごめん、ありがとう、ごめんなさい、ずっと、ごめんなさい……!』

 マジで反省してるらしい、と、それだけは分かったから、

『もう二度としないなら、許す。また同じことしたら、今度こそ、絶対に許さない』
『しない、絶対、しない。しません、ごめんなさい……』

 それを家族に伝えて、一応の決着がついたのが、五月の半ば。先月だ。
 そこからのヴェルガは、恐る恐る、私に挨拶してきたり。恐る恐る、私の組に顔を出したり。全部、恐る恐るするから、また、面倒になって。

『そんなふうにビビらないでくれる? 普通におはようって言ってほしいんだけど』

 そこからヴェルガは、ヴェルガなりに距離を測りつつ、私との〝普通〟を目指していたように思う。
 そうして、それなりに普通になってきたな、と思っていた頃、私の誕生日の六月五日になり。
 私は神殿で水晶をパアンさせ、三日寝込んだ。
 ヴェルガにとって、それはまた、相当なダメージだったらしい。
 てか、折り紙の文化もあるんだよなぁ。
 みんなが帰ったあと、棚に飾ったり、天井から吊るしたりしたそれらを眺めて、思う。
 千羽鶴を父は不満そうに見ていたけど、飾りたいと言ったら、手伝ってくれた。
 兄が言っていた『必死に』というのも、たぶん、ヴェルガだろう。
 神よ。これはどういう試練ですかね?

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