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11 お節介

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「あぁ、それは多分、僕を害のない存在だと認識してくれたからだと思います」
「害?」

 次の週の、日曜にて。
 私は予定通りセイと待ち合わせをして、フレンチレストランに来ていた。
 ちなみに格好は、白のブラウスに黒のスラックス、それとまあまあキレイめな紺のジャケットに、ブーツ。一応、見た目に気を付けてはいる。スカートでもパンプスでもないけど。メイクだってナチュラルなものだ。
 セイの服装だって、ボタンダウンシャツにグレーのパンツ、黒のジャケットに革靴。イッツシンプル。
 この食事は、先週のお見合いもどきとは違う。ただのお礼としての食事会だ。それに相手はセイ。そんなに気を使う必要もない。はず。
 そしてそのレストランにて、運ばれてきたキッシュを食べながら子猫達の警戒心の話をしたら、セイがそんなことを言うもんだから、私は首を傾げた。

「はい。僕のことを、あなたに害を及ぼさない存在だと、彼らは判断したんでしょう」
「それはまた、どういう基準で? 私の同僚とか、後輩とか上司とか来たことあるけど、その時は隠れて出てこなかったよ?」

 すると、セイは難しい顔になって。

「基準は、……彼らに聞くしか」

 どう聞けと。
 そんな顔をしたからだろう。セイは苦笑して、

「どういう理由かは分かりませんが、あなたを護る役目を負った彼らは、あなたに近付くものへの有害・無害を厳正に判断します。そして僕は、それをパスした、ようですね。話に聞く限り」
「ふぅん……?」

 分かったような、分からないような。

「……簡単に言えば、セイは危険人物じゃない、と。あの子達は判断した?」
「そうなりますね」

 セイは、危険じゃない。物理的にか精神的にか分からないけど、あの子達は、そう判断した。
 なら、私がセイに騙されたり、危害を加えられる可能性は、低いってことで、……良いのかな。

「気になるなら、もう一度彼らと会いましょうか?」
「へ?」

 もう一度、会う? 子猫達と?

「え、なんで?」
「彼らと会話はできなくとも、なんとなくの意識なら読み取れると思います。それで、僕に対してどう思っているのか、それなりに判断が出来るかと」

 そんなことができるのか。魔法使いだからか?

「……さっすが、セイだねぇ……」

 感心というか、なんというか。現実離れしたものへの感想に困ってそう口にする。と、今度はセイが、疑問を顔に滲ませ、少しだけ首を傾げた。

「ナツキさんは、そういったことはされたことがないんですか?」
「ないね。話ができるやつだったら、普通に話せるけど、言葉が通じないもんには何もできた試しがないね」

 そして言葉が通じないやつ──悪霊っぽいのは、大体厄介なヤツなのだ。なので、こちらに危害を加えそうになった時点で、ぶっ飛ばす。
 そう説明すると、セイは「ははっ!」と笑った。

「そういう解決方法を取るところが、なんと言いますか、ナツキさんの性格を表してますね」
「キミねぇ……私だって苦労してきたんだよ?」

 幼少期から幽霊が見え、ソイツらに絡まれるのが日常だった私は、毎日恐怖に怯える日々を過ごしていた。けれどある日、偶然にも一体の幽霊をぶっ飛ばすことに成功する。その経験から私は、奴らへの対抗手段として、体を鍛え始めたのだ。

「ですよね。ああいうのに絡まれる──巻き込まれる人は、大体苦労しながら生きている」

 しみじみと言うセイに、私は言葉を向けた。

「……そう言うセイこそ、厄介なヤツはどうしてるのさ」
「本当にどうしようもない時は祓ったりもしますが、出来る限り成仏、えぇと、本当に仏様の所に行っているかは分かりませんが、そういうことをしたりしてます」

 成仏。

「……できるんだ? 成仏って」
「ええ。上手くいけば、ですけど」

 セイは静かにそう言って、ナイフとフォークでガレットを切り分け、口に運ぶ。

「……どうやって?」

 もぐもぐと、口を動かすセイに問いかけた。
 だって私は、幽霊が成仏したところなんて見たことがない。大抵ずっとそこにいるか、ゆらゆら周回しているか、襲ってくるか、いつの間にか消えているかだ。そして、襲ってくるヤツは、もれなくぶっ飛ばしてきた。
 ……でも、成仏できるなら。させてあげられるなら。

「……ナツキさん」
「うん」

 セイは、ガレットを飲み込むと、フォークとナイフを置き、口を拭いて。
 凪いだような眼差しで、私を見つめた。

「自分から言いましたが、……こういうことに、あなたはあまり手を出さないほうが良いかと思います」
「……どうしてさ」
「……ナツキさんが、優しい人だからです」
「……」

 私が優しいかどうかは、置いといて。

「どういうこと?」
「そのままです。あなたはそもそも、無闇矢鱈とそういったものを消し飛ばしていない。危害を加えられそうになって初めて、その手段を取る。そういう人は、その存在に、思いを傾けてしまいがちです」

 セイは、凪いだ表情から、徐々に真剣な、それでいて哀しげな顔になっていく。

「そして、それはとても危険な行為です。……『彼ら』は、偶然にも、あなたを護る立場になりましたが、あれは本当は、途轍もなく奇跡的なことです。一歩間違えれば、あなたが取り込まれていたかも知れない」

 そんな危険なことしてたのか、私。

「でも、セイはしてるんだよね? その危険な行為を、さ」

 言えば、セイは、視線を落とした。

「……僕のは、……個人的な、理由からです。彼らのためじゃない。利己的なものです。……あなたには、危険なことは、して欲しくない」
「……。……そう。分かった。じゃ、今まで通りに過ごすよ」

 セイがどうしてそこまで言うのか、本心からすると、分からない。でも、これ以上、彼の苦しそうな表情は、見たくない。

「ごめん、暗くしちゃったね。話、変えようか。セイはあれから、ちゃんと食べてる?」
「……それなりに……」

 セイはフォークとナイフを持ち直しながら、視線を横にずらす。

「それなり……って?」
「……」

 今度は、気まずそうな空気がセイからにじむ。
 ……これは、あれだぞ?

「ちゃんと食べてないね? セイ」
「ぐ」

 分かりやすく、セイの顔が歪む。けどそれは、罪悪感を表したもので。

「ちゃんと食べなよ? 体は大事にしなきゃだよ? それに君は、お客さんの前に立って仕事をするんだから。見た目は健康的じゃなくちゃ」
「うぅ……」

 くぐもった声を出された。……そんなに、無理なことを言ってるのかな。

「……そもそも、食べるのが苦手?」
「……いえ、そういう訳では……。ただ、その、一人でいると、食事の存在を忘れてしまって……」

 忘れるて。

「それに、仕事の呑みの席でも、どうにも食が進まないんです。お酒は呑めるんですけど……というか、お酒にしか手が伸びないというか……」

 出てくる料理も、ただのモノにしか見えてこないというか。
 どこを見ているか分からない目でそんなことを言われるもんだから、私は少し、心配になってしまった。

「……今も、無理して食べてる?」

 そう聞けば、目の前の顔は、柔らかく微笑む。

「いえ。あなたといると……その、どうしてか、ちゃんと、食べられるんです。美味しいって、感じられる」

 どういう理屈? ……いや、でも、それなら。

「……セイ。今からちょっとお節介なこと言うね」
「?」
「私、セイの家に食事作りに行こうか?」
「…………え?」

 セイは、固まった。


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