酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

文字の大きさ
15 / 71

15 アカネ

しおりを挟む
「……アカネさん、ですか。僕は彼女の……知り合いです。すみませんが、速やかに彼女から離れていただけませんか」
『なんでそういうこと言うのぉ?』

 ニヤけるように、嘲るように、怒りを込めて。アカネさんの声が低くなる。

「アカネさん、落ち着いて。セイは男の人だけど、良い人だから。あなたに手を出したりしないから」
『男だけど、良い人? 手を出したりしない? ねぇ? そんなの世の中にいると思う?』

 アカネさんは男の人が苦手、というか嫌いなんだ。だから、遭わないように道を変えようと思ったのに。

『男なんてみんなクズ。女をモノだと思ってる。何してもいいと思ってる。ねぇ、あたし、何か間違ったこと言ってる?』
「落ち着いて、アカネさん。セイはアカネさんに何もしないから」
『そんなの、どこにも証拠はないよね? ねぇ! そこのクズ!』
「?!」

 アカネさんの体が急激に膨らみ、口が裂け、私は膨らんだアカネさんに飲み込まれかける。

「ナツキさん動かないで! 今──」
「クソッ!」

 私は思い切り体をひねり、膨らんで肉の塊のようになったアカネさんの体に回し蹴りを食らわせ、強引にそこから抜け出す。

「セイごめん! 聞いてなかった! なんだって?!」

 買い物袋を放り投げ、臨戦態勢を取る。

 ああ、セイを──男性を見て、それがトリガーになって、アカネさんは悪霊になってしまった。

「いえ、あの、強いですね……」
「伊達に経験積んでないからね! で、セイ! 聞きたいことがあるんだけど!」

 男がいる、クズがいる、穢れた生き物がいる、いや、やめて、男なんて、近づかないで。
 そう呟きながらどんどん大きくなって奇形になっていくアカネさんを見ながら、セイに問いかける。

「この状態のアカネさん! 成仏させられる?!」
「っ……出来ると、思います」
「お願いしていい?! 料金とかは後で払うから!」
「……いえ、要りません」

 セイが凪いだ声で言う。そっちを見れば、セイは無表情で、右手を伸ばし、その人差し指を、アカネさんに向けていて。

「……少し、苦しいでしょうけど、すぐ楽になるはずです」

 その人差し指で円を描いた。するとその円は大きくなって、それを元に光る細かい模様だのが描かれた円──俗に言う魔法陣みたいのが出来上がって、それがコピペされるみたいに何個も出来て、アカネさんの周りを覆う。

『ああ! やだ! やだぁ! 助けて! 嫌ぁ!』
「せ、セイ?! これ、大丈夫なの?!」
「この声は、アカネさんの混濁した記憶からの声です。魔法陣は、アカネさんを傷つけない」
『あああああああああ!!!』

 アカネさんの叫び声とともに、魔法陣がひときわ強く光る。

『ああ、あ……あぁ……』

 光が収まると、そこには肉塊ではなく、地べたにうずくまるアカネさんがいた。

「アカネさん!」

 彼女に駆け寄ろうとしたら、

「動かないで。彼女に触れないでください。これ、少し繊細な作業なんです」

 セイに冷静に、それでいていつもより強めの口調で言われた。

「っ……アカネさん、ここから、どうなるの」
「……彼女が過去を見つめて、そこから解き放たれたいと思えれば、彼女の魂は縛りから解かれるはずです」

 過去を、見つめる。
 彼女にそれをさせるのは、酷な話だ。

「……どれくらい近付いていい?」
「……。半径一メートルくらいなら、たぶん、あれだけの力を発揮したナツキさんなら、大丈夫だと思います」
「分かった」

 言われた分だけ近付いて、地面に膝をついて、できるだけ頭を下げて、アカネさんの顔を覗き込む。

「アカネさん。私が分かりますか?」
『……ナ、ツキ、ちゃん……?』
「はい。ナツキです。もう、あなたを傷つける人はいません。酷いことをする人はいません。安心して下さい」

 アカネさんは、少しだけ顔を上げた。その頬には、涙が伝っている。

『ホントに? もう、されない……? 私に、無理やり、あんな、あたし、いや……!』
「言わなくて大丈夫。大丈夫だから。もう、安心できる場所に行けるから」
『……あんしん……?』
「うん」
『……行け、る、かな……』
「行ける。大丈夫」
『怖い、ところじゃ、ない……?』
「うん。怖くない」
『ナツキ、ちゃん……うぇ、うぁぁああん……!』

 アカネさんが、泣きながら光り輝いていく。そして光の粒になって、消えた。

「……これで、完了?」

 セイへと振り向けば、

「はい。彼女は地獄行きにならずに済んだと思います」

 セイは悲しげな笑みを浮かべながら、そう言った。

 *

「いやあ、ぶん投げた食材が傷んでなくて良かった良かった。セイに卵持ってもらってて良かったよ」
「あの、本当に大丈夫ですか……? その、食欲とか……」

 家に帰って荷物を片付けていると、セイが躊躇いがちに聞いてくる。

「大丈夫だよ。悪霊は見慣れてるし、今回は成仏するところも見れたし。逆に安心してる」

 私は、セイに顔を向けた。

「アカネさんが人を襲わなくて良かった。あの場にセイが居てくれて良かった。セイには感謝してる」

 微笑んでみるけど、

「……そうですか」

 セイはまだ私を気遣うような表情を向けてくる。

「ほら! 気を取り直して! 夜ご飯作るよ! あ、それともセイの方が無理そう?」
「いえ、僕も場馴れしてますから。大丈夫です」

 首を緩く振られるけど、どこか、苦しそうで。

「……セイ」
「はい。……?」

 彼の前に立って、

「嫌だったら言ってね。引っ込めるから」
「え?」

 その左の頬に手を添えた。セイの動きが止まる。けど、そのまま続ける。

「アカネさんを、気遣ってくれてる?」

 言えば、彼はガラス玉のような水色の目を見開いたあと、少しして、その奥に暗い色を滲ませた。

「……少し、ですが……。彼女の言葉や、発せられていた気配から、憎しみと悲しみと、記憶の断片が読み取れてしまって。けど、こういうことはいつものことなので、大丈夫です」
「……そっか。セイは優しいね」
「…………そう、ですかね」

 何かを押し込むような感情。それが、水色の瞳から見えた。
 どうすれば、彼のその顔を、笑顔にできるかな。

『ンにぃ!』『ナァ』『ニァオ』
「ん?」

 足元に、ふわふわした感触。

「あ、ごめんごめん。君たちのことを忘れてたわけじゃないんだよ」

 ミケとクロとシロを抱き上げ、「ほら、またセイが来てくれたんだよー」と三匹に顔を見せるようにセイに向き直れば。

「……セイ?」

 セイは右手で目元を覆って、俯き加減に私から顔を逸らしてた。

「え、ごめん。ほっぺ触るの、やっぱ嫌だった?」
「いえ、そうではなくて。その、今、様々な感情が、押し寄せてきてて……その、少し、時間をください」

 セイはそう言うと、廊下に出ていってしまった。
 大丈夫だろうか。

『ナォァ』『ニゥ』『ニイィ』

 私の腕の中から抜け出そうとする気配のない三匹に顔を向け。

「……えーっと。ブラッシングでもして待ってよっか」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...