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17 新社会人
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「我が家はね、母方のだけど。文明の利器を使いまくって料理を作るんだよ」
「……それと、お味噌汁は、どう繋がるんですか……?」
「味噌汁の具、お豆腐とワカメにしたよね?」
私はそれを示すように、キッチンの上の棚から乾燥ワカメを取り出し、買ってきた木綿豆腐と一緒に脇に置く。因みに、
『セイはさ、木綿と絹、どっちが好き?』
と聞いたら、
『もめん……きぬ……布の種類ですよね……?』
と言ってきたので、うんごめん今のナシ、と私が好きな木綿を選んだ、という経緯があったりする。
「で、味噌汁の汁って何で出来てるか知ってる?」
「? ……その言い方だと……味噌……だけでは、ないんですね……?」
セイが神妙な顔つきになった。
「そ、最低限出汁が必要です。出汁が入ってる味噌汁と、入ってない味噌汁じゃ雲泥の差が出るんですよ」
言いながら私はまた上の棚から、顆粒だしのパックを取り出す。
「で、あの乾燥ワカメとこれが、文明の利器の一部ね」
「ワカメは、その、乾燥してるから使いやすい、というのはなんとなく分かるんですけど……そっちの、小さい紙の袋? のものは……?」
「あ、そっか。分かんないか。顆粒だしです」
「顆粒だし……」
「そ。これ一つで四人分の出汁となります」
「四人分……え? それだと余りません? 二人分作るんですよね?」
「明日も食べるから問題ないんだよ」
「へえ……?」
また、理解したようなしてないようなカオのセイを一旦そのままにして、私は調理台にいくつか並べてあるうちの、大きなコップのようなものを手に取った。
で、セイに見せる。
「セイ。これ、見たことある?」
セイはそれをじっと見つめたあと、
「……学校の理科の授業で、似たものは……」
「うん、それは実験用のビーカーだね。ま、用途はだいたい同じなんだけど。これは計量カップと言いまして、主に液体の量を測るものです」
「液体の量」
「そう。これは大きめなやつで、五百CC──ミリリットルまで測れます。で、今日は、お味噌汁の水の分量を、これで測ります。で、セイに問題です。味噌汁一杯分に適した水の量は、どのくらいでしょうか」
「えっ」
「ヒントはこれに書いてあるから」
と、顆粒だしのパックが入ってる箱を渡す。セイはそれの表紙を眺め、側面を眺め、裏を眺め、目を見開いた。
「えっ、と。二人分が一と二分の一カップって書かれてますから……」
そこまで言って、今度は途方に暮れた顔を向けてきた。
「四分の三カップだと思うんですけど……四分の三カップってどのくらいですか……?」
そうだった。セイは一カップがどのくらいか知らないんだった。
「ごめん。説明不足だったね。一カップは二百CCなんだよ」
ついでにここで、米一合は一カップですと言いたいけど、これ以上情報をセイに伝えると、セイが限界を迎えそうに思えたので、やめておく。
「二百……ということは、四分の三は百五十……? ですか?」
「うん。正解」
こっちを向いたセイの顔が、パアッと明るくなる。……なんだろ。親戚の子供の小さい頃を思い出すなぁ。
「で、今日は四人分作る。なんCC必要でしょう?」
「六百ですね」
「計算早いね」
「理数系は得意でしたので」
「……じゃあなんで料理は駄目なんだろうね……?」
「え?」
「料理やお菓子作りは分量とか時間とか、書いてあるレシピ通りに作れば、大体失敗しないんだよ。で、セイは今、私の教えた通りのことをちゃんと吸収して、すぐに必要な量を導き出した。これならすぐに、料理が出来るようになると思うよ?」
「そう……ですかね……? 家庭科で料理の授業を受けてた時は、いつも失敗してましたけど……」
不思議そうに首をひねるセイ。その家庭科の授業は、どのようなものだったのだろうか……。
「てか、少し気になってたけど、セイ、学校に通ってたんだ?」
さっきから理科だのビーカーだの理数系だの、今も家庭科って言ったし、気になってたんだよね。
「ああ、それはまあ。戸籍を作ったら普通の人間として暮らさないといけない側面も出てきてしまいますし。それに僕は五百生きてるので、戸籍を新しくするたびに学校に行かないといけなくて。何回か通いました。あ、大学にも何度か通いましたよ」
「へー大学かー。懐かし──」
そこで、ふと、気づく。
「……セイ、今の年は二十三の設定だって言ってたよね?」
「はい」
「ということは去年まで大学生だったんだ……?」
「あ、はいまあ、一応。でも、仕事もしてたので、あまり講義とかには出てませんでしたね。だから成績もあまり良くなくて、卒業論文もギリギリになって、危うくそのまま大学生を続けてしまいそうになりました」
「へぇ…………」
なんだろう。セイが急に眩しく見えてきた。講義とか論文とか。身内以外で何年ぶりに聞いただろう。
「? どうかしましたか?」
「いや……私は今まで新社会人と色々してたんだなぁって……」
なんか罪悪感を覚えるんだけど。……あ?! てか私、新社会人にネックレスもらったことになっちゃうってこと?! 二十八が?! なんか怖い! 世間の目が怖い!
「新社会人とか言っても、中身は五百歳超えてますし」
計量カップをくるくる回しながらセイが言う。
「そうは言ってもねぇ……」
「……気になります?」
こっちを見てきた目は、言葉通りの『曇りなき眼』。
「……正直言うと、世間の目が」
「世間」
「いやだってさ、傍から見ればさ、未来ある若者に手を出したアラサーという構図が……」
「二十八も若いと思いますけど。そもそも、ナツキさんって若々しく見えますよね。そんなに気にしなくて良いんじゃないですか?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「ところでナツキさん」
ところでて。
「これ、五百まで測れるって言ってましたよね」
計量カップを軽く掲げながら、セイが言う。
「あ、うん」
「で、必要なのは六百ですよね」
「そう」
「残りの百はどうすれば……?」
急にへにょりと眉尻を下げたセイを見て、なんか、どうでも良くなってきたな、と思った。
「えっとね。それ、ビーカーみたいに細かくメモリ……印があるでしょ?」
「はい」
「それ、読んでみて」
言われた通りに、計量カップを観察するように数字や文字を読んでいくセイ。その目は真剣そのものだけど、だからこそか、微笑ましく見える。
「二十ミリリットルとか、そこから細かく数字が上がっていって百までいって、二百ミリリットルからも同じようなものが、五百まで繰り返し書かれてます」
「そう、その通り。だとすれば、それを応用して六百が測れる……のは分かるよね……?」
「…………。……1ミリリットルって、一CCで合ってます……?」
「あ、うん。そう、その通り」
「なら、五百まで測って、……百、足す……?」
「そう! 正解! やっぱりセイ、ちゃんと出来てるよ!」
「あ、ありがとうございます……」
照れてるのか、顔を少し赤くしてはにかまれる。……うん、やはりイケメンは絵になる。眩しい。
「けど、これ、ほかにも小麦粉とか砂糖とか書かれてますけど……?」
「それは追々。今は無視していいよ」
「そうなんですか」
「そ。で、じゃあセイ」
私は下の棚から小ぶりの雪平鍋を取り出し、
「これに水を入れてくれるかな。六百に百足して、七百で」
「? その百は……?」
「ワカメの分だよ。まあ見てれば分かると思う」
「……それと、お味噌汁は、どう繋がるんですか……?」
「味噌汁の具、お豆腐とワカメにしたよね?」
私はそれを示すように、キッチンの上の棚から乾燥ワカメを取り出し、買ってきた木綿豆腐と一緒に脇に置く。因みに、
『セイはさ、木綿と絹、どっちが好き?』
と聞いたら、
『もめん……きぬ……布の種類ですよね……?』
と言ってきたので、うんごめん今のナシ、と私が好きな木綿を選んだ、という経緯があったりする。
「で、味噌汁の汁って何で出来てるか知ってる?」
「? ……その言い方だと……味噌……だけでは、ないんですね……?」
セイが神妙な顔つきになった。
「そ、最低限出汁が必要です。出汁が入ってる味噌汁と、入ってない味噌汁じゃ雲泥の差が出るんですよ」
言いながら私はまた上の棚から、顆粒だしのパックを取り出す。
「で、あの乾燥ワカメとこれが、文明の利器の一部ね」
「ワカメは、その、乾燥してるから使いやすい、というのはなんとなく分かるんですけど……そっちの、小さい紙の袋? のものは……?」
「あ、そっか。分かんないか。顆粒だしです」
「顆粒だし……」
「そ。これ一つで四人分の出汁となります」
「四人分……え? それだと余りません? 二人分作るんですよね?」
「明日も食べるから問題ないんだよ」
「へえ……?」
また、理解したようなしてないようなカオのセイを一旦そのままにして、私は調理台にいくつか並べてあるうちの、大きなコップのようなものを手に取った。
で、セイに見せる。
「セイ。これ、見たことある?」
セイはそれをじっと見つめたあと、
「……学校の理科の授業で、似たものは……」
「うん、それは実験用のビーカーだね。ま、用途はだいたい同じなんだけど。これは計量カップと言いまして、主に液体の量を測るものです」
「液体の量」
「そう。これは大きめなやつで、五百CC──ミリリットルまで測れます。で、今日は、お味噌汁の水の分量を、これで測ります。で、セイに問題です。味噌汁一杯分に適した水の量は、どのくらいでしょうか」
「えっ」
「ヒントはこれに書いてあるから」
と、顆粒だしのパックが入ってる箱を渡す。セイはそれの表紙を眺め、側面を眺め、裏を眺め、目を見開いた。
「えっ、と。二人分が一と二分の一カップって書かれてますから……」
そこまで言って、今度は途方に暮れた顔を向けてきた。
「四分の三カップだと思うんですけど……四分の三カップってどのくらいですか……?」
そうだった。セイは一カップがどのくらいか知らないんだった。
「ごめん。説明不足だったね。一カップは二百CCなんだよ」
ついでにここで、米一合は一カップですと言いたいけど、これ以上情報をセイに伝えると、セイが限界を迎えそうに思えたので、やめておく。
「二百……ということは、四分の三は百五十……? ですか?」
「うん。正解」
こっちを向いたセイの顔が、パアッと明るくなる。……なんだろ。親戚の子供の小さい頃を思い出すなぁ。
「で、今日は四人分作る。なんCC必要でしょう?」
「六百ですね」
「計算早いね」
「理数系は得意でしたので」
「……じゃあなんで料理は駄目なんだろうね……?」
「え?」
「料理やお菓子作りは分量とか時間とか、書いてあるレシピ通りに作れば、大体失敗しないんだよ。で、セイは今、私の教えた通りのことをちゃんと吸収して、すぐに必要な量を導き出した。これならすぐに、料理が出来るようになると思うよ?」
「そう……ですかね……? 家庭科で料理の授業を受けてた時は、いつも失敗してましたけど……」
不思議そうに首をひねるセイ。その家庭科の授業は、どのようなものだったのだろうか……。
「てか、少し気になってたけど、セイ、学校に通ってたんだ?」
さっきから理科だのビーカーだの理数系だの、今も家庭科って言ったし、気になってたんだよね。
「ああ、それはまあ。戸籍を作ったら普通の人間として暮らさないといけない側面も出てきてしまいますし。それに僕は五百生きてるので、戸籍を新しくするたびに学校に行かないといけなくて。何回か通いました。あ、大学にも何度か通いましたよ」
「へー大学かー。懐かし──」
そこで、ふと、気づく。
「……セイ、今の年は二十三の設定だって言ってたよね?」
「はい」
「ということは去年まで大学生だったんだ……?」
「あ、はいまあ、一応。でも、仕事もしてたので、あまり講義とかには出てませんでしたね。だから成績もあまり良くなくて、卒業論文もギリギリになって、危うくそのまま大学生を続けてしまいそうになりました」
「へぇ…………」
なんだろう。セイが急に眩しく見えてきた。講義とか論文とか。身内以外で何年ぶりに聞いただろう。
「? どうかしましたか?」
「いや……私は今まで新社会人と色々してたんだなぁって……」
なんか罪悪感を覚えるんだけど。……あ?! てか私、新社会人にネックレスもらったことになっちゃうってこと?! 二十八が?! なんか怖い! 世間の目が怖い!
「新社会人とか言っても、中身は五百歳超えてますし」
計量カップをくるくる回しながらセイが言う。
「そうは言ってもねぇ……」
「……気になります?」
こっちを見てきた目は、言葉通りの『曇りなき眼』。
「……正直言うと、世間の目が」
「世間」
「いやだってさ、傍から見ればさ、未来ある若者に手を出したアラサーという構図が……」
「二十八も若いと思いますけど。そもそも、ナツキさんって若々しく見えますよね。そんなに気にしなくて良いんじゃないですか?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「ところでナツキさん」
ところでて。
「これ、五百まで測れるって言ってましたよね」
計量カップを軽く掲げながら、セイが言う。
「あ、うん」
「で、必要なのは六百ですよね」
「そう」
「残りの百はどうすれば……?」
急にへにょりと眉尻を下げたセイを見て、なんか、どうでも良くなってきたな、と思った。
「えっとね。それ、ビーカーみたいに細かくメモリ……印があるでしょ?」
「はい」
「それ、読んでみて」
言われた通りに、計量カップを観察するように数字や文字を読んでいくセイ。その目は真剣そのものだけど、だからこそか、微笑ましく見える。
「二十ミリリットルとか、そこから細かく数字が上がっていって百までいって、二百ミリリットルからも同じようなものが、五百まで繰り返し書かれてます」
「そう、その通り。だとすれば、それを応用して六百が測れる……のは分かるよね……?」
「…………。……1ミリリットルって、一CCで合ってます……?」
「あ、うん。そう、その通り」
「なら、五百まで測って、……百、足す……?」
「そう! 正解! やっぱりセイ、ちゃんと出来てるよ!」
「あ、ありがとうございます……」
照れてるのか、顔を少し赤くしてはにかまれる。……うん、やはりイケメンは絵になる。眩しい。
「けど、これ、ほかにも小麦粉とか砂糖とか書かれてますけど……?」
「それは追々。今は無視していいよ」
「そうなんですか」
「そ。で、じゃあセイ」
私は下の棚から小ぶりの雪平鍋を取り出し、
「これに水を入れてくれるかな。六百に百足して、七百で」
「? その百は……?」
「ワカメの分だよ。まあ見てれば分かると思う」
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