酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

文字の大きさ
36 / 71

35 レモネード

しおりを挟む
 湯船に浸かる、とは、こんな感覚だったろうか。
 ナツキの家の、ナツキの風呂という緊張は抜けないが、それでもセイは、染み入ってくる物理的な温かさを、心地良いと感じる。
 その上、まだ、あるのだ。試練なのか褒美なのか、分からないものが。

『家で寝る時、どう寝てる? ……正直に言ってね?』

 ナツキが復活させた鍋を食べていたら、そう聞かれて。
 ごく稀に、意識を失いそうになるから、そうなっても平気な場所で気を失っている。気を失うのも、大抵、一時間ほど。と、本当にそのままを、伝えた。

『へーほーへー……布団とかベッド、使ってる?』
『……使える時には』

 まさか、まさかなと、思いながら答える。

『具体的に』
『……外だったら、トイレとかの、個室に。仕事でホテルとかに泊まる時は、そこのベッドを、使います。……家は……』
『は?』
『……その、一応、布団は、あります。ですけど、家ではほとんど、その、道具や素材の部屋にいるので……そうなりそうになったら、それらの安全性を確保して、そこで……あの、昔は、ちゃんと布団で寝てましたよ?』
『昔ね、昔。うん、昔ねぇ?』

 ナツキがまた、前に見せた、恐ろしく魅力的な笑顔で。

『ウチに、泊まれ。君に拒否権はない』

 見惚れてしまって、動けずにいると。

『ウチにもちゃんと、お客さん用の布団あるし。ベッドが良いならベッドで良いし。昼みたいに、ソファのが気楽ならそこでもいいけど』

 やっと、脳が動き出し。

『やっ?! やっ、それは、流石に……!』
『拒否権はないって言ったよね?』

 そこに、守護霊たちからも追い打ちをかけられて。
 結局、泊めて貰うことになった。なってしまった。
 そのあとの卵雑炊も美味しかったけれど、頭は半分、そのことで占められて、ちゃんと味わえたか疑問が残る。ナツキが作ってくれたものなのに。
 そして、追撃だ。

『私もさ、セイにこれ、貰ったし』

 チャリ、と、ネックレスのチェーンを持って、

『私も何かさ、セイにプレゼントしたいんだけど、セイの好み、知らないなあって。なんか考えておいてもらって良い?』

 あなたから貰えるなら、その全ては宝玉です。
 口走りかけ、なんとか飲み込み、分かりました、と、それだけ伝えた。

「なんか、なんだ? なんだろう? あれ? 夢? これ夢? また寝た?」

 顔の周りだけ防音を施しているセイは、天井を見上げ、ぼそぼそと言う。

『セイー? 大丈夫?』

 ナツキの声に、バシャ! と水面を揺らしてしまった。声の位置や響き方から、浴室に繋がる洗面所の、ドアの前で声を張り上げていると分かる。

「は、はい。大丈夫、です」

 慌てて防音を外し、答える。
 けれど、大丈夫って、なんだ?

『いや、一時間くらい経ってるからさ。のぼせてたりしてないかなって』

 のぼせる。……のぼせる。そうだった。そういう現象があるんだった。

『セイー? ヤバそうー?』
「あっ! いえ! そういう感じはないです。たぶん」
『たぶん?』
「あっ、や、えー……のぼせるという現象を、忘れていまして。ええと、その際の諸症状は起きていないので、大丈夫かと」
『そう? ……んー、あのさ、でもやっぱりちょっと心配だから、なんか飲んで貰ってもいい?』
「あ、はい」
『希望ある? なければこっちで、適当に用意するけど』

 希望、希望……。

『思いつかないなら、こっちでやるよ?』
「あ、お、お願い、します……」
『分かった。ちょっと待っててね』

 音を、拾う。足音が、遠ざかる。
 セイはまた、防音を張り。

「はぁ~……」

 浴槽の壁に凭れ掛かって、髪をかき混ぜた。
 もう、これは、もう。自分はナツキがいなければ、生きていけないのではないか。いや、その通りなのだけども。
 ノックの音が聞こえ、ナツキが呼びかけてくる声が聞こえ。
 早くないだろうか。別の理由か。そう思いながら、けれど先程よりは冷静に、防音を外し、応える。

『飲み物ね、炭酸なしカンタンレモネードにしたんだけど、良いかな?』
「は、はい。ありがとうございます」
『じゃ、ドア開けて大丈夫? お風呂のドアの横の棚に、置きたいんだけども』
「はい、分かりました。大丈夫です」
『じゃ、開けるね』

 ドアが開く音、半透明で曇りが施されている浴室のドアから、ナツキの姿がぼやけて見えること、コップらしい何かを置く音、『じゃあ出るね』とさっきより断然近い距離からの声。
 ナツキが出て、ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。それを確認して。

「……」

 セイは、潜めていた息を、吐き出した。吐き出してから気付き、慌てて防音をかける。
 息を整え、ゆっくり浴槽から出て、そうっと、ドアを開ける。

「……レモネード……」

 言葉の通りに、音の通りに、棚の上にはガラスのコップ。その中にイエローで透明な液体が、八割ほどまで入っている。
 セイはそれを手に取り、口に含む。爽やかな酸味と甘味が、スルスルと喉を通っていく。

「……あ」

 一気に飲んで、飲み終えてから、一気飲みしたことに気付いて。
 自分は無自覚に、のぼせていたのだろうか。その疑問と同時に、もっと味わって飲みたいと、思っていると、自覚する。

「……」

 コップを洗浄し、頭を冷やせと念じる。
 体が欲している訳じゃない。心が欲しているのだ。
 セイはコップを元の位置に戻し、少し考え。

「……」

 あと十分。と自分にしか聞こえないタイマーを空中にセットしてから、また、湯船に浸かった。

 *

 髪と体を乾かし、着替え、はた、とセイは気付く──思い出す。
 自分の次にナツキが入る。セイは浴室のドアを開け、湯を消し、隅々まで洗浄し、軽く乾かし、湯を──浴槽を傷めず、肌や髪に良い成分の湯を張り直し、確認して、ドアを閉めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...