酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

文字の大きさ
45 / 71

44 心の持ちよう

しおりを挟む
「ええと、茎の長さをあのままにするなら、こういう形とか、ですかね」

 なんとか二人で食べ終わり、セイは、片付けをしてくれているうちに、顔色が普通になった。
 で、ローテーブルへと移り、ハーバリウムの瓶の候補を、「仮に構築します」と言って、空中に出してくれている。
 出してくれたのは、長めの容器。直方体、筒状、湾曲してるもの、などなど。

「あと、花の部分だけなら、このくらいの大きさで」

 今度は、丸、ピラミッド型、立方体、八面体、雫型、などなど。

「どうでしょう? 仮なので、表面の凹凸や装飾は、最低限ですが」
「……逆に、分からなくなってしまった」

 候補が多すぎて。

「なら、仮の薔薇を入れてみますね」

 全ての容器に、半透明の青い薔薇が、出現。

「……綺麗……」

 思わず、言ってしまう。だって、目の前に、沢山の青い薔薇。幻想的と言わずに、いられようか。

「ありがとうございます。……それで、どうでしょう? イメージ、固まりました?」
「えっと、待ってね」

 半透明の青い薔薇が入った容器たちを、眺める。

「……その、丸いのでいい? 花のとこだけのヤツ」

 それを指差し、聞く。

「はい。分かりました」

 セイが頷くのと同時に、丸い容器以外が消えた。青い薔薇たちも消える。

「それで、これですが」

 セイが言うと、丸い容器が、ローテーブルへ降りてきた。

「このままでいきますか? 何か装飾を施しましょうか」
「……このままで。お願いします」
「分かりました。材質はどうします? 僕が決めて良いなら、強化ガラスに似た素材にしようかと思っていますが」
「セイが良いと思うヤツで」
「分かりました。では、ハーバリウム、作りますね」

 セイが容器を持つ。光の反射で、材質が変わったのが、分かった。
 花瓶から薔薇が一本、スーッとこっちに来て、茎の部分が消えて、薔薇が一瞬にして、容器の中に。……蓋、開けないんだ?

「如何でしょう? 他に小花など、足しますか?」

 ……にっこり聞かれましても。

「ううん。これで、これが良い。ありがとう、セイ」

 薔薇から視線を外し、セイに顔を向けて言う。……また、赤くなった。

「いえ……ご満足頂けたなら、何よりです。では、完成させますね」

 セイが言い終わるのと同時に、また一瞬で、容器の中は、透明な液体で満たされる。

「それでは、他の加工に移りますね」

 セイは、出来たてのハーバリウムをローテーブルにそっと置くと、花瓶のほうへ行ってしまった。

「……綺麗だなぁ……」

 ハーバリウムを眺め、それを持つ。あ、意外と軽い。

「……あの、他二本、出来ました。ので、ご確認を……」

 セイが、両手に一本ずつ薔薇を持ち、戻って来る。顔が赤いのは、もう、通常運転だと思うことにしよう。

「うん。ありがとね」

 ハーバリウムを置いて、薔薇を受け取る。
 おお、ホントにプリザーブドフラワーとドライフラワーになっている。

「すごいね、セイ。ありがとう」

 薔薇からセイへ、顔を向ける。

「……いえ……その、お気に召して頂けたなら、良かったです」

 セイが顔を赤くしたまま、座る。
 今は、これ以上の話は無理そうかな。

「じゃ、セイ。お風呂の支度、してくるね。休んでてね」
「あ、はい」

 薔薇を置き、立ち上がり、お風呂場へ向かう。
 プリザーブドフラワーは玄関に飾って。ドライフラワーはリビングかな。ハーバリウムはテーブルの上に飾ろうかね。

 *

「……はあ……」

 セイはまた、昨日のように、湯船に浸かり、天井を見上げる。
 何かする度に驚き、喜び、笑顔になってくれるナツキに、心臓が保たない。けれど、ずっとそれを、見ていたい。
 プリザーブドフラワーとドライフラワーの飾り方を聞いた時も、埃よけにと、カバータイプの容器を構築して。それにまた、ナツキは驚いて、喜んで、笑顔を向けてくれた。
 観客にも、そんな思いを。心からの驚きと喜びを。ナツキを見ていて、そう思って。
 思った自分に、驚いた。そして、納得した。
 自分は、手品を──魔法を見せる相手の心の持ちようへ、あまり意識を、向けていなかったのだ。──向けないように、していたのだ。自分は、嘘つきだから、と。

「……僕はまだまだです……師匠……」

 呟く。防音はかけてあるけれど、小さな声で。

「どうしたら、貴方みたいに、なれるんでしょうか……」

 在りし日の師の姿を思い浮かべながら、セイは、空中に浮かべていたレモネードのコップを手に取り、一口飲む。先ほどまでの憂いが淡くなり、自然と、笑みがこぼれる。
 ナツキに、詳しい作り方を教えてもらいながら作ってもらったレモネードだ。自分が風呂から上がったら、ナツキに手助けしてもらい、ナツキの分を、自分が作ることになっている。

「……ナツキさん」

 上手く出来るだろうか。自分の作ったレモネードを、美味しく思ってくれるだろうか。
 そんなことを考えながら、セイは、レモネードを少しずつ、飲んだ。

 *

 おまたせしました、と、コップを持ってきた風呂上がりのセイを見て、その格好を見て、私はちょっと、や、それなりに、驚いた。

「……ゆったりとは言ったけど……浴衣は、寒くないかな?」

 私はなんとかそれだけ言った。
 セイは、グレーの浴衣を着て、黒に近い濃いグレーの帯を締めていた。めっちゃカッコイイがな。

「あ、寒くはないです。……その、そもそもとして、今まで着ていたような服しか持っていなくて。ゆったりとは、と考えまして。昔に着ていたこういうのは、着ていて楽だったな、と。なので、作り方も簡単ですし、ちゃちゃっと作りました」
「作ったんだ……?」

 それを……?

「はい。何かの際にと、素材を色々と持っていますので。それに素材があれば、一から構築するより、楽なので」
「そ、なんだ……? ……そっか、似合ってるよ。カッコイイよ、セイ」
「え、あ、……ありがとう、ございます……」

 顔を赤くしたセイに、「コップどうも」と、手を出す。セイは「ご、ごちそうさまでした……美味しかったです……」と、コップを差し出してくれた。

「その、それで、ナツキさん」

 セイは、ピシッと姿勢を正した。

「レモネードを、その……」
「ん、作ってくれるんだよね」
「は、はい。頑張りますので、お力を、貸して下さい」

 また姿勢良く一礼したセイに、

「うん、いくらでも貸しますよ。セイが作ってくれるの、嬉しいから」

 言ったら、また、顔を赤くした。

  *

 作ったレモネードを、美味しいと思ってくれるだろうか。
 風呂場からの音に脳を支配されないように、セイはそんなことを考えつつ、ソファに座って、今までのアジュールの動画を見ていた。守護霊たちも、セイに乗って、……見守って、くれている。

「……」

 決意をしたあとの、ごく最近の動画は、新しいものも含め、伸びている。それ以前は、少しは増えているけれど、その程度だ。
 心の持ちようで、こんなにも変わるのか。セイは改めて思う。
 そして、それなら、これからはもっと、観てもらえるのではないか、とも。
 魔法の素材や用具の代用品についても、真剣に考えている。
 そのたぐいは、全てを人工的に作るより、少しでも、天然のものを混ぜたほうが、効果が高い。
 出来る過程の違いだろう。セイはそう、分析している。けれど、研究はどこまでも出来る。
 カセットコンロもそれ用のガスボンベも複数買ったし、観察して、解析して、マネージャーに相談してあるけれど、クリスマスまでには、ものにする。
 クリスマスのショー。雪とイルミネーションと、炎のショーだ。
 ……生配信の重みを、今更に感じる。

「セイ。上がったよ」
「あ、はい」

 ナツキの声に、スマホを閉じて、振り返り。固まってしまった。

「レモネード、美味しかった。ありがとうね。……セイ?」
「……あ、すみません。その、いつものと、お姿が、違ったので」

 セイはなんとかそれだけ言った。

「姿? ああ、パジャマのことかな」
「……パジャマ……」
「そう、パジャマ。冬用のね」

 ナツキは、厚手でゆったりとしたそれの、裾を抓む。
 風呂上がり、というだけでも、自分の意識は飛びそうなのに。加えて、焦げ茶の地に大きめの格子模様の、前開きの寝巻きだ。当たり前のように、ネックレスもしてくれている。

 ──これくらいで揺らいでどうする。

 守護霊たちから念を送られ、セイは我に返った。

「その、えと、お似合い、です。……あの、それで、明日のご飯、なんですが……」
「うん」

 ナツキはソファに添って周り、セイの隣へ腰を下ろした。
 セイは、心臓を宥めながら、なんとかナツキと視線を合わせる。

「食べたい、ので、作って、欲しいです。あと、どこまで出来るか分かりませんが、お手伝いを、出来たら、と」
「うん、オッケーだよ。何かリクエスト、ある?」

 優しげに微笑みながら、聞かれる。宥めている心臓が、跳ねる。

「……リクエスト、は……リクエスト……」

 思い、浮かばない。

「思いつかないなら、私が決めて良い?」
「あ、はい」
「うん。分かった。で、どうする? 今から作る? 少しこうしてる?」

 このままで、居たい。が、そうしたら自分は、きっと動けなくなる。

「今から、で、お願いします」
「ん、分かった」

 軽く頷くその仕草にさえ、また、心臓が跳ねた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...