酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。

山法師

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70 支え

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「それで……遺してくれたものに……保全を、かけて……魔法で稼ぎながら、ここまで……生きてきたという……次第です……」
「……そっか……ありがとう、セイ」

 細かく震える声でそう言うセイの、その頭を抱きしめる。セイは、されるがままになってくれる。

「話してくれて、ありがとう。ここまで、沢山、頑張ってきたんだね」
「……そう、なんでしょうか……。僕、本当は、今、言ったみたいな……人間、なんです。……あなたの隣に、立つ資格、あるんでしょうか……」
「資格も何も、隣りに居て欲しいんだよ、私は」

 セイの頭を撫でながら、

「私、セイのことを知れて、嬉しいよ。お師匠さんのことを聞けたのも、嬉しい。怖がったり嫌がったりとか、思ってない。むしろね、セイのこと、もっと支えたいって、思った」
「……ナツキさん……僕は、身売りして、生きて。怒りのままに残虐な報復をして。……それを、今まで隠してたんです。……知られるのが怖いという、利己的な理由で」
「セイ」

 その頭を肩に置いて、埋めさせて、体を抱きしめて。

「怖くて当たり前だよ。それだけ辛い思いをしてきたんだから。私、どれだけお師匠さんの代わりになれるか分からないけど、セイのこと、今までよりもっともっと大事にする。約束する。そんで約束、絶対に破らない」
「……ナツキさんは、ナツキさんです……師匠は師匠なので……違います……ナツキさんは、……恋人、です……まだ……今は……」

 泣いてる、な。

「恋人で、いて下さい。お願いします。今日限りでいいので、もう、明日になったら、解消してくれていいので。……お願いします……やっぱり、好きなんです。ナツキさんが好きなんです……!」
「解消なんてしない」

 はっきりと言う。

「セイのこと、好きだから。セイが別れようって言ったら、私、暴れてやるよ」
「……なんで……」
「セイ、別れたくて別れようって、言ってないでしょ。私だってね、別れたくない。セイのこと、好きだから。愛してるから。一生勝ち続けてくれるんでしょ? 負ける気もないけど」
「ズルい、です……今、それ言うの、ズルいですよ……」
「ズルくて結構」

 セイの手から、トレーを抜き取る。

「ちょっと強引だけど、今の私は、ズルいから」

 体を寄せて、セイの腕を取って私の背中に回して、抱きしめる。

「大好き。愛してる。セイの隣は、一生、私のもの」
「……ナツキさん……」

 セイが、ゆるゆると、抱きしめてくれる。

「ナツキさん、愛してます……」
「うん。私も愛してるよ。セイのこと」

 強く、抱きしめられて。セイはそのまま、好きだって、愛してるって、言ってくれながら、泣き続けた。

 *

 頭を撫でられながら、優しく、呼びかけられる。

『起きれる? 無理そうかな? 今日、お休みにする?』

 休み。休んだら、ずっとこの人と、一緒に居られる。

『あと、朝ご飯は無理だとしても、一回なんか、飲んだりして欲しいかな』

 朝ご飯。食べたい。この人と、一緒に。そうしたら、今よりもっと、幸せになれるから。

「……あさ、ごはん……食べます……。……ん……?」

 いつもの朝と、景色が違う。

「あ、起きた?」

 ナツキの顔が、目の前にある。

「……え? あれ? 僕、え?」

 服が、昨日の服のままだと、セイは気付いた。自分のも、ナツキのも。

「おはよう、セイ」
「んむっ……」

 いつもは胸に抱き込まれるのに、その姿勢のためか、肩口に顔を埋められた。
 これでは、まるで、昨日のような。そこまで思って、セイは気付く。
 昨日、泣いてしまったあとの、記憶がない。

「な、ナツキさん……僕、昨日……」

 まさかと、思いながら、それを口にする。

「あのあと……寝ました……?」
「寝たね。がっちり抱きしめてくれてたから、そのまま布団に入ったよ。私もそのまま寝て、アラームで起きた」

 醜態を、晒してしまった。セイは呻いて、けれど離れがたくて、そのまま、

「すみません……」

 か細い声で、謝るしか、出来なくて。

「謝ることないよ。それよりさ、どんな感じで寝れた? 疲れ、取れてる?」
「よく、分かんない、です。今、すみません、今は、申し訳無さでいっぱいで……」
「そっか。なら、なんか飲み物持ってくるね。手、離せる?」

 離したくない。離れたくない。けど、このままでいては、迷惑がかかる。

「……離します……」

 まだ触れていたい温もりから、なんとか、腕を外す。

「ありがと。待っててね。何飲みたい?」

 起き上がったナツキに、頭を撫でられながら言われて。

「ナツキさんのと、同じのを、飲みたいです」

 撫でられていたくて、寝転がったまま、そう言った。

「じゃあ、ハニーミルクでも良いかな。ホットミルクに蜂蜜が入ってるってやつ」
「はい……」

 答えれば、作ってくるから待っててね、と、言われて。
 ナツキは寝室から出ていった。

「……」

 起き上がり、時間を確認すれば、六時二十五分。自分はいいけれど、ナツキは新年最初の出勤日な筈で。
 セイは昨日を思い返し、自分が寝てしまった時間を推測し、ナツキの睡眠時間が、四時間を切っているのではと、思い至る。

「な、ナツキさん!」

 慌てて寝室から出て、キッチンに目を向ければ。

「あ、ごめん。もう少しなんだ。今ね、トレーに乗っけてたところ」

 明るく言われ、同時にふわりと、甘く優しい香りが、鼻孔を掠めた。

「あ、ありがとう、ございます。……いえ、あの、昨日、ナツキさんは、どれだけ、その、ちゃんと寝れました……?」

 キッチンに向かいながら、こわごわと聞いてしまう。

「ん? まあまあ良く眠れたよ?」
「ど、どのくらい……?」
「んん? どのくらい……? あ、ハニーミルク、どうする? テーブルで飲む?」

 マグカップを示され、そんな提案をされて。

「……えと、……テーブル、で」

 言ってしまって、流されるように、二人でテーブルに着き、ハニーミルクを飲むことになってしまった。

「どうかな」
「美味しい、です」

 甘くて、温かくて。セイはまた、昨日のように泣きそうになる。

「──セイ」

 ナツキがテーブルから立ち、こちらに寄ってきて、セイの頭を抱きしめた。

「今日、やっぱり、仕事、休めない? セイのこと、心配だよ」
「で、ですけど……ナツキさんは……」
「休むよ。仕事も大事だけど、セイだって大切なんだから。仕事のほうもね、繁忙期ではあるけど、休めないほどじゃない。家で出来ることもあるし、私の心配はいらないよ。セイは? 仕事、撮影だったよね?」

 覚えていてくれている。把握してくれている。それにまた、泣きそうになる。

「撮影です……動画、三本、撮る予定です……」
「減らすか休むか、出来ない? 無理そう?」

 ナツキが離れた、と思ったら、顔を覗き込んでくる。心配している顔で。
 昨日、自分は、あんなことを言ったのに。

「どう、ですかね……仕事、休んだこと、無いので……」

 泣きかけてしまって、涙を拭いながら、どうにか言う。

「なら、連絡して。体調不良ですって。ね?」

 テーブルからティッシュを取って、セイの目元に当てながら、ナツキはそう言った。

「どう……連絡すればいいですかね……一度も休んだことが無いので、驚かれるでしょうし、スケジュールを組み直さないと、いけなくなるし……」
「休むと迷惑がかかるって話なら、それは逆だよ、セイ」

 強めの口調で言われて、セイは身を固くする。

「今のセイね、とっても不安定に見える。しっかり休まないと、不安定なまま仕事をすることになるよ? 出来そう? 私は出来ないと思うけどね」

 けど、でも、迷惑が。マネージャーは、どう思うか。

『ニィ』
『ミャウ』
『なおぅ』

 足元に現れた守護霊たちが、安めと、言ってくる。

 ──ナツキのためにしているのだろう。
 ──ならばナツキのために動け。
 ──一日休んで崩れる仕事など、先が見えている。

 そういう、ものなのか。子猫たちの思念を受けて、セイの思考はぐらりと、休みたい、に、傾いていく。

「えーと、子猫たちは、なんて?」

 ナツキの問いかけに、

「……その、休んだほうが、良いと」

 躊躇いがちに、答えた。

「なら、休もう。連絡しよう、今すぐ」

 スマホ出して、と言われて。出してしまう。
 連絡する人、出して。それに、応じてしまう。

「この人ね。聞くけど、どなた?」
「マネージャーです、アジュールとしての。スケジュールなどの仕事関係はほぼ全て、彼と組み立ててます」
「分かった。なら、まずはこの人に連絡だね。時間早いけど、一応、電話しようか」
「……電話……」

 不安な声を出してしまったら。

「じゃ、電話は一旦無し。ちょっとそのままでいてね」

 そのまま、の意味を理解する前に、ナツキが文を打ち込んでいく。

「これでどうかな」
「どう……」

 おはようございます。朝早くからすみません。
 そこから始まる、文章。
 電話が出来る状態にないから、先にラインで伝えた。回復したら、電話をかける。

「わ、からないので、そのまま送ります」

 セイは、恐る恐る、それを送信した。

「電話もね、無理そうだったら、私が代わる。セイはゆっくりしてて」
「そんなに、色々と、やっていただくのは……、っ?!」

 頬を両手で、むぎゅ、と、挟まれて。

「電話、やらせなさい。拒否権はありません」

 怒られた。心配されながら、怒られた。……どういう、状況だろうか。

「拒否権は、ありません。いいね?」
「え、と」
「いいね?」

 ずい、と顔を寄せられて、セイは慌てて「はい」と答えた。

「よし。では、ハニーミルクを……温め直そっか」

 ナツキはセイから手を離し、両方のマグカップを持って、キッチンへと回る。

「……」

 頬から離れてしまった、その温もりが恋しい。
 セイは、レンジでハニーミルクを温め直しているナツキを眺めながら、

「ナツキさんは、どう、連絡するんですか?」
「そうだね。……七時半あたりで、かな。電話して、状況を説明して、休ませてもらう。あと、パソコンで出来る作業の許可を貰ってから、それをするかな」
「仕事……するんじゃないですか……」
「じゃあもう丸一日休ませてもらう」

 即座に答えたナツキに、セイは、どういった言葉を口にすればいいのか、分からなくて。

「……そうですか」

 それだけ、言った。


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