学年一の不良が図書館で勉強してた。

山法師

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81 宇宙誕生くらいの奇跡

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 今日は、12月29日。開店から午後3時までバイトをしていて、今は、涼の部屋で、勉強会をしてる。
 けど、その涼が。……涼の様子が、なんか変だ。

「……涼」
「なん」
「一旦、休憩入れますか?」
「は? ……ああ、もう1時間、経ったのか」

 涼がスマホで、時間を確認した。
 その通りに1時間経ってるけど。それもあるけど。

「……私の勘違いなら、すみませんが。いつもより少し、集中が途切れやすいような、そんな印象を受けているんです。何か、ありましたか?」

 涼が固まった。……再起動しない。

「涼? あの、涼……? もしかして、体調が優れませんか?」

 顔色や声に、変わりはないと思ってたけど。それらしい症状も、見受けられないけど。

「風邪とかですか? 大丈夫ですか? ……ちょっと、失礼します」
「……え、や」

 再起動した涼のおでこに、手を当てる。首すじの体温も確認する。

「熱は、無いようですけど……」
「いや、違う。違うっつーか、大丈夫。体壊したりとかしてねぇから」

 涼は、私に手を当てられたまま、苦笑する。……やっぱり、いつもと雰囲気が違う。

「じゃあ、なんですか? どうしたんですか? 何があったんですか?」
「ああ……や……」

 迷うように目を逸らされて、なんか、ムッとした。

「涼」

 おでこと首すじから手を離し、頬を挟む。涼が驚いた顔をした。

「言えないことですか? 言い難いことですか? 聞いちゃいけないことですか?」

 驚いたままの涼の頬を、むにむにと捏ねながら聞く。

「不安、話せるなら話して下さいと、言いましたよね? 中身を話せなくても、不安があるなら言って下さい。……もしかして、新作の件ですか?」

 また、彷徨い始めていた涼の視線が、最後の言葉で、私に向いた。

「──涼」

 手を止めて、顔を寄せる。

「期限は今年いっぱいなんですよね? 涼は良いと言いましたけど、そっちが不安なら、勉強は切り上げて──」
「違う。違うから。……そうじゃねぇんだ」

 涼は、泣き笑いみたいな顔になって、私の手に自分のを重ねた。

「ありがとうな、心配してくれて。……逆なんだよ」

 逆。……それって。

「私が言ったのと、逆ということですか。それが落ち着かない理由ですか?」
「うん、そう。悪い。……ちゃんと集中する、っ?!」

 涼の首に腕を回して、抱きついた。

「採用ですか? OKですか? 合格ですか?」
「……全部同じ意味じゃねーか」

 そう言いながら、緩く、抱きしめてくれる。

「否定しないってことは、そういうことですよね? ですよね? おめでとうって言って、良いですか?」
「勢い凄いな……。……ありがとう、その通りだよ」

 涼は言って、今度はしっかり、抱きしめてくれた。

「俺も、まだまだでさ。浮かれて、集中できてなかった。悪い」
「何が悪いんです。嬉しくて当然です。私は嬉しくて堪りません。おめでとうございます、涼」
「ん、ありがとう、光海」

 涼のレシピが、認められた。涼が、認められたんだ。涼が。……涼が……!

「ほ、……とに、おめ、で、」

 駄目だ。声、震える。……泣きそう。

「光海?」
「おめ、でと、ござ、ます……!」

 なんとか、言い切って。そこからはもう、溢れそうだった涙を、抑えきれなくて。首に縋り付いて、泣いて。

「……えっと、……俺、泣かした?」

 頭を優しく撫でてくれながら、戸惑いがちに言われる。

「ちが、ます、……うれし、くて……なんか、かって、に……とまら、なくて……!」

 私が、泣いて、どうするんだ。引っ込め涙ぁ!

「……そっか。ありがとうな。今、めちゃくちゃ嬉しい」
「なんでぇぇ……」
「だってお前、俺におめでとうって言ってくれて。……そんなになるくらい、嬉しいって思ってくれてて。俺、光海のこと、大好きなんだぞ? 好きな奴の、……お前の嬉し涙なんて、俺にとってはご褒美なんだよ」

 そんなふうに言われて! 頭もずっと撫でてくれてて! そんなの、引っ込む涙も引っ込まない!

「ズルいぃぃ……!」
「ズルいか?」
「泣くの、止まんない、バカぁぁ……!」
「無理して止めるの、やめてほしいんだが。嬉しいから」

 もう、その言葉で。優しい声で。私の涙腺は完全に決壊した。
 泣いて、泣いて、泣きじゃくって。涼はずっと、「ありがとう」って言ってくれてて。頭も撫で続けてくれて。
 泣き疲れるまで泣いて、物理的に、やっと、涙は引っ込んでくれた。

「……すみません……突然に……」

 泣き疲れるなんて、いつぶりだろう。

「謝んないでくんねぇかな。嬉しいって言ってるのに」
「すみ、……えと、迷惑になっていないのなら、良かったです」
「だぁれが迷惑だコラ」

 抱きしめてくれてる腕に、力がこもる。

「(嬉しいって言ってんだろ。めちゃくちゃ大好きでめちゃくちゃ可愛いお前が俺のことで泣いてくれるってそれもう奇跡だからな。しかも嬉し泣きだぞ。宇宙誕生くらいの奇跡なんだよ分かってんのか)」

 なんで急にフランス語。

「(……それは、どうも……)」
「(どうもじゃねぇこのヤロウ。マジで分かってんのか? なあ、俺、光海のこと好きなんだよ。光海が俺を好きなのより、俺が光海を好きな気持ちのほうがデカいんだよ、確実に)」

 ……ああん?

「(だから──)」
「それはちょっと、聞き捨てなりませんね」

 思わず声が低くなってしまった。そのせいか、涼はまた、動きを止める。

「気持ちの大きさ、負けてる気はしてないんですけどね」

 ぎゅうぅ! と、腕に力を込め、離す。そして、涼の腕が回ってるのを無視して体をひねり、トートバッグの中に手を突っ込む。

「私だって、こういうことするくらいには、涼のこと、好きなんですが?」

 カバンから出した『それ』を、涼の目の前に突き出した。

「……えっと?」

 戸惑う涼に構わず、「受け取って下さい。返品は無しですからね」と、本当の本当に、文字通り眼前に寄せる。

「受け取って下さい」
「……えと、プレゼント、的な?」
「そうです受け取って下さい」
「……今日ずっと、持ってた?」
「いつ渡せるか分からなかったので、用意できてからずっと……今日までで1週間くらいですかね。持ち歩いてました。受け取って下さい」
「1週間ってお前、あの日のすぐあと──」
「受け取って下さい」
「……」
「受け取って下さい。さあ」
「ど、どうも……?」

 涼は私に押されたらしく、おずおずと、それを──青と水色のラッピングがされた小さめの箱──を受け取ってくれた。

「では、私は、洗面台をお借りしますので、一旦失礼します」

 化粧ポーチとハンカチを持って、部屋を出ようとして。

「えぁ、ま、光海、これ、えと、開けて、良いのか……?」
「どうぞ、開けて確認して下さい。戻ってきたら説明しますから」
「お、おお……説明……?」

 私は、その涼の言葉をスルーして、洗面台へ向かった。


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