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王立騎士団『平民区分』入団試験、剣術試験日にて
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(こんななのか?)
対戦相手である現役の騎士団員から剣を弾き飛ばし、追撃として騎士団員本人も弾き飛ばした青年、エリスは疑問を抱く。
弾き飛ばした団員は、エリスから見て左斜め前方の地面へもんどり打つように倒れた。
弱い。
率直に思った。
でも。
(まだ)
倒れた団員はまだ「参った」と言っていないし、試験官からの声もかからない。
試験は続いている。
エリスは気を緩めることなく、団員の──起き上がれないのか起き上がらないのか、倒れたまま苦悶の表情らしきものを顔に浮かべてエリスを見上げ、口を開きかけている団員の──隙だらけに見える喉元へと、剣を突きつけようとした。
本当に喉を突き刺し貫くのではないか。
周囲が思ってしまいそうなほどの、殺意にも似た気迫を感じさせながら。
「っ、そこまで! 勝者エリス!」
どこか焦っているような試験官が大声で言い、エリスは動きを止める。
防御や回避の素振りも見せずにこちらを見上げ、顔を青ざめさせている団員。
その喉元に、エリスが使う剣の切っ先は拳一つ分の距離まで迫っていた。
もちろんこれは試験なので、エリスは団員の喉を貫くつもりなどない。
構えを解きながら数歩下がり、剣を納め、エリスは一礼した。
晴れ渡る春の空、高い位置にある太陽。
その陽光が、白とも薄青とも言えそうなエリスの短髪を、冷たく翳る紫の眼を、柔らかいはずの光で鋭く照らす。
少し強く吹いた春風が、試験会場である広場の砂を軽く巻き上げた。
国民から絶大な支持と憧れを向けられる、王立騎士団。
今日はその、王立騎士団『平民区分』の入団試験、剣術試験当日。
エリスは王立騎士団へ入るため、ずっと自分を鍛えてきた。
続けてきた鍛錬のおかげか、対戦相手である団員が弱かったのか、その両方か。
(なんでもいい)
理由はどうあれ、勝利した。剣術試験の合格基準は満たした。
彼は冷静な表情を崩さずに、次の受験者へ場所を空けようと歩き出す。
エリスの相手をした団員は救護担当から医療魔法らしき処置を施され、救護担当の手を借りて苦悶の表情のまま屋内へ移動し……完全に場所が空く。
「次、ロロファ」
試験官が呼んだ男らしくない響きの名前に、エリスは、ほんの一瞬だが足を止めそうになった。
(女性、の、受験者?)
この国には女性騎士も、少数だが存在する。だから女性が試験を受けることも、当たり前に可能だ。
ただ、とエリスは胸中で続ける。
(騎士には、今の俺のような)
男のほうが、向いている、らしい。
(……まあ……女性、だとしても……問題は、ない、からな)
戸惑いかけた思考を整理しようと、エリスは短く息を吐いた。
男のほうが騎士に向いているらしいが、女性の騎士も、確かに存在する。
なので、入団希望者に女性がいても不思議はない。
受かるか、受かったのちにどのような騎士になるか、なれるかは──
広場の角に寄ったエリスは、どんな人物が出てくるのだろうと目を向ける。
(王立騎士団に入るには)
騎士として最低限必要な能力はもちろん、屈強な容姿、歴戦の猛者を思わせる強者の風格。そういうものが必要なのだろう。
現に、有名な王立騎士団員は、そのような騎士たちが多い。
エリスも、細身だが上背はある。
(だから)
そうでなければ、合格できない。縁あって合格できたとして、そこから経験を積み、騎士として名を残そうとしても──
(彼女のように)
なるのだろうか。
たおやかな容姿の彼女は、けれど、騎士としての能力を、確かに持っていた。
今、思い返しても、最低限を軽く上回っていた。
なのに、彼女は。
「はい!」
高い声での返事があり、エリスは意識を現在へと戻す。
そして、出てきた人物を見て、
「は?」
間の抜けた声を出してしまった。
肩ほどまでの黒髪と小柄な体躯、純真そうで曇りのないつぶらな緑の瞳を持った、子ども──
(……いや、子供に見えるだけだ。受験者の最低年齢は十五)
そしてエリスはやっと、去年の冬に十五歳になった。
(どれだけ幼くとも、俺と同い年のはず……)
冷静さを保つために自分へ言い聞かせたエリスは、その、愛嬌のある顔立ちをしている、ロロファと呼ばれた受験者を改めて見た。
一目で古着だと分かる、シャツとズボンとブーツと皮鎧。自分と同じ『平民』の姿を目にして、エリスは少しの親近感を覚えた。
周囲の受験者もエリスと同じ平民のはずだが、懐が温かいのか今日のために用意したのか、高くて新しそうな服装の人間ばかりだった。
ただ、ロロファが腰に下げている、剣。
小柄な体躯には不釣り合いな大きさの、その剣だけは、そこらで買える中古品の古さではなく、しっかり手入れをされた年代物の輝きを放っている。
運良く質の良い剣を手に入れられたのか。
誰かから譲り受けたのか。
(俺、みたいな)
経緯はないだろうけど、と思いながら、エリスは自分の腰に下げている剣の柄を握る。
(……まあ)
この剣は、もとを辿ればただの中古品だ。
皮肉めいた笑みが浮かびかけ、エリスは剣の柄から手を離した。気持ちを切り替えようと息を吐き、顔から表情を消す。
(それにしても)
ずっと、それとなく観察しているが。
女なのか男なのか、質素すぎる古着と子どもに思える小柄な体躯で、ロロファの性別が分からない。
と、視線を感じたのか、ロロファが緑の瞳を動かし、視線だけでエリスを見た。
純真そうで曇りのない、つぶらな緑の瞳。
エリスへと向けられたロロファの視線に、不愉快さや不可解さの色は無さそうに思える。
むしろ、エリスを興味深く見ているような。
どちらにしても。
(さすがに見すぎたか)
エリスは内心で反省し、軽く目礼してから視線をそらす。
数秒の間を置いてから目を向け直すと、ロロファはエリスを見ておらず、前を向いていた。
そのロロファに緊張している様子は見られない。どちらかと言えば、これからのことが楽しみだとワクワクしている、そんな表情と雰囲気。
広場の中央へと出てきたロロファと試験相手である騎士団員が、位置につく。
「──始め!」
試験官の掛け声。騎士団員は剣を握り直して、
「……え」
倒れた。
いつ剣を抜いたのか、いつ動いたのか、倒れた団員のそばに立つロロファは抜き身になっている剣を鞘に戻し、数歩下がって礼をする。
間抜けな声を出したのは、エリスか、他の誰かか、一人なのか数人なのかこの場にいるほぼ全ての人間か。
(……なにも、見えなかった)
エリスも周りも、狼狽えるを上回って呆然としている。
「し、勝者ロロファ!」
我に返ったように姿勢を正した試験官が、慌てた口調で文言を口にした。
数人の救護担当が驚きの表情を隠しきれない様子でやってきて、倒れた団員の容態を医療魔法か何かで確認していく。診ていた救護担当たちはさらに数名の救護担当と担架を呼び、団員は担架に乗せられ運ばれていった。
ロロファは、まだワクワクした様子で、そしてどこまでも自然体で、広場の端へ寄っていく。
周りの好奇の目なんて気にならない。
今起きたことは当たり前のこと。
そんな顔で、広場の中央へと純真そうで曇りのないつぶらな緑の瞳を向けながら。
それを横目で見ていたエリスは、
(ロロファ、か)
一応、覚えておこう。
念のため、と、剣術試験は合格するだろう『ロロファ』を記憶し、広場の中央へ目を向けた。
対戦相手である現役の騎士団員から剣を弾き飛ばし、追撃として騎士団員本人も弾き飛ばした青年、エリスは疑問を抱く。
弾き飛ばした団員は、エリスから見て左斜め前方の地面へもんどり打つように倒れた。
弱い。
率直に思った。
でも。
(まだ)
倒れた団員はまだ「参った」と言っていないし、試験官からの声もかからない。
試験は続いている。
エリスは気を緩めることなく、団員の──起き上がれないのか起き上がらないのか、倒れたまま苦悶の表情らしきものを顔に浮かべてエリスを見上げ、口を開きかけている団員の──隙だらけに見える喉元へと、剣を突きつけようとした。
本当に喉を突き刺し貫くのではないか。
周囲が思ってしまいそうなほどの、殺意にも似た気迫を感じさせながら。
「っ、そこまで! 勝者エリス!」
どこか焦っているような試験官が大声で言い、エリスは動きを止める。
防御や回避の素振りも見せずにこちらを見上げ、顔を青ざめさせている団員。
その喉元に、エリスが使う剣の切っ先は拳一つ分の距離まで迫っていた。
もちろんこれは試験なので、エリスは団員の喉を貫くつもりなどない。
構えを解きながら数歩下がり、剣を納め、エリスは一礼した。
晴れ渡る春の空、高い位置にある太陽。
その陽光が、白とも薄青とも言えそうなエリスの短髪を、冷たく翳る紫の眼を、柔らかいはずの光で鋭く照らす。
少し強く吹いた春風が、試験会場である広場の砂を軽く巻き上げた。
国民から絶大な支持と憧れを向けられる、王立騎士団。
今日はその、王立騎士団『平民区分』の入団試験、剣術試験当日。
エリスは王立騎士団へ入るため、ずっと自分を鍛えてきた。
続けてきた鍛錬のおかげか、対戦相手である団員が弱かったのか、その両方か。
(なんでもいい)
理由はどうあれ、勝利した。剣術試験の合格基準は満たした。
彼は冷静な表情を崩さずに、次の受験者へ場所を空けようと歩き出す。
エリスの相手をした団員は救護担当から医療魔法らしき処置を施され、救護担当の手を借りて苦悶の表情のまま屋内へ移動し……完全に場所が空く。
「次、ロロファ」
試験官が呼んだ男らしくない響きの名前に、エリスは、ほんの一瞬だが足を止めそうになった。
(女性、の、受験者?)
この国には女性騎士も、少数だが存在する。だから女性が試験を受けることも、当たり前に可能だ。
ただ、とエリスは胸中で続ける。
(騎士には、今の俺のような)
男のほうが、向いている、らしい。
(……まあ……女性、だとしても……問題は、ない、からな)
戸惑いかけた思考を整理しようと、エリスは短く息を吐いた。
男のほうが騎士に向いているらしいが、女性の騎士も、確かに存在する。
なので、入団希望者に女性がいても不思議はない。
受かるか、受かったのちにどのような騎士になるか、なれるかは──
広場の角に寄ったエリスは、どんな人物が出てくるのだろうと目を向ける。
(王立騎士団に入るには)
騎士として最低限必要な能力はもちろん、屈強な容姿、歴戦の猛者を思わせる強者の風格。そういうものが必要なのだろう。
現に、有名な王立騎士団員は、そのような騎士たちが多い。
エリスも、細身だが上背はある。
(だから)
そうでなければ、合格できない。縁あって合格できたとして、そこから経験を積み、騎士として名を残そうとしても──
(彼女のように)
なるのだろうか。
たおやかな容姿の彼女は、けれど、騎士としての能力を、確かに持っていた。
今、思い返しても、最低限を軽く上回っていた。
なのに、彼女は。
「はい!」
高い声での返事があり、エリスは意識を現在へと戻す。
そして、出てきた人物を見て、
「は?」
間の抜けた声を出してしまった。
肩ほどまでの黒髪と小柄な体躯、純真そうで曇りのないつぶらな緑の瞳を持った、子ども──
(……いや、子供に見えるだけだ。受験者の最低年齢は十五)
そしてエリスはやっと、去年の冬に十五歳になった。
(どれだけ幼くとも、俺と同い年のはず……)
冷静さを保つために自分へ言い聞かせたエリスは、その、愛嬌のある顔立ちをしている、ロロファと呼ばれた受験者を改めて見た。
一目で古着だと分かる、シャツとズボンとブーツと皮鎧。自分と同じ『平民』の姿を目にして、エリスは少しの親近感を覚えた。
周囲の受験者もエリスと同じ平民のはずだが、懐が温かいのか今日のために用意したのか、高くて新しそうな服装の人間ばかりだった。
ただ、ロロファが腰に下げている、剣。
小柄な体躯には不釣り合いな大きさの、その剣だけは、そこらで買える中古品の古さではなく、しっかり手入れをされた年代物の輝きを放っている。
運良く質の良い剣を手に入れられたのか。
誰かから譲り受けたのか。
(俺、みたいな)
経緯はないだろうけど、と思いながら、エリスは自分の腰に下げている剣の柄を握る。
(……まあ)
この剣は、もとを辿ればただの中古品だ。
皮肉めいた笑みが浮かびかけ、エリスは剣の柄から手を離した。気持ちを切り替えようと息を吐き、顔から表情を消す。
(それにしても)
ずっと、それとなく観察しているが。
女なのか男なのか、質素すぎる古着と子どもに思える小柄な体躯で、ロロファの性別が分からない。
と、視線を感じたのか、ロロファが緑の瞳を動かし、視線だけでエリスを見た。
純真そうで曇りのない、つぶらな緑の瞳。
エリスへと向けられたロロファの視線に、不愉快さや不可解さの色は無さそうに思える。
むしろ、エリスを興味深く見ているような。
どちらにしても。
(さすがに見すぎたか)
エリスは内心で反省し、軽く目礼してから視線をそらす。
数秒の間を置いてから目を向け直すと、ロロファはエリスを見ておらず、前を向いていた。
そのロロファに緊張している様子は見られない。どちらかと言えば、これからのことが楽しみだとワクワクしている、そんな表情と雰囲気。
広場の中央へと出てきたロロファと試験相手である騎士団員が、位置につく。
「──始め!」
試験官の掛け声。騎士団員は剣を握り直して、
「……え」
倒れた。
いつ剣を抜いたのか、いつ動いたのか、倒れた団員のそばに立つロロファは抜き身になっている剣を鞘に戻し、数歩下がって礼をする。
間抜けな声を出したのは、エリスか、他の誰かか、一人なのか数人なのかこの場にいるほぼ全ての人間か。
(……なにも、見えなかった)
エリスも周りも、狼狽えるを上回って呆然としている。
「し、勝者ロロファ!」
我に返ったように姿勢を正した試験官が、慌てた口調で文言を口にした。
数人の救護担当が驚きの表情を隠しきれない様子でやってきて、倒れた団員の容態を医療魔法か何かで確認していく。診ていた救護担当たちはさらに数名の救護担当と担架を呼び、団員は担架に乗せられ運ばれていった。
ロロファは、まだワクワクした様子で、そしてどこまでも自然体で、広場の端へ寄っていく。
周りの好奇の目なんて気にならない。
今起きたことは当たり前のこと。
そんな顔で、広場の中央へと純真そうで曇りのないつぶらな緑の瞳を向けながら。
それを横目で見ていたエリスは、
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一応、覚えておこう。
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