女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師

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番外編3 小学校二年生のバレンタインデー(圭介)

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 小学校の二年生もあと一ヶ月ほどで終わる、2月14日。
 バレンタインデー当日の今日は学校中がソワソワしていて、圭介は去年同様、いやそれ以上にチョコを貰いまくっていた。
 姉の百花に「今年も使うだろうか持っていきな」と言われて持たされたエコバッグは、帰る頃にはほぼ満杯で、ランドセルの中もチョコだらけ。
 そんな圭介を友達たちは囃し立て、圭介も悪い気はしていなかった。
 基本的に善意や好意でくれるチョコなので、それを「いらない」と言うのも忍びないし。
 囃し立てる友達たちやそれを宥めている奏夜とともにシューズボックスへ向かうと、圭介のスニーカーが入っている場所に、またそれなりの数のチョコが詰め込まれていた。

「朝に空っぽにしたのにな」
「お前、すげぇを通り越して怖ぇよ」
「カバンに入り切るのか?」

 友達たちの言葉に「まあ、なんとか持って帰るし」と返しながら、チョコをエコバッグの隙間に入れていく。
 と、奏夜が会話に入ってこない、と気づいた。

「そーちゃん?」

 そちらへ顔を向ければ、自分のスニーカーが入っている場所を不思議そうに見ている奏夜が目に映る。
 奏夜の手がシューズボックスの中へ伸ばされて、スニーカーを取り出すのかと思えば。

「……え」

 圭介の口から、驚きを通り越して呆然とした声が出た。
 奏夜が取り出したのは、ピンク色の袋に包まれた、何か。
 それは、恐らく、いや間違いなく、チョコ。

「えっ?! 奏夜にも?!」
「ついにか。ついにお前もか」
「結構気合い入ってるラッピングじゃん」

 囃し立てる友達たちの声が、どこか遠い。

 そーちゃんにチョコ? なんで? どうして? 誰が?

 なんでも何も、今日はバレンタインデーなのだから、どこにも不思議はない。不思議はないはずなのに、奏夜からすれば初めてのバレンタインチョコだろうから、喜ばしいはずなのに。
 なのに、圭介は不安に駆られていて、奏夜の手の中にあるチョコを払い除けたくてたまらない。
 囃し立てる友達たちをあまり気にしていないふうの奏夜は、ピンク色の袋を表情の読めない顔でじっ……と見つめて。

「圭介」

 その顔が、こちらへ向いた。

「これも追加」

 そうして、圭介へと差し出される、ピンク色の袋。

「……へ」
「これ、お前のだ。ほら、ここ」

 目を丸くする圭介へ、奏夜は袋に貼られたシールを指し示す。そこには『圭介くんへ渡して! お願いします!』という文があった。

「お前のとこに入りきらなかったんじゃないのかな。潰したくなくて、俺のとこに入れたんだよ、たぶん」

 俺ならちゃんと渡してくれるって思ったんだろ、と言う奏夜の言葉を聞きながら、自分の足から力が抜けていくのを、圭介は感じ取った。

「──はぁぁっ」

 崩れ落ちるように膝をついた圭介を見てか、奏夜が慌てたような声を出す。

「け、圭介? どうした? 大丈夫か?」
「だいじょぶ……なんでもない……」

 友達たちも心配の声をかけてくれ、圭介は深呼吸して立ち上がった。

 なんだよ、俺のかよ。びっくりした。そーちゃん、チョコ欲しかったかな。ガッカリしてないかな。

 そんな思いの中に、「そーちゃん、チョコ受け取って欲しくないな」というのがあって。
 そーちゃんが、奏夜が誰かから好かれるのを、恋愛感情を抱かれるのを、その果てに恋人なんかが出来てキスだとかをするのを嫌だと思う自分に、圭介は気づいてしまった。
 これは、つまり。
 つまり、そういう気持ちなのか。
 感情に整理をつけられないまま、奏夜から受け取ったチョコをエコバッグに入れ、上履きからスニーカーに履き替えて、帰路につく。
 家が近所の奏夜と二人きりになった時、圭介は思い切って口を開いた。

「……あのさ、そーちゃん」
「なに?」
「そーちゃん、……チョコ、欲しかった?」

 自分のだと思ったのに圭介のだと知って、落胆したのか。チョコや恋人を欲しがっているのか。
 まっすぐに聞けなかったから、そんな質問になってしまった。

「チョコ? あ、さっきの? んー……別に? なんだろって思って、あ、圭介のだってすぐ気づいたから、そういうの考えてない」

 横並びで歩く奏夜をちらっと見れば、なんでもないような顔をしている、ように見える。

「そっか……じゃあ、さ。フツーに、さ。チョコ欲しかったな、とか、考える?」

 怯えながら聞いた。怯えていることに怯えながら。

「普通に、かぁ。圭介のそれ見てると、あんま欲しいって思わないんだよなぁ。食べるのとか、大変だろ?」

 こちらを向いた奏夜が、圭介のエコバッグへ視線を移す。

「ん、まあ……でも、手作り系は食べるなってねーちゃんに言われてるし……」

 何が入ってるかわかんないし、最悪腹を壊すからと、それは姉の忠告だった。

「ああ、百花ねーちゃんな。百花ねーちゃんってしっかりしてるよなぁ」

 姉の名を口にする奏夜の声が、なんだか上向いたような気がして。
 圭介の心臓が、嫌な音を立て始める。

「……そーちゃん、って、さ……」

 胸が押し潰されるような感覚を覚えながら、聞いた。

「ねーちゃんのこと、……好き? だったり、する……?」
「え? 百花ねーちゃん? うん、好きだよ?」

 肯定された瞬間、目の前が真っ暗になった気がして、気づけば前のめりにコケていた。
 その拍子に、エコバッグを取り落とし、詰めていたチョコがバラけて道に広がる。

「ぉわっ?! 圭介?! 大丈夫?!」
「だ、だいじょぶ……なんでも、ない……」

 なんでもない訳ないんだけど、そう言うしかできなくて。
 気づけば、しゃくり上げていた。

「圭介? どっか痛い? ケガした?」

 しゃがみ込んでくれた奏夜へ答えることも出来ず、圭介はぼろぼろと涙をこぼす。首だけはなんとか横に振った。

「立てるか? 起きれるか? 無理そう?」
「っ……ぞーぢゃん゛……」
「うん、びっくりしたな。痛かったな。もう大丈夫だよ」

 奏夜にゆっくりと抱き起こされた圭介は、そのまま奏夜へ縋りついて泣いた。
 奏夜への気持ちに気づいて、だというのに、一時間もしないで失恋した。
 好きって、恋って、こんなに苦しいものなのか。こんなに呆気なく終わるのか。チョコをくれた子たちは、どんな思いでチョコを俺にくれたんだろう。
 泣き疲れて、少しは落ち着いてくると、圭介は奏夜の手を借りながら道に散らばったチョコをエコバッグに詰め直し、歩き出す。

「俺、そーちゃんのこと応援する」

 歩きながら、決意を込めて言ったものの。

「え? 何の話?」

 奏夜に首を傾げられて、なんだか挫けそうになる。

「っ、さっきの! そーちゃんとねーちゃんのこと!」

 立ち止まり、奏夜へ体ごと向いた。奏夜も、不思議そうな顔をしながら立ち止まる。

「好きなんだろ? だから応援する。ねーちゃんと、……付き、合える、ように……」

 残酷な現実に心がついていかないが、それでも自分にできることをしなければ。
 そういう思いで言ったのに、奏夜は驚いたように目を丸くした。

「……えっ?! あ、好きってその好き?! えっ違う違う、圭介、違う。俺が言った好きってそういう好きじゃない」

 ぶんぶん首を横に振られ、圭介はぽかんとしてしまった。

「……違うの?」

 聞けば、うん、と頷かれる。

「違うよ。百花ねーちゃんは俺にとってもねーちゃんみたいなもんって意味だよ。家族愛? 姉弟愛? みたいな。あっ、お前から弟ポジション奪ったりしないから、そこは安心しろ」

 言い聞かせるように言われて、圭介の心に安堵が広がった。

「なんだよ……びっくりした……」
「俺もびっくりしたよ。そういう質問だったのかよ」

 呆れたように言われて、妙に可笑しくなってしまう。

 なんだ、そーちゃん、ねーちゃんが好きな訳じゃないのか。なんだ、良かった。

 安心しながら家に帰って、けど、と思い直す。

 自分の気持ちは、仕舞ったほうが良いんだろうな。恋愛って、男女が普通みたいだし。

 なにより、それを知られて奏夜に嫌われたりするのが嫌だった。
 好きだけど、それを知られたくない。
 机の上に置かれたり、シューズボックスに入れられたりした無記名のチョコが存在する理由について、こういう思いで用意していたのかも知れないと、圭介は思い至った。
 手作りも、市販品も、名前入りも無記名も。
 手元にあるその全てのチョコが、自分に重なって見えた。

 その年、圭介は百花の言いつけを破って、手作りを含めたチョコ全てを、苦しくなりながら、時に不味く思いながら食べた。
 最終的に腹を下して、両親を心配させ、姉に「だから言ったのに」と呆れと心配を向けられた。

 だって。だってみんな、俺みたいに思えて。

 ベッドでうんうん唸りながら姉に言えば、姉はため息を吐いたあと。

「そんなことだろうと思った。気持ちはわからんでもないけど、もうやめときな。それで体壊してちゃ意味ないでしょ」

 奏夜を心配させるよ。

 最後の一言がてきめんに効いた。
 奏夜を心配させないためにも、手作り系に手を出すのは控えよう、と心に誓った日だった。
 恋心に気づいて、失恋したと思って、けど違うと知って安心して、気持ちを仕舞う決意をして。
 心の中が忙しないバレンタインデーだった。


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