【本編完結・後日譚更新中】人外になりかけてるらしいけど、私は元気です。

山法師

文字の大きさ
63 / 105
本編

60 それは頼み事とは言わない

しおりを挟む
 姫様について、てつに頼みたい事があると。遠野とおのさんからの連絡だった。

「面倒だ」

 てつは相変わらず素っ気ない。

「そんな事言わずに」

 けど気にはなってたんだろう。話だけでもと言った私に、渋々ながらも承諾した。
 今日は特に居残る理由も無かったので、大学を後にし支部に直行する。本来今日は休みなので、突然のシフト入りみたいな扱いになる。

「おい、出るぞ」
「え? あ、ぅえっ…………てつ」
「あ?」

 もう支部の中。だから、まあ、出るのはいい。

「もう少し、余裕が欲しい……出るまでの」
「はあ? ……はあ」

 通路に降り立った狼は、呆れたように溜め息を落とした。

「注文が多い。そんなら中に入れるんじゃねえ」
「……じゃあ出歩く時、どうするの」
「このままで行く」
「目立つから」

 いやそこ以外も問題だ。

「てつは見えるんでしょ? 周りに」
「だから何だ。お前らは辺りを気にしすぎだ」

 言いながら歩き始める。

「そりゃだって……有り得ないものを見たら驚くし」

 小走りになって隣に並ぶ。

「驚かせときゃあ良いだろう」
「なんでよ」
「こっちが気に留める必要がどこにある?」

 そこまで清々しく言われるとなぁ。

「こう……あ」
「あ?」

 扉を開けると、モノクロの人物がすぐ先に。

「てつさん、榊原さかきばらさん。お疲れ様です」
「遠野さん、お疲れ様です」

 元の通りに、どこか読めない笑顔が立っていた。



「ああそういえば、てつさん」

 通路を歩き、エレベーターを乗り換える。

「『覚えとけ』と言われて覚えているんですが」

 姫様がいる場所まで、遠野さんの先導で進む。

「僕は何をすれば良いですかね?」

 本当に一日で復帰したよこの人。どこも不調は無いし、久方ぶりに休めたとか言ってくるし。

「八つ裂かれれば良いですか?」

 そして今度は何を言い出すのこの人。

「はあ? ……ああ」

 てつは何で納得した感じになるの。

「死にたがりに手を貸すのは趣味じゃねえ」
「は?!」
「儲けたと思っとけ」
「そうですか、分かりました」

 ……話の見えない私が馬鹿なの?

「榊原さん。お二人に、お社に行って頂く直前の話ですよ。覚えていませんか?」
「……あ、ああ……」

 てつが相当怒ってて。そんな事も、言ってた、そういえば。

「嫌みったらしく律儀な奴だ」
「有り難う御座います」

 なんだろう。口を挟まない方がいいかな、これ。
 遠野さん、死にかけてどっかのネジ飛んだ? 本来がこう?

「そうでした、榊原さんにも」
「え? はい」

 真っ直ぐ前を向いたまま、

「本部長とお会いしたそうですね」

 冷たさを感じる声を飛ばされた。

「……はい」

 これは、説教か。歩きながら説教か。

「本部長は何かと真っ直ぐな方ですから、まあまあ慮った行動をお勧めします」

 ……はい?

「さて、丁度着きましたね」

 何も無かったように、T字の突き当たりで振り返られる。そんな。

「ここに姫様、瑠璃鱗の磯姫様がいらっしゃいます」

 その突き当たりの壁を、コンコン、と叩く。そこから波紋が広がって、壁は白から青へ変わった。

「……は、ぁ」

 青じゃない、透けたんだ。
 水族館の大きな水槽のような、そんな眺めが広がった。それが左から右まで、壁一面に。

「それで、今日お呼びした内容ですが」

 水の奥へ向きかけていた意識を戻す。この広さ、一瞬じゃ姫様は見つけられない。

「てつさん、に上からの命が来ています」

 上? ……本部長?

「基本的に退けられません。それを承知の上で聞いて下さい」

 遠野さんの目が細められる。

「榊原さんと二人で、姫様を目覚めさせる事」

 目覚めさせる? ……え、私も?

「目覚めさせるのはどちらでも構いませんが、取り組むのは二人で行うように。と、そういう指示です」

 てつに来た話なのに、私も? というか、

「え、目覚めさせるって……どういう事ですか」
「そのままですよ。あれから姫様は、目を覚ます事なく眠り続けています。そしてそれは、外的要因からではありません」

 目覚める事を拒み、世界との繋がりを絶とうとしているから。
 自らそうしていると、そういう事か。

「上からだの何だの、俺が聞く義理はねえ」

 いつものようにぶっきらぼうに、てつの声が耳に届く。

「やらなければ後々の方が面倒ですよ、てつさん」

 話を聞きつつ、青の向こうに目を向ける。姫様が気になって、ガラスへ足を向けてしまう。

「面倒になるのはお前らが、だ。俺がやる理はねえな」

 生き物は何も見当たらない。揺れる海藻も、珊瑚も、全ては支部ここの幻想だ。

「そうバッサリ言えればこっちも楽なんですが、そうもいかないんですよ」

 姫様はどこにいる?

「勝手に言ってろ」
「……てつさんは良いとしても、榊原さんが問題になります」

 居た。あそこ。……あれが。

「一度、取り組むだけです。その後の結果はまた別になります」
「やらせて下さい」

 てつが何か言いそうになったけど、私の言葉のが早かったようだ。

「っ……あんず
「やらせて下さい、私はやります。……お願いします」

 てつに変だと言ったけど、私もどこか変だ。

「……ええ、お願いします。……てつさん」

 その真っ白な眉が、ほんの少し歪んだ気がした。すぐ戻ったけど。
 てつの顔は分かり易く皺が寄った。

「そんな良いように使われて楽しいか?」

 良いように使われてるのか。

「楽しいかは、考えてなかったけど。あの姫様はどうにかしたいよ」

 水の奥の奥にある、あの岩。

「俺ぁそういうのに手は貸さねえ。あいつの意思でああなってんだ、放っておけ」

 蜷局を巻き、身体も丸めた姫様。一目見るだけなら、そう彫刻された石像にも見える。
 お社の時とは違って、同化している訳じゃない。姫様が姫様のまま、岩に変化しているんだ。

「じゃあ横で見てて。二人で行かなきゃいけないんですよね?」

 こんな強い口調、昔なら使ってない。使えない。

「そうです。てつさん、本来なら拒否は出来ないんですよ。腹立たしいとは思いますが」

 その場合どうなるか、あなたは解っているはずだ。……何でそんなに、分かり難い言い方になるんだろう。

「……下らねえ……」

 てつは相当苛ついている。牙を剥いて、地を這うような声を出す。

「てつ、見てるだけで」
「ああ手は出さねえ。居るだけだ。何があろうともな」

 これは骨が折れそうな……え?

「は? 今なんて」
「手は出さねえっつった。お前だけでやれ」

 あれ? オーケーが出た?

「……ではこれを」
「あ、はい」

 受け取ったそれは、この間も使った護符。

「? ……あ」

 水の中に入るからか。

「てつさんも」
「いっちいち面倒くせぇ」

 前足に着けられる前に、てつはそれを咥え持った。

「指までいかれるかと思いましたよ」
「そんな無駄な事誰がするか」

 呆れ顔が返される。遠野さんは笑うけど、私もちょっとひやっとしたよ。

「ではもう入れますので、どうぞ」

 遠野さんの言葉が終わる前に。
 てつはガラスをすり抜けて、水の中を泳いでいく。

「……てつ?!」
「これは本当に、後が怖い」

 なんですかそれ?!

『早く来い』

 行きますけども?!

「では、榊原さんもどうぞ」
「……」

 流されては、いないはずだ。私が行かせてと言ったんだから。
 ガラスへ向き直り、手を当てる。床を蹴り、半分吸い込まれるように、身体を水へ。

「ほどほどに。失敗しても良いですから」

 その後も何か呟かれたけど、小さすぎてよく聞こえなかった。

「行くぞ」
「え、まっ……速っ!」

 てつはもう姫様の側にいる。慌ててそれを追う。

「言ったが、俺は見てるだけだ。……万が一、死にかけたら手を貸す」
「……」

 死にかける事が起きるの?

「……まぁ、いいよ。分かった」

 そんな事を起こさなければいい。……この自信どこから来るんだろう。

「私だけでやる。てつの手は煩わせない」

 その場に伏せた狼は応えない。ただこっちを見据えるだけ。

「姫様」

 意識を集中させる。
 私もやっていいって事は、てつの力を使っていいって事だよね。

「起きてくれませんか」

 近寄り、触れる。その感触は滑らかで、とても冷たい。

「……ねえ」

 姫様の意識は、深く遠い底の方にある。そこに入り込んでいく。

「ねえ、姫様」

 何もかも拒絶して、否定して夢を見てる。
 似たものを知っている。けど、あれとは違う。

「目を開けてくれませんか。……くれませんか」

 触れる度に弾かれる。受け入れたくないと揺らぎ叫んで、私にも罅が入りそうだ。

「姫様。あなたが拒む世界には、あなたを想うひと達がいます」

 あの島、他の島、海一帯。姫様あなたは慕われ、今も心配するひとが多くいる。

「あなたが今いるところには、誰がいますか? 独りきりじゃないですか? ……姫様」

 今から私は酷い事を言う。微睡む夢を、壊す。

「イーシュは、もう居ないんです」

 波打つ髪が私に巻き付き、締め上げてきた。

「っ……」

 岩に色が戻り、動き出す。

「…………ああ、お前」

 起こされた姫様は、艶やかに、身の毛もよだつ笑みを湛える。

「人間よ、選ばせてやろう。どうやって死にたい?」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...