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クズ野郎のマイナススタート復縁記〜前日譚〜
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────────
作中に明記していませんが、主人公たちは大学生です。
────────
「で、何?」
玄関で明人を出迎え、中に入れながら戸を閉める。
「だからラインで言ったじゃん」
「あれ意味わかんねーから」
ふてくされるように言う友人に、同じ調子で返す。
「だから! あいつは俺と付き合ってなかったらしい訳! なにそれ?!」
明人はもう何度も来ている俺の家の、小さなテーブルにひじを突き、グレイアッシュに染めた髪を掻き回す。
「だからそれがそもそも誰だよ。どこのどの人だよ、今五人くらいいるだろ」
呆れた顔をしながらも、俺はコーラのペットボトルとコップを二つ持ってきた。ぐしゃぐしゃに乱れた髪の明人の前に、コップを一つ。
「この前言った子だよ。綾。最近付き合いだして、すぐに俺が複数とヤってんの知られたって教えたろ」
「ああ……」
たしか、一週間ほど前にそんな話を聞いたな。俺は思い出しながら自分の前にコップを置き、コーラを注いだ。
「で、それ、受け入れられたっつってたろ」
「言った。言った! けどそれがさ! まさか『自分がその中に入ってないから』だっ、っとか……思わねーじゃん……」
大きく叫んだ後に、がっくりと肩を落とし明人の声は小さくなる。
「高低差が激しいな」
俺は小さく息を吐き、コーラを飲む。
「なんとなくあらましは分かったが、だからどうしたとしか言えないな」
「慰めろよ!」
「お前そんなショックだったのか? 常に二桁近くキープしてんのに?」
「だってぇよぉ……」
明人は泣き出しそうな声になり、より詳しく話し出した。何故、と思いながらも、俺は一応聞く態勢を取る。
*
さっきまでさあ、俺ん家でデートしてたワケ。あいつ対戦ゲーム好きだから朝からずっと。すっとやっぱ疲れんじゃん? ダラダラし始めんじゃん? 二人でさ、ソファでだらけてさ。
あいつそんな風になんの珍しいから、あれ? このままいい感じに行けんじゃね? って……なるよな? 思うよな?
知らん。
だから雰囲気を維持しつつ、そっちに持ってこうとしたわけよ。身体くっつけてさ、拒否られなくて。しかも上目遣いにこっち見てくんの。いけるって思うだろ?
だから知らん。その細かい状況説明いるか?
そのまんま首傾げて見てくっから……あーキス出来そーって、いけそーって。
めっちゃ柔かった。初めての感触っていいよな。
出来てんじゃねーか。
そしたら顔面殴られて『はあ?! なに?!』……こっちがなに? えっキスだけどって言ったら、なんでそんな事するの?! ってすっげー怒って。雰囲気でいけそーって思ったって、ごめんって謝ったら。
『あんた友達と雰囲気でキスすんの?!』
はっ? てなるよね? 俺ら付き合ってんじゃんって言ったらさ、あいつもびっくりした顔してさ、全くそんなつもりじゃなかったし、こっちはただの友人だし、自分は友人とそんな事する人間じゃないからってさ。
え、じゃあこの前のセフレやら同時恋愛許可はなんだったん? てなるじゃん? ……申し訳なさそうにさ、『明人といると楽しかったし、恋愛面は爛れてるなって思ったけど、世の中そういうの結構あるし……だから、……そういう友達として付き合ってたつもり、だった』て……。不倫はしてないって言ってたし、ギリセーフだったんだと。
お前の話、いっつもどろっどろだな。
*
「そんでえ!!」
明人はテーブルをどん! と叩き、そこに突っ伏した。
「……あなたを恋人としては見てなかったし、そういう付き合いをするつもりもないってぇ……言われてぇ……」
倒れかけたペットボトルと自分のコップを支え、俺は一応、言葉を待つ。
「サッと……帰られた……『少し距離を置きたいので連絡を控えます』て業務連絡みたいなライン入れられて! マジで連絡がつかない……未読……ずっと……」
「お前の『殴られたトラ』と『落ち込んだウサギ』と『大泣きのネコ』のスタンプはそんな意味だったのか」
俺は盛大にため息を吐き、突っ伏したままの明人に諭すように言う。
「落ち込む気持ちも分かるが、そんなの今まで何度もあったろ。今回も二、三日すれば気も持ち直──「ムリ!!」うるっせ」
バッと顔を上げた明人は、鬼気迫る勢いで俺に言う。
「なんか今回は無理な気がする! 好きだったもん! めっっっちゃ好きだった!!」
そしてペットボトルから直接炭酸を流し込み、ぷはっと息を吐いた。
「俺のやってる事受け入れてくれて! 前のまま付き合ってくれて! その前から好きだったけど! だから付き合ってたし!!」
「相手はそのつもりじゃなかったんだろ」
「やめろおおおあああああああ!!!!」
明人は顔を覆い仰け反った。
「ほんとそれ……これが俺の一方通行だった事が……今、とてもキツい……」
仰け反ったまま呟く明人に、俺は追い打ちをかけてみる。
「今までの罰じゃね。反省すれば」
「お前なんでそんな冷たいの」
空になってしまったペットボトルをゴミ箱に捨て、俺は肩をすくめた。
「俺はいつもこんなだ」
「いや、そうだけど……ヨリ戻す方法とか一緒に考えて欲しい」
「そもそも戻すヨリが無いだろ」
「追い打ちやめろ!」
ただの嘆きから本当に泣き出しそうな顔になった明人を見て、俺はまた、ふぅー…と息を長く吐き、眉間を揉んだ。
「……じゃあまず深呼吸しろ」
「しんこきゅう」
「いいから。ほれ吸え。吐け。……はい吸ってー吐いてー」
三回ほど繰り替えさせ、明人をまっすぐに見返す。
「落ち着いたか」
「……少し」
涙が少し引っ込んだ明人は、姿勢を正して座り直した。それを見た俺は口を開く。
「今の話だと、まだ相手との縁は完全には切れてない、だろ」
「…………た、ぶん」
「お前そういう時だけ弱気だよな。ラインは未読、けどブロックされた訳じゃない」
「あ」
「『少し距離を置きたい』ともあったし、そもそも、相手は友人としてだが、付き合いはあったわけで」
明人の顔が明るくなっていく。
「そっか、そっか! そうだよな!!」
「やめろ落ち着け止まれ」
腰を浮かした友人の眼前に手を出し、俺は続ける。
「『友達』としてならまた、すぐにとはいかないだろうが関係を戻せるんじゃないか? お前の出方次第だが」
「……友達にしか、なれないのか……」
「だからなんでそこまで拘る? 今までもこんなの沢山あったろ」
「だからぁ……あいつはなんか今までと違うっていうか、すっげーガード堅かったけど、居心地が良くってさぁ……」
明人がまたうなだれ出す。
「こっち向いた時の顔がほわっとして可愛くてさ、けど結構ノリが良くてさ、笑うと柔らかい感じになってさ、怒ると裾引っ張って来たりしてさ……」
「惚気を聞く気はないんだが。てかそれで友人扱いだったという事は、他の友人にもそうしてた訳か……?」
「やめろ今刺さった。心の臓にぶっ刺さって血が吹き出しました」
また突っ伏した明人に、俺は呆れた声で言う。
「お前が傷心なのも分かるし、ヨリ……を戻したいのも分かったが。そんなの、お前に出来るのか?」
「なんだよ」
「その綾って人は『友人としてなら』複数人と関係を持つ人間とも付き合えたが、お前が目指すのは恋人関係だろ」
「……ぅえ? あ?」
「ほれ、今付き合ってる全員と解消して一人を取るか、現状維持しつつ友人として関係を築くか」
二つに一つだ。俺は言いながら、コップにある炭酸の抜けたコーラの残りに口を付ける。
「まあ、その人の倫理観を改変させて、複数の中に入れる手もあるだろうが……」
「お前、それはやばいだろ……」
「誰の話だと思ってんだ。俺だってこんなの言いたかないわ」
若干引いた明人に反論して、
「で、どうするんだ」
「うああぁぁ……」
頭を抱える明人を見ながら、なんでこんなのと友人なのだろう。そして何故真面目にこんな相談に乗っているのかと、俺は少し気が遠くなった。
「そんな、なんだ、そんな二択……地獄か……」
今はここが地獄だよ、俺は言おうとして口を開き、
軽い電子音が響いた。
「あ?」「ん?」
二人同時に確認する。
「俺じゃ「えええあああ??!」お前か」
明人は素早く指を動かす。
「はああああ!!」
目を見開いて固まった。
「……何が、来た」
俺の声に反応しない。そのまま瞬きもせず、スマホの画面に釘付けになって、およそ一分。
「──っあ! 見て! 見ろ! これ!」
思い出したように動き出した。
「……」
向けられた画面。ラインの会話、というよりコメント。
『さっきはごめん
思いっきりやっちゃったけど、顔大丈夫だった?』
気遣うようなトリのスタンプが押され。
『言い訳になっちゃうけど
驚いたっていうか、混乱してて』
『こっちもそういう意思確認しないでいたから
勘違いさせちゃった、んだよね
ひどいことして、傷付いたよね』
『あなたにも、怒る権利があると思う。でもまだ混乱が収まらなくて』
『こんな所でだけど
あんな事して、ごめんなさい』
謝る羊のスタンプで終わっていた。
「……お前さ」
「なに?!」
この、話の中心である彼女のコメントの前にある、今は既読になったものたち。
「数秒おきに色んな謝罪スタンプ送るの止めろよ。怖いわ」
怒濤の勢いで何十個も、謝ったり泣いたり振り向いたりするスタンプ達が送られていたことに、俺はまず突っ込んだ。
「いや、まあ、冷静に考えるとそうなんだけど。動転してて、文字送るのも怖くてさ」
苦い顔で明人は言い、はっとしてまた口を開く。
「で?! これ! どう思う?!」
これ、とは、今し方送られてきたものに対してだろう。
「すっげえ真面目な文だと思う」
「そうだけど! そうじゃなくて! 連絡来たって事はまだ望みはあるって事でいい?!」
「そういうのはお前のが得意だろ。どう思った」
「微妙!」
「胸を張るな」
「でも希望的観測を込めて、まだいけると思う! たい!」
「そうか。じゃ、頑張れ」
「そういう時は『オレも手を貸すぜ!』だろ!」
「なんでだよ」
「友達だろ!」
「友とは時に、相手に厳しく接するべきであり……」
「分かったごめん見捨てないで」
スマホを閉じ、明人は今度は自ら深呼吸をした。
「……ああ、少し時間を置いてから返信した方が良いんだったか」
「まあ、状況によるけど。秒で返すと大抵怖がられるからな。ていうか、今、何を返せばいいか分かんねぇ」
スマホをテーブルに置いて、明人はフローリングに横になる。
「あー……でも、ちょっと落ち着いた。お前さ、前も言ったけど、床にラグかなんか敷かねえの?」
「掃除が面倒になるだろ。それに急に寛ぐな」
「へーい」
「で、結局どうするんだ」
俺の問いに、明人はこっちを向く。
「別に俺に言わなくて良いが。お前の中で、何かしら結論は出せたのか」
明人はむくりと起き上がり、にぱっと笑顔になった。
「さっぱり!」
「殴るぞ」
「いや! いやいや! 関係は、何かしらの繋がりは持ちたいの!」
反射的に頭をガードし、明人はきっぱりと言った。
「あいつと一緒にはいたいの! でも他の子達といっぺんに別れるとか、考えた事もないし! そもそも俺に、そんな純愛が務まるとでも?!」
「思わないし、堂々と言う事でもないな」
「だから、関係、修復、しつつ……上手くいく道を模索する的な」
「ふわっふわっな考えだが大丈夫なのかそれ」
「えっ気ぃ遣ってくれんの? 優しいじゃん」
「いや? どうせならこれを気に痛い目を見ればいいかと思ってる」
「ひでえ! 負けねえ!」
「こんな所に対抗心を燃やすな」
作中に明記していませんが、主人公たちは大学生です。
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「で、何?」
玄関で明人を出迎え、中に入れながら戸を閉める。
「だからラインで言ったじゃん」
「あれ意味わかんねーから」
ふてくされるように言う友人に、同じ調子で返す。
「だから! あいつは俺と付き合ってなかったらしい訳! なにそれ?!」
明人はもう何度も来ている俺の家の、小さなテーブルにひじを突き、グレイアッシュに染めた髪を掻き回す。
「だからそれがそもそも誰だよ。どこのどの人だよ、今五人くらいいるだろ」
呆れた顔をしながらも、俺はコーラのペットボトルとコップを二つ持ってきた。ぐしゃぐしゃに乱れた髪の明人の前に、コップを一つ。
「この前言った子だよ。綾。最近付き合いだして、すぐに俺が複数とヤってんの知られたって教えたろ」
「ああ……」
たしか、一週間ほど前にそんな話を聞いたな。俺は思い出しながら自分の前にコップを置き、コーラを注いだ。
「で、それ、受け入れられたっつってたろ」
「言った。言った! けどそれがさ! まさか『自分がその中に入ってないから』だっ、っとか……思わねーじゃん……」
大きく叫んだ後に、がっくりと肩を落とし明人の声は小さくなる。
「高低差が激しいな」
俺は小さく息を吐き、コーラを飲む。
「なんとなくあらましは分かったが、だからどうしたとしか言えないな」
「慰めろよ!」
「お前そんなショックだったのか? 常に二桁近くキープしてんのに?」
「だってぇよぉ……」
明人は泣き出しそうな声になり、より詳しく話し出した。何故、と思いながらも、俺は一応聞く態勢を取る。
*
さっきまでさあ、俺ん家でデートしてたワケ。あいつ対戦ゲーム好きだから朝からずっと。すっとやっぱ疲れんじゃん? ダラダラし始めんじゃん? 二人でさ、ソファでだらけてさ。
あいつそんな風になんの珍しいから、あれ? このままいい感じに行けんじゃね? って……なるよな? 思うよな?
知らん。
だから雰囲気を維持しつつ、そっちに持ってこうとしたわけよ。身体くっつけてさ、拒否られなくて。しかも上目遣いにこっち見てくんの。いけるって思うだろ?
だから知らん。その細かい状況説明いるか?
そのまんま首傾げて見てくっから……あーキス出来そーって、いけそーって。
めっちゃ柔かった。初めての感触っていいよな。
出来てんじゃねーか。
そしたら顔面殴られて『はあ?! なに?!』……こっちがなに? えっキスだけどって言ったら、なんでそんな事するの?! ってすっげー怒って。雰囲気でいけそーって思ったって、ごめんって謝ったら。
『あんた友達と雰囲気でキスすんの?!』
はっ? てなるよね? 俺ら付き合ってんじゃんって言ったらさ、あいつもびっくりした顔してさ、全くそんなつもりじゃなかったし、こっちはただの友人だし、自分は友人とそんな事する人間じゃないからってさ。
え、じゃあこの前のセフレやら同時恋愛許可はなんだったん? てなるじゃん? ……申し訳なさそうにさ、『明人といると楽しかったし、恋愛面は爛れてるなって思ったけど、世の中そういうの結構あるし……だから、……そういう友達として付き合ってたつもり、だった』て……。不倫はしてないって言ってたし、ギリセーフだったんだと。
お前の話、いっつもどろっどろだな。
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「そんでえ!!」
明人はテーブルをどん! と叩き、そこに突っ伏した。
「……あなたを恋人としては見てなかったし、そういう付き合いをするつもりもないってぇ……言われてぇ……」
倒れかけたペットボトルと自分のコップを支え、俺は一応、言葉を待つ。
「サッと……帰られた……『少し距離を置きたいので連絡を控えます』て業務連絡みたいなライン入れられて! マジで連絡がつかない……未読……ずっと……」
「お前の『殴られたトラ』と『落ち込んだウサギ』と『大泣きのネコ』のスタンプはそんな意味だったのか」
俺は盛大にため息を吐き、突っ伏したままの明人に諭すように言う。
「落ち込む気持ちも分かるが、そんなの今まで何度もあったろ。今回も二、三日すれば気も持ち直──「ムリ!!」うるっせ」
バッと顔を上げた明人は、鬼気迫る勢いで俺に言う。
「なんか今回は無理な気がする! 好きだったもん! めっっっちゃ好きだった!!」
そしてペットボトルから直接炭酸を流し込み、ぷはっと息を吐いた。
「俺のやってる事受け入れてくれて! 前のまま付き合ってくれて! その前から好きだったけど! だから付き合ってたし!!」
「相手はそのつもりじゃなかったんだろ」
「やめろおおおあああああああ!!!!」
明人は顔を覆い仰け反った。
「ほんとそれ……これが俺の一方通行だった事が……今、とてもキツい……」
仰け反ったまま呟く明人に、俺は追い打ちをかけてみる。
「今までの罰じゃね。反省すれば」
「お前なんでそんな冷たいの」
空になってしまったペットボトルをゴミ箱に捨て、俺は肩をすくめた。
「俺はいつもこんなだ」
「いや、そうだけど……ヨリ戻す方法とか一緒に考えて欲しい」
「そもそも戻すヨリが無いだろ」
「追い打ちやめろ!」
ただの嘆きから本当に泣き出しそうな顔になった明人を見て、俺はまた、ふぅー…と息を長く吐き、眉間を揉んだ。
「……じゃあまず深呼吸しろ」
「しんこきゅう」
「いいから。ほれ吸え。吐け。……はい吸ってー吐いてー」
三回ほど繰り替えさせ、明人をまっすぐに見返す。
「落ち着いたか」
「……少し」
涙が少し引っ込んだ明人は、姿勢を正して座り直した。それを見た俺は口を開く。
「今の話だと、まだ相手との縁は完全には切れてない、だろ」
「…………た、ぶん」
「お前そういう時だけ弱気だよな。ラインは未読、けどブロックされた訳じゃない」
「あ」
「『少し距離を置きたい』ともあったし、そもそも、相手は友人としてだが、付き合いはあったわけで」
明人の顔が明るくなっていく。
「そっか、そっか! そうだよな!!」
「やめろ落ち着け止まれ」
腰を浮かした友人の眼前に手を出し、俺は続ける。
「『友達』としてならまた、すぐにとはいかないだろうが関係を戻せるんじゃないか? お前の出方次第だが」
「……友達にしか、なれないのか……」
「だからなんでそこまで拘る? 今までもこんなの沢山あったろ」
「だからぁ……あいつはなんか今までと違うっていうか、すっげーガード堅かったけど、居心地が良くってさぁ……」
明人がまたうなだれ出す。
「こっち向いた時の顔がほわっとして可愛くてさ、けど結構ノリが良くてさ、笑うと柔らかい感じになってさ、怒ると裾引っ張って来たりしてさ……」
「惚気を聞く気はないんだが。てかそれで友人扱いだったという事は、他の友人にもそうしてた訳か……?」
「やめろ今刺さった。心の臓にぶっ刺さって血が吹き出しました」
また突っ伏した明人に、俺は呆れた声で言う。
「お前が傷心なのも分かるし、ヨリ……を戻したいのも分かったが。そんなの、お前に出来るのか?」
「なんだよ」
「その綾って人は『友人としてなら』複数人と関係を持つ人間とも付き合えたが、お前が目指すのは恋人関係だろ」
「……ぅえ? あ?」
「ほれ、今付き合ってる全員と解消して一人を取るか、現状維持しつつ友人として関係を築くか」
二つに一つだ。俺は言いながら、コップにある炭酸の抜けたコーラの残りに口を付ける。
「まあ、その人の倫理観を改変させて、複数の中に入れる手もあるだろうが……」
「お前、それはやばいだろ……」
「誰の話だと思ってんだ。俺だってこんなの言いたかないわ」
若干引いた明人に反論して、
「で、どうするんだ」
「うああぁぁ……」
頭を抱える明人を見ながら、なんでこんなのと友人なのだろう。そして何故真面目にこんな相談に乗っているのかと、俺は少し気が遠くなった。
「そんな、なんだ、そんな二択……地獄か……」
今はここが地獄だよ、俺は言おうとして口を開き、
軽い電子音が響いた。
「あ?」「ん?」
二人同時に確認する。
「俺じゃ「えええあああ??!」お前か」
明人は素早く指を動かす。
「はああああ!!」
目を見開いて固まった。
「……何が、来た」
俺の声に反応しない。そのまま瞬きもせず、スマホの画面に釘付けになって、およそ一分。
「──っあ! 見て! 見ろ! これ!」
思い出したように動き出した。
「……」
向けられた画面。ラインの会話、というよりコメント。
『さっきはごめん
思いっきりやっちゃったけど、顔大丈夫だった?』
気遣うようなトリのスタンプが押され。
『言い訳になっちゃうけど
驚いたっていうか、混乱してて』
『こっちもそういう意思確認しないでいたから
勘違いさせちゃった、んだよね
ひどいことして、傷付いたよね』
『あなたにも、怒る権利があると思う。でもまだ混乱が収まらなくて』
『こんな所でだけど
あんな事して、ごめんなさい』
謝る羊のスタンプで終わっていた。
「……お前さ」
「なに?!」
この、話の中心である彼女のコメントの前にある、今は既読になったものたち。
「数秒おきに色んな謝罪スタンプ送るの止めろよ。怖いわ」
怒濤の勢いで何十個も、謝ったり泣いたり振り向いたりするスタンプ達が送られていたことに、俺はまず突っ込んだ。
「いや、まあ、冷静に考えるとそうなんだけど。動転してて、文字送るのも怖くてさ」
苦い顔で明人は言い、はっとしてまた口を開く。
「で?! これ! どう思う?!」
これ、とは、今し方送られてきたものに対してだろう。
「すっげえ真面目な文だと思う」
「そうだけど! そうじゃなくて! 連絡来たって事はまだ望みはあるって事でいい?!」
「そういうのはお前のが得意だろ。どう思った」
「微妙!」
「胸を張るな」
「でも希望的観測を込めて、まだいけると思う! たい!」
「そうか。じゃ、頑張れ」
「そういう時は『オレも手を貸すぜ!』だろ!」
「なんでだよ」
「友達だろ!」
「友とは時に、相手に厳しく接するべきであり……」
「分かったごめん見捨てないで」
スマホを閉じ、明人は今度は自ら深呼吸をした。
「……ああ、少し時間を置いてから返信した方が良いんだったか」
「まあ、状況によるけど。秒で返すと大抵怖がられるからな。ていうか、今、何を返せばいいか分かんねぇ」
スマホをテーブルに置いて、明人はフローリングに横になる。
「あー……でも、ちょっと落ち着いた。お前さ、前も言ったけど、床にラグかなんか敷かねえの?」
「掃除が面倒になるだろ。それに急に寛ぐな」
「へーい」
「で、結局どうするんだ」
俺の問いに、明人はこっちを向く。
「別に俺に言わなくて良いが。お前の中で、何かしら結論は出せたのか」
明人はむくりと起き上がり、にぱっと笑顔になった。
「さっぱり!」
「殴るぞ」
「いや! いやいや! 関係は、何かしらの繋がりは持ちたいの!」
反射的に頭をガードし、明人はきっぱりと言った。
「あいつと一緒にはいたいの! でも他の子達といっぺんに別れるとか、考えた事もないし! そもそも俺に、そんな純愛が務まるとでも?!」
「思わないし、堂々と言う事でもないな」
「だから、関係、修復、しつつ……上手くいく道を模索する的な」
「ふわっふわっな考えだが大丈夫なのかそれ」
「えっ気ぃ遣ってくれんの? 優しいじゃん」
「いや? どうせならこれを気に痛い目を見ればいいかと思ってる」
「ひでえ! 負けねえ!」
「こんな所に対抗心を燃やすな」
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