ミミは生涯の番と別れられるか?

みづきかやの

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6話 女の正体

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「昔々、私たちの領主様のご先祖様がまだ王様だったころ、たくさんの妻たちに囲まれて幸せに暮らしていました。しかしある日、王様は愛らしい村娘に恋をしてしまったのです。王様がさっそく求婚すると、村娘は少しも考えることなくそれを拒絶しました」
「断られて当然よ。私も一夫多妻制度が大嫌い! 大昔の王様には認められていたのよね?」

 アーニルマ国が建国される前はそれぞれの種族に王やそれに近い支配者たちがいた。彼らは建国の際に公爵という身分に変わり、今でも各種族の領地を治めている。

「ふふふ、王様だけの特権だったわ。村娘は言ったの。私は愛し愛されたい。ただひとりに。でも王様は村娘の気持ちを無視して無理やり妻にしてしまったの」
「クソ野郎だわ!」
「ミミ、悪い顔をしているわよ……。無理やり手に入れて愛されるはずがないわよね。村娘は王様を拒絶して病気になってしまったの。王様はとても後悔したわ。少しでも彼女のためになることがしたくて、一つの決まりごとをつくったの」

 ランエルはミミの目を見つめて人差し指を一本上げた。

「我々、兎獣人族が番えるのは生涯でただ一人だけだ。他の相手は絶対に認めない、ってね。王様は村娘を看取ったあとは、他の妻たちとも別れてひとり余生を過ごしたと言われているわ。これがのちの私たちが知っている番制度の原型よ」
「……それって実話!?」
「実話だと言われているわ。司法の勉強を始めたときに、どうしてその法が出来たのか、始まりが知りたくて……許可をとって図書館にある禁書の歴史本を読み漁っているときに見つけたの」
「す、すごい」

 ミミが掃除に明け暮れているあいだに、ランエルは夢に向かって着実に進んでいた。

「私の親友は本当にすごい!」

 嬉しくなってミミはランエルに抱きついた。

「おおげさよ、ミミ!」

 ランエルは恥ずかしそうに微笑んでいる。

「じゃあ……浮気はされた方が悪いって考えも、その王様が?」
「残念だけど彼ではないわ」

 時は進んで何百年後、その時代の王様には絶世の美女と言われた妻がいた。王様は美しい妻を溺愛した。そしてなんでも言うことを聞いてしまうのだ。そんな王様の姿を見つづけていた家臣たちは、影で愚王と囁くのだった。

 ある日、その美しい妻の不貞行為が明るみになる。

 相手の男の数は複数で、悪女だ魔女だと糾弾され、窮地に追いやられそうになったのだ。家臣たちは、王様の妻の座から引きずり下ろすのは今しかないと叩きまくった。なぜなら王様の三人の息子たちは、どの子も少しも王様には似ていないのに、浮気相手にはそっくりな顔があったからだ。王家存続の危機に、家臣たちは一丸となっていた。

「そんな窮地の中で彼女は言ったの。悪いのは王様よ。あなたの愛が足りないから、わたくしは浮気してしまったの」
「ひ、ひどい……!」
「その王様は、妻を深く愛していたの。だから彼もこう言った。その通りだ! すべて私が悪いのだ! 浮気された私が悪いのだ!!」
「え? なんでよ!?」

 時はまさに、獣人族たちの勢力図が変わる時代の転換期だった。あちらこちらで戦いが起こり、火の粉は兎獣人族が住んでいた場所にも迫っていたのだ。

「その時代のご先祖様たちも戦いに巻き込まれてしまったわ。彼らは戦いに負けて住んでいた広大な草原を追い出され、この森に流れついたと言われているの」

 不運なことに、指揮をとっていたのは愚王と呼ばれたあの王様だった。時代が違えば今の結果も変わっていたかもしれない。

「兎獣人たち全員が怒っていた。何もかも手放して、何もない森に追いやられてしまったのだもの。王様はみんなから責められたわ。愚王のせいだ! 浮気をされた愚王のせいだ! お前みたいな愚か者は、浮気されて当然だ!! ってね」

のちに王様はその地位を追われ、次の王には弟がなったという。

「そんな……」

 ミミの目には涙が滲んでいた。

 重すぎる。

 これは兎獣人たちの恨みの念も含まれているのかもしれない。その時代に生まれた風潮は歴史のなかで常識へと変わっていった。長い年月の中で血と肉と思考に沁み込んだ、ご先祖様たちの呪いのようだ。

「そんなに思いつめないで、ミミ。歴史の話は、話半分で聞いたほうがいいわ。時代のはざまで改ざんされて変わってしまうこともあるし、何よりも大切なのは今よ!」
「ランエル……」
「あなたの名誉と尊厳の回復、そして笑顔を取り戻すために頑張りましょう!」

 やはりランエルはすごいと思った。ミミは目に涙をいっぱい溜めながらうなずいた。

「本題に入るわね! 早いほうがいいと思って、わかったことを知らせに来たの」

 部屋に入ったランエルは、ミミをソファに座らせ書類を見せた。母のティローゼは、ふたりにお茶をそっと出して見守っている。

「早すぎない!?」

 数枚の紙にはぎっちりと文字が書かれていて、ランエルの調査力のスピードにミミは驚いた。

「思った以上に、こっちの業界では有名な女だったよ」

 言葉の意味がわからず、ミミは書類を読み始めた。

「ロベニカ・ロードン、三十二歳……」

 ミミはロードンの名に聞き覚えがあった。

「ロードン?」
「ええ、あのロードン商会の会長夫人みたいね」

 記憶を巡っていたミミに、ランエルはすぐに答えをくれる。

「ホーデリオ・ロードンの奥さん!?」

 ミミは思わず立ちあがって叫んだ。

 ロードン商会は兎獣人族の領内では一番大きな商会で、その事業はたきにわたる。ベナスの実家、グリフォロー商会は古くからある老舗だが、ロードン商会はホーデリオ・ロードンが一代で築いた商会だ。まだ四十代後半だが、ホーデリオの功績は目覚ましく、町の急速な発展にも多くかかわっている。この地で彼の名を知らぬ者は赤子ぐらいだと言われていた。

 その妻があのロベニカである事実に、ミミはソファに倒れ込んだ。

「信じられない!!」
「ミミ」
「信じられない!!」
「ミミ、事実よ。書類を最後まで読んで」

 手にした書類を一言一句見逃さないように、ミミは慎重に読み進めた。

「すぐにロードン会長に会わなくちゃ!」

 書類を読み終え、今にも玄関を飛び出そうとしているミミに、ランエルは止めに入る。

「相手は領内一の大商会の会長様だよ。すぐには会えないよ」

 ミミの耳はたれ下がり床に身体が吸い寄せられていく。

「そうだよね。すぐになんて会えないよね」

 身体に漲っていたエネルギーがどこかに飛んで行ってしまったようだった。

「相手は私たちと同じ平民だけど、彼はを持つ者よ。要は領主様とご先祖様が同じだということ。本人も貴族たちとの交流があるし、ロべニカのやっていることに気づいているのかいないのか。慎重に動かないと危険だよ、ミミ」

 さすがランエルである。彼女はいつだっでミミを冷静にさせてくれる。

 兎獣人族の王家が公爵の地位へ変わるときに、当主とその家族以外の親族たちは平民となった。その代わりに彼らは家名を持つことを許されたのだ。ベナスもそのひとりなのだが、ミミは王族に興味がなかったので詳しくは知らない。愛し愛されればそれでよかったのだ。ミミはため息をついた。

「ベナスとホーデリオ・ロードンは遠い遠い親戚ってことだよね……」

 本人たちに面識はあるのだろうか。名前を聞いたことはなかったはずだ。ホーデリオは気づいているのだろうか。ロべニカの裏切りに。書類には彼女の男性遍歴がつづられていた。相当の数だが、あくまでもランエルが調べられた範囲の数だ。ロべニカは隠そうとしていない。堂々と関係を持った男たちの番に接触してくることもある。ミミのときのように。

 番に手を出された妻たちの何人かは、秘密裏に弁護士たちに相談するらしい。彼女たちにできることは少なく、多くが賠償金を得ることで溜飲を下げるしかなかった。腹が立つことに、ロべニカは嬉々としてお金を出し、事をおさめているようだ。

 そんな彼女が、夫に隠していられるのだろうか。

「たしかに、慎重に動かないとこっちが危険かも」

 ミミは立ち上がり、ランエルの青い知的な瞳を見つめた。

「ありがとう、ランエル。私もロードン会長を調べてみる!」


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