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8話 自宅へ
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帰りはホーデリオ自ら送ると言い張った。
ミミは断ったがさすが商人、押しが強くていつの間にかふたりで馬車に揺られていたのだ。出迎えた両親はホーデリオの登場に驚き、その後はランエルもまじえて尋問のごとくその日のことを聞き出されていた。
ミミは、彼とはそれっきりだと思っていたのだが――。
「……また来たんですか? ロードンさん」
目の前にはホーデリオがいる。今日も空は快晴で、彼は太陽の光を浴びて輝いていた。
「ホーデリオでいいと言っているだろう? 私たちは同志なんだから」
不貞された者同志ということだろうかと、ミミは複雑な心境になった。
あれから何度もホーデリオはミミを尋ねにきて、事あるごとに外へ連れ出している。三日前は魔道具のカメラを持ってきて、趣味の一つだよ、とミミと両親の写真を撮っていた。この魔道具カメラは家が一軒買えるほど高価な物で、初めて手にしたミミは震えてしまったほどだ。
「こないだ言っていただろう? 家にある荷物を取りに行きたいと」
確かにミミは会ったときにそう言っていた。ベナスと暮らしていた家に、なにもかも置いてきているのだ。何度か取りに向かったが、そのたびに家の中から人の気配がしていて、諦めて帰って来ている。
「私の使用人に見張らせていたんだけどね。今、旦那さんはいないみたいだよ?」
その言葉でミミは、急いでホーデリオの馬車に乗り込んでいた。
ミミが自宅に帰るのは久しぶりだった。
この家を出て最初のころは、ベナスはミミの実家によく訪ねてきていたのだが、両親からしばらくはそっとしておいてほしいと説得されてからは姿を見せていない。ミミが最後にベナスを見たのは、自分の部屋の窓からだった。耳はたれ、痩せた背中が肩を落として帰って行く姿を、ミミは今も忘れられずにいる。
「ただいま……」
扉の鍵を回し、ゆっくりと中へ入った。
嗅ぎなれた我が家の中は家主の不在で薄暗く、ミミは部屋の惨状に息をするのも忘れて呆然と立ち尽くした。服は地面に落ち、食べ終わった食器はテーブルの上に置かれたままだ。家を出て一月もたたずに、部屋の中は散らかり放題で埃っぽい。ミミは思わず掃除をしたくなる気持ちを抑え、急いで自分の部屋へ向かった。
預け金を記した書類、魔石の詰まった小瓶、誕生日に父親から貰った万年筆、母親から譲られた赤い宝石のペンダント、どれもミミにとって大切なものだ。ふと、棚の隅に置いてあった宝石箱が目に入った。蓋をゆっくる開けると、宝石箱の中にはベナスから贈られた琥珀色の宝石たちが詰まっている。一つひとつの輝きの中に、ふたりで過ごした温かい思い出が詰まっていた。
愛しさはまだ胸の奥にほんの少しだけ残っている。
けれどベナスを思うとき、ロベニカが一緒に姿を現すのだ。こんな状態で、許せる日が来るのだろうか。気持ちは日を追うごとに形を変えて、行ったり来たりを繰り返している。ミミはそっと宝石箱の蓋を閉じ、こみあげてくる感情を飲み込んだ。
必要な物を鞄にしまい、家を出ようと足早に別の部屋を横切ったときだった。何気なく部屋の中を見渡すと、ミミは机の上に置いてあった光物に気づいた。金色のリングだ。見覚えのある耳飾りが一つ、机の上で光っていた。
「あれが何かわかるかい?」
馬車に乗り込んだミミは、言葉少なく自分の足元を見ていた。
そんなミミに、ホーデリオが声をかけてきたのだ。そのままミミの実家に帰るのかと思っていたのだが、どうやら馬車は町の方へ走っていたらしい。町の中心地にある小さな建物を、馬車の向かいに座るホーデリオは指さしていた。
「お店……じゃないわね。何かの……ギルド?」
「そうだよ。でも、ただのギルドじゃない。竜人族が運営している金融ギルドなんだ」
「えっ! 竜人族の!?」
竜人族は全生物の頂点に立つ世界最強の種族だ。身体も大きく、力も魔力も強い。彼らはアーニルマ国に属さず、自分たちの国を持っている。巨大な魔鉱石でできた、空に浮かぶ大きな島に住んでいるのだ。ミミは竜人族を見たことはなかったが、兎獣人族の領地よりもはるかに発展していると聞いていた。
「竜人族の金融ギルドは、世界中に支店があるんだ。どうしても必要でね、私が誘致したんだよ」
何気なく言っているが、大変なことではないだろうか。ミミたちの領地はまだまだ発展途中の地だ。森を挟んだ隣の鼠獣人族の領地に比べれば少しはましになってきているのだが――。それもホーデリオが私財をつぎ込み、領地の発展に貢献しているからだとミミも知っている。他の種族の金融ギルドなど、多種多様な種族が暮らしているといわれている国都にしか集まらない。
「あそこは手数料が高いが、機密保持が堅くてね。多くの商人がお世話になっているんだよ」
驚いているミミに、今日もホーデリオは色々な話をしてくれる。ミミの訪れたことのない店を見つければ、馬車から降りて案内もしてくれるのだ。ホーデリオに知らない場所は無いのだろうか。町全体、隅々まで知っている。各種族が作った魔道具を集めたお店や、変わった雑貨のお店にも立ち寄ってミミの気晴らしに付き合ってくれた。
「お腹がすいたね。できたばかりのカフェがあるんだよ」
「カフェ……」
ベナスの不貞を知ってから、ミミは食欲を無くしている。外に出るたびにホーデリオは食事に誘ってくれるのだが、あまり食べられなかった。
「少しでも食べたほうがいい。きみは会うたびに痩せていく」
心配なんだ、そう言ってホーデリオは馬車から降り、人目も気にせずにミミに大きな手を差し出した。
ミミは一瞬、その手を取ることをためらった。脳裏にベナスの背中が見えたからだ。残像を振り払い、ミミはホーデリオの手に自分の手を重ねた。
ミミは断ったがさすが商人、押しが強くていつの間にかふたりで馬車に揺られていたのだ。出迎えた両親はホーデリオの登場に驚き、その後はランエルもまじえて尋問のごとくその日のことを聞き出されていた。
ミミは、彼とはそれっきりだと思っていたのだが――。
「……また来たんですか? ロードンさん」
目の前にはホーデリオがいる。今日も空は快晴で、彼は太陽の光を浴びて輝いていた。
「ホーデリオでいいと言っているだろう? 私たちは同志なんだから」
不貞された者同志ということだろうかと、ミミは複雑な心境になった。
あれから何度もホーデリオはミミを尋ねにきて、事あるごとに外へ連れ出している。三日前は魔道具のカメラを持ってきて、趣味の一つだよ、とミミと両親の写真を撮っていた。この魔道具カメラは家が一軒買えるほど高価な物で、初めて手にしたミミは震えてしまったほどだ。
「こないだ言っていただろう? 家にある荷物を取りに行きたいと」
確かにミミは会ったときにそう言っていた。ベナスと暮らしていた家に、なにもかも置いてきているのだ。何度か取りに向かったが、そのたびに家の中から人の気配がしていて、諦めて帰って来ている。
「私の使用人に見張らせていたんだけどね。今、旦那さんはいないみたいだよ?」
その言葉でミミは、急いでホーデリオの馬車に乗り込んでいた。
ミミが自宅に帰るのは久しぶりだった。
この家を出て最初のころは、ベナスはミミの実家によく訪ねてきていたのだが、両親からしばらくはそっとしておいてほしいと説得されてからは姿を見せていない。ミミが最後にベナスを見たのは、自分の部屋の窓からだった。耳はたれ、痩せた背中が肩を落として帰って行く姿を、ミミは今も忘れられずにいる。
「ただいま……」
扉の鍵を回し、ゆっくりと中へ入った。
嗅ぎなれた我が家の中は家主の不在で薄暗く、ミミは部屋の惨状に息をするのも忘れて呆然と立ち尽くした。服は地面に落ち、食べ終わった食器はテーブルの上に置かれたままだ。家を出て一月もたたずに、部屋の中は散らかり放題で埃っぽい。ミミは思わず掃除をしたくなる気持ちを抑え、急いで自分の部屋へ向かった。
預け金を記した書類、魔石の詰まった小瓶、誕生日に父親から貰った万年筆、母親から譲られた赤い宝石のペンダント、どれもミミにとって大切なものだ。ふと、棚の隅に置いてあった宝石箱が目に入った。蓋をゆっくる開けると、宝石箱の中にはベナスから贈られた琥珀色の宝石たちが詰まっている。一つひとつの輝きの中に、ふたりで過ごした温かい思い出が詰まっていた。
愛しさはまだ胸の奥にほんの少しだけ残っている。
けれどベナスを思うとき、ロベニカが一緒に姿を現すのだ。こんな状態で、許せる日が来るのだろうか。気持ちは日を追うごとに形を変えて、行ったり来たりを繰り返している。ミミはそっと宝石箱の蓋を閉じ、こみあげてくる感情を飲み込んだ。
必要な物を鞄にしまい、家を出ようと足早に別の部屋を横切ったときだった。何気なく部屋の中を見渡すと、ミミは机の上に置いてあった光物に気づいた。金色のリングだ。見覚えのある耳飾りが一つ、机の上で光っていた。
「あれが何かわかるかい?」
馬車に乗り込んだミミは、言葉少なく自分の足元を見ていた。
そんなミミに、ホーデリオが声をかけてきたのだ。そのままミミの実家に帰るのかと思っていたのだが、どうやら馬車は町の方へ走っていたらしい。町の中心地にある小さな建物を、馬車の向かいに座るホーデリオは指さしていた。
「お店……じゃないわね。何かの……ギルド?」
「そうだよ。でも、ただのギルドじゃない。竜人族が運営している金融ギルドなんだ」
「えっ! 竜人族の!?」
竜人族は全生物の頂点に立つ世界最強の種族だ。身体も大きく、力も魔力も強い。彼らはアーニルマ国に属さず、自分たちの国を持っている。巨大な魔鉱石でできた、空に浮かぶ大きな島に住んでいるのだ。ミミは竜人族を見たことはなかったが、兎獣人族の領地よりもはるかに発展していると聞いていた。
「竜人族の金融ギルドは、世界中に支店があるんだ。どうしても必要でね、私が誘致したんだよ」
何気なく言っているが、大変なことではないだろうか。ミミたちの領地はまだまだ発展途中の地だ。森を挟んだ隣の鼠獣人族の領地に比べれば少しはましになってきているのだが――。それもホーデリオが私財をつぎ込み、領地の発展に貢献しているからだとミミも知っている。他の種族の金融ギルドなど、多種多様な種族が暮らしているといわれている国都にしか集まらない。
「あそこは手数料が高いが、機密保持が堅くてね。多くの商人がお世話になっているんだよ」
驚いているミミに、今日もホーデリオは色々な話をしてくれる。ミミの訪れたことのない店を見つければ、馬車から降りて案内もしてくれるのだ。ホーデリオに知らない場所は無いのだろうか。町全体、隅々まで知っている。各種族が作った魔道具を集めたお店や、変わった雑貨のお店にも立ち寄ってミミの気晴らしに付き合ってくれた。
「お腹がすいたね。できたばかりのカフェがあるんだよ」
「カフェ……」
ベナスの不貞を知ってから、ミミは食欲を無くしている。外に出るたびにホーデリオは食事に誘ってくれるのだが、あまり食べられなかった。
「少しでも食べたほうがいい。きみは会うたびに痩せていく」
心配なんだ、そう言ってホーデリオは馬車から降り、人目も気にせずにミミに大きな手を差し出した。
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