11 / 12
11話 覚悟
しおりを挟む
「ロベニカ、用紙を渡して」
ミミの冷たい声に、ベナスもロベニカも固まっていた。誰も声を出さず、聞こえてくるのは雨音だけだった。
「ミミ、用紙って……」
沈黙を破ったのはミミの膝に縋り付いていたベナスだった。不安と困惑の涙目でミミを見上げている。
「サインするの!?」
言われた言葉を理解したロベニカの顔には歓喜の色が浮かんでいた。嬉々として落ちていた用紙を拾い上げ、ミミの前に差し出してきたのだ。
ミミは渡された用紙の文字を蝋燭の灯りを頼りに目で追ってから、ペンを走らせた。
後戻りはできない。そう思った。
「それはなんの用紙なんだ!?」
ベナスの叫びに、ミミは答えなかった。
ミミの心は凍りつき、なにかが麻痺しているようだ。叩かれた両頬は熱を帯びているのに、痛みがずいぶんと遠い。
「ミミ! 無事か!?」
開け放たれた扉には、ホーデリオが護衛たちを引き連れて立っていた。手には魔道具のランタンが灯っていて、辺りは一気に明るくなる。
「あなたっ!」
「おまえは!!」
ベナスもホーデリオを知っているのだろうか、涙目から怒りの形相に変わっていた。
「ミミ、その顔は……」
ふたりを無視して、ホーデリオは一目散にミミのもとへやってきた。赤く腫れ上がったミミの頬に気づいたホーデリオは、護衛に治癒師を呼ぶように伝えている。
「お前の番がミミを叩きまくっていたんだぞ!」
ベナスはホーデリオの胸倉を掴もうと飛び掛かったのだが、ホーデリオに軽くかわされて、そばにいた彼の護衛によって床に押さえつけられてしまっていた。
「ちょっと叩いただけよ! あなたがこんな女と浮気なんてするから!!」
ロベニカの剣幕にも、ホーデリオは顔色を変えなかった。むしろ、軽蔑の目をロベニカに向けている。
「きみたちと一緒にしないでくれるかな。私たちはいたって健全な仲だよ」
きみの両親が心配しているよ、とホーデリオがそう言ってミミを馬車まで導こうとした。
「待て! ロベニカの持ってる用紙が何か確認しろ! ミミがサインしてるんだ!!」
床に拘束されながらも、ベナスは必死に叫んだ。
「これはミミさんの番解消請求書。渡さないわよ! 私が提出してあげるの!!」
ロベニカは持っていた用紙を大事そうに腕の中に隠した。その言葉にベナスの顔色が青くなる。
「そ、そんな……」
打ちのめされながらも必死に用紙を取ろうと手を伸ばすベナスをよそに、ロベニカは勝ち誇ったように用紙をなびかせてみせた。今にも踊り出しそうだ。
「大事な書類だ。もっと丁寧に扱いなよ」
ホーデリオの冷たい声に、ミミもロベニカも固まった。ミミが視線を向ければ氷のように冷たい目がロベニカを見据えている。
「ホーデリオ……?」
何を言っているのだろうか? ミミはホーデリオを凝視した。彼の目は鋭く暗く、底が見えない。ミミは、はじめてホーデリオを怖いと思った。
「審議会のときは、きみもちゃんと出席するんだよ。ロベニカ」
自分の番にそれだけ言うと、ホーデリオはミミだけを連れてその場を離れていく。
夜の雨はいつの間にか小降りになっていた。
「ミミ! 無事でよかった……」
「心配したのよ……!!」
帰宅したミミを、両親は泣きながら抱きしめた。ふたりに届いた手紙は、偽装されたもので、集会などはじめからなかったのだ。そばには両親の知らせで駆けつけてきたランエルもいて、ミミの無事に安堵の涙を流していた。
「本当にいいの、ミミ? 今なら取り消し請求ができるんだよ?」
今まであったことを聞いたランエルは、ミミにそう言った。
温かなお茶を飲み、ミミの両手にも心にも熱が戻ってきている。
「うん。ベナスとお別れしたいの。それに……ここにいるのが辛いんだ」
ミミの消え入りそうな声に、そばに座って話を聞いていた両親がまた抱きしめてきた。
「もう少し、一緒に居られると思っていたのだけどね」
父のジルドは優しくミミの背を撫でた。
「ごめんなさい」
「謝らなくていい。仕方のないことなんだ」
「あなたが笑顔でいてくれるのなら、どんな遠くにいても私たちは我慢できるわ」
両親の言葉に、ミミの目頭がまた熱を帯びる。
ふたりの温もりを忘れたくなくて、ミミは時間が許す限り両親を抱きしめていた。
ミミの冷たい声に、ベナスもロベニカも固まっていた。誰も声を出さず、聞こえてくるのは雨音だけだった。
「ミミ、用紙って……」
沈黙を破ったのはミミの膝に縋り付いていたベナスだった。不安と困惑の涙目でミミを見上げている。
「サインするの!?」
言われた言葉を理解したロベニカの顔には歓喜の色が浮かんでいた。嬉々として落ちていた用紙を拾い上げ、ミミの前に差し出してきたのだ。
ミミは渡された用紙の文字を蝋燭の灯りを頼りに目で追ってから、ペンを走らせた。
後戻りはできない。そう思った。
「それはなんの用紙なんだ!?」
ベナスの叫びに、ミミは答えなかった。
ミミの心は凍りつき、なにかが麻痺しているようだ。叩かれた両頬は熱を帯びているのに、痛みがずいぶんと遠い。
「ミミ! 無事か!?」
開け放たれた扉には、ホーデリオが護衛たちを引き連れて立っていた。手には魔道具のランタンが灯っていて、辺りは一気に明るくなる。
「あなたっ!」
「おまえは!!」
ベナスもホーデリオを知っているのだろうか、涙目から怒りの形相に変わっていた。
「ミミ、その顔は……」
ふたりを無視して、ホーデリオは一目散にミミのもとへやってきた。赤く腫れ上がったミミの頬に気づいたホーデリオは、護衛に治癒師を呼ぶように伝えている。
「お前の番がミミを叩きまくっていたんだぞ!」
ベナスはホーデリオの胸倉を掴もうと飛び掛かったのだが、ホーデリオに軽くかわされて、そばにいた彼の護衛によって床に押さえつけられてしまっていた。
「ちょっと叩いただけよ! あなたがこんな女と浮気なんてするから!!」
ロベニカの剣幕にも、ホーデリオは顔色を変えなかった。むしろ、軽蔑の目をロベニカに向けている。
「きみたちと一緒にしないでくれるかな。私たちはいたって健全な仲だよ」
きみの両親が心配しているよ、とホーデリオがそう言ってミミを馬車まで導こうとした。
「待て! ロベニカの持ってる用紙が何か確認しろ! ミミがサインしてるんだ!!」
床に拘束されながらも、ベナスは必死に叫んだ。
「これはミミさんの番解消請求書。渡さないわよ! 私が提出してあげるの!!」
ロベニカは持っていた用紙を大事そうに腕の中に隠した。その言葉にベナスの顔色が青くなる。
「そ、そんな……」
打ちのめされながらも必死に用紙を取ろうと手を伸ばすベナスをよそに、ロベニカは勝ち誇ったように用紙をなびかせてみせた。今にも踊り出しそうだ。
「大事な書類だ。もっと丁寧に扱いなよ」
ホーデリオの冷たい声に、ミミもロベニカも固まった。ミミが視線を向ければ氷のように冷たい目がロベニカを見据えている。
「ホーデリオ……?」
何を言っているのだろうか? ミミはホーデリオを凝視した。彼の目は鋭く暗く、底が見えない。ミミは、はじめてホーデリオを怖いと思った。
「審議会のときは、きみもちゃんと出席するんだよ。ロベニカ」
自分の番にそれだけ言うと、ホーデリオはミミだけを連れてその場を離れていく。
夜の雨はいつの間にか小降りになっていた。
「ミミ! 無事でよかった……」
「心配したのよ……!!」
帰宅したミミを、両親は泣きながら抱きしめた。ふたりに届いた手紙は、偽装されたもので、集会などはじめからなかったのだ。そばには両親の知らせで駆けつけてきたランエルもいて、ミミの無事に安堵の涙を流していた。
「本当にいいの、ミミ? 今なら取り消し請求ができるんだよ?」
今まであったことを聞いたランエルは、ミミにそう言った。
温かなお茶を飲み、ミミの両手にも心にも熱が戻ってきている。
「うん。ベナスとお別れしたいの。それに……ここにいるのが辛いんだ」
ミミの消え入りそうな声に、そばに座って話を聞いていた両親がまた抱きしめてきた。
「もう少し、一緒に居られると思っていたのだけどね」
父のジルドは優しくミミの背を撫でた。
「ごめんなさい」
「謝らなくていい。仕方のないことなんだ」
「あなたが笑顔でいてくれるのなら、どんな遠くにいても私たちは我慢できるわ」
両親の言葉に、ミミの目頭がまた熱を帯びる。
ふたりの温もりを忘れたくなくて、ミミは時間が許す限り両親を抱きしめていた。
31
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
番ではなくなった私たち
拝詩ルルー
恋愛
アンは薬屋の一人娘だ。ハスキー犬の獣人のラルフとは幼馴染で、彼がアンのことを番だと言って猛烈なアプローチをした結果、二人は晴れて恋人同士になった。
ラルフは恵まれた体躯と素晴らしい剣の腕前から、勇者パーティーにスカウトされ、魔王討伐の旅について行くことに。
──それから二年後。魔王は倒されたが、番の絆を失ってしまったラルフが街に戻って来た。
アンとラルフの恋の行方は……?
※全5話の短編です。
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた
玉菜きゃべつ
恋愛
確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。
なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話
私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。
いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。
「僕には想い合う相手いる!」
初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。
小説家になろうさまにも登録しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる