通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第5話 そうだ、嫌われよう

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 ドローイングルームで父とロナルド、そしてアルが実に楽しそうに会話をしている。アルは人の懐に入るのが上手だ。私は本を読むふりをして、三人の様子を伺っていた。思い出すのは、昨夜のロナルドとの会話だ。

「ロナルド、貴方のことだけは信じてるわ」
 
「エヴェリーナ様、ロナルド・エバンズは代々エイヴェリー家に忠誠を捧げた家門でございます。フレデリック様はああ仰っておりますが、大変恐縮ながらやはり私は精霊の国エルダールにエヴェリーナ様を嫁がせるのは反対でございます」
 
「そうよね、貴方ならそう言ってくれると思ってたの!」

 ようやく味方を見つけたと思った私は、感動してロナルドの手を握った。

「ご安心ください、エヴェリーナ様。ロナルドの目の黒いうちは、決して怪しげな男に嫁がせたりいたしません。一年間、逃げ切りましょう」

 我が家を取り仕切る執事のロナルドは、とても頼りになる使用人だ。口には出せないが、お父様よりも経営の手腕はある。現実的で地に足がついた、我が家の頭脳。

 拝啓、天国のお母様。なぜその執事が父とアルと楽しそうに会話をしているのでしょうか?私、ロナルドのあんな良い笑顔、見たことありません。

 
 ♢♢♢

 ロナルドが部屋を出た後、私は慌てて彼の後を追いかけた。小声で話しかけた私は、さぞかし恨みがましい眼差しをしていただろう。

「……ロナルド」
 
「はっ、エヴェリーナ様!……何かご用でしょうか?」
 
「とっっても楽しそうに話していたけど……まさか貴方、もうあの男に懐柔されたの?」

 ロナルドはメガネを押し上げ、咳払いを一つした。
 
「いや、そんなことはございませんぞ。私はただ我が国の経済界の動向や他国の情勢をお話していただけでして、決して心を許したわけでは」
 
「……なら、いいのよ」

 そう言い残すと、私は部屋に戻り服を着替えた。丸襟がついたシャツに、ミモレ丈のモスグリーンのスカート。生成りのエプロンをつけ、スカーフを頭に巻く。いつもの畑仕事スタイルの完成だ。

「ひどい裏切りだわ、みんなころっと騙されちゃって、信じられない!」

 声のボリュームを押さえつつ、私は小さな鍬で冬の間に蓄えた雑草を根こそぎ掘り起こす。

「なによ、この家に私の味方はいないの!?私がエルフの国に行っちゃってもいいというのね!?」

 小鍬で浅く耕して土に空気を入れる。ぷりぷり怒りながら畑作業をしていると、少し気分が落ち着いた。春野菜に水を撒き、小さなため息をつく。

「……はあ、みんなに怒ったって仕方がないわね」

 アルサリオンはどこからどう見ても完璧な結婚相手だ。傾いた家を立て直し、自分だけを愛してくれる、まさに理想の結婚相手。容姿も性格も申し分ない――エルフ由来の常識の無さを除けば。

「でも私、まだエイヴェリーで暮らしたい。これって我儘なのかしら」
 
「我儘、ではないでしょう」

 顔を上げると、ヒューゴが帽子を脱ぎ、私に挨拶をした。

「おはようございます、お嬢様」
 
「おはよう、ヒューゴ。……聞いていた?」
 
「私のことは土の妖精、とでもお思いください。少々図体がデカいですがね」

 確かに大きな土の妖精だわ、と思わず吹き出す。ヒューゴは我が家の庭師兼御者だ。我が家の使用人は彼とメアリー、そしてロナルドの三人だけ。

 昔はたくさんいたのだけれど、困窮と共に人数を減らし、残ってくれたのが彼等なのだ。

「土の妖精さん、一体どうしたら私は結婚せずに済むのかしら」
 
「はあ、そうですねえ。私としてはお嬢様に幸せになってもらいたいですが、どうしてもお嫌なら、相手からお断りされるよう振る舞うのがよいのでは」

 相手からお断りされる……どうして今の今まで思いつかなかったのかしら?ヒューゴの意見は天啓に思えた。

「そうよ、それだわ!嫌われてしまえばいいのよ!」

 私は早速手を土の中に突っ込んだ。爪の間に土が入り込む。見るからに汚い、真っ黒な手の出来上がり。

「お、お嬢様!?」

 ヒューゴは驚いて目を見開いた。私が笑いながら土に手を埋めたものだから、結婚が嫌すぎて気が触れたと思ったのかもしれない。

 屋敷に目を向けると、窓の前に佇むアルの姿が見えた。笑顔でアルに手を大きく振ると、彼は窓を開けてくれる。風で彼の部屋のレースカーテンが、ふわりと舞った。

「アル、ちょっと降りてきて下さらない?お見せしたいものがあるの!」
 
「貴女のお誘いなら、喜んで」

 見てなさい、貴方がエルフの国に飛んで帰りたいと思うような、最悪の女性を演じてあげるわ。

 アルが畑にやってくると、私は走って彼の元へ駆け寄った。土まみれで汚れた手に抱えているのは、今収穫したばかりの春キャベツ。

「見てくださる?私が育てたキャベツですの!」
 
「……」

 アルは私の姿を見て驚いているようだ。汚いでしょう、見窄らしいでしょう。もし私のガヴァネスだったミセス・ローレンスがこの光景を見たら、きっと今頃卒倒していただろう。

 だが、キャベツを受け取った彼は私の顔についた泥を拭い、目を細めてこう言った。

「とても立派なキャベツですね。貴女が育てたキャベツで私の血肉が作られるだなんて、光栄です」

 ……なんでそんないい笑顔なのかしら?
 
「あ、あの、ほら見て、私の手。泥だらけで、こんなの貴族令嬢として恥ずかしいわよね?」
 
「とんでもない。働き者の、綺麗な手ですよ。エルフは自然を愛する種族。土いじりがお好きな貴女は、エルフの妻に向いているかと」

 ……思っていたのと違う。愛想笑いを浮かべた私は、アルにキャベツを渡してその場から逃げ出した。メアリーからは「客人にキャベツをお渡しするだなんて!」と怒られた。

 それならお次は喧しくて無作法な女性よ。お淑やかで慎ましやかな淑女像とは正反対。「君は小鳥のように喧しいな。おまけに品性のかけらもない」と言われるくらいの無作法をお見舞いしましょう!

 中庭にある鋳鉄製の古びたガゼポは、モッコウバラに飲み込まれそうになりながらもひっそりと佇んでいる。足元には桃色のワイルドローズが揺れていた。

 私はメアリーにお願いして、お茶の準備をしてもらった。
 白いテーブルクロスの上に、茶器やスコーンが並べられていく。彼との距離は、1メートル。

「ティータイムのお誘いありがとうございます」
 
「私たちってお互いのこと何も知らないでしょう?是非ともお話しして仲を深めたいと思っておりますの」

 おほほと笑ってティーポット から勢いよく紅茶を注ぐ。ソーサーには紅茶が飛び跳ね、水たまりを作っていた。

「ありがとうございます。貴女がいれた紅茶を飲めるだなんて、嬉しいな」

 ……動じない。彼が持ち上げたティーカップからはポタポタ、と紅茶の雨が降っている。私はわざとらしくカチャカチャと音を立て、ティースプーンで紅茶をかき混ぜた。彼の長い耳がピクリと動く。

「ごめんなさい、私って本当に無作法でお恥ずかしいですわ」
 
「ふふ、私には水辺で無邪気に振る舞う小鳥のように、愛らしく見えますよ」

 ……誰が小鳥ですって?
 
 カシャーン。ティースプーンが指から滑り落ちた。遠くで見守るヒューゴが一瞬眉をしかめたような気がしたが、これは作戦。作戦なのよ。

「そういえばアルは何歳なの?」
 
「四月で成人を迎えました。エルフの国の成人は二十歳ですから、イングランドではまだ未成年ですね」
 
「お仕事は何をしていらっしゃるのかしら」
 
「そうですね、家の資産や土地の管理を少々」

 そこで私は肩肘をつき、足を組んで斜め下から彼を見上げた。

「まあ、資産はいくらくらいお持ちなのかしら?1万ポンドをあっさり支払えるくらいですし、さぞかしお金持ちなんでしょう?」

 嫌われるためとはいえ、我ながら最高に失礼な言葉選びと所作をしたと思う。アルは急に真剣な顔つきになり、ティーカップをかちゃりと置いた。

「……エヴェリーナ」

 ……ようやく嫌気がさしたのね?さあ、いつでも婚約無効を宣誓してちょうだい。
 ところが彼は頬を赤く染め、感嘆のため息を溢した。なんで?

「そんなに私のことを知りたがってくれるだなんて、とても嬉しい……私に興味をお持ちいただいたんですね」
 
「どうしてそうなるの!?」

 思わず立ち上がり、心の声を叫んでしまう。

「おや、違うんですか?」
 
「わ、私とてもマナー違反だったでしょう!?」
  
「エルフですから、人間のマナーのことは分かりません。貴女が私のことを知りたがってくれた、それだけで充分ですよ」

 それからいろんなことを質問攻めにしたが、暖簾に腕押し、糠に釘。Beating one’s head against a brick wall.彼が顔を顰めることは一切なく、ただただ私の喉が枯れただけのティータイムになった。

 ♢♢♢

 その日の夕食後の談話室。お父様とアルは果実酒を嗜み、私はカモミールティーを飲んでいた。

「ああ、忘れないうちに、エイヴェリー男爵にお渡しするものが」

 彼が取り出したのは、五センチ四方の白い小箱。

「こちらは……?」
 
「どうぞご覧ください」

 お父様が箱を開くと、中に入っていたのは――ちょうどスコーンくらいの、ブルーダイヤモンドの原石だった。

 我が家の時の流れが停止する。お父様なんか、箱を持ち上げたままの格好で微動だにしない。

「換金して現金化するつもりでしたが、ロンドンの宝石商では断られてしまって。こちらで1万ポンドのご返済は可能でしょうか?」

 可能も可能、むしろお釣りがくるレベルの大きさだ。ロナルドがお父様に横から耳打ちすると、我に返ったお父様は馬鹿正直に「これでは多すぎます」と首を横に振った。

「一年間滞在させていただきますので、余った分は滞在費とでもお思いください。我が国ではごくありふれた鉱石ですので、必要とあらばまたお申し出を」

 拝啓、天国のお母様。エヴェリーナは見てしまいました。ロナルドの背後に、猛烈な勢いで割り出される我が家の財政状況と、収支簿計算。そしてキャッシャーのチーンという音。結局世の中お金ですか?私は断じて認めません!

「エヴェリーナ、これであの質問の答えになりましたか?」

 そう言って微笑んだ彼の口元は、ほんの少しだけ意地悪そうに歪んでいた。
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