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第14話 カップの底に沈む未来
しおりを挟む二人の仲直りに一役を買った俺たちは、湖から少し離れた芝生に座っていた。赤いロリポップを頬張りながら、エアリエルに話しかける。
「エルフって面倒くさいんだな」
「私には人間の方が面妖で理解に苦しみますがね」
今の彼は手のひらに乗るサイズではない。人間の執事のような恰好をしていた。はたから見れば、俺たちは貴族令息とその家の執事に見えるだろう。
「エルフの国にも貴族っているの?」
「そうですね、エルフの社会も人間と同じように階級社会です」
「じゃあアルサリオンも貴族なの?」
「……それは私の口からは、なんとも」
妖精やエルフは秘密が多いな。本当にエヴェリーナを任せて大丈夫だろうか。
エアリエルを横目でちらりと見る。アルサリオンも美形だが、彼も引けを取らないほど美しい顔立ちをしていた。エルフや妖精ってみんなこうなのか?
すると、エヴェリーナとアルサリオンのボートが岸辺に戻ってきた。アルサリオンがボートから上がり、エヴェリーナに手を差し伸べる――するとエヴェリーナの足元が大きく揺れ、体勢を崩す。それを彼が抱き留めた。
……いや、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してるな?エヴェリーナも顔が赤いし、花飛んでるし、この短時間でどうしてそんな空気になったんだ!?
「アルサリオン様はご機嫌が一番です!本当に!いやあよかった、これで私の命は繋がりました!ありがとうございますお坊ちゃま!」
エアリエルは歓喜で立ち上がり、拍手をしていた。一方俺は、口の中のざらりとした甘さで初めての胸やけを覚えた。
「……はあ、まあ、妖精を呼んで仲直りできたなら、めでたしめでたし、だね」
♢♢♢
ボートから降りると、スチュアートとエアリエルがこちらに向かって近づいてくるのが見えた。
「お姉さま、ボート楽しかったですか?」
無邪気なスチュアートの顔を直視できない。私は少し上擦った声で「楽しかったわ」と答える。スチュアートはアルを見ると、にっこり笑ってこう言った。
「やっとお互いにむっつりしなくなったんだね!妖精を呼ばなきゃ直らないかと思ったよ!」
「ありがとうスチュアート、君のおかげでお姉さまともっと仲良くなれたみたいだ」
二人は随分仲良くなったみたい。エアリエルも機嫌が良さそうだけど、何かいいことでもあったのかしら?
「……へえ、よかったね。まあ僕のほうがお姉さまのことよく知ってると思うけど?」
「それについては同意しかねるね。私は婚約者だからお姉さまの一番の仲良しさんなんだよ?」
……仲いい、のよね?
笑顔なのに、火花が散って見えるのは気のせいよね?
「ねえお姉さま、僕お腹が空いちゃった」
スチュアートが私の手をきゅっと握ってきた。まあ、甘えん坊さんだこと。八歳といってもまだまだ子どもね。
「それではティールームにでも行きましょうか。一件おすすめな場所がありますので、お連れしますね」
私と繋いでいたスチュアートの手はアルに奪われてしまった。
やっぱり、仲良しね。
たどり着いたのは、シェパードマーケット。石畳の細い路地を通り抜けると、花屋があった。アルは店の中に入っていく。
「アル、ティールームに行くんじゃなかったの?」
「ここですよ」
アルに続いて店の奥に入る。花のアーチをくぐり抜けると、そこには小さなティールームがあった。
天井からはドライフラワーが吊るされ、照明にはアイビーが垂れ下がっている。生花の甘い香りとアールグレイの匂いが混ざり合って、紅茶の香水のように華やかな空気だ。
壁は淡いミントグリーンで、様々な種類の茶器が飾られている。看板も出ていないので、花屋の奥にティールームがあるだなんて誰も知らないだろう。
「素敵な場所ね……どうしてこんな場所を知っているの?」
「この店は私たちに近しい人間が営んでいる店なんです」
すると、奥から店員の女性が出てきた。黒い巻毛で、花柄のブラウスを着た彼女は華やかな顔立ちをしている。
「いらっしゃいませ……あらまあ、珍しいお客様だこと。四名様?」
「お願いします」
テーブルに着くと、メニューが広げられる。彼女は花屋とティールームを一人で切り盛りしているようだった。
「今日のおすすめはヴィクトリアサンドウィッチケーキです」
「じゃあ僕はそれにしようかな、後ミルクティー」
「私はアールグレイと、レモンドリズルにするわ。スチュアート、紅茶が飲めるようになったのね」
そう言うと、スチュアートは少し顔を赤らめて「もう僕も八歳ですからね」と言った。
注文を終えてしばらくすると、紅茶とお菓子が出てきた。茶器が一人一人違うようだ。
「この店はその人に合った茶器を出してくれるんですよ」
スチュアートに出されたのは、ウェッジウッドのワイルドストロベリー。確かにスチュアートの上品で可愛らしい雰囲気にぴったりだわ。
私に出されたのは、ロイヤル・ウースターのバタフライハンドル。持ち手が蝶になっていて、白地に色とりどりの花柄が咲いている、とても素敵な茶器だった。
エアリエルにはミントンのカップ。エメラルドグリーンの色が彼の瞳によく合った。
そしてアルのカップは……闇のように漆黒で、縁に銀色の装飾がされている茶器。これどこの茶器かしら?
「黒」
「真っ黒ね」
「は、腹黒いってことですかね……っくくっ」
エアリエルはこらえ切れないと言わんばかりに肩を揺らしていた。
「……スチュアート、蝶の標本一つ、欲しくない?」
「アルサリオン様は世界で一番心が清廉なお方です」
きりっと真面目な顔をして答えるエアリエルに、私とスチュアートは思わず噴き出した。アルはなんだか決まりの悪そうな顔をしていたけど、それがまた可笑しくて。昨日まではずっと歯にキャラメルが挟まっていたような気分だったのに、なんだか変な感じだわ。
紅茶もお菓子も美味しくてとても幸せなひとときを過ごすことができた。
「お嬢様、ティーリーフ占いをご存じですか?」
「ティーリーフ占い、ですか?」
紅茶を飲み終えた頃、女主人が声を掛けてきた。
「はい、私妖精の血が少しだけ混じってまして。簡単な占いならできますの。もしご興味があれば……」
「へえ、面白そう!お姉さまやってみてよ!」
「え、ええ、それじゃあお願いしようかしら……」
すると、女性は私のカップを裏返し、ソーサーに軽く置いた。そしてソーサーの上に散らばった茶葉をよく観察する。
「これは……蝶になる直前の蛹、ですわね。間もなく大きな変化がございます。もちろんいいことですわ。最上の幸福の訪れがあるでしょう」
最上の幸福……ただの占いだと分かっていても、胸がドキドキしてしまう。私を見て微笑む彼女の瞳が、一瞬だけ黄金色に光って見えた。
帰り際に、シェパードマーケットにある雑貨店によって、ロナルド達への土産を購入した。
その中で無意識に手に取った、青い小鳥が描かれた栞。私はそれも一緒に購入した。
いつも色々としてくれているのだから、これはただのお礼よ。断じて、特別な意味は無いんだから。
そう自分を納得させて、私は包み紙をバッグに仕舞い込んだ。
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