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第34話 誓いは呪い
しおりを挟む森でハーブを摘みながら、私は細くため息をついた。ハサミでぱちん、と音を立てて、ローズヒップの実を切り落とす。籠の中にはエルダーフラワーの花やミント、タイムといったハーブが並んでいる。
数日前から胸のモヤモヤが治らない。アルとブライアが並ぶ姿は、美男美女でお似合いだった。同じ世界で生きるエルフと妖精なら、きっと長い時を一緒に過ごせるのだろう。
人間の私には決してできないことね――。
茜色のローズヒップは、彼女の瞳を思わせる。ブライアはアルサリオンのことが好きなのだろう。素直に気持ちを伝えられる彼女のことが、少しだけ羨ましかった。
「ねえ、あんた」
後ろから凛とした声が聞こえる。振り返ると、ブライアが腕組みをして立っていた。
「警告したのに、まだアルサリオンにつきまとっているようね」
警告?なんの話?そう思って彼女の顔をじっと見つめると、ふと記憶が蘇る。
「貴女、夏至祭の前夜に夢で出てきた……!」
ブライアは鼻をふんっと鳴らし、長い髪の毛を後ろに払って私を睨みつける。
というか、聞き捨てならない。どちらかと言えば付き纏われているのは私なんだけど!?
かちんときた私は、彼女に向かって冷たく言った。
「それは私たち二人の問題であって、貴女には関係ないことだわ」
すると彼女はきっと鋭い目つきを向けて、吐き捨てるように叫んだ。
「なによ……人間のくせに偉そうに!人間なんか魔法も使えないし、すぐに死んじゃうじゃない!エルフの誓いの重さも知らないくせに……!」
ブライアの言葉が心にぐさりと刺さる。しかし、それよりも気になることがあった。
「エルフの誓いの重さって、なんのこと?」
「エルフは婚姻の誓いを立てたら必ず守らないといけないのよ。誓いがある限り、別の相手を愛することは許されない。誓いを破ったエルフは死よりも辛い目に遭うんだから」
心臓が嫌な音を立てて私の心を追い立てる。私はスカートの裾を握りしめ、震える声で彼女に問いかける。
「……誓いを破ったら、どうなるの?」
「エルフの魂は肉体が消滅しても死なないわ。永遠の命を持っているから、魂は死後もマンドスの館に集められ、いつか生まれ変わることができる。でも、誓いを破ったエルフに次の器は用意されない。アルサリオンの魂は、消滅してしまうのよ!」
心臓が一際大きく脈打った。ブライアは肩を振るわせ、涙を浮かべた。
「アルサリオンは誓いがあるからあんたに求婚しているだけよ!」
そう言い残すと、彼女は姿を消した。私の心に鉛のような重たさを残して。
私はしばらくその場に立ち尽くしていた。アルサリオンからは、そんなこと一言も聞いていない。
(じゃあ、私と結婚できなかったら、アルの魂は消滅するの?)
そんなの、誓いじゃなくて呪いだ。相手の行動を縛り付けるものにしかならない。
彼の気持ちを疑いたくはないが、本当に誓いの影響が無いと言えるのだろうか。
ブライアの言うように、誓いのせいで余計に私に執着しているのではないだろうか。
私たちが無邪気に交わしたあの約束は、アルを苦しめるものにしかならない。
だって、誓いを守って結婚しても、私はアルより先に死ぬ。彼を千年以上、一人残して。誓いを守らなければ、アルの魂は消滅する。彼が、世界から消えてしまう。
「どっちに転んでも、アルは幸せになれないじゃない……」
掠れた声は、森の木々のざわめきにかき消される。私はおぼつかない足取りで、森をでた。
♢♢♢
森から帰ってきた私は、どうやら酷い顔をしていたらしく、メアリーにとても心配された。
「お嬢様、具合が悪いんじゃありませんか?」
「大丈夫よ。喉が渇いたから、レモン水をもらえる?」
メアリーがレモン水を持ってきてくれたので、私は勢いよくそれを飲み干した。
少し気分が落ち着いた。私はこの件についてアルに問いたださなければと思った。
まさかとは思うけど、誓いの重さを知らないなんてこともあり得るかもしれない。だって彼は10歳まで人間として育てられたのだから。
そう思うと、少し頭が冷静になった。
「メアリー、アルがどこにいるか知ってる?」
「アルサリオン様なら、中庭にいらっしゃいましたよ。お茶のご用意をいたしましょうか?」
「いいえ、お茶はいいわ。ありがとう」
私は中庭に向かった。ライムツリーの木陰で、アルがもたれかかるように座っている。彼の膝上には、読みかけの本が一冊開かれたままになっていた。珍しく目を閉じて、うたた寝をしているように見える。私は静かに彼の横に腰を降ろした。
けれど、ブライアの言葉が頭にこびりついていた私には、その姿は嫌な想像をかき立てる材料にしかならない。
まるで、アルがもう二度と目を覚まさないような気がして――咄嗟に私は彼に手を伸ばしていた。
「悪戯はいけませんよ」
伸ばした手は彼に絡めとられ、透き通る青い瞳が私を見上げる。
「お、起きてたの!?」
「一瞬だけ寝ていましたよ。この手は何をしようとしていたんですか?」
彼は口角を上げて意地悪く私を咎めた。
「生存確認!こんなところで倒れているのかと思ったじゃない」
私は動揺を悟られないように手を振り払った。きっと私はまた分かりやすく不安そうな顔をしていたのだろう。案の定、アルは「何かありましたか?」と聞いてきた。私はこの人に嘘も隠し事もできないのね。
「ブライアから聞いたわ。エルフの誓いのこと」
ところがアルは、なんだそんなことか、とでもいうような顔をした。
「エヴェリーナは気にしないでください。誓いのペナルティはエルフだけに及びますから貴女に害はないですし、破ったとしても即座に死ぬわけではないので」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
私は自分でも驚くほど大きな声を出していた。
「どうして私のことばっかり考えてるのよ!少しは自分のことを大事に考えなさいよ......!」
目の前が涙で滲む。こんな風に泣かれたら彼だって困るだろうに。手の甲で目元を雑に拭うと、彼は私の頭を優しく撫でた。
「......自分より大切なものがあるのは、いけないことでしょうか?」
アルの大きな手が私の頬に優しく触れる。親指が涙をそっと拭いとった。
「私は貴女がいない千年よりも、エヴェリーナがいる1日を選びますよ。私には、貴女がいない未来も来世も必要ない。例え誓いを立てる重さの意味を知っていても、何度だって誓います」
そんなことを言われたら、私はどんな顔をすればいいのだろう?
なんでもないことのように軽々しく言ってしまえるアルと、寿命の差に怯える私とではやっぱりどう足掻いても夫婦として成立しないのではないだろうか。
それでも、アルの言葉が私の心の琴線に触れた。
だって、彼の言葉はひたすらに真っ直ぐだ。
ただひたむきに、確実に燃ゆる愛情。
その熱は、私の怯えた心を溶かして包み込んでくれる。
魔法も使えない、数十年しか生きられない人間の私は、貴方に何をあげられるの?
妖精のブライアなら、長い時間を一緒に過ごせるじゃない。どうして彼女を選ばないの?
そう思ったけど、彼に問うことはできなかった。聞いてしまえば、もう退路は完全に塞がれてしまうから。
私は頬を撫でるアルの手を両手で包み込み、そっと目を閉じた。
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