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第36話 ずっと欲しかったもの
しおりを挟むブライアに私の幼い頃のドレスを着せてあげた。ピンク色でレースとフリルがついたドレスは、彼女の金髪と赤い瞳によく似合う。
「か、可愛い……!」
私はさっきまでのことを忘れて、ブライアの可愛さを堪能していた。
彼女はすっかり大人しくなり、言うことをきちんと聞いてくれる。
髪の毛も乱れていたので、鏡台の前で彼女の髪を結い直してあげた。リボンもつけてあげれば、貴族令嬢みたいだ。
「ふふっなんだか妹ができたみたいで嬉しいわ」
鏡の中のブライアは、頬を桃色に染め、居心地が悪そうに俯いていた。
「……あんた馬鹿ね。私はあんたにいっぱい意地悪したのに」
言葉から毒気は抜かれ、足をぶらぶらさせながら鏡越しに私の反応を伺っている。膝に置かれている小さな手は、きゅっと握り込まれていた。
「私、アルによく小鳥の脳みそって言われるの。だからもう忘れちゃったわ」
私がそう言うと、ブライアはくすりと笑った。その顔がとても可愛くて。
「ブライア、貴女笑うととっても可愛いわね」
すると彼女は顔をさっと赤らめ、そっぽを向いてしまった。そして、聞き取れないほどの小さな声で「さっきはごめんね」と謝ってくれる。
(素直ではないけれど、本当は悪い子じゃないみたい)
「私たち、出会いが悪かったわよね。今からでも仲良くなれないかしら」
ブライアは目を見開き、振り返って私を見上げた。私は驚いた顔をした彼女に微笑み、手を差し出した。
「私、エヴェリーナよ。私たちお友達にならない?」
「っ!……うん」
私たちは握手を交わした。
♢♢♢
「おやエヴェリーナ様、その女の子はどちらのお子さんですか?」
「この子はブライアよ。しばらく我が家に滞在するからよろしくね」
ロナルドに声を掛けられたブライアは、私の後ろにさっと隠れてしまった。可愛い、母性本能がくすぐられてしまう。
「かしこまりました。お茶とお菓子をご用意しますか?」
「ええ、お願い」
手を繋いで屋敷の中をブライアと歩く。すると、アルとエアリエルが前からやってきた。
「エヴェリーナ、ブライアに何もされていませんか?」
「されてないわよ。良い子にしてるもの。ね?」
私の後ろに隠れたブライアは、小さく黙って頷いた。
「っていうか、貴方たちブライアに対して冷たくないかしら?紳士が淑女に対して取るべき態度ではないわ」
「淑女って……エヴェリーナ、その子は女の子ではありませんよ」
「何言ってるのよ、こんなに可愛いのに女の子じゃない訳ないでしょ」
「エイヴェリー嬢、本当です。妖精は性別を持って産まれません。恋をして初めて決まるのです。ブライア様はまだ性別が変容していないので、男でも女でもないのですよ」
私の手を握るブライアの手に、きゅっと力がこもった。指先は微かに震えている。彼女は俯いて地面を見つめていた。
(彼女はこれまでずっと自分の存在を否定されているように感じていたのかもしれないわ)
「……でも、心は女の子なんでしょう?」
ぱっと顔を上げたブライアの赤い瞳がふるり、と揺れる。今にも泣き出しそうな顔をした彼女を安心させてあげたくて、私は優しく微笑んだ。
私たちはドローイングルームに入った。アルたちも後に続こうとするが、私は扉の前に立ちはだかりこう言った。
「今から女の子だけのお茶会なの。紳士のお二人はご遠慮願いたいわ」
アルがショックを受けた顔をしていたが、構わず私は扉を閉めた。
♢♢♢
"女の子だけのお茶会"という訳で、メアリーも呼んで三人でティータイムを過ごした。
「エヴェリーナ様の小さい頃を思い出しますわねえ、お可愛らしいこと」
ブライアはソファにお行儀よく座り、クッキーを食べていた。
「これ、美味しい。何でできてるの?」
「これは卵と小麦粉とお砂糖でできていますよ。後でメアリーとお菓子作りを一緒にしますか?」
「……っ!うん、やりたい!」
ブライアは目を輝かせて頷いた。メアリーに懐いたようで、お茶会が終わる頃にはメアリーと手を繋いでいた。
その後は型抜きクッキーを焼いたり、裏庭の野菜の収穫を手伝ってもらったり、絵本を読んであげたりした。
ブライアには何もかもが新鮮だったのか、いちいち驚いては楽しそうに笑い、はしゃいでいた。
まるで初めて人のぬくもりを知ったようで、その無邪気な姿にほんの少しだけ、胸が痛んだ。
「おや可愛らしいお客さんだね」
書斎から出てきたお父様がブライアを見つけて声をかける。
「ブライアよ。妖精の女の子なの。しばらく我が家に滞在するわ」
「まるでエインセルだね。これは丁重にもてなさねば」
お父様はブライアを抱えて、子どもにやるように高く持ち上げた。びっくりしたのか、じたばたと暴れている。
床に降ろされると、ブライアはまた私の後ろに隠れてしまった。
「お父様、小さくてもブライアはレディなのよ」
「おや、すまないね。ついエヴェリーナの子どもの頃のように扱ってしまった」
お父様がしゃがんでブライアの頭を優しく撫でた。彼女は恥ずかしそうに、でも、とても嬉しそうに笑っていた。
(撫でられることに慣れていないのかしら)
本当なら、抱きしめられたり、頭を撫でられたりといった行為は子どものころに嫌というほど経験するはずだ。
屋敷で過ごす2週間で、少しでもブライアが幸せに過ごせるよう願わずにはいられなかった。
♢♢♢
翌日、私たちはまた村の子どもたちの面倒を見ていた。野原に駆け回る子どもたちは、今日も眩いばかりの生命力で溢れている。
「ブライア、貴女もみんなと遊んでくる?」
「……私、子どもの姿だけど18歳よ」
ブライアはむっとした顔をするが、目線は走り回る子どもたちを追っていた。
「子どもたちの相手って骨が折れるのよね……ブライアが手伝ってくれたら、とっても助かるのだけど」
「……別に、いいけど」
彼女が近付くと、それに気付いた村の子どもたちはブライアの手を握り、輪の中に引き寄せた。
「鬼ごっこ、一緒にやる!?」
「レイモンドは速いわよ、捕まらないで!」
子どもたちの間には、彼女が普通の子どもと同じように映ったようだ。
ブライアは一際大きく目を見開いて戸惑いを見せたが、すぐに彼らに混じって野原を走り回った。
子どもたちと遊ぶ彼女は、とても嬉しそうだった。
夕暮れになり、子どもたちが一人、また一人と帰っていく。ブライアは私の膝の上で、寝息を立てて眠っていた。彼女の前髪をさらりと撫でてやる。
「たくさん遊んで疲れちゃったのね」
「……」
「……何かしら?」
斜め後ろにいた彼は、不貞腐れた顔をしている。私の髪の毛を掬い取り、指で遊ぶようにくるくると回していた。
「エヴェリーナは子どもには随分と優しいですよね。狡いです。私は部屋に入るだけで怒られたのに」
「どうしてブライアと比べるのよ」
(おかしいわ、なんで私が狡いって言われなきゃいけないのかしら?)
すると、アルは私の腰に手を回し、あろうことか自分の膝の上に私を乗せたのだ。
「っ!あ、アル!」
「エヴェリーナの優しさが他の誰かに向くたびに、私はとても寂しくなるんです」
耳元で囁かれる彼の声は、私の小さな脳みそをたちまち使い物にならなくする。
腰に回された手は苦しくならないぎりぎりの強さで、彼のぬくもりが服越しにじっとりと伝わった。
「ブライアがエヴェリーナの膝の上で寝るなら、エヴェリーナが私の膝に乗れば平等じゃないですか?」
「平等の意味、ご存知じゃないようね!?」
「……んん……」
ブライアがもぞもぞと動き、眠そうに瞼を擦った。
「しぃ、ブライアが起きちゃいますよ」
(誰のせいよ、誰の!)
私はアルの膝の上に座らされて、体がかちこちに固まってしまった。ブライアは起きないし、アルの手は私の腰を離さない。
彼に背中を向けているのがせめてもの救いだろう。
(ど、どうすればいいの……!?この姿勢、きついんですけど!?)
その後エアリエルが「わあ、なんだか家族みたいな光景ですね!」と無邪気に言い放つまで、私は彼の体に包まれてブライアが早く起きることをひたすら願った。
次の日、私の体は筋肉痛で悲鳴を上げた。
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