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第37話 恋を失う痛みを知る
しおりを挟む時はあっという間に過ぎ去る。8月も下旬に差し掛かり、日暮れも少し早くなってきた。
子どもの姿のままではあるが、ブライアの羽は徐々に再生し、元の虹色の輝きを取り戻していた。
この2週間、たくさん遊んでみんなから可愛がられ、とても満ち足りた表情をしているように思える。
夜、私はブライアとベッドで眠りにつく前のお喋りをしていた。
「ブライアのお母様ってどんな方なの?妖精の女王様なのよね?」
「うん、私もそんなに頻繁に会う訳ではないけど、とっても綺麗で力も強いの。羽は六枚もあるのよ」
ブライアから聞く妖精の世界の話は興味深く、彼女はいろんな妖精の話をしてくれた。
鉱山にいるノームや、毛むくじゃらの妖精ボギー。妖精のダンスやキノコの森。彼女が語る寝物語は、おとぎ話のように幻想的だ。
会話が途切れ、一瞬の沈黙が寝室を包み込む。私はずっと心に引っ掛かっていたことを聞いてみた。
「ねえブライア、エルフの誓いって、解消することはできないの?」
「……私が前に言ったこと、気にしてるの?」
「知らなかったとは言え、この誓いはエルフにとっては重大でしょ?誓いはお互いを縛り付けるためにするものではないと思うの」
ブライアは暫く黙って考え込んでいた。やがて何かを決意したかのように、私の瞳を見てこう言った。
「婚姻の誓いは、お互いの関係性を変えることで上書きをすることができると聞いたことがあるわ。でも、それには立会人が必要で……エルフの女王か、少なくとも族長クラスの力がある人じゃないと駄目なの」
「そう……教えてくれてありがとう」
ブライアは私の胸元に潜り込み、甘えるように頬を擦り付けた。
「エヴェリーナ、ありがとう。羽も治ったし、私明日帰るわ」
「そう……寂しくなるわ」
私は彼女の小さな体を抱きしめた。
「あのね、私も昔、自分のことが好きじゃなかったの」
ブライアの赤い瞳が宝石のように瞬き、私の顔を覗き込むように見上げる。
「ずっと、どこかで"違う自分"を探していた気がするの。でも、私のお母様は『あなたはあなたのままで美しい』と言ってくれたわ。私、その意味を長い間分かっていなかった」
私はブライアの頭を撫でて、子守唄を歌うように彼女に言葉を贈った。
「あなたはあなたのままでいいのよ。だってこんなに素敵な子なんだもの。精霊の国に帰っても、貴女を愛してくれる人は見つかるわ。もちろん私も、私の家族も貴女のことが大好きよ。いつでも遊びに来ていいからね」
ブライアは顔を歪め、涙をぽろぽろ溢した。私ももらい泣きしてしまって、私たちは泣きながら互いを抱きしめあった。
「エヴェリーナ……アルサリオンのこと、好き?」
泣き腫らした瞳で見つめられた私は、否定も肯定もせず、ただ微笑んで彼女を見つめた。
♢♢♢
優しい手。屈託のない笑顔。透き通る声。
この子は、存在そのものがたくさんの光と愛でできているみたい。
私はエヴェリーナの寝顔を見つめながら考えていた。アルサリオンが彼女に執着するのも、分かる気がした。
エヴェリーナの側は、凄く居心地が良い。ずっと近くにいて、ただひたすらに甘やかされたい。
……でも、いつまでも私が彼女を独占していては、アルサリオンに悪いわね。
私はもう大丈夫。このまま一生性別が変わらなくても、貴女が私を好きだと言ってくれたから。
貴女が好きになってくれた私を、私も愛していける。
『エヴェリーナ……アルサリオンのこと、好き?』
その時彼女が見せた笑顔は、愛しさと切なさが混ざり合っていた。
そんな笑い方しないで、二人で幸せになって欲しい。
アルサリオンのことも本当に好きだった。彼のおかげで幼い私は救われたから。
でも、エヴェリーナに対する気持ちは、アルサリオンに向けたものとは少し違う。
ただ、幸せになってほしい。
ずっと笑っていてほしい。
二人が私の手の届かない場所に行ってしまってもいい。寂しいけど、悲しいけど。
貴女のことが大好きだから、ずっと幸せでいて欲しい。
「ありがとう、エヴェリーナ……」
胸の内に光が灯ったようにあたたかくなる。一筋の涙がつうっと頬を伝った。温もりは微睡を連れて、私の意識は夜に溶けていった。
♢♢♢
「ん……苦しい……」
……なんだか大きな犬にのし掛かられている気分だわ。重たいし身動きがとれない。薄目を開けてみれば、目の前に広がるのは金色の海。
私は上半身裸の見知らぬ男に抱きしめられていた。
「きゃああああ!!」
「エヴェリーナ!?」
私の叫び声が目覚まし代わりになったようで、扉を勢いよく開いた先に居たのは、アルサリオン。パニックになった私は彼の胸元に顔をぶつける形で飛び込んだ。
「し、し、知らない男がベッドに!」
「はあ!?」
半泣きになった私はアルの後ろに隠れて部屋の様子を伺った。
「……生きてこの部屋から出られると思うなよ」
恐ろしく低い声がアルから発せられている。部屋を破壊されては堪らない。そして私はブライアが部屋にいないことに気が付いた。
「アル、ブライアが居ないわ!」
「……まさか」
「んー……うるさいわね、何……」
私のベッドに横たわっていた、金髪の男が上半身を起こして髪をかき上げた。
昨夜一緒に寝たはずのブライアはどこにも居ない。
「何よ、なんでそんなに見て……え?あれ?」
男は自分の手のひらを見つめ、顔や体をペタペタ確かめるように触り始めた。
がばっとベッドを出た男は鏡台の前で己の姿を上から下まで凝視した。
「うそ、変容してる」
その一糸纏わぬ姿に、私は卒倒しそうになるのを堪えて顔を覆った。
「ブライアああ!!」
アルの怒号が屋敷中に響き渡る。なんということでしょう、あの可愛かったブライアは、一夜の内に男の子になってしまいました。
♢♢♢
「おめでたいことですね。性別決まって良かったじゃないですか。女王もお喜びになられますよ」
「そうね、ようやく決まってほっとしたわ!」
ブライアは男の姿をしているのにまだ女の子の喋り方が抜けないようで、見た目と中身がちぐはぐだ。
「あら、でも性別が変わったってことは恋をしたってことよね?ブライア、一体誰を好きになったの?村の子かしら」
そう聞いた私を化け物を見つけたような目で凝視した三人は、言いたい放題言ってくれた。
「エイヴェリー嬢、それ本気で言ってます……?流石の私もちょっと引きます」
「そういうところだよ、エヴェリーナ。そんな君も好きですけどね」
「アルサリオンが苦労する訳ね……お疲れ様」
「なんだか凄く馬鹿にされていることだけは分かったわよ?」
ティーカップを握る手に力がこもる。するとブライアはけらけらと笑い出した。
「あーあ、おっかしい。せっかく恋して変容したのに、即失恋確定なんてね」
ブライアは少しだけ眉を下げて、私に視線を向けた。
「まあいいわ。私は一抜け。あとは二人でお幸せに」
彼は、清々しい表情をしていた。
すると、突然部屋から光が消えた。朝だというのに部屋は真っ暗になり、テーブルに置かれた食器が怯えるようにカタカタと震えている。
「な、なに!?」
ふわりと光が灯る。それはアルの手元で発光している魔法だった。
「女王が来たのか」
ブライアの後ろからぬっと現れた黒い影は、徐々に人の形を成していく。美しい女の妖精は長い黒髪をたなびかせ、虹色の瞳が暗闇に浮かび上がる。背中の6枚の羽はゆらゆらと震えていた。
世界が畏怖の念を抱き、彼女を歓迎するかのように空気が変わったことを肌で感じた。
「ティターニア様!」
「この方が妖精の女王様……?ってことは、ブライアのお母様?」
「お母様、どうしてここに……!」
ティターニアはブライアの顔をまじまじと見つめ、静かに微笑みを浮かべた。
「おめでとうブライア。貴方も恋を知ったのね」
「……っ!あ、ありがとうございます」
お母様が迎えに来てくれたのね。ブライアは嬉しそうにはにかんでいる。
「娘が……いえ、息子がお世話になりました。母としてお礼を言わせてください。人の子よ、何か望みはありますか?」
「いえ、そんな……あっ」
私は昨夜のブライアとの会話を思い出していた。妖精女王に会える機会なんて、今を逃せばもう巡ってこないだろう。誓いを解消してアルを手放す、最後のチャンス。決断するなら、今だ。
ふと思い出したことがあった。まだ幼い頃に、庭先で羽を痛めた鳥を助けたことがある。
怪我の手当をしてすっかり愛着が湧いてしまった私は、その鳥を我が家で飼うつもりだった。
でもお母様は、自然に帰してやりなさい、と仰った。当然私は駄々を捏ねた。
『ちゃんとお世話します、絶対に大切にしますから』
『もしかしたら鳥にも家族がいるかもしれないわ。人間の身勝手で籠の中に閉じ込めては可哀想。帰してあげましょう、ね?自由に大空を羽ばたく鳥の方が美しいと思わない?』
そう言われて、ようやく私は鳥を帰してあげることに決めた。とても悲しかったけど、その時私は『大切だからこそ手放すこと』を学んだのだ。
「お願いが一つあるんです」
「私にできることであれば」
「アルサリオンとの誓いを、解消したいんです。立会人になって下さいますか?」
その瞬間、アルの手が私の肩を強く掴んだ。触れられた手は、微かに震えていた。
「エヴェリーナ……今、なんて……」
「誓いを解消したいの。私たち、幼馴染に戻りましょう」
拝啓、天国のお母様。神様。エヴェリーナは、嘘をついてしまいました。
私は彼のことが好きです。
でも、彼を幸せにできるのは私じゃない。
好きだからこそ、手放さなきゃいけないのですよね。私、上手く笑えていましたか?
誰にも、アルにも見透かされないように、笑ってお別れを言わなきゃいけないのです。
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