通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

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第39話 いつか離れる未来を知っていても

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 その夜、私は日記帳の前でぼんやりとしていた。羽ペンを握る右手は動き方を忘れてしまったみたいに、文字を書こうとしては止まっている。

 こんこん、とドアをノックする音。扉を開いたのはお父様だった。

「エヴェリーナ、少しだけいいかい?」

「はい、お父様」

 お父様が私の部屋に入り、ソファに座る。私は体を机からお父様に向けた。

「……二人のことだから口出しするのもどうかと思うんだが、エヴェリーナは本当によかったのかい?」

「いいの、もう決めたことだから」

「それは本当に、お前の本心かい?」

(駄目よ、泣いちゃ駄目。嘘までついてアルを傷つけて、私に泣く資格なんかない)

 私は震える体を掻き抱くように抱きしめた。

「じゃあ、どうすれば良かったの?結婚しても私はアルより絶対先に死んでしまう。千年以上彼を一人残して......人間とエルフだから!いつか別れが来るなら、早い方が傷は浅いでしょう?誓いを解消すれば、アルは他の人と結婚できる。私よりも、ずっと長く生きられるエルフや妖精と。私じゃ……だめなのよ」

「エヴェリーナ、人の生死は分からない。誰と結婚しても、どちらが先に死ぬかなんて分からないんだよ。神のみぞ知る、さ」

 顔を上げてお父様を見た。父は私を諭すように、低く優しい声で語った。

「私はグレイスを失った時、とても……とても辛かった。私と結婚しなければ、彼女は死なずに済んだのではないかとさえ考えたよ」

 私は思わず「そんなことない!」と声を上げようとした。けれど、喉まで出かかったところでその言葉は消失した。お父様の顔が、とても穏やかで優しかったから。

「でも、そうしたらエヴェリーナには会えなくなってしまうだろう?いつか離れる未来を知っていても、私はもう一度グレイスと結婚したい。そしてお前の父になって、お前を抱きしめてあげたい。そう思うんだ。相手を想って身を引くのも愛だ。だが、その想いを貫き通すのも愛だと、私は信じているよ」

 父の言葉は私の心を弱くする。あれだけ泣かないって決めていた私の防波堤は、ついに決壊してしまった。

「でも……もう遅いわ。彼は行ってしまったもの」

 私はお父様に抱きしめられ、声を殺して泣いた。アルもエアリエルもブライアもいない屋敷は、とても静かだった。

 
 ♢♢♢

 朝の光が私の腫れぼったい瞼を撫でつける。昨夜は泣きながら眠ってしまったようだ。鏡を見ると、目はウサギのように赤く充血していた。

(こんなお化けみたいな酷い顔、メアリーやロナルドが見たらびっくりしちゃうわね)

 私は窓を開けてバルコニーに出た。今日も穏やかで美しい、我が領地。ライムストーンの優しい蜂蜜色が朝日に照らされて輝く、エイヴェリーマナーハウス。

 庭の花は朝露に濡れてきらきらと光を放っている。いつもと変わらない風景に彼がいないことが、とてつもなく悲しかった。

 ぼんやりしていると、どこからか上質なダージリンの匂いが漂ってくる。

 (なんだかいい匂いがするわね。お隣さんが朝の紅茶を入れているのかしら)

 ……え?お隣さん?ここは領主のマナーハウス。敷地内にお隣さんなんかいないわよ?

 私はブリキ人形みたいな動きで、首を右横に向ける。昨日まで鬱蒼とした森が見えていた景色は、白い石造りの建物に変わっていた。隣のバルコニーは目と鼻の先だ。

 あんぐりと口を開けて放心していると、向かいの窓から出てくる人影。銀色の髪が朝日に照らされてきらきらと輝き、青い瞳が私を映すとにこやかに細められる。

「おはよう、エヴェリーナ。寝起きの君も可愛いですね」

「……はあああ!?」

 私はバルコニーで、令嬢が絶対にあげてはいけない素っ頓狂な声を上げていた。なぜ、どうしてアルが我が家の屋敷の隣家にいるの!?っていうかなぜ一夜にして家が建っているの!?

「あ、アル!?これはどういうこと!?」

 アルは紅茶を片手にバルコニーに肘をついて笑っている。

「魔法って便利ですよね」

「そういうことじゃないわよ!私たち、婚約は解消したのよ!?」

「え?幼馴染って隣の家に住むんですよね?ちゃんと男爵には許可を得ましたからご安心を。紅茶の冷めない距離っていいですね」

 にっこりと笑ったアルを目の前にして、私はわなわなと肩を震わせるしかなかった。

「今日から幼馴染としてどうぞよろしく。良き隣人を務めますので……ああ、賭けの期間は残り半分残っていますから、また幼馴染から婚約者に昇格できるように頑張りますね」

「頑張る!?何を頑張るの!?」

「それはもう……今までの表現では、私の愛が貴女に伝わりきっていなかったようですから。そもそも、イングランドの紳士を手本にする必要はないんですよね。最初から情熱的に愛を伝えるフランスやイタリアの紳士を真似すればよかった。そちらの方が性に合いそうです。……もう、逃げられると思わないでくださいね」

 柔和な笑顔に潜む、獰猛な野獣。私はひゅっと息を呑んだ。


 拝啓、天国のお母様。幼馴染の定義が分かりません。幼馴染って隣の家に住むものだと決まっていましたっけ?

エルフには一から教育しないといけなかったのですね。

 それにしても、昨日の今日で隣に家を建てるだなんて、あり得ますか?
 私の涙を返してください!
 
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