通りすがりのエルフに求婚された貧乏男爵令嬢です〜初対面なのに激重感情を向けられています〜

東雲暁

文字の大きさ
41 / 97

第40話 禁じられるほど、欲しくなる

しおりを挟む

 風に乾いた麦の香りが、エイヴェリー領を包み込んでいる。太陽が降り注ぐ夏が終わり、実りの秋の訪れを感じさせる匂いだ。
 例年よりも麦束がぱんぱんに詰め込まれている納屋を見て、私は思わずにんまりと笑った。
 
「今年は豊作だわ……ようやく赤字を回避できるかも」

 その日の午後、私はお父様と書斎でロナルドからの報告を聞いていた。

「こちらが農民に支払う金額で、こちらは売却予想額です。恐らく本年度は……」

「黒字だな!」

「やったわ!」

 私たちは三人で手を取り合い、数年ぶりの黒字見込みに歓喜の声を上げた。

「確実とは申せませんよ、市場価格が見えてからでないと……」

「今年もなんとか冬を越せそうだ、ああよかった……っ!ごほっごほっ!」

「お父様、大丈夫?」

「お水をお持ちします」

「ああすまない、大声を上げたらむせてしまった。寄る年波には勝てないね」

 お父様は胸をさすって、水を飲んだ。お父様は今年で46歳だ。まだまだお若いと思うけれど、ここ数年で少し老け込まれたような気がする。

 体を大切にして欲しい。
 私の結婚が決まればお父様の肩の荷も降りるのだろうけど、それは到底無理な話なのだから。

 ♢♢♢

「エヴェリーナ、どこに行くんですか?」

「……りんごを収穫しにいくのよ」

 玄関を開けたら、アルも同時に家を出てきた。幼馴染で隣人になった彼は、相変わらず距離感が可笑しい。なぜ私が出かけることがわかるのかしら?
 
 私は髪の毛を三つ編みに編み込み、ガーデンハットをかぶって赤いスカートを履いていた。作業用のドレスなんか何度も見せているはずなのに、なぜか今日は妙に恥ずかしくて、帽子を目深に被った。

「私も一緒に行っていいですか?幼馴染だし、いいですよね?」

「別に、いいけど」

 私たちは村の果樹園に向かった。早生種のりんごは赤く色づき、甘酸っぱい香りが立ち込めている。農民たちははしごに登り、籠いっぱいにりんごを収穫していた。私はその中の高齢の男性に声を掛けた。

「ヘンダーソンさん、今年のりんごはどうかしら?」

「お嬢様、おはようございます。今年は豊作ですよ、どれも大振りで、色づきもいい」

 果樹園を見渡すと、農民の表情は明るい。籠いっぱいのりんごがいくつも並んでいた。大人が枝を揺らすと、子どもたちはきゃっきゃと騒いで落ちたりんごを競って拾い上げていた。

 私も届く範囲の枝をつかんで、慎重に果実を摘み取る。籠はアルが持ってくれたので、私はどんどんりんごを入れていく。アルは感心したような口ぶりで「貴女は本当に働き者ですね」と言った。

「貧乏男爵令嬢ですもの。それに、怠け者の手は悪魔の道具になるのよ」

 ぱちん、とりんごを切り取る音。草を踏みしめる音。土の匂い。私は、こうした農作業の音や匂いが好きなのだ。実は貴族令嬢より、農民の娘の方が性に合っているのかもしれない。

「まだ少し上の方にあるわね。ヘンダーソンさん、はしごを借りられる?」

「へえ、とんでもない!お嬢様をはしごに登らせるなんて!置いといていただければ、後で我々がやりますから」

「大丈夫よ、後少しだけだからやらせてちょうだい」

 ヘンダーソンさんはおっかなびっくりな顔をしてはしごを持ってきてくれた。確かにはしごに登ってりんごを収穫する令嬢なんて、イングランド中探しても私くらいなものでしょうね。

「私が支えてますから、大丈夫ですよ」

 アルがはしごを下で支えてくれている。私は胸が高鳴るのを感じながら、スカートの裾を片手でそっと持ち上げて、はしごを登った。

 正直に言って、幼馴染のアルとの距離感が分からない。
 いくら気持ちを押し込めても、いずれはアルの知るところになるだろう。なにせ私は分かりやすいんだから。

 次に彼に愛してると言われたら、私は拒めるだろうか。嘘でも"嫌い"だなんて言えるのだろうか。

 ……きっと無理よね。

 だって、今こうして隣にアルがいることが、私は嬉しいのだもの。

 艶やかに色付く赤いりんごを見つめる。ふと、"禁断の果実"という単語が頭をよぎった。聖書に出てくる、アダムとイヴを楽園から追放するきっかけとなった、知恵の実のことだ。

 手にしてはいけないと禁じられるほどに、欲しくなる。

 (愛は執着。手に入らないからこそ欲しくなる……まさに禁断の果実ね。エヴェリーナ、これは堕落した考えだわ。諦めるって決めたでしょ。……欲しがっちゃだめ)

 ふう、とため息を吐いて、はしごを降りようとしたその時。
 足を滑らせて梯子を踏み外した私は、背中から落ちた。

「きゃっ……」

「エヴェリーナ!」

 衝撃に備えて身を固くしたが、ドサッと鈍い音がしたのに背中が地面に叩きつけられることはない。私の体はアルに抱きしめられ、彼を下敷きにして身を投げ出していた。

「あっ……アル、ごめんなさい!だいじょ……」

 起き上がってアルの顔を覗き込んだ瞬間、私は全身の血の気が引いた。

 心地良かった風の音も、子どもたちの笑い声も聞こえない。世界から音が消失したみたいだ。

「アル......?」

 彼は地面に倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる

千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。 女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。 王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。 ○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。 [男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。 ムーンライトでも公開中。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

愛を忘れた令嬢が平民に扮した公爵子息様に娶られる話

rifa
恋愛
今まで虐げられ続けて育ち、愛を忘れてしまった男爵令嬢のミレー。 彼女の義妹・アリサは、社交パーティーで出会ったオリヴァーという公爵家の息子に魅了され、ミレーという義姉がいることを一層よく思わないようになる。 そこでミレーを暴漢に襲わせ、あわよくば亡き者にしようと企んでいたが、それを下町に住むグランという青年に助けられ失敗し、ミレーはグランの家で保護され、そのまま一緒に暮らすようになる。 そしてそのグランこそがアリサが結婚を望んだオリヴァーであり、ミレーと婚約することになる男性だった。 やがてグランが実は公爵家の人間であったと知ったミレーは、公爵家でオリヴァーの婚約者として暮らすことになる。 だが、ミレーを虐げ傷つけてきたアリサたちを許しはしないと、オリヴァーは密かに仕返しを目論んでいた。 ※アリサは最後痛い目を見るので、アリサのファンは閲覧をオススメしません。

処理中です...