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第44話 境界線の狭間で
しおりを挟む……少し、やりすぎたか。
ベッドに彼女を運んで寝かせてやる。まだ彼女の頬は、ほんのりと桃色に色付いていた。
彼女の首筋に咲いた赤い鬱血痕を見て、自分の執着心をまざまざと見せつけられる。
(欲望が丸出しだな)
苦笑して彼女の髪を手ですいた。本当に、どうしてこの子は思考が明後日の方向に向かってしまうんだろう。エヴェリーナには、一から教育しないといけないな。
それにしても、この1週間は至福だった。なんの気兼ねもなくエヴェリーナとの時間を過ごせたのは久々だ。
(結婚したら、毎日がこんな感じなのだろうか?……最高だな)
理性を総動員して紳士の皮を被っているが、それもいつまで持つだろうか。私が我慢できている内に、この腕の中に堕ちてきてほしいものだ。
彼女の血色の良い唇を、指でつうっとなぞる。小さくて柔らかいその唇は、どんな味がするのだろう。
「唇は、結婚式までとっておく約束ですもんね」
早く起きて、その瞳に私を映して。彼女の寝顔をうっとりと見つめて、目覚めを待ちわびた。
♢♢♢
背中に当たるのは、固い壁じゃなくてふかふかのお布団……あれ、私……?
ゆっくりと意識が浮上して戻ってくる。目を開けると、私はベッドに寝かされていた。
しばらくぼんやりして天井を仰ぎ見ていると、意識を失う前の記憶がぱっと蘇る。
「……っ!!」
ぼんっという爆発音が聞こえてきそうだ。一気に血液の巡りがよくなって、熱が顔に集まる。
「な、なに!?なにあれ、なんで!?」
両手で髪の毛ごと頬を掴むと、アルとのやりとりがフラッシュバックする。
『幼馴染や親子がこんなことしますか?しませんよね。貴女は女で、私は男なんですよ』
(いやあああ!!)
顔を枕に押し付け、声を押し殺して悶絶した。だめだ、もうアルの前に姿を見せられない。足をジタバタさせてベッドの上でひと暴れしていると、がちゃり、と扉を開く音がした。
「あ、目が覚めましたか?気分はどうですか?」
アルの声が聞こえたと同時に、私は頭から布団を被って籠城した。
「……何やってるんですか?」
「……」
みの虫のように丸まった私は、口を閉ざして身を縮こめる。もうどんな顔をして彼と話せばいいのか分からない。
ぎしっとベッドが軋む音がした。彼が私のすぐ近くに座ったのだと分かる。
「エヴェリーナ」
「……」
「出てこないと、もっと凄いことしますよ」
布団越しに耳元で囁かれる。
(もっと凄いことって何!?あれ以上に凄いことなんかあるの!?無理よ、無理!!確実に寿命がすり減るわ!!)
布団の隙間から顔だけ覗かせると、アルはいつも通りの笑顔を浮かべている。それが本当に憎たらしくて、私は涙目で彼を睨みつけた。
「……悪魔!」
「悪魔じゃありません、エルフです」
(そんなこと分かってるわよ!)
心の中でアルをなじりながら、尚も抗議の目を向け続けた。
するとアルはさすがに良心が痛んだのか、私に頭を下げてきた。
「すみませんでした。もうしませんから、機嫌を直して下さい」
「……次に同じことをしたら、絶交よ」
「はい、しません」
アルがあまりにも普通の顔をしているので、籠城するのも馬鹿らしくなってきた。ベッドから起き上がり、怖い顔を作って精一杯の境界線を引き直す。
「貴方の気持ちは分かったわ。でも私はアルのこと、幼馴染だと思っているから」
「……まあ、今はそれでいいですよ」
和解、とはいかないが、私たちは改めて境界線のあちら側とこちら側に立つ。どうかこれ以上、彼がこの線を踏み越えてきませんように。
♢♢♢
りんごが入った籠を抱え、俺は白い石造りの屋敷の前に佇んでいた。
旦那様から「二人の様子をこっそり見てきてくれ。一応嫁入り前の娘だから」と命じられたのだ。
しかし、気は進まない。お嬢様の誕生日の一件で彼に対する好感度は多少なりとも上がったが、やはりアヴァロン卿に対する恐れは消えない。
細く息を吐き出し、勇気を奮い立たせて扉を叩こうとしたその時。
「だめ、そこは……お、お願いちょっと待って!」
「もう充分待ちましたよ。手をどけてください」
……お嬢様と、アヴァロン卿の声?二人は何をやっているんだ?ぶわっと嫌な汗が噴き出した。
俺の脳内でよからぬ想像が膨らみ、走馬灯のように幼いお嬢様の愛らしい姿が走り抜ける。
「やだ、そこは……!」
「どうします?もう逃げ場はありませんね」
(あああああ!!)
俺はノックもせずに玄関の扉を開き、叫びながら中へと飛び込んだ。
「お、お嬢様あああ!」
すると、目の前に広がった光景は――二人がチェスをしている姿だった。俺は膝から崩れ落ちた。
「ヒューゴ、どうしたの?そんなに慌てて」
「申し訳ありませんお嬢様、俺を殴って下さい」
「なぜ!?」
(紛らわしいことこの上ない!いやしかし良かった、健全だ。一瞬でも彼を疑ってあらぬ考えをした自分が恥ずかしい)
「農民からのお見舞いです。ここに置いておきますね」
「ありがとう、ヒューゴ」
――俺は元軍人だ。違和感を察知する能力に長け、視力も良い。しかし、世の中には気付かずにいた方が幸せなこともある。
お嬢様の首筋に咲いた、赤い花。それ絶対虫刺されじゃないですよね?
ちらりとアヴァロン卿を見やれば、彼は俺を見て楽しそうに口元を歪めていた。
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