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第57話 求婚の儀、成功につき
しおりを挟む二階からお二人の怒鳴り合う声が聞こえてくる。これは痴話喧嘩、というものでしょうか。
「まあお嬢様ったら、あんなに大きな声をお出しになって」
「お互い積もる物があったのだろう」
「静かになりましたよ。喧嘩は終わりでしょうか」
エイヴェリー一家とブライア様、そして私エアリエルは、階段のすぐ下で彼らの行く末を見守っていた。
ようやく決着がつくのだろうか。求婚の儀の書を開くと、空白のページが熱を帯び、白く発光しだす。
「こ、これは……!」
白紙に浮かび上がったのは、二人の名前。ということは――。
「求婚の儀……成功だ……!」
互いの意思を確認し合い、想いが通じればこの書物に名前が刻まれる。アルサリオン様とエイヴェリー嬢は、ついに結ばれたのだ!
すると、二人が階段を降りてくる。彼らの手は、しっかりと繋がれていた。
「あの、お父様、私たち……」
エイヴェリー嬢は顔を真っ赤にして視線を彷徨わせている。アルサリオン様は一歩前に進み出て、決意の籠った瞳で男爵に向き合った。
「エイヴェリー男爵、貴方が愛し大切に育てた彼女を、これからは私が守ります。生涯をかけて、エヴェリーナを幸せにすることをお約束します。貴殿のご令嬢と結婚する許しを頂けますか?」
男爵は目尻に涙を滲ませて、二人を抱きしめた。
「ああ、勿論だ……娘を宜しく頼む」
使用人も皆涙を流し、喜びに打ち震えていた。私はブライア様と目を見合わせ、ようやく収まるべきところに収まったことへの祝福を込めて、彼らの上から色とりどりの花びらをシャワーのように降り注がせた。
「おめでとう、エヴェリーナ!」
これにて二人の物語はハッピーエンド。
二人は末永く精霊の国で幸せに暮らしましたとさ――そうなればよかったんですけどね。
♢♢♢
「おめでとうございます。求婚の儀は無事成功しました」
エアリエルが古びた分厚い本を広げて私たちに見せてくれた。そこには、私とアルの名前が記載されている。
「儀式が成功すればもう制約はないのか?」
「個人の素性に関係することはお話してもらって大丈夫です。ですが禁則事項は依然としてありますので、そこだけ気をつけてくださいね。使用禁止の魔法は儀式が成功してからも禁止ですよ」
王室舞踏会の日にエアリエルが説明してくれた求婚の儀の制約が思い出される。するとアルが神妙な顔をして、私の方に向き直った。
「実は、まだエヴェリーナに話さなければいけないことがありまして。私の身分についてなんですが」
「もう何を言われても驚かないわよ。何かしら?」
(やっぱり彼は貴族かしら。精霊の国も階級社会だものね)
一呼吸の間を置いて、アルは軽やかに言った。そう、今日の夕食はシチューなんです、くらいの勢いで。
「王太子なんです」
「は?」
「だから……精霊の国での私の身分は王太子。一応、次の王ですね」
「……はあああ!?」
その場にいたエイヴェリー家の人間は全員驚きの声を上げた。待って、ちょっと待って欲しい。確かにアルの気品と高貴さならエルフの王太子という身分は納得だ。説得力がありすぎる。
けれど、それって本当に私結婚していいのかしら?
「よかったですね、お姫様になりたいって言ってたじゃないですか。精霊の国の王太子妃ですよ」
「それは子どもの頃の話よ!お、王太子!?そんなこと聞いてないわ!」
「だから今言ったんですよ。求婚の儀では、求婚する側は自身の素性を明かせない。知っているでしょう?」
頭が着いていかない。最後の最後にこんな特大の重要情報を後出しするのは、狡いんじゃないかしら?
「王太子の私ではだめですか……?」
困った顔をした私を見て、アルの耳が力なく垂れ下がる。あまりにもしょんぼりとした顔をするので、慌てて首を横に振った。
「そうじゃないわ。ただ、私が身分不相応でしょ?アルのご両親は人間の私を娶ることには反対していないの?」
「それについては大丈夫です。王といっても、エルフの王は元々世襲制ではありません。たまたま現女王の子に力の強い私が産まれたので、王太子という立場についただけです。それに、あの人達は私に興味を持っていないので」
なんの感情もないようにあっさりと言う彼に、切なさを感じた。
彼のエルフの両親は、どんな人なんだろう。
仲良くしていけるのかしら。
「ま、まさかアルサリオン君が王太子とは……」
お父様は茫然としていた。まさか娘が他国の王家に嫁ぐなんて、夢にも思わなかったのだろう。
「はい。彼女を守っていけるだけの力は持っているつもりですので、ご安心を。定期的にエヴェリーナをこちらに帰してあげられるように尽力するつもりです」
「そうか、ありがとう……もうこれで私はいつ神の元に召されても安心だよ」
「何言ってますの?お父様!まだまだお若いんですから、元気でいてもらわなければ困りますわ!」
「はは、確かにそうだな。さあ、今日はお祝いだ。こんな良き日には、大切にとっておいたワインを開けなければ」
その日の夜、家族でささやかなお祝いをした。メアリーが腕によりをかけた、ローストラムやヨークシャープディングが食卓に並ぶ。
酔ったお父様はしきりに私の幼い日の思い出を語っていた。「恥ずかしいからやめて」と言ったけど、ロナルドからは「娘を嫁に出す父親は思い出に縋りたいのですよ」と言われ、止めることを諦めた。
アルも楽しそうにお父様の話に相槌を打っている。その姿を見ると、少しの恥ずかしさは飲み込みましょう、という考えに思い至った。
♢♢♢
ブライアとエアリエルは一足先にアルの屋敷に戻った。私は玄関まで彼を見送る。
「わざわざ帰らなくても、客間があるから泊まっていけばいいのに」
「隣ですから。それに想いが通じた今、貴女と一つ屋根の下では眠れそうにありません」
アルは振り向きざまに、妖艶な含み笑いを浮かべた。その笑い方に、
「結婚したらずっと一緒ですし、もう少しだけ我慢します」
(我慢……我慢とは、なんの?)
また顔に出ていたのだろう。頭上にクエスチョンマークを浮かべていた私に対して、彼は大げさなため息をついた。
「純粋培養で育てるのも考え物ですね」
「どういう意味よ?」
扉を開くと、冷たい風が吹き込んでくる。もう、冬の気配がすぐそこまで近付いていた。
「今はまだ知らなくていいです。私が全部教えますから……側にいると、口付けのその先も期待してしまうってことですよ」
その言葉を聞いて氷のごとくカチコチに固まった私を見て、彼はぷっと吹き出した。そして、私の額に柔らかな口づけを一つ贈った。
「お休みなさい。寒いから、暖かくして寝てくださいね」
「お、オヤスミナサイ……」
思わず口付けされた額を手で覆う。彼が言った口付けのその先の意味も分からないのに、胸の高鳴りが止まらない。かちゃりと扉が閉まると、誰も見ていないことを確認して掌を見つめた。
そして、掌にそっと唇を押し当てた。
拝啓、天国のお母様。
エヴェリーナは結婚することになりました。
お母様もご存知の、あのセシルです。彼はなんとエルフの王子様でした。まるでお伽話みたいでしょう?
王太子妃だなんて、私に務まるのでしょうか。不安だけど、彼と一緒にいるなら頑張らないといけませんね。
週末、彼を紹介します。天国から祝福して下さると嬉しいわ。
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